平穏な日常 三話
凰樹の能力や、AGEランクなどのシステムなども今後説明していきたいと思います。
放課後、GE対策部の部室で凰樹輝は暗い面持ちをして、思案に暮れていた。
GE対策部は永遠見台高校にあるGE系部活動のひとつで、この部は一応、凰樹が部長を務めている。
理由はいくつかあるが、まず入学した時点で凰樹が既にセミランカーであった事。
そして、昨年までいたGE対策部の部員の多くは先代部長の堀舘護哉と共に十キロほど離れた戦闘区域でGEに囲まれて石像と化し、生き残った僅かな部員もその体験からAGE隊員とGE対策部の両方をやめていた事だ。
この先代部長である堀舘護哉の無謀ともいえる作戦は、あらたに入学予定の生徒に凰樹や荒城といったセミランカーが含まれていた為に先輩として威厳を保つため、少しでも実績を作っておこうとして行われた作戦だと知られている。
作戦実行の前日に、部長の堀舘が「今度来るって噂のセミランカーの一年に、拠点晶くらい俺達でも壊せるって教えてやろうぜ!!」と言っていた事実は無事に生還し、GE対策部とAGEを辞めた人間から流れており今ではこの学校で知らぬ者はいない。
この作戦に巻き込まれた旧GE対策部の部員たちは不幸であった。
八十人いた旧GE対策部の部員中六十人までが未帰還、更に十人が石化は撒逃れたものの、いまだに意識が戻らない昏睡状態という最悪の結果は永遠見台高校における最大の汚点として残された。
GEに襲われゲージを全て失った者は石の像へと姿を変えるが、ゲージの残りが十以下の状態になると通常の回復剤ではゲージが回復しない昏睡状態となる。
この状態で救出される事は稀だが、旧GE対策部の最後の作戦ではまだ無事だった多くの隊員が瀕死の隊員を後方へ送り届け、十人の昏睡状態の隊員を助け出す為に二十人近く新たな犠牲を出したと言われている。
迫り来るGEと凄惨な戦闘を繰り返し、最終的に十名の瀕死の部員と辛うじて行動可能な十人の部員たちが戦闘区域から脱出する事に成功した。
この戦闘データは対GE民間防衛組織のデータベースに登録され、過去に前例のない無謀な作戦と言うコーナーで閲覧可能になっている。
また、その拠点晶は入部ひと月後に凰樹率いる新生GE対策部に所属する隊員の手であっさりと破壊された。
拠点晶を破壊した凰樹の力は必要だったが、拠点晶周辺に点在していた小型GEの群れや、中型の元に導き、周囲を囲まれないように戦場の情報を集め続けた伊藤など情報収集を担当する隊員の活躍があればこその結果だった。
全滅した先代部長の堀舘率いる旧GE対策部の隊員は碌にポイントの入らない後方の任務を嫌がり、その結果複数のルートを使って拠点晶を急襲、破壊するという分進合激策を実行し、中型を相手にして手こずっていた所に、無数の小型GEに囲まれ動きが取れなくなって無残な結果を残す事となった。
凰樹や窪内、神坂などは今までの経験から、戦場の情報収取を行う後方の支援部隊の存在がいかに重要であるかが骨身に浸みており、楠木が何度抗議しても彼女達を後方の索敵任務から外す事など無かった。
GE対策部に所属する者は万が一GEが永遠見台高校に接近もしくは進入した場合、全員がGEの殲滅に向かう事を義務付けられている。
他にも、GEの対処の仕方や種類等の説明会などを行い、GEに対する知識を永遠見台高校の生徒全員に広める役割も持っている。
入部資格はAGE登録者である事、登録から半年以上経過している事、今までに最低一度でもGEとまともな戦闘経験がある事だ。
まともなとわざわざ書かれているのは、戦闘経験がありますと言っておきながら、話を聞くと後方で魔滅晶の回収をしていただけといった事もあったからだ。
苦労事ばかりが多く、人気が無さそうに見えるこの部に所属する者は、【赤点の免除】【学食の割引】【重要作戦行動に限り公休が使いたい放題】等多くの特典がある。
GE系部活動は直接戦闘を行うような物の他に、【ゲート研究部】や【武器技術研究部】等の支援系の部も存在している。
元々、GE対策部には百名以上が集まったとしても、十分に余裕のある広い部室が与えられ、武器弾薬庫代わりの大きなロッカー、冷蔵庫やオーブンや高火力のガスコンロがある調理場やシャワー室と宿泊用の部屋や寝具類まで揃っている。
これは万が一、学校がGEに襲われた時の事を想定し、防衛拠点にする事を考慮されて整えられた物だが、幸運にも今まで一度も永遠見台高校がGEに襲撃された事は無い。
今では更に情報端末として最新型のパソコンと通信施設、奥の工房には旋盤やフライス盤、研磨機等の工作機械までもが用意されている。
もっとも、これらの一部は今年度入学するセミランカーの凰樹に期待を寄せた学校側から新たに支給された物だ。
永遠見台高校からトップランカーが出れば、国からの補助金が増えるだけでなく、各方面で学校の名が知れ渡り就職や進学にも少なからず影響する。
更にこの居住区域の重要度が上がり守備隊の増援が駐留したり、結界の強化が行われたりもするからだ。
そういった様々な思惑により学校間の凰樹をはじめとするセミランカーや、ランカーの獲得競争は激しい。
学校側は必要な設備は可能な限り整え、多くのGE対策部の部員が集まる事を期待していたが、先代部長の堀舘護哉の作戦失敗と共に部員も全員姿を消し広い部室と豪華な設備だけが残されていた。
◇◇◇
今、部室にある端末の画面には、昨日戦闘を行った廃棄地区にある住宅街と、その周辺区域に影響力を持つゲートが表示されている。
凰樹はその画面を無言でみつめ、時折、別の廃棄地区の画面を開いては溜め息をつき、頭を振ってその画面を閉じた。
昼休みに宮桜姫に言われた台詞が、今も見えない棘の様に凰樹の心に突き刺さっていた。
「どうした輝、暗い顔してるな。霧養達から聞いてるが、昼間のアレ、まだ気にしてるのか? しょうがないだろ、宮桜姫は生まれた時からずっとこの街で暮らしてるんだ。廃棄地区生まれの俺達の事なんて分かっちゃいないのさ」
少し遅れて部室に入ってきた神坂が凰樹の顔を見て声をかける。
「ああ、そうじゃない。ぜんぜん気にしてないって言えば嘘になるけど、考えてるのは別のことだ」
『それは嘘だ』と神坂は即座に感じ取った。
現に宮桜姫は廃棄地区で生まれた人間に、【言ってはいけない】台詞をいくつも重ねた。
それを気にしない位ならば、凰樹が危険を冒してAGE隊員なんてやっている筈も無い。
「俺が生まれ育った街から逃げて今年で六年目。【十年経ったら石化が解けない】って言う例の話が本当ならば、姉さん達を助けられる時間は後四年しかない……」
拳を握り再び目の前の地図に目を向ける。
画面中央にあるこの街のゲートの表示はレベル二ゲートとなっている。
「だけど現実はどうだ? 特殊マチェットを使えたって破壊できるのはせいぜい拠点晶だけ。あの街のゲートより格段に弱い、この地区のゲートの要石も未だに破壊できない。俺はもう姉さんより二つも年上になっちまったのに……」
「お前ん所は母親と姉だったか? 俺の所は妹だ。ひとつしか歳が離れてなかったのに、あいつを今助け出したとしても七つも下になってるんだな……」
神坂も同じ表情をし、あの日の事を思い出す。
◇◇◇
二〇一〇年、四月二十八日。
午後一時十二分。
多くのゲートから無数の小型GEが出現し、二〇〇五年に起きた歴史的な事件である第三次GE大侵攻に近い規模の小型GEが大量発生した。
環状石から発生する中型GEの数は拠点となる環状石のレベルに依存する為に数は限られるが、小型GEはその限りでは無い為に普段ではありえない数の小型GEが環状石から沸き出し、大地を埋め尽くして人が住む町や村へと襲いかかった。
押し寄せる数の暴力を前に、僅かな数しか存在しない村や町の自衛組織は瞬く間に壊滅し、ゲート周辺にある無防備な居住区域はGEに襲われ、次々に壊滅し石像に姿を変えた人の立ち並ぶ廃墟と化していった。
二〇〇六年に地方自治体統廃合が行われ、比較的安全な地区に居住区を移していた住人も多かったが、この計画が実行された後四年がたっているにも拘らず予算の分配や、統合後の管理体制や行政関係の縄張り争いで揉めていた。
また、引っ越しの費用や準備の問題、先祖代々住んでいた土地から離れるのを嫌がる者も多く、思った以上に住人の移住が完了していなかった。
過去の三度に亘るGE大侵攻で、十分にその脅威を知っている国の防衛軍や守備隊は首都周辺や重要拠点に戦力を集め、それ以外でGEが大量発生したゲート周辺にある居住区域には、高レベルのゲート支配下に無い地域への避難勧告だけが出された。
それまでは比較的安全だった凰樹が生まれ育った街にも、近くのゲートから出現した無数の小型GEが襲いかかった。
凰樹の住んでいた居住区を支配下に置く環状石のレベルは四。
そこまで高レベルの環状石では無かったが、そこから沸き出す小型GEの数は尋常では無く、更に数匹存在する大型GEの存在は悪夢そのもので、何とか防衛線を保っていたAGE率いる青年団を瞬く間に壊滅させていった。
発生当初、GEの群れは山に生える木々に邪魔されて肉眼で確認できず、守備隊や青年団の詰め所に設置されていたレーダーの画面は、GEを示す紅点で埋め尽くされて真っ赤に染まっていたにも拘らず、それまでにも何度かあったようにレーダーの故障ではないかと疑っていた。
楽観視していた守備隊に緊張が走ったのは、対GE民間防衛組織の本部を通じて国から避難勧告が出た事が切っ掛けで、それを知る前でも付近に住んでいる者は山から異様に聞こえるザザザザッっという落ち葉を踏み荒らす音と、時折山に響く野良犬や猪の鳴き声で何かが起こっているという事だけは分かった。
環状石周辺の監視を行っていたAGE隊員が環状石周辺の空を覆う飛行タイプのGEの数に驚愕し、それを目にした居住区の住人達は血の気を失い、一番近くにあった小さな団地が襲われてこの時ようやく最初の警戒警報が鳴りGEの襲撃が知らされた。
「GEだ!! 物凄い数のGEが押し寄せてくるぞ!!」
「女子供を先に避難させろ!! 後、役場とAGE事務所に緊急連絡を入れろ!」
「一分一秒でもいい。戦える者は武器を持ち、避難する時間を稼げ!!」
突然のGE襲撃に混乱しながらも、団地内では偶然に居合わせたAGE隊員が避難の指揮を執っていた。
大きな街などでは守備隊が即座に行動を起こしていたが、小さな町や村では守備隊が駐留していない場所も多い。
「来たぞ!! 絶対にこの場所から団地内に進ませるな!!」
「了解!!」
集まったAGE隊員は十人。
それぞれが特殊弾がマガジンに詰まった政府公認の特殊改造エアーガンを持ち、迫り来る無数の小型GEをフルオートで撃ち続けた。
砂の様なGEの残骸で地面が埋め尽くされても、その後から無数の小型GEが姿を現す。
やがて地面が小さな魔滅晶で埋め尽くされても、今まで倒した以上の小型GEがその後ろに続いて姿を現した。
「キリが無い。コイツ等、後から後から湧いて出やがる……」
「ぼやくな、避難が終わるまでの辛抱だ!」
中年のAGE隊員が若い隊員を叱咤する。
苦しい戦いなのは十分に承知していたが、これほどの数のGEが押し寄せてくるとは思いもしていなかった。
「GEよ!! 凄い数のGEが来るわ!!」
終りが無いと思われた戦いは、悲痛な叫び声と共に新たな局面を迎えた。
今までも無数のGEが襲いかかってきていたが、別ルートから新たなGEの大群が押し寄せてきたのだ。
「大変だ。別ルートからGEが進入しているぞ!」
「こちらから三人回す、ご……、いや、三分でいいから持ち堪えてくれ」
援護に向かった三人は不幸にも途中で遭遇した別のGEに襲われ、その身を石像へと変えた。
最後までトリガーを引いたままで石化した彼らの銃からは、弾が無くなるまで特殊BB弾が撃ち続けられた。
しかし、GEは更に別ルートから団地内に進入し、次々と住人に襲い掛かった。
「誰か来てぇ! ママがぁっ! ママがい……」
少女の悲痛な叫び声が途中で途切れ、全身を取り付いた小型GEに埋め尽くされた少女が一瞬のうちに灰色の石へと変わり、一足先に少女を庇って石の彫刻に変わった母親の傍にまたひとつ小さな石像が増えた。
団地内では彼方此方でGEが住人に襲い掛かり、襲われて生命力を奪われた者達はその身を石と化して硬く冷たい石像の姿で時を止め、一度崩れた防衛線は立て直す事など出来ず、新たに構築した防衛拠点も無限とも思える数の小型GEの前にいとも簡単に崩れ去った。
それでもAGE隊員は一人として持ち場を離れる事無く戦い続け、その姿のまま石像と化した。
電柱の上に設置された無数のスピーカーから鳴り響く警報は瞬く間に周辺の団地に伝わり、放送によって各地区ごとに避難車両の待機場所が知らされ、その警報を聞いた住人達は、雪崩の様に放送された避難車両の待機場所に向かって走った。
避難する人の数は大通りに突き当る度に次々と増え、待機場所に着いた時に家族と散り散りになっている者も少なくない。
小さい頃から守備隊の詰め所を遊び場にしていた凰樹は武装して防衛にあたろうとした所を周りから止められて第一便で街から脱出する事が出来たが、この日熱を出して家で寝込んでいた姉の絢音と、絢音を看病していた母親は逃げ遅れ自宅でGEに襲われて硬く冷たい石像へと変わった。
◇◇◇
凰樹はセミランカーになった二年前、その権限を使って特別に危険廃棄地区であるその街に潜入し、石像に変わった絢音達と無言の再会をはたした。
神坂も一年前、凰樹に頼み込んで生まれ育った町への潜入許可を取り大通りで無数に立ち並ぶ石像の中から妹の姿を見つけ出した。
凰樹とは別の地区に住んでいたが、そのエリアに影響力を持つゲートは同じだった。
そう……、肉親や恋人など親しい者がGEに襲われ、石に変えられた者に言わせれば、【遅くない】や【卒業してから~】なんて悠長な事を言っている時間は既に無い。
基本的に環状石の破壊は、食糧の生産拠点候補や戦略拠点候補から防衛軍による攻略作戦が計画され、年に数十個のゲートを破壊できれば良い方だ。
しかも、選ばれるゲートはレベル一やレベル二などの低レベルの環状石である事が多く、レベル四以上のゲートは余程重要な場所でもない限り攻略対象に入る事など無い。
凰樹の住んでいた街はこの優先順位で言えば数百番台、ここ数十年以内に防衛隊による破壊作戦の目標にはならない。
人類の敵である【GE】は現実に現れたが、テレビや漫画の中に存在する様な、GEを倒して人類を守る【ヒーロー】は、どれだけ待っても現れる事は無かった。
だから石像に変わった姉や母親の前で凰樹は誓った『俺が強くなって、俺の手で姉さん達を助けてみせる』と…………。
読んで頂きましてありがとうございます。