夏休み直前 三話
前話の続きになります。
纏めると若干長くなったために二話に分けました。
楽しんで頂ければ幸いです。
七月十八日、午前十一時十七分。
凰樹、窪内、神坂の三人はショッピングモールにキャンプの為の買い物に来ていた。
霧養も誘ったのだが、どうやら二つほど赤点が確定しそうだという事で、万が一に無事であれば無駄な努力ではあるが、テスト問題を必死に丸暗記している為に参加を見合わせる事となった。
「あの程度のテストで赤点を取る方が難しいだろうに」
「選択問題をミスったらしいですわ。鉛筆の調子が悪かったんちゃいます?」
「アレ、ニ~三問埋めたら後は正解しか残らなくないか?」
神坂の言う通り、選択肢はかなり単純で数問埋めれば後は間違える方が難しい選択問題だけで二十点あり、それさえ間違えなければ後は得点の高い問題を二つほどクリアしたら五十点に届く為に赤点はまず回避できる。
しかし、百点を量産させない為に各教科共にわざと難問を十~二十点分混ぜてあり、総合得点はともかく各教科の上位陣は一点刻みの勝負とまで言われていた。
「一文字違いの紛らわしい選択肢もあったがな。まあ、あれに引っかかっても減点一~二点だろう?」
「ま、終わったテストの事はどうでも良いじゃないか」
神坂も一教科ほど怪しいテストが存在していたが、補習の為の丸暗記は返ってきた後でいいと開き直っていた。
「とりあえず、水着と小物、それに服だな」
「この格好やと、あまり人に見つからなくていい感じですわ」
この格好。
凰樹は変装の為にサングラスをかけ、黒いソフトハットを被っていたが、サングラスは特殊ゴーグルと同じ素材で作られており、GEの紅点を表示させる事も出来るだけでは無く、ソフトハットもその名とは別でAGEが普段戦闘時に来ているのと同じ素材で作られていた。
上着やズボンも普通の服に見えるが、その全てが突然GEとの戦闘が起こっても大丈夫なように、対GE用の素材で作られていた。
窪内や神坂の服も同じ素材で作られており、サングラスはかけていないが帽子を結構深めに被っている為、三人の正体がばれる事態は回避できていた。
この服を売っている店はこのモールでも限られていた為、三人はいつも同じ店で服を購入しており、この日もそこへ向かってる最中だ。
「ただ輝は、な……」
「これは身に付けるように言われているから仕方がない。お前らも似た様なものだろうが」
「そうでんな……」
凰樹は腰のベルトに試作型次世代特殊小太刀をぶら下げており、窪内や神坂も高純度弾がマガジンに詰め込まれたハンドガンを二丁程、ウエストボーチに偽装したガンベルトに収納してあった。
試作型次世代特殊小太刀はその外見の為に偽装する事は諦めたが、最近増えた特殊マチェット使いがモール内にはそこそこいた為に、同じ様に特殊小太刀を腰からぶら下げていても凰樹だとばれる事は何とか避けられていた。
厳密に言えば、他のAGEには特殊マチェットなどの武器を帯刀する許可は正式に出ていないが、「常在戦場です」などと答えれば、警察官などからはそれ以上追及される事は無かった。
彼らに帯刀が黙認されているのは、特殊マチェット系の武器は刀身の素材がアルミと魔滅晶などの合金で作られている為、人を傷つける事に向いていないというのも理由のひとつではある。
「割と気が付いてるAGEもいるとは思うが、見逃してくれてるんだろう」
万が一にも凰樹達の正体がバレれば、たちまち周囲に黒山の人だかりができ、買い物どころでは無くなる事を過去の経験で学んでいた。
永遠見台高校に通うAGEは頻繁に凰樹達と出会っている為にそこまで騒ぐ事は無いが、永遠見台付属中学や他の高校に通う生徒達に見つかれば、良くてサインのお願いやスマホでの撮影、最悪身動きが取れない程の人に囲まれた上で事態の収拾に何人もの警察がやってきて、強制解散&強制帰宅が待っている。
「通販で済む物はそちらを利用した方がいいんじゃないですか?」
とは、何度もその騒動に駆り出された警察官の台詞だった。
「とりあえず、いつものあの店だな」
「キャンプ道具とかも殆どあそこで揃うんちゃいますか?」
「AGE装備専門店とか言ってるが、殆どなんでも屋だからな」
地下への階段を幾つも降り、迷路の様な地下街の奥の奥、比較的というよりも一般人は殆ど立ち入らない迷宮の様なエリアの一角にある、知る人ぞ知る隠れた名店【AGEショップ幽玄】。
品揃えは豊富だが比較的に値段は高い、しかし値段に見合った性能の物しか仕入れない店長の性格の為に信頼して通う常連は多い。
◇◇◇
「いらっしゃい。おっ、久しぶりだね」
「店長おひさです」
「相変わらず如何わしい外装と雰囲気だよな。そこもいいんだけど」
店長の名は蒲裏寛治。
元AGEのセミランカーで、守備隊に誘われていたがそれを断って再開発が終わったこの場所に店を構えて数年になる。
AGE時代に何度か凰樹と共闘した事があり、凰樹はこの店が出来た時には花輪を送ったりもしている。
店内には、様々なルートで取り寄せた特殊トイガン、本来セミランカー以上のAGEしか申請の通らない特殊ランチャー、最近品薄になりつつある特殊マチェットなどの武器から、山や雑木林の多い危険地区で重宝される強力な虫除けスプレーや、傷薬などの小物も完備してある。
また、特殊ゴーグルやAGE用のタクティカルベスト、マガジンポーチやブーツ系なども様々なサイズが揃えられていた。
この場所は地下街の中でもかなりの僻地にある為に、店の規模の割にテナント代は格安だ。
場所が場所だけに一般人は殆ど近寄らず、その為に逆に凰樹達は身バレの心配をせずに比較的安心して買い物に専念できていた。
「そういやいいのが入ったぞ。特別な銃なんだが……」
蒲裏が居座るカウンターの奥、そこには店頭には気軽に並べられないレベルの商品が幾つも並んでいる。
その中から一丁の銃を取り出し、無造作にカウンターの上に置いた。
「これだ!!」
一見、何処にでもある帝都角井製のM4A1特殊トイガンに見えたが、グリップ上部に本来は付いていない筈のボタンが存在していた。
「これ……、試作型次世代トイガンじゃねえか。店長、コイツをどこで?」
「仕入れ先は教えられねえが、って、こいつを知ってるって事は、お前らもか? まあ、輝は知ってて当然だと思ったが」
付き合いが割と長い蒲裏は、凰樹が防衛軍特殊兵装開発部の坂城と繋がっており、ここにある特殊マチェットがどうやって改良されているか、そのデータは誰から入手しているのかをよく知っていた。
とはいえ、苦労してようやく先日入手したばかりの試作型次世代トイガンの存在まで知られているとは思わなかった。
「正規ルートなのか?」
「当然、爺さんから直接……な」
分かる人間にはこれだけで十分だ。
爺さんと呼んだ人間が誰なのか、それを即座に理解できなければ会話に参加する資格すらなかった。
「コレの価値がわかる奴はそうそういないだろうが、分かってても……って値段が凄いな」
「百七十八万八千円? ポイントや高純度魔滅晶でも支払えるけど、買える奴はいないんじゃないか?」
ふた世代位前の特殊トイガンであれば、この店からひと区画離れた怪しめのジャンク屋辺りで銃の種類を選ばずに買えば、一万円位で入手可能だ。
ブラックボックスの稼働や性能を保証された物であれば最低二万円位からあるが、その値段の物でも隊員全員にその装備一式と予備マガジンや予備バッテリーなどを揃えれば結構な値段になる。
そんな装備を揃えるのが精いっぱいな部隊には、試作型次世代トイガンを買える予算があろうはずも無かった。
高純度魔滅晶での支払いだが、この店は対GE民間防衛組織よりやや高値で高純度魔滅晶を買い取って、それを更に帝都角井や日本エアガン、トイガン・テクノロジーなど、各特殊トイガンメーカーにかなり高額で引き取らせている。
純度の高い魔滅晶は政府や対GE民間防衛組織から取り寄せると、比べ物にならない程に高額請求される為、各種メーカーも様々な形で高純度魔滅晶を入手していた。
セミランカーやランカー宛てに頻繁にメールで送られてくるメーカー契約時の約束事のひとつに高純度魔滅晶の納品という任務が有ったりもする。
「いや、ひとりだけいたぞ。それも、気前良く現金でな」
「現金って……。そんな金持ち……」
そこまで言って神坂はある少女の顔が頭に浮かんだ。
凰樹と窪内も同じ少女に心当りがあった。というよりも、試作型次世代トイガンをポンと買える人間など殆ど存在しないからだが……。
「どうする気でっしゃろ?」
「究極システム社のM4A1-U.S.W.-MAXでも十分だと思うが、あれだけの性能の銃に何か不満でもあるのか?」
「ブラックボックスの移植用じゃないか? 究極システム社は金さえ出せばそういった無茶な注文も受け付けるしな」
究極システム社のM4A1-U.S.W.-MAXも相当な性能の特殊トイガンではあるが、組み込まれているブラックボックスは現行の物になっている。
高純度弾辺りを使う場合、普通に小型GE辺りを相手にする分には十分過ぎる性能があるが、中型GE以上を相手にするには試作型次世代トイガンとの差は歴然だ。
「あの子、まさか中型GE狩りに出る気じゃないだろうな?」
「あの宮桜姫はんの妹でっせ。そんな無茶な事はせんのとちゃいます?」
この辺り、宮桜姫やその妹の印象は窪内や神坂と凰樹でほぼ真逆だった。
凰樹は口約束や弁当での一件で、意外とアグレッシブに攻めて来る宮桜姫やその妹のじゃじゃ馬ぶりも見抜いていた為に、「ああ、やりかねないな」程度には考えていた。
「試作型次世代トイガンが全部隊に行き渡ればGEとの戦いも楽になるんだろうが、それは少し先だろうな」
「仕方ないだろう。まだ試作段階って事だろうし」
凰樹達はこの銃から試作の文字が取れ、全ての特殊トイガンにこの新型ブラックボックスが内蔵されれば、戦局は大きく動くだろうと考えていた。
◇◇◇
「それで、今日は何を探してんだ?」
蒲裏は試作型次世代トイガンをカウンター奥の鍵が掛かった棚に仕舞い、鍵をかけながらそんな事を聞いて来た。
「キャンプ道具、って言っても海なんだけど。良いのあります?」
「テントとかもか?」
「いえ、コテージを利用しますので、水着や虫よけなんかの小物とかを……」
「地上の店で買えと言いたい所だが、お前らが捜してるって事はそういう事なんだろ?」
「御明察」
やれやれといった感じで返事をしておいた。
服や水着などから下着のシャツやパンツに至るまで対GE用の繊維や素材で作られている物を揃えている店など、ここ以外は存在しない。
当然値段は高いが、地上にあるような店に飾られている様な気休め程度の物では無く、実践に十分耐えるレベルの物しか置かれていないからだ。
「奥には水着もある。色気の無い武骨な黒いヤツから少しおしゃれでカラフルなのまで選り取り見取りだ」
「選んできます」
凰樹達が水着コーナーに向かった事を確認し、蒲裏は必要だと思われる物やあると便利なグッズを店内から掻き集め、カウンターの横へ揃えはじめていた。
「水着はこれで、後は砂浜で使うビーチサンダルもどきとシャツ」
「ビーチサンダルに見えるけど、素材が全然違うからな」
一緒にいる女性陣に恥かしい思いをさせない為に、三人とも意外な事にデザイン重視の水着などを選んでいた。
しかし、性能の方にも欠片も妥協していないのも凰樹達らしいといえばらしい。
「水着は選んだか? ほう、意外だな。もっとこう武骨!! って感じのを選ぶと思ってたよ」
「まあ、わてらだけならそうした所でっが」
「なんだ、女連れか? 色気付いたな」
「偶には青春を謳歌しても罰は当たらないですよ。特に輝は……」
「そうだな……。キャンプに行くならこいつを持って行った方がいい」
そう言いながら蒲裏はカウンターに用意してあった、水着が色あせない特殊な薬剤で作られた虫よけ、サンオイル、野外型殺虫灯、金属型着火剤、クーラーボックス、保冷剤、LEDランタンなどを次々に取り出した。
「あと、万が一GEが出現した時に備えてだが、今の電動タイプじゃなくて、完全防水の小型ガスチャージタンク式の特殊トイガンもあった方がいいぞ」
「海水対策ですか?」
「ああ。別に電動でもいいんだが、万が一に備えてな」
「ハンドガンでも高純度弾を使えばソコソコ役に立ちますよ?」
「GEが少なけりゃそれでもいいだろう。マガジンをそんなに大量に持って行く気か?」
通常、ハンドガンのマガジンに装填できる弾数は十発から十五発。
それを撃ち切った場合、予備のマガジンと入れ替えればいいのだが、それも使い切った場合は空になったマガジンに特殊BB弾を装填する必要がある。
新しい弾の装填には専用のクイックローダーを使ったとしても結構な時間が掛かるが、コレがM4A1辺りの多弾頭マガジンであればマガジンひとつに三百発ほど装填できるし、小型ガスチャージタンク式の銃のマガジンでも六十発程度は装填できる。
それに同じマガジンでもハンドガンタイプの方は中に小型のガスチャージタンクが仕込まれている事が多い為に、重い上に取り回しに不便だったりもする。
緊急時にどちらが役に立つか、考えるまでも無い。
「武器庫に完全防水に改造したVz61がありまっせ。それで十分でんな」
「あれがあるのか? だったらコイツはいらないな」
蒲裏は小型ガスチャージタンク式のMP5KA4を横に除け、代わりに用意してあったビーチボールなどこの店にあるとは思えなかった物まで説明し、凰樹達はその殆どを購入した。
「毎度、ああ、そうだ、活躍は聞いてるが無茶するなよ」
「それこそ無理な注文でんな」
「違いない」
「相変わらずか、まあ輝らしい」
三人が三人とも結構な量の荷物を抱えて帰る羽目になりそうだった為に、私服や水着以外は学校のGE対策部あてに送って貰う様に手配した。
一部は本当にAGE専用の装備であった為に問題は無いが、公私混同と言えなくも無い。
◇◇◇
午後一時十三分。
「たまには少しだけ街をぶらぶらと歩かないか?」
「そうだな。今日は変装してるから大丈夫だろう」
昼食を地下街にある定食屋で昼飯を済ませた三人は久しぶりに大通り付近を歩いていた。
凰樹が腰にぶら下げている小太刀が人目を引いたが、目の前にいるのが凰樹だと気がついて話しかけてくる人は今の所いなかった。
「結構店が変わってるな。この大通りも前より人が増えたけど……、アレ、ヤバくないか?」
「ああ、ありゃ狙ってまんな」
凰樹の二十メートル程先を、二人の少女がソフトクリーム片手におしゃべりをしながら歩いていた。
その前方、後方、そして二人を壁際に追い込むような位置取りで近付く三人の男がいる。
五人はそのまま無言の圧力をかけ、予想通り二人の少女を壁際に追い詰めて逃げられない様に周りを囲んでいた。
「や…やめてください」
「へへへっ、ソフトクリームよりうめえのをタップリ食わせてやるから、俺達と一緒に遊ばねえか?」
「一生忘れられねえ体験させてやんよ」
「なーに見てんだよ!! 見世物じゃねえぞ!! ゴラァァァッ!!」
二人の少女は近くを通る男性に助けを求める様な視線を送ったが、一際体の大きい男が足を停めたり近づく男を威嚇し、すべて追い払っていた。
五人組が少女を連れ去って何をする気なのか、それが分からない者は誰も居なかったが、屈強な男五人をどうにかできる勇気がある者はいない。
「最近、あの手の輩が増えたって話だな」
「嘆かわしい事だ。すまないが特殊小太刀を持っててくれ」
「ひとりで大丈夫でっか?」
「手加減位はしてやるさ」
凰樹は神坂に腰にぶら下げていた特殊小太刀を渡し、少女を取り囲む五人の男へ向かった。
「そこの五人、見苦しいからそんな品の無いデートの誘いは、危険区域で野生の猪相手にでもするんだな」
「なんだと!!」
「ふざけた口利きやがって!! おい!!」
「死ねやぁっ!!」
沸点の低い不良たちは凰樹の言葉で頭に血をのぼらせて即座に顔を真っ赤にし、周りの見物人を威嚇していた男の一人が隠し持っていた特殊警棒を振り上げ、凰樹の頭めがけてそれを振り下ろした。
「へ? いねえ……」
「後ろだ、歯を食い縛ってろよ」
男が特殊警棒を振り下ろした時には既にそこには凰樹の姿は無く、一瞬で後ろに回り込んで男の背中を蹴り飛ばした。
男はそのまま三メートルほどぶっ飛び、そのまま地面を転がって意識を失う。
「怪我をしたくなければそこのゴミを回収してこの場から消えろ。今ので実力が分からんほど馬鹿じゃあるまい?」
凰樹は三メートル先でボロ雑巾の様になっている男を指しながらそう言った。
サングラスをかけていた為に今の動きを見ても目の前にいる男が凰樹だと気が付く事も無く、少女を取り囲んでいた男は手に特殊警棒や刃渡り三十センチほどの大きなナイフを握り、凰樹を前後から襲う為に少しずつ距離を詰めはじめた。
凰樹は最悪の場合、男の誰かに少女達を人質にされる状況も想定していたが、血の気が勝ったのか不良どもが凰樹を打ちのめす事を優先してくれた為に、もう一段階上の手荒な真似はせずに済んでいた。
「四対一で勝てるつもりか?」
「こっちにはナイフもあるんだ…ぜ!!」
男の一人は刃渡り三十センチほどの大きなナイフを凰樹に向かって真っすぐ突き出した。
刃は横に寝かせて有り、どこからどう見ても殺意全開なのは間違いなかった。
「馬鹿が!! マトモに食らっ……、え?」
男たちの殺意を確認する為にわざと身体の一センチほど前にシールドを張ってそれを止め、生命力を拳に乗せて四人の腹部を殴り、瞬く間に全員の意識を刈り取った。
周りで見ていた見物客たちは大勢いたが、誰一人として凰樹の動きを目で追えた者はいない。
男たちが気を失っている事を確認し、襲われかけていた少女にと声をかけた。
「災難だったな」
「ありがとうございます。あの……ホントに大丈夫ですか?」
少女達の角度からは、凰樹がナイフで刺されたように見えたために怪我を心配されていた。
「服にも身体にも傷ひとつ付いちゃいないさ、じゃあな」
そう言って片手を軽く上げ、少女たちの名も聞かず凰樹はその場を後にし、周りで見物していた人も次第にその場を離れ、襲われかけていた少女達は凰樹に向かって頭を下げてその場から走り去った。
「お疲れさん」
「お見事。一応、男どもの通報はしといたから、じきに警察が引き取りに来る」
「ま、あの程度で死にゃしないだろうが、暫く病院に厄介になるだろうよ」
「罪状がばれたら、厄介になるのは警察だろうがな」
ランカーを殺す気で襲えば、逆に返り討ちになって殺されても文句は言えず、それどころか襲った事が発覚しただけでも確実に警察に捕まる。
今回の場合、凰樹が名乗らなかった為にその事で追及される事は無いだろうが、五人の男どもがやっていた事は十分に犯罪行為であり、余罪があれば少なくともこの居住区域からの追放という処分は避けられない。
「ここの治安も悪くなったな。地下や裏通りならまだしも、こんな大通りにまで、ああいった奴がいるとは」
「セミみたいに夏んなったから地上に出て来たんとちゃいます?」
「出て来て三日程度で消えてくれりゃいいんだけどな。この居住区域がかなり安全だから、他の居住区域から流れて来て無許可で住み着いてる奴も居るって話だ」
住んでいた場所がGEなどの襲撃で壊滅した以外の理由で居住区域を移る時には、元居た居住区域で発行される【居住区域移住許可証】と移住先の居住区域で発行される【居住区域永住許可証】の二つが必要となる。
就職や就学などで移住する場合や、一時的に避難などをするだけなら比較的申請が簡単な【居住区域滞在許可証】で何とかなるが、居住区域移住許可証はともかく居住区域永住許可証の方は安全な場所であればある程、申請しても許可が下りない事が多い。
元居た居住区域の近くに高レベルの環状石が存在する場合、出現する中型GEや大型GEの数が桁違いな為に、殆ど小型GEしか姿を見せないこの居住区域周辺の廃棄地区にある家辺りにこっそり住み着いた方がマシな状況だったりもする。
当然、廃棄地区の家に勝手に住みつく事も、他の居住区域に無許可で移住する事も違法行為だが、GEという脅威が存在する為に警察などでは廃棄地区の巡回などを行う事が出来ず、リングの反応辺りで廃棄地区に無許可移住者の存在が発覚した場合には、対人装備を追加した守備隊が身柄の確保に出向く事もある。
こういった居住区域内の犯罪行為は当然警察の担当で、仮に今の五人が無許可移住者であれば、良くて元の居住区域への強制送還、最悪の場合はかなり危険度の高い居住区域への強制移住という運命が待っている。
今の五人がこの居住区域の住人だとしても刃渡り三十センチの刃物まで所持していた為に即座に釈放される事は無く、余罪を調べられたうえでその罪に見合った罰が待ち受けているだろう。
「それじゃあ、気分直しに久しぶりにカラオケでも行かないか?」
「男三人でカラオケってのもアレやけど……」
「行くんだったら雑居ビルのあそこだな。会員証はあそこのしかないぞ」
「よっし。最高得点で勝負しないか?」
「負けが込んできたからって童謡とかは勘弁でっせ」
向かった雑居ビルのカラオケ屋で何があるか、この時凰樹達は知る由も無かった。
読んで頂きましてありがとうございます。
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