平穏な日常 二話
平穏な日常の続きになります。
「おう、輝。やっぱりここに居たか。先週またランクを上げたそうじゃねぇか。もうじきセミが取れて正式にランカー入りするんじゃないか?」
食堂で昼食を取っていた凰樹達に声をかけてきた少女は荒城佳津美と言い、かなり前からAGEに登録している古株で過去に何度も凰樹や窪内と共闘した事があった。
女性でありながらかなり乱暴な言動を好み、多くの部隊で問題を起こしては除隊を繰り返して今では誰とも組まない単独AGEとしてGEと戦っている。
荒城はポケットから超小型のハンディパソコンを取り出し、AGEのランキングが記されたページを開く。
AGEのランキングページには、【総合】・【ランカー】・【セミランカー】の三つの項目があり、セミランカーのページを表示させると百七位に凰樹の名前が記されていた。
セミランカーは百一位から四百位が対称なので、後七つランクを上げれば凰樹は正式にランカーとして認可される所まで来ていた。
ランキングはAGE隊員が純粋にポイントを貯めてランクを上げていく他に、何らかの形で上の順位のランカーがAGEを脱退した場合にも自動的に上がる。
不運にもGEに破れ、石像に変わって戦線を離脱したAGE隊員も即座にランキングから外される……。
運よく復帰すればポイントは離脱時のままではあるが。
ランキングを上げる為にも、また、上がったランキングを維持する為にも多くのGEを倒し続ける必要があり、その為に上位のランカーであればある程危険度が増す状況になっている。
多くのAGE隊員が危険を冒してまでランカーを目指すにはいくつもの理由がある。
まずは地位と名誉。
ランク一桁のトップランカーになれば誰もが知らない位には知名度が上がる。
一部の者にはTVCMの依頼が来る程だ。
また、各種機関等でも最重要人物クラスの待遇を受ける事が出来る。
トップ以下のランカーであっても様々な審査を無条件で免除されたり、対GE用の試作武器をランク外の者よりも早く入手する事が出来る。
それ以外には、ランキング外のAGE隊員には月に数個しか購入が許可されていない、ゲージ回復剤の購入数制限の解除等が地味に大きかった。
窪内達もセミランカーの凰樹と組んでいる為、他のAGE隊員よりも優先的に回復剤を入手する事が出来る。
「長くAGEに所属してる分、少し有利なだけさ。大体、佳津美もセミランカーだろうが」
「三百番台にギリギリのってるだけだ。まあ、そう簡単に四百位以下には落ちねえつもりだけどな」
荒城のランキングは三百七十四位。
凰樹より数年遅れてAGEに所属している事を考えれば、驚異的なスピードでランキングを上げているといえた。
「俺は一人でやってるから装備には金を惜しまない。装備さえ良ければ小型のGEは狩りたい放題だ。面白い物を見せてやろうか?」
ポケットから無造作に取り出されたのは弾が百発ほど入る小さなBB弾ボトルとマガジン。
しかしそこに込められている弾の色は、凰樹達が普段使っている物とは明らかに違っていた。
「一発五百円の高純度弾だ。小型のGEなら一撃で消滅させる。当然採算が合わないがな」
対GE用の特殊弾は魔滅晶とアルミ、それに水晶などの鉱石を使った特殊な合金だが、核となる魔滅晶の純度によりその威力は格段に違う。
凰樹達が普段使っている弾は一発十円の最も一般的な特殊弾で、これでも小型のGEならば数発で消滅させる事が出来る。
この辺りが小型のGEを倒して採算の取れるギリギリのラインで、これ以上高価な弾を使おうと思えば必然的により強い中型以上のGEと戦う事になる。
凰樹の様に特殊マチェットを使ってトドメを刺す事が出来れば話は変わるが、十分な知識と経験も無いままGEに正面から白兵戦を挑めば、冷たい石に変わり無残な姿を晒す結果となる。
そんな事はAGEに所属する誰もが知っている事だ。
「AGEの隊員といってもまだ学生の身だからな。俺達は俺達なりのやり方でやるさ。だいたい、そんな弾をフルオートで撃ってみろ。普通の部隊の人間だとしばらく昼食が水だけになっちまうぜ」
「そうでんな~、そんな物自腹で使うてましたら、わてでも昼食どころか晩飯まで水になりそうですわ」
学食のメニューは比較的安く、霧養が食べていた唐揚げ定食が三百円、窪内が食べていた唐揚げ丼が二百五十円。
荒城が使っている高純度弾一発で二人分の昼飯代がほぼ消える計算になる。
凰樹達がメインウエポンとして使っているエアーガンの発射速度はフルオートの状態で秒間約二十発。
先日のGE戦で使用した特殊弾の合計は、おおよそ三千四百発。
そのすべてに同レベルの高純度弾を使用したならば、かかる費用は百七十万円。
とてもではないが、普通の部隊には出せる額ではなかった。
とはいえ特殊マチェットを使えない霧養達には緊急用として2マガジン分だけ、同じレベルの高純度弾を渡してある。
更にスナイパーの紫には一発二千五百円し、中型GEに一撃で大ダメージを与えられる高純度弾までワンマガジン分手渡していた。
「安全を取るか、それとも資金を取るかだな。俺は赤字であっても安全を取るぜ」
「そこは同意するが……」
荒城が其処までランカーに固執するのか理解できなかったが、何か特別な事情があるだろうとは察していた。
多くのAGE隊員がそうであるように……。
◇◇◇
昼飯も終わり、凰樹達の教室に戻った後で荒城は帝都角井製で特注の強化ガバメントを凰樹達に披露していた。
女性でありながら男に交じって違うクラスでも我が物顔で過ごせるこの性格は、もはや特技と言ってもおかしくない代物だ。
「メインウエポンも大切だが、俺はサブウエポンでも妥協しない。俺は常にメインの長物の他にもう一つ小型のVz61なんかも装備してるが、それでも非常手段としてハンドガンも用意している。GEと戦うならそれ位は覚悟していないと、いつか痛い目を見る……。まあ、こんな物に頼る事態は避けたいけどな」
「そんなもん使う事態なんてのうても、普通に痛い目なら何度もみてますわ。それ考えても荒城はんは無駄な装備にお金をかけすぎや。必要な所に必要なだけ時間と予算をかければ、装備なんていっくらでもよくなりまっせ」
窪内はAGE登録者の中でも有名なカスタマーで、アルミ材やステンレス材を削り出して、凰樹達に必要な各種パーツを作り出している。
パーツの制作や加工に必要な旋盤やNC加工機、放電加工機や研磨機などは全て部室奥の工房に設置されており、窪内は部活の時間などにそこで作業を行っている。
材料費の他に窪内が受け取ってくれる範囲で加工費も支払っている為、窪内は毎朝、学校前のコンビニで様々なお菓子などを買う事が出来た。
「その、かける時間が無駄だろうが! 緊急用のサブウエポンの強化に時間をかけてどうなる? その時間で他の武器まで強化できるだろ? 多少金は掛かるが、メーカーに特注で頼めば細かい調整や強化だってして貰える。金で済む所は金で済ませればいい!」
「AGE隊員全員が佳津美の様な金持ちばかりじゃない。カスタムなんて出来るのは一部の部隊位で、高純度弾を気軽に使える部隊なんて一握りだ。少ない予算でやりくりしている部隊の方が、圧倒的に多いって分かってるか?」
「それは報酬をケチってるAGE事務所に言いやがれ。ヤツラが【魔滅晶】をもう少し良い値で買い取ってりゃ、貧乏してる部隊は無くなる筈だ」
基本的にAGEに所属していても、弾薬などの消耗品に掛かる費用はAGE隊員の個人負担だ。
AGE設立当初は支給されていたが、高純度弾を湯水の様に使った挙句に戦果無しといった部隊が続出し、一部負担、半額負担となり、最終的に今のような個人負担の形になった。
特殊BB弾は真球度公差+-〇.〇二ミリ以下であり、一度使った弾は微妙に変形し二度と使えない為に特殊BB弾を使えば使うほど費用はかさむ一方だった。
「武器の話やAGE事務所に対する不満の話は、その位にしましょうや。問題は其処やないでっしゃろ?」
「確かに。幾らいい武器でGEを倒しても、拠点晶や環状石がある限りな……」
「おいおい、無理言うなよ。今、この辺で拠点晶を簡単に破壊できるのは輝位だろうが! 後は拠点晶破壊用の特殊ランチャーを持ってるセミランカーの所属する部隊か? 俺みたいに個人で動いてると、例え拠点晶破壊用の特殊ランチャーが手に入ったとしても、拠点晶まで担いで行く事すりゃできやしないぜ」
「もう少し足腰を鍛えた方が良いのとちゃいまっか?」
「ランカー目指してる俺達に、走り込みしてる時間なんて何処にあるんだよ!! そんな暇がありゃ、一匹でも多くのGE倒した方がマシだ」
対GE民間防衛組織に所属する部隊や個人には戦果に応じて報酬が支払われる。
現在一番上に表示されている最高の報酬は環状石内の要石の破壊及び支配地区の解放の報酬だが、二〇〇一年に対GE民間防衛組織が発足して以来、それを達成した部隊は存在しない。
国の正式な軍である防衛隊が年に数十個しか破壊出来ない環状石を、学生の多い対GE民間防衛組織の隊員が破壊する事自体無理と言う話ではあるが……。
次に凰樹達の部隊が専門に行っている拠点晶の破壊と周辺地区の支配力の低下。
拠点晶の破壊報酬は最低百万ポイントで、状況により最高五百万ポイントまで支払われる。
また、拠点晶の欠片が変化した魔滅晶は純度が高く、これは拠点晶破壊の副産物として大量に入手する事が出来る。
この拠点晶は、普通の部隊であれば五十万ポイントほどする拠点晶破壊用の特殊ランチャーを使用しなければ破壊出来ず、高純度の魔滅晶はコストの割に実入りが少ない拠点晶破壊報酬の追加報酬などと、大手の部隊などからは呼ばれていたりもする。
次は拠点晶などの拠点破壊では無く、討伐報酬となり、小型GEが平均数十ポイント、中型GEは種類にもよるが、最低千ポイントから最高数万ポイント、大型GEに至っては最低数万ポイントから現時点で確認されている最高で、拠点晶破壊に匹敵する百万ポイントが支払われている。
拠点晶を破壊したり、GEを撃破した時に入手できる魔滅晶はその純度や大きさで交換レートが変化するが、おはじき大の魔滅晶は大体十ポイント程度、大型GE撃破時に発見された高純度でソフトボール大の大きさがあった魔滅晶は数十万ポイントで引き取られたそうだ。
対GE民間防衛組織の換金レートが低い為、結界兵器など様々な商品を開発や研究している企業が直接魔滅晶の買い取りを持ちかけたり、街の片隅で非公式な換金施設を運営している事もある。
あまり大っぴらにやると対GE民間防衛組織に睨まれたりするが、隠れ蓑としてリサイクルショップの看板を掲げていたり、対GE民間防衛組織に資金を提供している企業が母体であったりする事も多く、グレーゾーンのまま黙認されている場合も多い。
ただしこういった企業で魔滅晶を換金してもAGEランキングに関わるポイントは入手できない。
その為、こういった場所で魔滅晶を換金するのは、部隊運営に行き詰まり、どうにかしてより多くの資金を入手する必要が出てきた部隊である事が多い。
「拠点晶破壊なんて、輝が隊長のお前達にしかできない荒業だろう?」
「うちの部隊の隊長が凰さんだっていう幸運は否定しまへん。拠点晶破壊用の特殊ランチャーを使えば、誰だって拠点晶破壊は可能でっせ」
「それを運用できる人間が揃ってりゃあな。特殊ランチャーを誰かに持たせて、広大な廃棄地区から拠点晶を見つけ出して、無事に破壊できる部隊がどれだけ存在する?」
「拠点晶の紅点とGEの紅点の区別もつかないなら、おとなしく小型GEを相手にしていた方が良い」
「そりゃそうでんな。動いてない拠点晶の紅点と、一時的に止まってるだけのGEの区別もつかないような索敵要員抱えてる部隊でしたら、無茶したら直ぐに全滅しますわ」
その光景を見ていた宮桜姫がゆっくりと席を立ち、長い黒髪を靡かせながら静かに歩み寄ってきた。
AGEに所属していない宮桜姫や他のクラスメイトからすれば、凰樹たちがいったい何の話しているのかまるで理解が出来なかったからだ。
「凰樹君も、荒城さんも、どうしてそんな危ない事を平気でやってるんですか? GEと戦いたいなら、卒業してからでも良いじゃないんですか? 卒業するまで我慢して防衛軍に入れば、装備だって最高レベルの物が使えると思うんですが……」
宮桜姫は鈴の様な透き通った声で見当違いな台詞を言い放つ。
低レベルな環状石に囲まれている為に比較的安全だったこの街に生まれ、高校一年になった今日まで一度もGEに襲われた事が無く、また、その家族もGEが起こした多くの侵略や戦闘行為と無縁でいられた幸運な宮桜姫でなければ、おそらく口にする事が無い台詞。
今現在、この街の僅か数キロ先まで戦闘区域が広がり、自転車で少し郊外に向かって走ればGEに遭遇する危険があるにも拘らず宮桜姫はそんな現実をまったく理解していなかった。
仮に、凰樹達の様な学生AGE隊員が全員、宮桜姫の言う通りに今日から戦闘をやめれば数ヶ月も経たないうちにこの居住区域近郊はGEで溢れ、爆発的にその数を増やしたGEは、やがて街を守る対GE用特殊結界を破壊し、戦力の激減した守備隊を壊滅させて市街地を犠牲者達の石像で埋め尽くすだろう。
「良くないさ。今でも十分に遅い位だ……」
少し暗い表情をした凰樹の呟きは宮桜姫には聞こえなかった。
しかし、直ぐ隣でガバメントを弄っていた荒城には十分に届いていた。
「ったく。これだから何も知らん奴は……。おい! 宮桜姫!!」
「な~に話してるの? 宮桜姫さんが輝に絡んで来るなんてめずらしいよね? それとも佳津美が目当て? 百合?」
「そうですよね~。佳津美さん、女性ですけどカッコいいですし~。憧れてる娘も多いんですよ~」
大きな音を立て、荒城が掴み掛かりそうな勢いで椅子から立ち上がったのと同時に、楠木と伊藤が険悪な雰囲気を察して揃って声をかけた。
「宮桜姫さん達も一緒にクッキーでも食べませんか?」
険悪な雰囲気をなんとかしようと、伊藤はタッパに入った手作りのバタークッキーを差し出した。
辺りに甘いクッキーの匂いが漂い二人の横槍で気が削がれたのか、荒城は『ちっ!』と一言呟き、不機嫌な顔のまま教室から出て行った。
「荒城はんは甘いものが嫌いなんですかな? わてはもらいます。あいかわらず美味いでんな」
最初に窪内がクッキーを一枚頬張り、続いて霧養、宮桜姫もタッパの中のクッキーに手を伸ばした。
「美味しい。伊藤さんってお菓子作りお上手なんですね。今度作り方を教えてくださいね」
「さすが。クッキーなんかのお菓子を作らせたら日本一っスね」
霧養も窪内もそこは手放しでべた褒めだ。ただしクッキーを作ると言う点だけだが。
「あっりがと~うございま~す。そうだ、ドリンクも~」
伊藤が大きな魔法瓶を取り出そうとして其処まで言った時、霧養達は即座に自分の席に戻り自前の飲み物を手にして戻ってくる。
まるで他の誰かに咽喉にクッキーが詰まった為に、急いで飲み物を取りに戻ったような素早さだった。
「いや、いいっスよ。さっき購買で買ってきたコーヒー牛乳があるし」
「あ~、やっぱりクッキーには缶コーヒーでんな。宮桜姫はんもいかがです?」
宮桜姫は、強引に渡された窪内の缶コーヒーを、訳が分からないまま受け取った。
「霧養はん、朝の危険物と、あの特製ドリンク、どっちがいいでっか?」
「究極の選択をさせるな!」
しばらくして時計が一時十分を指し、五時間目開始五分前の予鈴が鳴った。
伊藤はクッキーを収め、急いで自分のロッカーに向かって五時間目の授業の準備を始めた。
読んで頂きましてありがとうございます。