石像奪還作戦 三話
石像奪還作戦の三話目になります。
とりあえず偶像奪還編の完結まで頑張りたいと思います。
七月九日、土曜日、午後二時十五分。
凰樹輝は確保したGE共存派残影所属の浅犬藤太の身柄を引き渡す為に対GE民間防衛組織の事務所前に来ていた。
ここに浅犬の身柄を引き渡す連絡を事前に入れていた為、事務所の前には完全装備の警備員が十名程待機していた。
警備員が身に付けている銃はAGEスペツナズと言うオリジナルのアサルトライフルで、マガジンにはGE用の特殊BB弾では無く、市街地での対人用としてホローポイント弾が込められている。
対人用の兵器は生産自体が少なくなっているが、こういった犯罪者やテロリスト対策として、防衛軍や対GE民間防衛組織などにはある程度支給されていた。
「コイツが残影の浅犬か。今迄散々働いて来た罪と、後ろにいる奴の事を洗い浚い吐かせてやる」
「ご苦労でした。拠点晶の破壊だけでなく、指名手配中の重犯罪者の身柄まで確保していただけるとは……」
AGE隊員の前には滅多に顔を出さない対GE民間防衛組織事務所の所長影於幾之滋がわざわざ玄関先まで出張ってきて、凰樹に労いの言葉をかけていた。
影於幾はAGE登録者の多くを成果も碌に上げずに要求の多い金食い虫と考えていた為に欠片も敬意を払っておらず、一般のAGE隊員の前に顔を出す事など絶対になかった。
しかし、幼い頃から活躍をして莫大な利益を生み出している凰樹にはここの副所長である頃から揉み手で擦り寄り、毎度下卑た笑いを浮かべていた。
影於幾が今の地位に居られるのは凰樹が拠点晶を破壊して解放した膨大な区域と、副所長時代に攻略予定の拠点晶情報を様々な勢力に流した見返りとして懐に仕舞い込んだ莫大な額の裏金があればこそだからだ。
「連絡を入れましたが、消防署から一時的に拝借した梯子車の件ですが……」
「お気になさらずに。そんな些細な事、私が責任を持って処理しておきましょう」
影於幾が積極的に凰樹に便宜を図るのは莫大な利益を生み出す金蔓という事だけでなく、少人数での環状石の破壊という偉業を達成した現在では、防衛軍の上層部、警察の上層部、政府の大臣クラス、更に救出された二十万人もの市民とその関係者が凰樹のシンパと化していた為に、凰樹に繋がる人脈の存在も大きかった。
「いつもすみません……。ん?」
「どうかしましたか?」
車中で浅犬の監視をしていた窪内と霧養に代わってその身柄を引き継いだ警備員二名が両脇を抱えて車外に出た時、近くに止めてあった車から突然、男が飛び出してきた。
車はタクシーに偽装されており、五十メートル先のコンビニと事務所の中間に止めてあった為、警備員からは「良くあるコンビニ利用の一時停車か」と思われていた。
男は両手で銀色の小包の様な物を抱えて、警備員に運ばれる浅犬の方目掛けて全力で走っていた。
「な……なんだ?」
「何か抱えて……、爆弾か?」
男の眼には狂気が宿っており、自らの命を捨てる事に何の抵抗も無い事ぐらい即座に理解できた。
「う…撃ち殺せ!!」
「し…しかし、爆弾が……」
警備員は男を銃で撃ち殺す事は出来る、しかし、手にした爆弾を止める術は持ち合わせていなかった。
「死にやがれ!!」
そして警備員が銃殺を躊躇した僅かな隙を狙って男はそう叫んで何かのスイッチを押した。
瞬間、凰樹は男のその行動に即座に反応し、男の身体を包むように半円状のシールドを展開させて、生み出される爆風と飛び散る破片を飛び出してきた車へと向ける。
耳を劈く様な爆発音と大量の金属片が凄まじい爆風と共に飛び散った血や肉片だけではなく、膨大な量の金属片が停めてあった車に突き刺さり、その金属片は車を破壊して車の中で待機していたもう一人の男の命も奪った。
「今の男、浅犬と共に行動していた残影の残り二人の片割れか」
「最後の一人もどうやら車の中で死んだようですね。いや~、助かりましたよ」
危うく爆発に巻き込まれて死ぬところだった影於幾が凰樹に命を救われ、ハンカチで額の汗をぬぐいながら近づいてきた。
周りにいる反応できなかった警備員には後で厳しい処罰がある事だろう。
「流石に輝だ。あんな真似もアイツ以外には出来ないからな」
「通常、シールドはGEの攻撃しか防げませんから……」
通常、魔弾を人に向かって放っても何の効果も無く、ただ薄らと光る何かが身体に当たって消滅するだけだが、凰樹が撃ち出す魔弾もそうだが、作り出すシールドなどもGE以外にも干渉する事が可能だった。
それ故に、人に襲われた時にシールドなどを防弾や防刃といった使い方も出来、凰樹がその気になれば魔弾で人を撃ち殺す事も可能だ。
ただ、凰樹は殺傷能力を持つ魔弾を人前で使う事は殆ど無く、神坂や窪内でさえ未だに凰樹が魔弾を使える事を知らない。
「目的は俺の暗殺か、それとも浅犬の口封じか……。もっとも、もう聞き出せないが」
凰樹は今までも何度かGE共存派から命を狙われた事はあり、その事如くを返り討ちにして来たが、狙ってきた相手が無事な時は対GE民間防衛組織に引き渡したりもしている。
「それはコイツから聞き出しますよ。おい、お前!! そいつをさっさと運べ!!」
「りょ……了解しました」
浅犬を連行していた二人の警備員は影於幾に叱責され足早に事務所内に運び入れていた。
「では後の事はお任せします。後、袋に入った大量の低純度魔滅晶には細かいゴミが混ざっているかもしれません」
「よくある事です。いつも通り洗浄などの作業はやらせておきますよ」
大型の掃除機などで集められたりした場合も低純度魔滅晶が詰められた袋の中に、木の枝や小石などが混ざっている事も多い。
通常、魔滅晶などは届ける前にAGEの方で細かく分別して水洗いなどをしておくものだが、ある程度ランキングが上がるとそんな作業に無駄な時間を割かれる位ならその時間でより多くのGEを退治して欲しいという事で、対GE民間防衛組織の下っ端が分別洗浄作業を担当するようになる。
◇◇◇
浅犬と低純度魔滅晶の引き渡しを完了した凰樹達ランカーズは、明日三女神のコンサートがある居住区域の公民館へと向かった。
流石にこの居住区域の公民館は一般的なコンサートホール程の大きさがあり、公民館の隣には大きなホテルまで建っていた。
年中通して三女神だけでは無く様々なアイドルグループなどのコンサートが行われており、コンサートの他にはこの居住区域の表彰式や成人式など様々な行事も行われている。
結構な広さのある地下駐車場のうち、資材搬入業者用に用意された少し広めの場所に車を停め、毛布に包んでボンベキャリーごと固定していた石像を荷物用のトランクから車外へと運び出した。
「此処か……。連絡通りに機材搬入口から運び込むぞ」
「了解。運搬には俺が行きたいんだが」
「ずるいっスよ。俺も行きたいっス」
「いや、石像の運搬は力仕事って事でっしゃろ? ここはわてが……」
元が小柄な少女とはいえ、石化した状態だと百キロほどの重さになっている。
ボンベキャリーを使うとしても結構な肉体労働であるにも拘らず、神坂、霧養、窪内の三人は我先にと石像の運搬に名乗りを上げた。
「下心が透けて見えてますよ♪」
「神坂君たちがああ言ってるんだし、任せちゃえば?」
「頑張ってね」
荒城や宮桜姫達は初めから力仕事である石像の運搬を引き受けるつもりは無いようで、最低限の装備だけを身に付けて一生懸命石像を運ぶ神坂達の後に付いて来ていた。
とはいえ、石像の受け渡しが終わるまではまだ作戦行動中なので、竹中も含めて女性陣全員はあまり羽目を外さないように注意している。
「指定されたのはこの部屋か。織姫ヒカリ様控室と書かれてるな」
資材搬入用の入り口から延々と石像を乗せたボンベキャリーを引き、壁に表示されている案内板を頼りに長い廊下を進んだところ、ようやく控室があるエリアに辿り着いた。
「リハと本番で今日明日は三女神がメインホールを使うからだろうな。やべ、色紙忘れ……」
「色紙がどうかしたのか?」
「いや、なんでも……」
あわよくば色紙にサインをして貰おうと考えていた神坂は迂闊な発言を後悔していた。
凰樹が撤収した後でこっそりとサインをお願いしようと考えていたのだが、石像の運搬に気を取られて車の中に色紙を忘れて来た為にそんな言葉が思わず出てしまったからだ。
「ま、AGEとしての活動外の事にとやかく言う気はないが、先方に迷惑をかけない程度にしろよ」
「え? ああ、すまなかった」
意外だった。
少し前の凰樹であれば、こんな発言でもしようものならまず一言注意され、後で散々説教を食らう羽目になっていたのだが、竹中の父親を解放した時、厳密にはレベル二の環状石の破壊に成功した辺りから割と心に余裕が出て来たのか、些細な事では隊員の行動を咎めなくなってきている。
神坂が思い返せば、本人は控えめなつもりの竹中のアタックや性的なアピールも、凰樹が以前のままなら除隊させられてもおかしくは無い行動ではあったが、それも今では寛容に対応している分、人間的にも成長したと思われた。
◇◇◇
「ランカーズの凰樹です。依頼された石像を回収して来ました」
「凰樹さん? 本当に回収してきてくれたんですか?!」
扉の鍵を開け、控室の中へ凰樹達を案内した織姫ヒカリは石像を包んでいた毛布を剥して、石の像と化した姉妹と無言の再会を果たした。
織姫ヒカリは目の前にある冷たい石の彫刻に抱き着き、涙を流し続けていた。
「本当にまた会えるなんて……。ありがとう……ござい…ます…………」
織姫ヒカリは一応事前にメールで連絡を受けていたが、実際に目の前に運んで来て貰うまで半信半疑だった。
実のところ過去に一度だけ石像の回収依頼を引き受けた部隊があり、運んできましたと言われて依頼料を支払った後で毛布を剥したところ、全然知らない別人が出てきた事があったからだ。
「感動の再会をしているところに申し訳ないが、依頼内容の虚偽の申請は処罰の対象になるのだが、それは理解して貰えているかな?」
「え……?」
浅犬があの場にいた事で織姫ヒカリがやはりGE共存派の一員で、残影支援者の一人だと疑った為だが、凰樹は浅犬を拘束した後、他のメンバーを呼ぶ前にある確認をしていた。
「便利な世の中でね、生命力の残量を表示させている左手のリングには様々な機能があって、その中に名前など個人情報を調べる方法がある」
二〇〇一年に政府から全国民に支給された銀色のリングの元々の機能は、生命力の残量の表示・個体識別信号の発信・個体識別用の情報の開示などであり、石像などの回収や被害状況などを調べる目的で作られた物であり、シールドなど非公式な機能もあるが、それは元々意図されて組み込まれた機能では無かった。
主に救助活動などを行う時に、血液型や輸血経験の有無など医療行為に必要な情報を調べる為に使用されるが、名前などの個人情報も簡単な操作で確認する事が出来る。
「その石像に表示された名前は織姫ヒカリ。エラー表示は出ていないから本人で間違いないだろう。ではアンタは誰だ?」
GE共存派であれば、声質と体格が似た第三者に整形などを施して偽物に仕立て上げる事位は平気でやる。
たとえ双子がいたとしても、もう一人を利用する事無く、二人とも何処か誰も気が付かない場所でGEに襲わせるに決まっているからだ。
「わ…私の本当の名は織姫アカリ。織姫ヒカリの双子の姉です」
凰樹は「ちょっと失礼」と言って織姫ヒカリの左手のリングを操作し、そこに織姫アカリと名前が表示されているのを確認した。
この銀色のリングは外して他人に装備させる事は難しく、もし仮に第三者がこのリングを装備した場合、【エラー・別個体・データ異常により生命力残量の表示不可】などと表示される。
リングは存在自体がオーパーツでオールブラックボックスと呼ばれており、解析して別物に作り替えるのは不可能と言われている。
「どうやら、アンタは織姫アカリで間違いないようだな」
「凰樹さんを騙した事は謝ります。本当に申し訳ありませんでした……」
この時、凰樹は織姫アカリが浅犬達GE共存派の一員ではないかと疑っていた。
その為いつでもシールドが張れる様に構え、気の張り方もGEとの戦闘時のそれと同じ状態にしていた。
「ちょ……ちょっと待ってくれ!! この石に変えられてる子が本物の織姫ヒカリ? それじゃあ、三女神のメンバーは……」
「知っているわ。その子が織姫アカリだって事も、本物の織姫ヒカリが石に変えられている事もね」
「カグヤ、それにミノリ……」
ノックもせずに織姫ヒカリの控室に入って来たのは美華月カグヤと豊穣ミノリで、三女神の残り二人のメンバーだった。
「出来ればこの事は他言無用でお願いしたいのですが」
「事の起こりは、二年前、私達が三女神としてデビューするホンのひと月前に起こったわ」
◇◇◇
二〇一四年三月、オーディションに受かった美華月カグヤ、織姫ヒカリ、豊穣ミノリの三人は所属する事になった事務所のマネージャーやプロデューサーに連れられて、レッスンや挨拶回りなどに明け暮れていた。
織姫アカリも同じオーディションを受けたのだが、直前になって風邪をひき、最終選考時に欠席した為に惜しくもこの時の新人アイドルに選ばれる事は無かった。
「私は次に受かるんだから。ヒカリは三女神の一員として頑張りなさい」
元々歌も踊りもアカリの方が上手く、ヒカリの方が姉について応募していただけだったので、自分だけ受かった事に罪悪感を感じていた妹に、アカリはそういって励ましていた。
この地区で開催される次のオーディションが一年後という事もあり、ひとり地元で練習をしていたアカリの元に、織姫ヒカリが所属する事になった事務所のプロデューサーからある連絡が入った。
「妹さんが……、織姫ヒカリちゃんが、残影って部隊に騙されてKKI〇〇五の公民館でGEに襲われて石に……」
凶報は突然齎された。
◇◇◇
地方ではアイドルの育成などは比較的安全で設備の揃った居住区域で行われる事もある。
偶々この地区でデビューの為の様々なレッスンを受けていた織姫ヒカリは、移動の為の護衛を任せてあったAGEと摩り替った浅犬率いる残影の三人に騙され、KKI〇〇五地区の公民館に連れ去られた。
護衛を任せてあった本物のAGEは、後日、石と化しているのが発見され、登録を抹消されている。
「やめてください。私を、それにみんなをどうするつもりなんですか!?」
「へっへっへ、どうすると思うよ? ええ? アイドルの卵ちゃん達よ~」
この時残影にさらわれたのは織姫ヒカリと同じ場所でレッスンを行っていた他のアイドルグループの卵二名。
美華月カグヤと豊穣ミノリの二人は別の場所で違うレッスンを受けていた為に、この時浅犬にさらわれずに済んでいた。
連れて来られた公民館の中にも、この場所に来るまでの道路にも、ヒカリたちの周りには結構な数の小型GEがいたが、浅犬も含めて何故か一度も襲われる事は無かった。
「何故此処まで無事だったか不思議か? その答えを教えて…やるよ!!」
最初に犠牲になったのはまだ中学生のアイドルグループ【チャイルド・フェアリーズ】のメンバーの一人、星野未留紅で、浅犬に思いっ切り突き飛ばされた星野は公民館の床に倒れ込み、そこに群がった無数の小型GEに襲われて着ていた服を殆ど引き裂かれ、瞬く間に灰色の石の像へと変えられていった。
「み…未留紅ちゃんが……」
「そんな、どうして急に襲われたの?」
浅犬や織姫ヒカリの周りには夥しい数の小型GEが蠢いている。
しかし、周りで蠢く様々な姿の小型GEは今まで一度たりとも攻撃を仕掛けて来る事は無く、ある一定の距離以上は近づいて来ようともしなかった。
「へへっ、ざまぁねぇな、あっけなく石に変わりやがった」
「そんな、なんでこんなひどい事を……、きゃあぁぁぁぁぁっ!!」
次に浅犬が突き飛ばしたのはアイドルグループ【夢乙女】のメンバーの一人、霧生夢愛という少女で、男である浅犬におもいきり突き飛ばされながらも転倒する事無く踏み止まり、バランス能力の高さをみせつけた。
「へぇ、あれだけ思い切り突き飛ばしたのに転ばねえとはな。ま、立像っての悪くねえだろう」
「あ……いやぁぁぁぁっ、誰か……たすけ……て………」
体長三十センチほどの大きさで、気味の悪いナメクジの身体の真ん中からナナフシの上半身を生やしたMIX-Aが数匹ほど霧生の足元に襲いかかり、そして雀の翼をもつ体長四十センチほどのカマドウマが数匹、天井から霧生の上半身目掛けて襲いかかってきた。
カマドウマは前二本の脚を霧生の服に食い込ませて、服を引き千切るのと同時にその柔肌に噛み付いて其処から霧生の生命力を吸い上げ始めた。
噛み付かれた肌には傷ひとつ付いていないが、まるで身体が鉛にでもなったかのような倦怠感が襲い、徐々に視点が定まらなくなって、やがて生命力をひとつ残らず失って、霧生の身体は灰色の石へと変わり果てた。
「後はてめえだけだな。ほら、お友達が寂しそうだぜ、とっとと石に……変わっちまいな!!」
「あ……いやぁっ、誰かっ!! おねえちゃぁぁぁん!!」
霧生を襲い、石に変えたMIX-Aは続いて織姫ヒカリに襲い掛かり、身に付けていた服を引き裂いて生命力を奪い始めた。
両手で身体を這いあがるナメクジ型の小型GEを引き剥がそうとしたが、生命力を奪われ続けている為にやがて抵抗する事すらできなくなり、最後はまるで暗闇に引き釣り込まれるかのように意識が途切れ、星野や霧生と同じ様にその身体を石の彫刻へと変えて行った。
「コレで今回の仕事は終りだな。この辺りは警戒されるだろうから、また別の地区でアイドルの卵とやらを石に変えさせて貰うぜ。じゃあな」
浅犬は織姫ヒカリに襲いかかっていたGEがその身体から離れた後、頬を軽く叩いて完全に石の像に変わっている事を確認して公民館を立ち去った。
三人が石に変えられているのは、リングの反応や生命力残量がゼロという事を調べた対GE民間防衛組織からの情報で判断された。
◇◇◇
「その後、そのプロデューサーから、『今更メンバーの変更なんてできない。君がもし黙っていてくれるなら君を織姫ヒカリとして三女神をデビューさせたいんだけど』って持ちかけられたの」
もし断れば、織姫ヒカリのオーディション合格は取消、二度とアイドルとして活動できないという脅し付きだった。
アカリ自身は次の年にオーディションを受ければ合格確実と言われていたので、この条件を飲めば妹のヒカリはもし元に戻る事が出来ればアイドルとして活動できるが、自らはもう二度とアイドル織姫アカリとしてデビューできないと薄々気付きながら……。
「アカリはね、自分が石に変えられたショックで妹の記憶が混乱してるって事にして、一生懸命織姫ヒカリを演じていたの。三女神っていうヒカリちゃんの夢を守る為にね」
美華月カグヤは決してフアンには見せない様な悲しみに満ちた瞳で、そう呟いた。
「実はね、私の友達も以前、その浅犬って奴に騙されて石に変えられちゃった事があるの。その時デビュー予定だったグループは変わりがいないって事で解散、オーディションで受かってた他の子はみんなソロでデビューしたんだけどあまり人気が出なくて直ぐに引退しちゃったんだ」
豊穣ミノリは顔を伏せ。
「でもね、石に変えられたからって、絶対に元に戻れない事は無いでしょ? 私の友達もこの前、石から元に戻ったんだよ」
「へえ、運良く防衛軍の奪還作戦が展開されたのか。年に数十ヶ所は解放されてるとはいえ本当に幸運ですね」
「何言ってるのよ。助けてくれたのは君達でしょ♡ 本当に……ありがとう……」
そう言った神坂に近づいた豊穣ミノリは神坂に抱き着きいて涙を流しながら何度もありがとうという言葉を繰り返していた。
「今回の件、浅犬とアカリの間に取引なんて無かったわ。おそらく、私達が此処に来るのを知った奴らがアカリを利用しただけだと思うの」
「確かに……。連中の一味なら、KKI〇〇五地区に誘き出されたりしないか」
永遠見台高校でコンサートを行った日の夜、KKI〇〇五地区の公民館に放置されたままだった石像に変えられた織姫ヒカリに会う為に、アカリはマネージャーを引き連れて車で現場に向かっていた所、そのはるか手前のKKI〇一七で小型GEに取り囲まれ、危うく其処で石の彫刻に変えられる所だった。
しかし、偶然単独でその辺りの拠点晶を破壊していた凰樹に助け出され、安全な場所までバイクで誘導して貰った為に九死に一生を得ていた。
もしあの時凰樹に出会っていなければ、マネージャーや運転手と共に石の彫刻へと変わっていた事だろう。
「あの時はありがとうございました。あのルートなら危険も無くヒカリに会えるって情報を貰ってたんですが、多分その情報も……」
「浅犬か残影の誰かが流した偽情報だったって訳っスね。殺すって手もあるけど、石に変えた方が悲しみや苦しみが長い事を良く知ってるって事っスから」
霧養の言う通り、殺せば悲しみは大きいが、やがて人はそれを乗り越えて気力を取り戻せることをしっている。
しかし、石に変えられた場合、元に戻されない限り十年と言う歳月を希望と絶望の狭間で苦しみ抜き、最後の数年に至っては心が押し潰される程の深い悲しみが待っている。
死んでいる訳じゃない、助けられるのに助けられない、見殺し、助け出す為に全力を尽くせたのか? そんな想いを抱えたまま、十年と言う歳月を過ごさなければならない。
「アイドルがその苦しみを少しでも和らげる希望の存在なら、可能な限りその芽を摘んでおこうってのがGE共存派や残影がこの辺りの地区で暗躍してた理由だろうからな」
実際に、アイドルが歌う曲の中には、石化した人を救う救世主を称えるような歌が結構存在する。
また、石化した誰かを助ける事を諦めないように励ます歌も多い。
「他より安全で、しかも設備も揃ってる。この公民館の様なコンサートホールも幾つかあり、大小さまざまなコンサートを行う事が出来る。デビューしたてのアイドルが活動するのにこれ程適した居住区域はありませんわ」
「お父さんも、街の再開発時に出来るだけそういった施設が造られる様に頑張ったって言ってたし、それがあったから鈴音もオーディションに参加したりしてたみたい」
荒城の祖父や宮桜姫の父親も、アイドルが人々の支えになっている事は気が付いており、彼女達が活躍し易い様に様々な施設を建ててそれを取り巻く様々な企業を誘致し続けていた。
「ヒカリにGE共存派の疑いが無ければ、この依頼は此処で終わりだ。引き上げるぞ」
「……わかった」
「報酬は以前教えて頂いた通りお支払いします。ありがとうございました」
アカリは深々と頭を下げ、もう一度凰樹にお礼の言葉を述べた。
凰樹に続いてランカーズの他のメンバーも次々と控室を後にし、最後に残ったのは豊穣ミノリに抱きつかれていた神坂だけだった。
豊穣ミノリに抱擁されていた神坂はと小さく呟いて渋々身体を離す。
「あの……明日のコンサート楽しみにしてます」
「明日のコンサートにキミも来てくれるの? 壇上に呼んであげてもいいわよ♪」
ミノリは冗談交じりにそんな事を言ったが、そのひと言が神坂の心に小さな火を燈していた。
読んで頂きましてありがとうございます。
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