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ランカーズエイジ  作者: 朝倉牧師
偶像奪還編
22/98

新しい力 四話

 今日は二話更新になります。

 楽しんで頂けましたら幸いです。


 七月五日、火曜日。


 この日の夜、少し離れた場所に建っている永遠見台高校の第二女子寮の一室に、楠木(くすのき)荒城(あらき)竹中(たけなか)伊藤(いとう)宮桜姫(みやざき)の五人が集まり第一回GE対策部女子会を開催していた。


 明日は水曜で楠木や宮桜姫が凰樹の弁当を用意する必要が無い事もあり、男性陣抜きで色々話したい事もあった楠木達がいい機会だからと部活の後で集まっていた。


 寮の共用台所に材料を持ち込み、楠木、荒城、宮桜姫の三人がメインの料理を担当し、伊藤が食後のデザートを作り、竹中はその手伝いをしていたが、父親が石に変えられて長い間心が死にかけていた竹中にまともな手伝いが出来る筈も無かった……。


 前回の拠点晶ベース破壊で十億ポイント以上入手した伊藤や荒城、それに竹中がポイントで支払うと言い出した為に、高価な牛肉を信頼できる肉屋で購入してそれをローストビーフにし、後はタイのカルパッチョや鶏ささみ入りのサラダ、インスタントでは無く買ってきたジャガイモから作ったポタージュスープなど洋風のメニューをメインにしていた。


「やっぱりわたしも料理覚えないとダメだよね?」


(ゆかり)はそのままでもいいんじゃない?」


「竹中さんは、食べる専門でも問題はありませんよ?」


「料理をするのが好きじゃないなら、無理に覚える事は無いんじゃないかな?」


 小顔なのに大きな瞳で更に丁度いい厚みの唇、その上小柄で巨乳という無敵のわがままボディを持つ竹中に、料理スキルまで修得させようとする恋敵(なかま)などどこにも居なかった。


 それに今から料理を覚えたとしても、練習を重ねてきた楠木や宮桜姫、幼い頃から様々な英才教育を受けておりその中に料理まであった荒城に敵う筈も無い。


「それよりさ、今日は輝の事でいろいろ話したかったんだ~」


「輝さんの事ですか?」


「ううん、そうだけどそうじゃなくて。此処にいるみんななら気が付いてると思うけど、輝ってさ、いろいろ危ういところあるじゃない? それでさ、何とかみんなで普通の状態に戻せないかなって思ってるんだけど……」


「流石に楠木さん、よく見てますわね」


「危うい……かな? 凰樹君って割と万能で完璧人間っぽいけど」


「宮桜姫さんはそう思われているんですね?」


 この一瞬で荒城は宮桜姫が意外に凰樹の事を理解していないと思い、それと同時に楠木の事を凰樹を巡る恋のライバルであると確信した。


 今までも凰樹と気軽に話す荒城に、凰樹との橋渡しや仲介役を頼む少女は何人もいた。


 その時、凰樹の事を完璧人間扱いしてくる少女には簡単に引き合わせ、凰樹の事を「見ていて危なっかしいから支えてあげたい」などと話してくる少女には、「そこまで見てるんだったら自分で言や良いだろ」と言って、絶対に自らが仲介役になろうとはしなかった。


 凰樹は集中力がある為に短時間で試験範囲を完全に丸暗記して好成績を維持し、その高い身体能力を発揮して体育祭や球技大会等では体育会系の部に所属する生徒を差し置いて、最優秀選手に贈られるメダルなどを総なめにしていた。


 その上っ面だけを見て一目惚れする少女も多いが、誰も頑なに閉ざされた凰樹の心の扉を開ける者は居なかった。


「凰樹君ってさ、見てないとすぐ何処かに飛んでっちゃいそうな気はするけど、此処に帰る場所はあるよって教えてあげてれば、どんな目に遭っても帰ってきそうじゃない?」


「……そうですね」


 そしてこの瞬間、宮桜姫が凰樹の能力と共に、凰樹が本能的に求めている物を理解している事を悟った。


 GEとの戦い、そして姉と母親の救出する。


 それだけを心の支えとして戦い続けている凰樹にとって、もっとも必要な物が何なのか理解していないと口に出来ない言葉だからだ。


 凰樹を巡るライバルでは無い、一瞬でもそう判断した事を反省した。


 宮桜姫(かのじょ)は、本気で凰樹の事を見続け、その隣に立とうとしていると……。


「まあ、そういう事なんだけど……、ううん、そうじゃなくてさ、もっとこう、いつもの戦闘モードでも、部活での隊長モードでも、学校での優等生モードでもなくってさ。もうすこし気を抜いて安らげる様にならないかなって……」


「そうですね~。ちょっと何か考え事しているような素振りを見せる時は、だいたい私達に黙って無茶な事しようと考えてますよね~。今日のお昼とか」


「あきらの事は信用してるし、無茶な作戦を実現させる力があるのは分かってる。でも、私達の事をもう少し頼って欲しい」


 情報を漏らした窪内達だけでなく、何の情報も与えていない楠木達にさえ凰樹が秘密裏に行っている作戦は筒抜けだった。


 しかも伊藤達は凰樹のほんのわずかな仕草や素振りだけで、黙って何かしている事を見抜いていた。


「私達が頼り無いのは分かるけど、せめてあの環状石(ゲート)の時みたいに、こんな作戦を考えてるってひと言でいいから相談して欲しいよね」


「それはおそらく無駄だと思いますわ。輝さんは、出会ったあの日に既に今の輝さんでしたし……」


「………荒城さんって、あんな格好でAGE、しかもソロ活動してたのはあきらに追い付く為だったんだよね?」


 男勝りの言葉使いでまるで不良のような格好をし、殆どどの部隊とも共闘せずにセミランカーまで上り詰めた荒城。


 今ではその行動がすべて凰樹の隣に並ぶために相応しい力を手にれる為だけの行動であったと、自ら暴露していた。


「そうですが、それが何か?」


「その、荒城さんが出会った頃の輝ってさ、いつの話なの?」


 ひとりの少女にそこまで決心させるほどの出来事。


 それがいつなのか、楠木は確かめずにはいられなかった。


「良いですわ。折角だから話して差し上げます。あれはそう、わたくしがまだ八歳の頃でしたわ……」



◇◇◇



 今から約八年前、凰樹がGEの襲撃により故郷を失う少し前。


 荒城(あらき)佳津美(かつみ)は、少し前の宮桜姫と同じ様にまだGEの脅威など知らず、両家のお嬢様として様々なわがままを言っては身の回りの世話をする付き人達を困らせていた。


「ピクニックに行きたいの!!」


 当時、この居住区域の周りはレベル一の環状石(ゲート)が多かった為、近隣にある他の安全区域よりも各段に居住希望者が多く、GEの出現する危険区域の一部まで開発を進めて最新鋭の対GE用結界を設置してそこに住宅などを建設していた。


 のちに凰樹や窪内や霧養などがこの安全区域に避難してきたのは偶然では無く、AGE活動で活躍したり、その能力を買われている者はこうした比較的安全な居住区域に移住させられることが多い為だ。


 とはいえ、この当時はいまほど安全では無く、居住区域の一部などではGEに襲われて石に変えられる者も存在した。


 その少し危険な居住区域の端、そこには小さな池と程よい大きさの広場がありそして、誰の手も借りずに自ら芽吹き、大空に向かって花開いた色とりどりの花が咲き乱れていた。


 しかし、この場所はこの美しさ故に何人も幼い少女達が訪れ、GEに襲われて灰色の石の像に変えられた悲劇の場所だ。


 翌月には進入禁止の危険地区に指定されるのだが、まだ指定される直前のこの場所に荒城は友達と護衛兼付き人を数人従えて小さな弁当や水筒などを持参して訪れていた。


 GEに多くの土地を奪われ、居住区域が少なかったこの時期には遠足やピクニックなど滅多に行われる事は無く、もし行われる事があっても他の居住区などの見学という子供たちにとっては面白味のない内容である事が多かった。


 心地よい風がそよぐ池の畔の草原にビニールシートを広げ、その上で荒城とその友人はバスケットに収められていたサンドイッチを食べ、色とりどりの花を摘んで大きな花冠を作っていた。


 付き人達は辺りを警戒し、いちおう裏ルートで手に入れた特殊トイガンで武装していたが、それをどうすればいいのかまるで理解していなかった。


 荒城に悪戯などさせない様に、家長である祖父が選んだ付き人達は全員女性であり、トイガン(こういった物)に馴染みが無かった事も原因だった。


「あそこ、なんかおかしくないか?」


「アレか? アレはただのキノコだろう?」


 付き人が気が付いた時、周りに初めは無かった筈のキノコが生えており、その下からタガメの様な姿をしたGEが現れた。


 MIX-P……、亜生物目魔物半植物種に分類され擬態を得意としている為に、普通のGEと違って素人には判別は付きにくい。


 GEだと気が付いた付き人が手にしていた特殊トイガンで攻撃をしたが、使っていた弾が普通のBB弾だった為にダメージなど与えられる筈も無く、その事を理解していない付き人は効果の無い弾で攻撃を続けていた。


「お嬢様!! GEです、車までお逃げください」


「あなた達はどうするの?」


「我々は此処で、こいつ等を……、うわぁあっ!!!」


 付き人がGEの攻撃を受け、生命力(ゲージ)を十奪われた。


 護衛兼付き人として対人用の護身術などは修得してはいたが、AGEとしての訓練を積んでおらず、GEの攻撃など受けた事も無かった彼女は身体から急激に奪われた生命力(ゲージ)の影響で激しい脱力感と倦怠感に襲われてその場に膝をつき、隙だらけとなった所に三匹のGEが次々に襲いかかって付き人の一人はそのまま灰色の石の像へと姿を変えた。


青海(おうみ)さん!!」


「お嬢様、彼女の犠牲を無駄にしてはいけません!! 早く車に……、ああぁ……」


 この草原から少し離れた場所に止めていた車へと続く道を塞ぐ様に別のGEが姿を現し、ゆっくりと荒城達の方へ向かって来た。


 しかもそれはこの時期では強敵と知られていたMIX-A中型(ミドルタイプ)GEで、その姿は全島一メートル程の大きさのイタチのシッポが鯉の尾びれになっている。


 一見すれば滑稽とも思えるその姿とは裏腹に、凄まじいプレッシャーを発しながらゆっくりと荒城達との距離を縮めていた。


「後ろはあのきのこみたいなのがいるし……、せめてお嬢様達だけでも」


「誰が車を運転するのよ!? あなた達も一緒に来なさい!!」


「ですが……」


 この時、四人いた付き人のうち既に二人までが石像に姿を変え、残された二人も何回かGEの攻撃を受けてその倦怠感によってかなり動きが悪くなっていた。


 未だに荒城やその友達に一度もGEの攻撃を許していない事は称賛に値したが、幼い荒城たちだけではこの場を振り切ったとしても無事に安全区域まで逃げ切れない事は分かっていた。


「せめてあのイタチがいなければ……」


 後ろのMIX-P、キノコを生やしたタガメは動きが遅く、荒城たちが全力で走れば振り切れると思えた。


 しかし、行く手を塞ぐイタチタイプの中型(ミドルタイプ)GEから逃げられるとは思えない。


 イタチが身体を低く構え、いよいよ荒城たちに襲いかかろうとしたその瞬間、何者かが森の奥から銃撃音と共に小型のバイクで姿を現す。


 荒城たちの窮地に駆けつけたのは身長百五十センチ程の少年で、バイクに跨ったままで手にした改造小型ミニ電動銃で瞬く間にMIX-Pを撃破した。


 そしてその少年はバイクを降りて襲いかかろうとしていたイタチタイプの中型(ミドルタイプ)GEに、腰から引き抜いた特殊ナイフを手にして立ち向かった。


「そんな、無茶な!!」


「だめっ!! え?」


 特殊ナイフでイタチタイプの中型(ミドルタイプ)GEの頭部に斬り付け、刹那の間に数度身体を切り刻んで、当時は強敵と言われ恐れられていた中型(ミドルタイプ)GEを瞬く間に仕留めた。


「もう大丈夫、この辺りにはGEはいないよ」


 少年は慣れた手つきで地面に残された魔滅晶(カオスクリスタル)を拾い、再びバイクに跨って荒城たちが礼を言う暇も与えずに姿を消した。


 僅か数分にも満たない白昼夢のような出来事……。


 しかし、今起こった事が夢でない事はすぐそばにある二体の石像が雄弁に物語っている。


「……あの少年、AGEなのでしょうか?」


「AGE?」


「はい、正確には対GE民間防衛組織と言いまして、そこに登録してGEと戦う民間協力者の総称(こと)です。確か十歳から参加できるそうですので、あの容姿ですとまだ参加したてだとは思うのですが」


「だが、戦い始めて間もない少年が、あんな戦い方が出来るのか? あのイタチは簡単に倒せる相手ではなさそうだった」


 対人用の護衛術なども身に付けている彼女達は、目の前で行われた事がいかに現実離れしている事か理解していた。


 あのイタチタイプがもし荒城たちに襲いかかっていたら、数分と経たずにこの場所には先程犠牲となった二人の石像の他に六体の石像が追加されていた事だろう。


「石像に変えられた青海達は、後で他の者に回収に来させます。お嬢様達は急いで車へ」


「分かったわ。あと今の少年、後で何処の誰か調べて必ずお礼をなさい」


「あんな特徴的なAGE、すぐに特定できるでしょう」


 しかし、荒城の付き人がどれだけ手を尽くしても、対GE民間防衛組織の登録者の中に該当する少年は見当たらなかった。


「特殊ナイフで中型(ミドルタイプ)GEを単独撃破なんて、子供向けのTV番組じゃないんですから」


「まったくだ。そんな子供がいるならお目にかかりたいもんだな」


 十歳で登録する者は珍しくも無いが、殆ど戦闘経験の無い素人ばかりで、話を聞いた先々では中型(ミドルタイプ)GEを特殊ナイフで倒したという事自体を鼻で笑われて馬鹿にされもした。


 この当時、ようやく第二世代の特殊ナイフや特殊マチェットが出始めたばかりの時期で、物珍しさにそれで戦うAGEも何人かいたが酷い手傷を負って一~二度の使用で諦める場合が多かった。


 白馬に乗った王子様の様に颯爽と現れて窮地を救ってくれた少年が誰なのか……、会えないもどかしさと衝撃的な出会いが脳内で次第に美化され、まだ芽生えても居なかった荒城の恋心に想像力の限りを尽くした(想い)を与え続けていた。



◇◇◇



「それだけ?」


「それ、どうやって名前とか調べたんですか? その頃はまだ雑誌とかにも出てませんでしたよね?」


 AGEに登録していない凰樹は殆どの場合、故郷の守備隊の部隊に厄介になっていたが、非公式にAGE活動をしていた為に凰樹が雑誌などに取り上げられる事は無かった。


 また、守備隊と行動を共にしていない時はバイクを使って環状石(ゲート)のレベルが低いエリアへ遠征を繰り返し、中型(ミドルタイプ)GEなどを単独で討伐していた。


「この話には続きがありまして、そこで、輝さんの名前を知る事が出来ましたの」


「続き?」


「はい、運命の出会いから、約一年後。私が九歳になった時です……」



◇◇◇



 次に荒城が凰樹に出会ったのは九歳の時で、居住区域の東側に新たな住宅街を作る為の視察に赴いた祖父におねだりして同行した時だった。


 以前荒城が襲われた事を教訓としてこの手の視察にはAGEの部隊に協力を要請し、守備隊などに報酬を支払って護衛の部隊を雇う事にしていた。


 資金繰りに困っていた守備隊の多くはこの手の護衛任務などは喜んで引き受ける事が多かったが、この時は視察先で何度も中型(ミドルタイプ)GEが姿を見せていた為、当時中型(ミドルタイプ)GEを倒す手段を持っていた少し離れた居住区に存在した凰樹の所属する部隊に声がかけられたのだった。


 居住区からの距離があった為に、送り込まれた隊員は全部で十二。


 その中の一人、周りの隊員とは違う独特の雰囲気を漂わせる一人の少年に荒城の瞳は釘付けとなった。


 その少年はあの時より少し背は伸びていたが、あの時と同じ様に特殊ゴーグル越しに見える瞳には力強い光が溢れ、腰には特殊マチェットをぶら下げて強引に許可を取り付けたのか右手にはM4A1カービンを握っていた。


 あの時の少年だ!!


 ひと目でそう確信した荒城は今まで抑えていた恋心が一気に爆発し、すぐにでもその少年の名前を知ろうとした。


 しかし、少年とその部隊の人間は挨拶だけ終えるとすぐに五人の護衛部隊を残し、レーダーで確認した紅点が集まる地区へと討伐に向かった。


「あんな少年に務まるのか?」


 荒城の祖父は立派な髭を撫でながら、他のAGEに比べてあきらかに線の細い体格でありながら討伐部隊に配置された凰樹をそう評していた。


 しかし、護衛任務でこの場所に残った隊員はスリングに手を伸ばして帝都角井製M16A2を肩にかける。


 またか、という顔をしながら……。


「輝の事ですか? アイツで無理なら、この辺りの部隊全員掻き集めても無理でしょうな」


「……まさか、冗談なんだろう? そんなAGEがいるなんて話、儂は聞いていないぞ」


 ランカーやセミランカーに成長しそうな将来有望なAGEの情報は様々な所で噂され、その中には自らの勢力に引き込もうとする者も多い。


 理由は簡単で、環状石(ゲート)拠点晶(ベース)を破壊して奪還した土地は再び環状石(ゲート)の支配下に堕ちる事は無い。


 安全区域となった土地の価格は当然跳ね上がり、所有していた殆ど無価値だった土地が都心の一等地にも劣らぬ価格まで跳ね上がる事もざらで、防衛軍の奪還作戦の候補地周辺の土地価格は激しい乱降下を繰り返している。


 環状石(ゲート)は無理でも拠点晶(ベース)周辺の土地を持っている地主などは、拠点晶(ベース)破壊能力を持つAGEの情報を常に欲していた。


 この半年の間、急にこの周辺の拠点晶(ベース)が破壊され始めた為に、この安全区域の地主だけでなくその土地を安価で買い上げてひと財産築こうとしている資産家などはそれを行っている部隊の情報を集めていた。


 しかし、肝心の凰樹が部隊を変える事が多く、しかもまだこの時はAGEに登録されていないので拠点晶(ベース)を破壊している凰樹の正体を知る者は殆ど居ない。


「諸事情ありまして極秘扱いですがね。凄い奴ですよ、凄すぎて持て余す部隊も多かったみたいですが……」


 この頃、既にチャージ機能付きの特殊マチェットを手にしていた凰樹は、近隣の拠点晶(ベース)の破壊をはじめていた。


 最低百万ポイントに加え、副産物として高純度の魔滅晶(カオスクリスタル)、それにその辺一帯の小型(ライトタイプ)GEが残す無数の魔滅晶(カオスクリスタル)


 それを求めて所属する部隊が無茶な作戦を立案して凰樹の反対を押し切って作戦を強行、そして部隊が壊滅なんて言う事態も珍しくは無かった。


 初めて荒城と出会った時も半月ほど前に強引に凰樹を引き抜いた部隊が壊滅し、仕方なくバイクを駆使してソロ活動を行っていたところだったのだ。


 今所属している部隊はその辺りを弁えており、凰樹の進言は必ず受け入れて無茶な作戦などには決して手を出さなかった。


 しかし、凰樹の進言した作戦そのものが、常人には理解できない難易度である事は良くあることだった……。


「KIS〇〇二の部隊から通信、三匹の中型(ミドルタイプ)GEと遭遇。拠点晶(ベース)も発見したそうです」


中型(ミドルタイプ)GE? しかも三匹だと!! この辺りには居ない筈だろう?」


「重要と思われる拠点晶(ベース)の周りには護衛なのか中型(ミドルタイプ)GEが居る時が多いそうです。となりますと、この辺りを開発して住宅地にするなど無茶も良い所ですな」


 荒城の祖父は一度に三体もの中型(ミドルタイプ)GEの討伐例など、防衛軍以外で聞いた事も無かった。


 討伐できない以上この一帯の開発は諦め、また別の場所を数か月かけて調べてるしかなと思った。


「諦めるしかないのか? この辺りを開発できれば、最低でも数千人規模の住宅問題が……」


 莫大な稼ぎが期待できるという面も否定できないが、比較的安全なこの居住区域の周辺に出来るだけ多くの住宅を建設しようと言う心意気は本物だった。


 しかし、中型(ミドルタイプ)GEが出現するとなるとそんなことは諦めざるを得ない、そう考えた矢先に討伐部隊から再び通信が入った。


「部隊より追加の通信。中型(ミドルタイプ)GEの撃破及び拠点晶(ベース)の破壊に成功。支配区域からの解放により、周囲の安全を確認した為に帰還するそうです」


中型(ミドルタイプ)GEを討伐? 拠点晶(ベース)の破壊? おい、冗談だろう? 護衛の報酬を引き上げようとして、そんなたちの悪い冗談(ジョーク)を言っているのか?」


 部隊員の一人が対GE民間防衛組織のホームページを開き、そこにリアルタイムで表示されている安全区域を表示させた。


「此処、さっきの時間に安全区域になってるでしょ? 世の中にはねいるんですよ、()()が出来る化け物が……」


 安全区域に切り替わった時間は確かに数分前だった。


 最初の連絡を受けてから、討伐完了の連絡が来るまで僅か十分程度。


 この時期に出回り始めた比較的純度の高い特殊弾を使ったにしても、中型(ミドルタイプ)GEを撃破するにはあまりにも早すぎた。


 しかも今回は三体も同時にである。


「僅か十分足らずで三匹の中型(ミドルタイプ)GEを討伐して、拠点晶(ベース)を破壊する者か……。AGE隊員なんだろう? 名は? 名はなんというんだ?」


 少し興奮気味に、荒城の祖父は口にした。


 それこそが、荒城佳津美が最も知りたい情報のひとつだ。


 しかしその隊員は首を振りながら少し失笑気味に笑う。


「残念ながらAGE隊員じゃありませんよ」


「何故だ? 過去に何か仕出かしたのか?」


 あまりに素行に問題がある場合。もしくは、著しい犯罪行為などを犯した場合にはAGE資格を剥奪される場合もあり、中にはそういった元AGE隊員を仲間に引き入れて戦力にしている部隊もある。


 資格を剥奪されたとはいえ戦力的には申し分の無い者も多く、報酬として稼いだポイントを後で還元するなどと言う手段を用いていた。


「………あまり教えたくないんですが。素行は問題ありません、単独で中型(ミドルタイプ)GEを百体以上撃破、部隊の支援があるとはいえこの辺りの拠点晶(ベース)を十以上破壊、普通なら、とっくにセミランカーになっているような実績を打ち立てているそいつは……」


 そこでワザと一呼吸置き。


「まだ九歳の凰樹(おうき)(あきら)って小僧ですよ。当然十歳になっていないので、AGEに登録されちゃいませんがね」


「きゅ……九歳? 孫娘の佳津美(かつみ)と同じ歳でか? 馬鹿なそんな話が信じられるか!!」


 教えられた情報が信じられず、すっかり白くなった髪の毛を右手で掻きながら、荒城の祖父はその隊員に詰め寄った。


()()が普通の反応ですよ。こんな与太話、誰も信じちゃくれません。だからこの辺りを解放し続ける謎のAGEが誰なのか、俺達以外は誰も知らないんですよ」


 しかしその隊員は何故これほどまでに活躍していた凰樹の名を誰も知らないのか説明し、冷ややかな目で荒城の祖父をみつめる。


「お爺様、以前、わたくしを助けて下さったAGE(かた)の話なのですが、間違いなくその凰樹輝様ですわ」


「あのピクニックの時の話か? ……あの時はまだ八歳位だろう? 幾らなんでもバイクは……」


「危険区域は私有地などと同じ扱いですから、通常の道路交通法は適用されません。接続区域はどうしているか知りませんが……」


 一応、GEとの戦闘で退却時にバイクなどを使用する事は認められているし、GEが頻繁に出現する地区を巡回する警察など居ない。


 運悪く見つかった場合でも、AGE活動時に仕方なくと言えば大体認められるし、中型(ミドルタイプ)GEを倒して時に手に入る高純度の魔滅晶(カオスクリスタル)を見せれば、それが嘘で無い事位すぐに理解して貰える。


 この時代、GEは世界人類の敵であり、それを倒す者には相応の敬意が払われる事が当然とされていたからだ。


 更に言えばようやく高純度弾が出回り始めたようなこの時期では中型(ミドルタイプ)GEを倒せるAGEはかなり貴重で、その区域にいるかいないかの差でAGEの消耗率が一~二割変わるとまで言われれていたから尚更の事だった。


中型(ミドルタイプ)GEを退治できる猛者(もさ)から足を奪う馬鹿など存在せんか」


「まあそうですね。正直、守備隊から警察には連絡が行っていると思いますよ。恰好が特徴的ですし、紅点レーダー内臓の特殊ゴーグルを装備してるバイク乗りなんていませんからね」


 それどころか、安全区域ギリギリの場所を巡回中にGEに襲われ、凰樹に助けられた警察官も意外に多く、去年の末頃には詳しい年齢などは知られていないが、【バイクを使って単独でAGE活動してる勇敢な少年がいる】という情報だけが近隣に知れ渡っていた。


「佳津美の命の恩人だ。一度礼を言わんといかんな……」


「そうですわ。凰樹様がAGEに登録された日に、我が家にご招待しませんか?」


「それはちと時間を空けすぎじゃな。何か欲しい物があれば、それをプレゼントする事にしよう」


 この時、凰樹は何も欲しがらなかった為、当時は今より高価だったステーキを振る舞った。


 食べ盛りの凰樹は初めて食べるステーキを腹一杯詰め込み、荒城の祖父に何度も礼を言ったという。



◇◇◇



「輝さんがAGEに登録した数年後、お爺様の目を盗んで、こっそりAGEに登録したのですが、粗野な人が多すぎて、あんな格好をして身を守るしかなかったのですわ」


 あんな格好とは、少し肌が小麦色に見える色付きの日焼け止めオイルを全身に塗りたくり、長く美しい髪を短く纏めてショートカットで少し茶色い髪のウイックまで被っていた事だ。


「といってもセミランカーだったよね?」


「輝さんに追い付く為に、お金でポイントを買っていた様な物です。月々のお小遣いが無ければAGE活動を続けられない程に完全に赤字でしたわ」


「あ~、小型(ライトタイプ)狩るのに高純度弾使ってんだっけ? そりゃ赤字になるよ」


 この居住区域でも有数の資産家の孫娘でなければ、性質(タチ)の悪い男に手を出されかねないAGE活動内容だ。


 ソロ活動とはいえ貪欲に魔滅晶(カオスクリスタル)を掻き集め、それを対GE民間防衛組織に提出して強引にポイントを稼ぐやり方はあまり褒められたものではなかった。


「装備だけでも何百万もかかるから。お父さんにお願いしないと無理……」


「そりゃ、宮桜姫さんのお父さんなら買ってくれるだろうけどね」


 宮桜姫の家も居住区域でも有数の資産家だが、その殆どは凰樹が解放した安全区域の土地を売りさばいて得た物だった……。


 同じ様に凰樹が解放した安全区域の土地を所有していた者などは揃って莫大な額を手にしていたが、その多くはその金を使ってこの居住区域の高級マンションなどに移住している。


「資産の半分以上はあきらのおかげだよね?」


「それを言えば荒城さんも……、同じ理由で凰樹君を狙ってる人も多いって聞くよ」


 この居住区域周辺の土地を持っている資産家の一部は、自分所有する土地にある拠点晶(ベース)を破壊して貰える様に、他のAGE部隊などに偽装して拠点晶(ベース)破壊要請などを送ったりもしていた。


 そういった物の多くは対GE民間防衛組織に鼻薬を嗅がせる事も忘れず、発覚しても無傷で済む様に幾重にも策を張り巡らせていた。


 中には自らの勢力に凰樹を引き入れようとし、自然な形で身内にいる同年代の少女などを引き合わせようとする者も後を絶たなかった。


「ライバルが沢山……、大丈夫、わたしにはちゃんと武器もあるし」


 竹中はボリュームたっぷりの胸を持ち上げ、それを軽く左右に揺すって見せた。


「ゆ~か~り~。あんまり色仕掛けで輝を困らせないでよね」


「大丈夫、あきらがその気になっても、拒んだりしないから」


「「「どこが、大丈夫なんですか!!!!!」」」


 何かを抱きしめる様な仕草を見せた竹中に対して、宮桜姫、楠木、荒城の三人は声を揃えて叫んでいた。


「あきらの好物がステーキって分かったのも、大収穫。お肉焼くだけなら私でも出来る」


「あ……、その手が……」


 竹中や楠木にとって、今日一番大きな収穫はそれだった。


 殆ど何を食べてもそこまで喜ばない凰樹の数少ない好物。


 それは、肉汁たっぷりの厚めなステーキだ。


「アピールするのは良いけど、本格的に行動するのは、凰樹君がお姉さんたちを助けた後にしようね」


「乙女協定ですわね。でも、輝さんが暴走しない様に、傍にいるようにしましょう……」


 この日、竹中、荒城、楠木、宮桜姫の四人による乙女協定が結ばれた。


 なお、もう一人の参加者の伊藤は中立の立場を示した為に、この時はこの協定には入らなかった……。





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