新しい力 三話
少し短めになりますが、一話分がかなり長くなったために二話に分けた為になります。
楽しんで頂ければ幸いです。
分けた話も同時に更新しています。
七月五日、火曜日。
午後九時二十八分。
梅雨でありながらここ最近は雨が降らなかった為、川や池は渇水して水量の少なくなった池ではたくさんの鯉が餌を求めて泳いでいる。
しかし、乾いて地面に露出した池の周りには石と化した鯉も存在し、GEが人類だけの敵では無い事が窺がえた。
池の周りだけでは無く、森や林にはセミやカブトムシなど夏によく見かける昆虫の石像や、キツネや猪などの野生動物の石像も多くみられた。
石化して十年の猶予が与えられるのは人間や一部の動物だけで、昆虫などは僅か数か月で石化した身体の崩壊が始まる事も多い。
この為、石化している状態で正確な数は知られていないが、世界ではすでに絶滅した動物なども多いといわれている。
◇◇◇
「次の拠点晶は廃棄地区KKI〇二四か、流石に〇〇五は紅点が多すぎて近づけないな……」
昼間、あれだけ神坂に釘を刺されていながらも、凰樹は単独での拠点晶破壊を続けていた。
日没後は視界が狭まる上に、光源によるGEへの隠蔽力の低下やGEの接近や発見がレーダーの紅点便りになる事など、人類側に有利な事が何一つ無い為に通常であれば作戦行動は行われない。
夜間に戦闘が行われるケースは主に、GEが押し寄せてきたために仕方なく迎撃するパターンや押し寄せてきたGEの処理が間に合わず日没後まで戦闘が続いたパターンなどの時だけだ。
他の国では日中は太陽の日差しなどから戦闘が行われず、涼しくなった午後や夜間に戦闘を行う国もあるが、野外用の大型の照明を用いて比較的見通しの効く平野で行われる事が多い。
山野が多い日本の場合、拠点晶や環状石が山間部にある事が多く、見通しの効く日中でないとGE以外の危険が多い為に多くの地区で夜間の戦闘など行われていない。
その事を知っている為に、凰樹はほかの部隊の事など気にかけず、比較的安全なKKI地区の拠点晶を破壊し続けていた。
「環状石だと大型なんていないからな。これで……、七つ目!!」
バイクを止め、周りにいる小型GEには目もくれずに数歩先の拠点晶に特殊小太刀を突き入れて破壊した。
拠点晶を失って一気に支配力を失った為、周りにいた小型GEは苦しみ始めて次々に自壊していく。
「生命力の残りは……、九十五。凄いな、この試作型次世代特殊小太刀。坂城の爺さんが調整してくれてるから、手にも馴染むし……」
凰樹は昨日まで使っていた特殊小太刀の他に、先日坂城が送ってきた試作型次世代特殊小太刀を使っていたのだが、この試作型次世代特殊小太刀は今まで使っていた特殊小太刀に比べて更に生命力の消費が極端に少なくチャージ時間も比べものにならない程に早かった。
また、トリガーを引かない状態でも柄を握っているだけで小型GEであれば斬り殺せる位の切れ味を発揮し、周りをほんの少し囲まれた程度であればこれを一閃するだけで切り抜ける事も出来た。
「先日のデータはまだ反映されて無い筈なのに、流石は坂城の爺さんだ」
環状石を破壊した特殊マチェットのデータはまだ解析中で、この試作型次世代特殊小太刀にはその蓄積された膨大なデータが使われていない。
にも拘らず、この試作型次世代特殊小太刀には、凰樹が欲していた機能がほとんど全部備わっていた。
「ただ、トリガーがあるのに、新型のトイガンと同じボタンが柄にも付いてるのが……、緊急用の予備か?」
試作型次世代トイガンに付いていたチャージ用のボタンが小太刀の柄の部分にもついていた。
今迄通りにトリガーも残されているので、試作型次世代トイガンに慣れた時に使いやすい方を使う為かどちらかが壊れた時用の予備だと理解した。
「でも、これがあっても故郷の環状石の門番GEや要石は破壊出来ない」
今迄防衛軍が破壊してきた環状石の情報を入手し、門番GEや要石がどの位強力であるか凰樹は調べ尽くしていた。
独断で行ってるこの作戦も、故郷の環状石攻略の布石であり、確実に門番GEを倒して要石を破壊できる策を幾重にも張り巡らせようとしていた。
環状石を破壊して姉と母親を救い出す。
この事だけを目標とし、凰樹はこの六年AGE活動を続けてきた。
一時期はそのあまりにも遠い目標に、焦りや苛立ちを隠せない時期もあったが、先日の環状石破壊をきっかけに今は完全にそれを乗り越え、今迄目標としてきたものが決して妄想や幻想では無く現実味のあるゴールだという事を確信した。
「もうひとつ、革新的な新技術で作られた武器か、防衛軍が環状石辺りを攻略してくれれば参考になるんだけど……」
拠点晶の欠片である高純度の魔滅晶を拾い集めながら、時計を確認した。
現在時刻は午後九時四十三分、回復薬や睡眠で生命力を回復させる事を考えれば、そろそろ限界だった。
「今日は七つか、この調子ならあと少しでKKIの環状石を孤立させられるな。週末までに壊せる拠点晶は壊しておこう」
魔滅晶を集め終り、小型GEが自壊し続ける荒れ地を、オフロードバイクの軽快な音を響かせながら走り抜けていった。
◇◇◇
その頃、学生寮の窪内の部屋には神坂と霧養が集まっていた。
凰樹が何をしているのか気が付いたため、対GE民間防衛組織のHPでリアルタイムの支配状況を確認し、端末に映し出される情報をチェックし続けていた。
この手の集まりは珍しくも無く、夕食は調理技術が一番高い窪内が準備してその材料は神坂達が持ち込むというルールになっている。
凰樹の行動の監視、及び作戦状況の把握といった事があった為に、この日は豚肉を串に刺して焼いた物や関西風のお好み焼きなど簡単に食べれる物が用意されていた。
窪内は豚肉を串に刺して焼くこれを焼き鳥と言って譲らないが、クラス内でも賛同者は意外に少ない為に単に串焼きと呼ぶ場合も多い。
飲み物は炭酸飲料とペットボトル入りの紅茶などが用意されており、それをそれぞれが好きなようにコップに注いで飲んでいた。
既に晩飯は食べ終り、次々に消滅している拠点晶を現す紅点と、破壊作戦が申請され瞬く間に解放されるエリアに呆れていた。
「これ、凰さんひとりで壊してはるんでしょ?」
「輝なら不可能じゃないとはいえ、こうしてみたら馬鹿げてるよな……」
通常は部隊が小型GEの数や付近の状況などを調べ、装備を整えた上で作戦を練り、短くても数日、長ければ半月近い時間を掛けて広い支配エリアに点在する拠点晶の位置を特定し、特殊ランチャーなどを用いて破壊する拠点晶を凰樹は単騎で、しかも僅か十数分で特定し破壊しているのだ。
通常の部活での作戦時には長ければ半日以上かけて破壊していた拠点晶を、凰樹は僅か二時間足らずで六つも破壊していた。
「凄いっスね、紅点が集まる拠点晶は避けて、確実に破壊出来る所を選んでるというか……」
「此処の拠点晶を避ける所辺り、小型GEの動きを予測してはるのか、それとも霧養はん並みの先読みしてはるんか」
隣接した拠点晶を狙う事もあるが、小型GEの動きに違和感でも感じるのか、囲まれそうになる拠点晶は上手く避け、逆に手薄になる拠点晶を確実に破壊し続けていた。
「今日はこれで終わりかな?」
「それでも六つっスよ、六つ。撃破ポイントも一千万ポイントオーバー……」
「いや、まだみたいでんな。KKI〇二四も破壊されてますわ」
この日七つ目となる拠点晶が破壊され、KKIに君臨する環状石を取り囲む拠点晶の数は、三分の一以下となった。
三女神の織姫ヒカリに頼まれていたKKI〇〇五は侵入経路が少ない上に、小型GEの存在を示す紅点があまりにも多い為、流石に凰樹でも単独では破壊しようとはしなかった。
しかし、最終的に環状石を破壊しようとすればKKI〇〇五の拠点晶も破壊せざるを得ず、いずれ部隊で破壊に向かうか状況が変化すれば凰樹は単独で其処に突っ込んでいくと思われた。
「たまにだが、俺は輝が恐ろしいと思う事がある。もし仮に、俺に同じ事が出来るだけの能力があったとしてもだ、俺にはあんな真似は出来ない」
「同感っスね。俺も輝さんに憧れてるとはいえ、ちょっと真似は出来ないっスね」
勇気では無く蛮勇であり、我が身の安全を僅かでも考えるなら、この様な暴挙に出る事は無いだろう。
ただ、凰樹は自らの状態による限界と、状況を冷静かつ正確に判断が出来る頭脳を持ち合わせている。
今迄の部隊での戦いでも、確実に危険な状況に陥る前に部隊長には撤退を進言し、それが受け入れられない場合は、窪内や神坂の様な有能な戦友を引き連れて血路を切り開いて脱出する事も幾度かあった。
その際、足手纏いになると判断すれば、他の隊員や部隊長などは簡単に見捨て、殆どの場合は脱出できる実力のある者しか助けようとしなかった。
甘い判断をすれば簡単に部隊が全滅する事を知っている凰樹にしてみれば当たり前の措置なのだが、それを逆恨みする者も過去には存在した。
「何故、彼を連れて逃げてくれなかったの!!」
恋人を失った女性隊員の多くはそう口にしたが、それが可能かどうか、残された映像などのデータを見て判断出来ない者は少数だった。
◇◇◇
「凰さんの生命力を使った様々な能力。身体の方に何か秘密があると踏んだ防衛軍が、色々サンプル入手して調べてるらしいですわ」
「精液以外は大体手に入れたらしいけど、なんであんな真似が出来るか未だに謎なんだってな」
健康診断と称して今まで何度も凰樹を防衛軍の息のかかった病院に向かわせて、身体検査や血液検査などを行って様々なデータを入手していたが、一般人とさほど変わらない数値が並んでいるだけだった。
家族からのデータも併せて検討したい所だったが、父親は作戦中に行方不明、激戦であった為に石化は確認されていないが、おそらく間違いないとは言われている。
母親と姉は故郷で石化中、そして姉の方には事情がある為に参考にはならない。
その事は既に凰樹も知っているが、それでも、母親と姉を助け出そうとしていた。
精液に関しては拒否された事もあり、更に言えば、健康診断でそんな物を入手する事自体がおかしいと怪しまれている為に防衛軍の方でも当面は諦めているという事だ。
「俺達は精々足手纏いにならないようにしないといけないっスね。あれ? AGE事務局からメール?」
「わいも……、えっと、トップランカー用コンサートチケット優先購入権のお知らせ? 三女神やガンナーガールズ、東原竜一の最前列S席チケットやて?」
アイドルのチケットはこうしてトップランカーには事前に通知が届くほか、もし見逃した時でも関係者用の特別チケットを回して貰える場合が多い。
トップランカーである窪内や霧養にはこうしたメールが届くようになったのだが、あの作戦に反対し、合流前に石像に変わっていた神坂には当然そのメールは送られてこなかった。
「俺には……、当然来てないな。これがトップランカーとの格差か……………」
何もメールが届いていない事を確認した神坂は肩を落としていた。
いままで窪内や霧養が見た事が無い様な死んだ目をしており、釣り上げてしめたばかりの魚でも此処まで死んだ目はできないだろう。
「最初からあの作戦に参加してはったら、神坂はんもトップランカーやったのにな」
「これ、ペアチケットもあるから、行こうと思えば全員で行けるっス」
「マジか? おれ、一度でいいからガンナーガールズのコンサートで生歌聞いてみたかったんだ!!」
意外にミーハーな神坂は、この後二人に頼み込み、最後は土下座まで披露して、の後ガンナーガールズのコンサートチケットを無事ゲットした。
読んで頂きましてありがとうございます。




