アイドルとAGE
この話から新章になります。
楽しんで頂ければ幸いです。
アイドル、それは人類の宝でありGEという恐怖に絶望した人類に残された希望の光として、辛苦に喘ぐ人達をその姿と歌声で癒す至高の存在。
様々な地区でコンサートが行われその歌声で生きる希望を取り戻し、明日へと続くおおきな一歩を踏み出す勇気を心の奥から湧き上がらせる。
弱小事務所に所属するほぼ無名のアイドルから、毎日テレビで引っ張りだこの超売れっ子アイドルまで様々なアイドルが存在するが、彼、もしくは彼女達がコンサートを開けばどんなに無名のアイドルたちの歌声であっても集まったファンが耳を傾けてその歌声に聞き入っていた。
アイドルのコンサートチケットの購入はまず最初に対GE民間防衛組織で受け付けが始まり、ランクで購入順位が左右される。
販売初日、一番いい席を注文する権利はランカーに与えられ、その次にセミランカーにその権利が渡る。
そしてその後、AGE登録者で比較的ランクが高い者に権利が渡り、一番最後にAGE登録をしていない一般人に購入の権利が渡る。
普通は一般人の購入枠が残っている事など殆ど無く、運よくそれを手にする者といえば対GE民間防衛組織に資金提供をしている企業の特別枠などで入手出来た者達だ。
問題視されているのはチケットの転売で、事もあろうにセミランカーが所属する守備隊などがチケットを入手し、それを高額で転売しているのが発覚する事も珍しくない。
ただ、それで得た資金は私腹を肥やす為では無く、部隊運営や装備の強化に回されるケースが殆どの為に対GE民間防衛組織もあまり強く出る事が出来ず、転売が発覚しても黙認されているケースが殆どだった。
魔滅晶をAGE登録者から安く買い叩き、それを企業などに高額で売り渡して私腹を肥やしている組織が何処なのか知らない者はいないからだ。
◇◇◇
「みんな~~~~っ、今日は私達のコンサートに集まってくれて、ほんとうにありがと~~~~~ぅ」
「集まってくれたみんなの為に、私達は心を込めて歌います」
アイドルたちはAGE部隊が活躍する場所に慰安や報奨目的の為に呼ばれる事も多く、年頃の少年達への労いの措置としては粋な計らいであり、コンサートに招待された隊員から絶賛される事も多い。
「え? 永遠見台高校? もしかしてあの?」
「ええ、世界的にはあなた達より有名になっているあの凰樹輝の通ってるあの永遠見台高校よ」
今巷で噂になっている売出し中のアイドルグループ、三女神に報奨目的のコンサートの依頼が来たのは七月一日の事だ。
開いていたスケジュールの隙間に無理矢理捻じ込まれたこのコンサートには、様々な場所からのアプローチがあったからだが、メンバーの一人織姫ヒカリはその場所に他のメンバーには教えていないある秘密を抱えていた。
「あの、マネージャーさん。もしよければそのコンサートの日の夜、少し寄って欲しい所があるんですが……」
そしてこの事が切っ掛けとなり、凰樹を初めとするランカーズが少し厄介な事件に巻き込まれる事になってゆく……。
◇◇◇
七月四日、月曜日。
様々な手続きが終わり、石化していた学生たちの多くは夏休み明けまで休学とされ、その間に空白期間に習うはずだった授業内容が纏められた課題を渡され、それを期日である八月二十五日までに終わらせるように言われていた。
どうしても課題の内容が分からない場合や石化していた期間があまりにも長く、授業内容が別物になっていた場合などは実力に合わせた学校に転校を進められる事もある。
一番厄介なのは中途半端に一~二年石化していた者で、留年した訳でもないのに上級生になった元同級生と顔を会わせる事がつらくなる為に実力が十分あっても転校する者もいた。
また、毎回の事ではあるが生徒達が石化した時期も四月から三月まで様々だった為、既に習った範囲をもう一度復習する生徒と、一学期分の授業範囲を丸ごと覚えなければならない生徒で明暗が分かれた。
この措置自体は今まで他の地区で石化が解除された学生たちが通った道であり、三月末辺りに石化が解除されたりすると、もう一年学校に通わなければならない事などもある。
しかし、一週間ほど前に石化したばかりの宮桜姫達は石化していた期間が短かった為、そのまま何の問題も無く復帰する事になった。
殆どの新型装備は学校に送らせている事から、凰樹は最低限の装備だけを身に付けてゆっくりとした足取りで登校していた。
いつも通りかなり早い時間に登校してきた凰樹を校門の前で呼び止め、僅かでも話を聞き出そうとするマスコミ関係者もいた。
「お、あの凰樹君。先日の一件で聞きたい事が……」
「取材でしたら今迄と同じ様に、正式な手続きの元に、他の人の迷惑にならない場所でお願いします」
こういわれると様々な決まりがある為に、記者連中の多くは素直に引き下がらざるを得ない。
これには訳があり、対GE民間防衛組織の規定で【AGEに所属する者に対する取材は、緊急時を除き、正式な手続きの元に行う】という一文が記されている為に、これに違反すると以後取材を全面的に断られる上に対GE民間防衛組織がおこなう記者会見からも締め出される羽目になる。
その措置があまりにも厳しい為に今後も取材の必要が出てくるトップランカーの凰樹に対し、強引なアプローチが出来ずにいた。
しかし、セミランカー時代から何度も取材を行っている者の中で、凰樹の性格を良く理解している者も何人かいる。
今までにちょっとした情報などを凰樹に流したり、割と友好的に付き合っているそういった記者などはマイクは向けずに世間話をするように話しかけた。
「久しぶり。今日学校で行われるイベントについて何か聞いてたりするかな?」
「お久しぶりです。イベント? そういえば今日は授業がないとは聞いていますが……」
「ここだけの話なんですがね、今日はあのアイドルグループ【三女神】のサプライズコンサートが行われるって話ですよ」
「三女神?」
三女神は今売出し中のアイドルグループで、凰樹と同年代の中高生にはかなり人気で、存在を知らないというか、名前を来てもピンとこない凰樹の方が稀な存在だった。
「し…知らないの!? あの三女神だよ?」
「はい、アイドルとか興味ありませんから。それじゃあ、失礼します」
「ああ、またよろしくね……」
愕然とする取材陣を横目に、凰樹は朝早くから開いている学食へと向かった。
◇◇◇
学食のメニューは朝食メニューと時間のかからない一部のメニューしか受け付けていないが、特券などを使えばどんなメニューでも特別に用意して貰う事も出来る。
凰樹は手にしていたS特券の中からモーニングセットを選び、その券を学食のおばちゃんに手渡した。
「あれ? あんたこの前環状石を破壊した子じゃなかった? モーニングでいいのかい?」
何処かで話を聞いたのだろう、凰樹の顔を見るなり食堂のおばちゃんはそんな事を言い出した。
基本的に量の多い学食で朝食を済ませる時は、余程大食いでも無ければ控えめに頼むのが常識だ。
「ええ、それで十分です」
「若いんだからもっと食べなきゃ。ちょっと、モーニング、スペシャルでお願い!!」
「はいよ~」
永遠見台高校のモーニングセットは、五枚切りトースト二枚、タマゴペースト、サラダ、ウインナー&ベーコン、コーヒーか紅茶がセットで二百円ほどなのだが、追加で百円払ってこれがスペシャルになると、更にヨーグルトとスープとフルーツ、そしてなぜかホットドックが二つも付いてくる。
今では高くなったパンを安く食べる方法として一部の生徒には知られているが、お腹いっぱい食べたいときには和風モーニングセットの方がボリュームがあるので、学生たちはそちらを選ぶ場合が多い。
「あ…ありがとうございます」
「良いんだよ。あんたはこの高校の誇りだからね。たくさん食べて頑張るんだよ!!」
凰樹は勝手にスペシャルに変更されてトレイの上に所狭しと並べられたトーストやホットドックを近くの座席に運び、覚悟を決めて食べ始めた。
食欲旺盛な年頃と言う事もあり、結構ボリュームがあるモーニングセットをなんとか平らげて重いお腹を抑えつつ教室へと向かった。
◇◇◇
「おはよう輝」
「輝さん、おはよ~ございます~♪」
「おはよう、凰樹君。今日はちょっと遅かったんだね」
「おはよう伊藤、楠木、それに宮桜姫さん。今日は校門前がちょっとアレだったから、コンビニに寄らなかったんだ」
校門前の状況には楠木達も苦労したようで、ランカーに昇格した伊藤などは苦笑いを浮かべていた。
凰樹の部隊でもランカーでもない宮桜姫は記者にマークされている訳ではない為、特に問題無く登校していた。
「そうだったんだ。はいお弁当。凰樹君には少し小さかったかな? 妹が、『凰樹さんは男の人なんだから、こんな小さな弁当じゃダメだよっ!』って言うから、ちょっと大きめなのを選んだんだけど」
あの日みた弁当箱よりも二回り位大きな弁当箱が差し出された。
食べ盛りな学生向けの弁当箱は十分な大きさではあるが、凰樹はその弁当箱を受け取る事無く差し出されたそれに戸惑っている。
「いや、そうじゃなくて、弁当を作って貰うって話には……」
凰樹がそういうと、楠木や伊藤などが既に登校して来ている教室で、宮桜姫は唇の端に右手の人差し指を当てながら、悪戯好きの天使の様な笑顔を浮かべた。
「ここでお弁当の分も口約束してみる?」
「あ…ありがとう」
既に弁当を凰樹の机に置こうとしている宮桜姫が本気で口約束をしかねないので諦めて弁当を受け取った。
「輝、宮桜姫さんにお弁当作って貰う事になったの? それなら私に言ってくれたらよかったのに……」
「いや、これは色々あって……」
宮桜姫と同じ様に凰樹に好意を抱いている楠木は、その態度で直感的に何かあったと気が付いた。
「輝、宮桜姫さんと何か……」
「あ~き~らっ♡ おっはよ~、あいたかったんだよ!!」
教室のドアを開けて背中から抱きついてきた少女は今迄とまるで口調が違う為、凰樹は一瞬、それが竹中だと気が付かなかった。
ボリュームのある胸をおもいっきり押し付け、しかもそのまま身体を軽く左右に揺らして破壊力抜群の感触を堪能させて凰樹に対して強力なアピールを続けていた。
「ゆ……紫、どうしたのその恰好に、その話し方……」
ひと目でノーブラと分かる胸の変形具合や、今まで無口でそんな明るい話し方などした事が無かった為に楠木も戸惑っていた。
「あ、夕菜おはよう、約束通り、あきらに私の事を好きにして貰おうかなって思ってるだけだよ」
「好きにって……、凰樹君!! それどういう事ですか!!」
「いや、この前も説明したと思うけど、竹中は今まであの環状石を破壊して、親父さんを助けたら竹中の事を好きにして良いとか言ってたんだけど、俺は別にそれを………」
その凰樹の言葉にカチンと来たのか、竹中は宮桜姫の胸を見ながら小悪魔的な笑顔を浮かべた。
「なに? 宮桜姫さんもあきらの事狙ってるの? でもそんなに小さな胸だとあきらは満足しないんじゃないかな~?」
「む……胸の大きさとか、自分がちょっと大きいからと思って!!」
宮桜姫はその控えめな胸を両手で隠しながら反論した。
小柄で胸の大きな竹中のF65に対して、宮桜姫は割となだらかなB65。
胸のサイズで言えば、竹中のF65に続くのは伊藤のD65、楠木のB70となっており、二人が僅かに宮桜姫よりも優位な為に擁護に回る事は無かった。
◇◇◇
「おはよ~ございます、皆の衆……、なんでっかこの有様?」
凰樹の目の前に両手で胸を隠した宮桜姫、その周りに伊藤と楠木、そして後ろから凰樹に抱き付く竹中……。
いつものように登校してきた窪内が、その光景を見て言葉をうしなうのも無理の無い事かもしれない。
「え? なになに、修羅場?」
「凰樹君トップランカーだからね。そういえば窪内君もだっけ?」
「霧養君もだよ。霧養君はさっき校門のところで、三年生の笠原先輩に告白されてたって噂だけど……」
窪内の跡から登校してきたクラスメイトが、この状況を目にして好き勝手な事を言い始めた。
「霧養はんにも春が来ましたか。……笠原ってもしかして悪名轟く男食いでっか?」
「うん、有名人とか狙っては声かけてる人」
「凰樹君にも声かけた事があるらしいけど、凰樹君は即座に断ったって話だよね……」
男食い笠原……、本名笠原美亜。
有名人や顔立ちの良い男を狙っては声を掛け、一~二度男を誘って別れているという話で有名な、男食いの悪女。
校内の有名人の半分以上はその毒牙にかかっているという噂だが、あくまでもそれは噂でハッキリとそれを裏付ける証拠は出てこなかった。
「お前らそこまでだ!! 全員席に着け、出席を取るぞ」
この攻防は、八時二十分になった所で担任の山形蒼子が現れるまで続き、時間切れと言う事でとりあえず休戦と言う形になった。
「もう知っている者もいるだろうが、今日の授業はすべて中止だ」
「やったーーーーーーーーーーー!! 今日も半ドンかな?」
「残念ながら午後も少しだけ話がある。が、その前にこの後、体育館に移動して校長のありがた~い話があるぞ」
「え~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~!!!!」
授業が無くなる事には喜んだが、その後の校長の話にはクラスメイトはほぼ全員不満を炸裂させた。
「流石は凰樹、落ち着いてるな。多分お前らには学校から名誉勲章だったか何かが贈られるらしい。江藤、後で礼くらい言っておけよ」
「勿論です、他のAGEも礼を言いたがってました」
他にもお礼を言いに行きたかったものも大勢いるのだが、ホテルにいた警備員に全員とめられ、この街の権力者で大地主の父親の名前まで利用した宮桜姫だけが凰樹の部屋を訪ねる事が出来たという事だ。
「マスコミ対策っぽいけど、昨日まではホテルに軟禁状態だったから」
「マスコミといえば、山形先生、TV見ましたよ」
「わたしもわたしも~。録画までしちゃった♪」
「よし、お前らそれは家に帰り次第即刻処分しろ!! あれは校長の命令で無理矢理出演させられただけだからな!!」
TV出演時に着ていたスーツは自前らしく、化粧もばっちり決めていながら無理やりと言う事は無いだろう。
あの後、男性教諭に声を掛けられたという噂もある。
「そういえば、三女神云々って話を聞いたんですが、何の事です?」
「お…凰樹、その話をどこで……」
「校門の所で取材に来てた人が……、有名人なんですか?」
「アイツら喋りやがったのか……。そりゃ有名、ってお前知らないのか? あの三女神だぞ?」
あまりに無関心な凰樹に山形は呆れた。
しかし三女神という名を聞いた他の生徒達は期待でいろんなことを話し始めている。
「三女神?」
「もしかして此処に来るの? ホントに?」
「そういえば、見た事の無いバスが止まってたな…」
山形は校長や理事長からイベント開始まで他言無用と命じられていた事を思い出し、後で厳重な注意を受ける事を覚悟した。
「……おまえが知らないんじゃ、報奨目的で呼んだ校長や県のお偉いさん方の立つ瀬が無いな」
「報奨なら新型の特殊銃でも送ってくれた方がありがたいですよ。今迄の装備は先日送った為に今は手元にメインウエポンがありませんし」
「また開発部が凰さんの武器持っていきおったんですか? まあ、その度に高性能な新型が開発されとりまっから無駄っちゅう訳じゃありまへんけど……」
凰樹の武器と実戦データ、GEの撃破情報などをサンプルとして新型を開発するのはもう何度目になるか分からない。
特に特殊マチェット系の改良は五回目になるが、そのデータが特殊ランチャーの開発にも利用されたと言われている。
「話はそこまで。全員体育館に移動、凰樹達は教員用の席の隣に特別席を用意してるそうだ」
「わかりました」
「何かあるのかな?」
「二学期の学園祭辺りに呼ぶ事になりました~、とかだといいんだけどな♪」
他のクラスでも情報を掴んだ生徒がいたらしく生徒達の期待は一層高まり、めんどくさく出来れば参加などしたくない全校集会だというのに誰も抜け出したりせずに、キッチリ体育館へと集まっていた。
◇◇◇
「これより全校集会を始める。まずは校長から話を……」
校長の九条沙奈恵はいつもより紅潮した顔で壇上に立ち、全校生徒、そしてランカーズの顔を見た後でゆっくりとその口を開いた。
体育館には取材陣も多数押しかけており、校長の九条が壇上に立った瞬間、恐ろしい数のストロボが焚かれていた。
「先日、我が校の生徒が多数犠牲となる、とても悲しい事件が起きました。我が校では七十名、隣の附属でさえ十名に及ぶ生徒がGEに破れ、灰色の硬い肌を持つ石の像へと姿を変えました。私は……、私がこの永遠見台高校の校長を務めている間に、彼らが再びこの学校に戻って来る事は無い、そう考え、深い悲しみに囚われていました。しかし、我が校の生徒、しかもたった六名の生徒が、その予想を覆し、今まで誰も成し遂げれなかった偉業を打ち立てる事に成功しました……」
「八人だ……」
「凰樹……」
凰樹は神坂や楠木も、作戦には参加しなかったが、あの作戦の為、共に戦った仲間だったと思っている。
今まで一緒に戦って来ていたからこそ、凰樹は環状石の破壊に踏み切る事が出来、門番GEの撃破や要石の破壊が可能になったと信じていた。
陶酔して話を続ける九条にはそんな凰樹の言葉など耳に届かず、凰樹達の偉業とそれによりどれだけの人が助けられたかを話し始めた。
「今迄、わが国では防衛軍、世界でも僅かな軍にしか破壊する事が出来なかった環状石を、学生AGEだけの部隊で破壊するというのは、空前絶後の偉業であり、おそらく、今後誰にも…………」
凰樹本人の話や、この後にあるサプライズを期待していたマスコミは冷ややかな目で壇上の九条を見つめており、それに気が付いている他の教師は壇上の九条に話を切り上げる様にサインを送り続けていた。
「話はここまでにしますが、ランカーズの凰樹君たちには我が校で優秀な生徒に送られる【最優秀名誉学生章】を……」
その時、生徒会の副会長である喜多川麗子が急に席を立ち、九条の言葉に割り込んだ。
「待ってください!!」
「何ですか喜多川さん」
「その【最優秀名誉学生章】は本校で優秀な成績、もしくは部活動などで輝かしい実績を残した生徒に送られる物です。確かに凰樹君の偉業は前例の無い功績かも知れませんが、学生生活で上げた実績とは言い難いのではないですか? 生徒会として、そこは見過ごせない事なのですが」
今回の受賞に、主に私的な理由からではあるが、当初から喜多川は反対していた。
「GE対策部は我が校の部で、今回の環状石の破壊という偉業も、GE対策部の部活動の一環だと考えています。何か問題がありますか?」
「しかし、今まで誰も手にする事が出来なかった【最優秀名誉学生章】は、学校行事などで成果を収めた者に与えられるべきです。こんな学外で行った事で与えられられるべきでは……」
「貴女は、もし仮に野球部が甲子園で優勝をしたり、文芸部の部員が文学的な賞を受賞した時も、同じ様に反対するのですか?」
この時点で喜多川は自分の敗北を悟っていたが、彼女は輝かしい最初の授与者には、現生徒会会長の母智月眞穂が相応しいと思い込んでいた。
母智月は一年の時から生徒会の会長に就任し、それから二年近くこの永遠見台高校を生徒達が学びやすく改革し、不幸にもGEの犠牲者が出た時には校内放送で生徒達に慰めの言葉を送り、そして残された学生たちが楽しく学校生活が送れるように尽力していた。
「その時は反対しません。私が言いたいのはあまりにも凰樹君の偉業が凄い為、今後の選考基準がそれに合わせられると、【最優秀名誉学生章】を受賞する生徒がもう二度と出なくなるという事です」
「………確かに、それは杞憂ではあると思いますが、生徒達がそう思う事は生徒会としては憂慮すべき事でしょう。この受賞後に選考基準を設けたいと思いますが、凰樹君達の偉業は十分に称賛されるべき事であると思いますのでこのまま【最優秀名誉学生章】を授与します」
前半部分で、何とか授与を阻止しようとした喜多川だったが、凰樹の偉業とそれを称賛した学校側というスタンスを方々へアピールする意味も含めた今回の授与であり、その学校側の思惑を捻じ曲げる事など出来る筈も無く、苦々しく見守る前で凰樹への最優秀名誉学生章の授与が行われた。
授与が終わった後で壇上に凰樹が立ち、全校生徒へ一言だけ話をするという事になっている。
凰樹が壇上に立った瞬間、九条の時とは比べ物にならない程のストロボが焚かれ、少しでも近くで撮影しようとしたカメラマンが教師に何度も注意されていた。
取材陣の動きと生徒のざわつきがおさまった後、凰樹は裏方に指示して体育館で映画などを見る時の為の大型スクリーンを下ろさせる。
「GE対策部の部長であり隊長の凰樹です。話をする前に先日の戦闘を分かりやすい形に編集した物がありますので、こちらを見て貰います」
先日の環状石破壊戦の一部始終は各人が装備していた特殊ゴーグルで録画されており、それを編集して門番GEの撃破方法や要石の破壊などを大型スクリーンに映し出して全校生徒に見せた。
当然、裸同然で石像に変えられていた荒城などの姿は映っておらず、音声データもカットされていた。
押し寄せていた取材陣もその画像をカメラで録画しており、彼らは内容を見た後で動画データを喉から手が出る程に欲しがる事だろう。
「あれ、さっき説明されてたけど物凄い高純度弾だよな?」
「そうらしいけど、全然ダメージ入って無いじゃん」
AGE活動をしている生徒は、百足型門番GEに対する銃撃が全然効果が無い事に驚きを隠せなかった。
一発二千五百円の高純度弾が無数に撃ち込まれても殆ど無傷の百足型GEの防御力に絶望すらしていた。
もし仮にその場に自分たちがいた場合にどんな運命が待っているか、その事を想像して背筋に冷たい汗を流した。
彼らがいつも使っている弾はあんな高純度弾では無くかなり低純度な弾なのだが、それだけに高純度弾がどれだけ威力があるのかを知っていたからだ。
「あんなの倒せるのか?」
「要石を破壊したって事は、何か方法があるんだろ? あ、凰樹が特殊マチェットで仕掛けた」
凰樹が特殊マチェットで百足型門番GEを一撃で倒した場面が映されると、体育館中で驚きの声が上がった。
「嘘だろ!? なんであれが一撃で倒せるんだよ!!」
「前にうちの部隊の先輩が言ってたんだけど、凰樹は化け物だって言ってた意味が良くわかったよ……」
AGE登録者で、一度でも特殊マチェット系の武器を手にした者は、目の前で流された映像が如何に出鱈目な内容であるか理解していた。
凰樹が突撃した瞬間、「え?」や「突撃!?」といった声が至る場所から上がったのは、それが如何に無謀な行動か彼らは全員知っていたからだ。
「要石も一撃か……」
「あれがトップランカーの力って事か。俺達じゃ、あの門番GEに手も足も出ねえよ」
此処までは凰樹の狙い通りで、先日からテレビなどで流されている特殊マチェットさえあれば誰でも環状石を破壊できる、という悪質な情報に対して警鐘を鳴らす意味で作り出した物だった。
映像が終わり、壇上に戻った凰樹はその手ごたえに満足して口を開く。
「見て貰えばわかると思いますが、現状AGEが所有する武器で門番GEや、要石を破壊するのはほぼ不可能です」
「実際に破壊出来ているじゃないか、と言う人もいますが、あれが普通に考えて可能であるか判断できないAGE隊員は此処まで生き残っていないと思います。特殊マチェット系の武器で中型以上のGEと戦えばどうなるか、試した事のある人であれば正常な判断が出来ると信じています」
まだ実際には環状石に突撃を掛けたAGE部隊の情報は入っていないが、ここ数日、特殊マチェット系の武器や特殊ランチャーを発注するランカーやセミランカーの部隊が増えているという情報は入っていた。
この映像も対GE民間防衛組織の本部に送られており、迂闊に真似をする部隊が出ない様に注意喚起して貰うように頼んである。
「喜多川さんはこの事を知っていたから授与に反対してたのかな?」
「確かに……。こんなの基準にされたら、もう二度と受賞者なんて現れないよね~」
「実力テストで全国一位? インターハイや甲子園で優勝?」
「でもでも、実績で比べるならスポーツだったらジュニアワールドカップクラスでしょ?」
「無理無理、いくらスポーツする人が減ってるからって、ジュニアワールドカップクラスは無いよ………」
現在、世界人口が最盛期の十分の一近くまで低下している為、スポーツなどの活動も大幅に縮小されていた。
多くの国が滅亡している事もあり大規模な大会だったオリンピックは中止、学生や社会人の活躍の場は新たに編成されたスポーツワールドカップに統合された練習場所や開催場所をあまり必要としない競技だけに絞られ、参加国も国力に若干の余裕がある十数か国程度となっていた。
「そのうち、門番GEや要石用の武器などが開発されると思います。それまでは環状石への突撃などを控えて貰えればと思います」
「……以上、ランカーズ隊長凰樹君の話でした。申し訳ありませんが報道各社様は此処で退室をお願いします」
「先程の映像データを、職員室前で先着順にて配布いたします。数に限りがありますので、お早めにどうぞ」
その言葉を聞き、まるで学食戦争時の様に廊下を疾走する取材陣の姿が見えた。
本当は十分に数を用意しているのだが、早めにこの場所から退室して貰いたかった為、教頭がこんな策を用意したのだった……。
◇◇◇
取材陣が全員退室した事を確認して全てのドアが閉められ、壇上が緞帳で隠されて体育館の照明が一斉に落された。
「次は御待ちかね……」
「え? 何かあるの?」
「まさか……、今日あるのか!?」
「うそ!!」
僅か五分ほどで幕が上がり、壇上には煌びやかな衣装に身を包んだ三人の少女達がマイクを手にして立っていた。
三人にスポットが当たると、体育館は割れんばかりの歓声に包まれた。
アイドルユニット三女神の月の女神美華月カグヤ、星の女神織姫ヒカリ、大地の女神豊穣ミノリの三人がステージの上に姿を現して軽く手を振っていた。
「みんな~~、こんにちわ~」
「「「「「こんにちわ~!!!!!!」」」」」
「今日は私達、三女神がここに集まってくれたみんなを……」
「わたしたちの歌で」
「祝福に来ました~~~~~~♪」
と、三人が言葉を続けた後に突然曲がかかり、アイドルユニット三女神によるサプライズミニコンサートが開催された。
永遠見台高校の殆どの生徒が彼女達の歌声に聞き入り、狭い体育館が揺れんばかりの声援を送っていたが、ひとり、凰樹だけは静かにその歌声に聞き入っていた。
サプライズコンサートはアンコールも含めて一時間近く続き、コンサートが終わった後も興奮冷めやらぬ生徒達は退出の号令がかかったにもかかわらず、なかなか体育館から出ようとはしなかった。
この時点で時間は十二時を回っており、このまま昼休憩に入ると知らされた生徒の多くは体育館を出てそのまま食堂に向かう。
この日に起きた様々な事件が複雑に絡み合い、凰樹達の元に面倒な依頼が舞い込んで来たのは翌日の事だった……。
読んで頂きましてありがとうございます。
今回は余裕が出来るまで基本毎週日曜日に更新しようと思っています。




