勇者の突撃 二話
前話の続きとなります。
楽しんで頂ければ幸いです。
凰樹達が飛び込んだ環状石内部の異空間は、永遠見台高校の体育館ほどの広さがあり、床は水晶の様な物で埋め尽くされている。
天井が見え無い為に高さは分からないが、上から大きな楕円形の弾のような物がぶら下がっており、その中で様々な生き物の形をしたパーツと魔滅晶の様な物が融合していた。
「あれは……」
「聞いた事があります。確か、あの蛙か蛸の卵みたいな物の中でGEが生み出されてるって話です。ここまで大量に並んでいるのは初めて見ましたが……」
環状石からGEが湧いて出る理由がわかった気がするが、こんな事位は今までに環状石を破壊した防衛軍などの手によって暴かれていた。
「あんな物に興味はない、要石は何処だ?」
「あそこ……、中央にそれっぽい石があるぜ。ただ……その前にいるありゃなんなんだ?」
「………あれが門番GEか、見た目は百足型のリビングアーマーに見えるが……」
門番GE……、要石を護る最後の強敵。
環状石のレベルにもよるが、大体大型GEか中型GEのFである事が多い。
狭い環状石内部の異空間でこういった強敵と戦うのは困難で、門番GEに敗れて環状石内部で石に変えられる者も多い。
「いつも通りの対大型GE戦でんな。周りに他のGEがおらんうちに仕掛けましょ」
「俺、伊藤、竹中が右側、霧養と窪内が左側から援護射撃を行う、輝は門番GEがどちらかに向かって動けば、がら空きになった要石を破壊してくれ」
高さ直径一メートル、高さ二メートル程の歪な形の円柱、それがこの環状石の要石だった。
今は門番GEに守られているが、どちらかの誘いに乗って門番GEが動けば、がら空きになった要石に凰樹が特殊マチェットを叩き込む手筈となっていた。
しかし、門番GEが動かなければ、凰樹は百足型GEを倒すことを優先させなければいけない。
「輝、この前のアレで一気にトドメを刺せるか?」
「ああ、生命力はMAXだ。あいつと要石を破壊するだけなら十分だ」
「頼むぞ」
ここまで一言も声を発しなかった竹中が、まるで捨てられた子犬の様に大きな瞳を潤ませて、喉の奥から絞り出すような声で小さく呟いた。
「輝……、お願い……」
その言葉が合図となり、凰樹が特殊マチェットを右手に構え、荒城、伊藤、竹中の三人が右、霧養と窪内の二人が左側に走りそれぞれ援護射撃を始める。
窪内も昨日凰樹が渡した高純度弾に切り替えており、百足の姿を模した門番GEの身体に僅かではあるがダメージを与える事が出来た。
しかし、今までより遥かに純度の高い特殊弾を撃ち込んでも、足の一本たりとも落す事は出来ず、全長二メートル程の百足の身体には、直径二センチほどの小さな傷が無数に出来るだけだ。
「なんて硬さや。これいつも使ってる高純度弾やと効かんのとちゃいます?」
「そりゃ間違いないっスね。と言うか、これ普通の部隊で倒せるんスか?」
霧養と窪内がボヤキながら攻撃を続けていたが、百足型GEは決して誘いに乗って要石から離れたりせず、要石の前で攻撃に耐え続けている。
窪内たちの方向に誘い出せないと気が付いた荒城、伊藤、竹中の三人は右から容赦の無い攻撃を続け、三人は無意識のうちに少しずつ要石に近づいていた。
三人がある一定の距離に近づいた時、突然百足型GEは三人に向かって動き出し、口から半透明な棘の様な物を無数に打ち出した。
「こっちに向かって来ましたっ!! キャ~ッ!!」
「コレ、魔弾系の棘だ!! シールドを張って受け流せ」
「し…シールドって、どうやるんですか~!! きゃあ…ああぁ……っ……」
荒城と竹中は左手のリングの能力を使って直径一メートル程の光の盾を作り出せたが、シールドの作り方を知らない伊藤は全身に棘を受け続けて身に付けている装備が弾け飛び、その下に隠されていた乙女の柔肌に半透明な棘が突き刺さり、急激に伊藤から生命力を奪ってゆく。
「……ぁ……、ち…ちか…ら……が、抜けて……」
身に付けていた特殊ゴーグルも手にしていたMP7A1も、百足型GEが放つ透明な棘の攻撃で砕けて破片が地面に転がり、殆ど何も身に付けていない姿のまま、生命力を全て奪い尽くされた伊藤は、棘を少しでも防ごうとしたのか、左手をほんの少し前に突き出した姿で灰色の石の像へと姿を変えた。
「シールドの張り方も知らねえって、なんの冗談だよ!?」
「あの攻撃は強力過ぎ、あと、三回も喰らえば、私達も……」
百足型GEは荒城達に向かってきてはいたが、そこまで要石から離れておらず、その位置から荒城達に向かって棘を飛ばし続けている。
「聖華ちゃんが石像に……、この百足GE、高純度の特殊弾でしにくされ!!」
「俺もやるっス。ちくしょう、距離は十分なのに、ダメージが……」
霧養と窪内が距離を詰めて高純度の特殊弾を撃ち込んだが、それでも状況は何ら変わらなかった。
百足型GEは背中に幾ら特殊弾を食らっても歯牙にもかけず、シールドを張って身を守っていた荒城と竹中に執拗に透明な棘を飛ばし続けている。
無数に打ち出される透明な棘は二人の装備をほとんど破壊し尽くしていた。
窪内がフルカスタムした竹中のPSG-1も、荒城が自慢していた強化型ガバメントも粉々に砕け散って地面に転がり、二人の攻撃手段を全て奪い尽くしてゆく。
シールドを抜けてきた透明な棘の攻撃を受けて、身に纏っていたボディアーマーやタクティカルベストも穴だらけになり、左手首のリングに表示された生命力の数値が急激に失われていった。
「身体が重いな……、もう逃げる事も無理か……」
「シールドもあと一回? それとも、もう出せない…か…な……?」
透明な棘の攻撃を続けた百足型GEは一旦動きを止め、少しだけ頭近くの関節を動かして、今度は口から細かい無数の棘を吐き出してそれを荒城と竹中に浴びせかけた。
霧の様に広範囲に飛び散った無数の細かい棘はシールドの張られていない場所から荒城と竹中に突き刺さり、左手のリング以外の身に纏っていた全ての装備を不思議な力で砂の様な状態に変え始める。
「シールドが!! ゲージが五十を切って……」
ゲージの残りが五十を切った為にリングのリミットが働き、完全に無防備となった荒城と竹中は全身に霧の様な細かい棘を浴び、ボディアーマーの下に着ていた、GEの攻撃に耐える服も細かい棘を受けて砂に変えられて破壊された。
無機質な環状石内部の異空間で、白く美しい柔肌を晒した二人だったが、生命力を急激に失い過ぎて意識が朦朧としており、露わになった大きな胸などの大切な場所を隠す事も出来ずに全身に細かい棘を受け続けていた。
細かい霧の様な棘はいつもは動く時に邪魔にならない様に左サイドポニーテールにしている竹中の髪留めを砂に変え、下ろせば腰程まである長い黒髪が解放されてふわりと宙を舞った。
「お…お父……さ…ん………」
生命力を全て失って石の像に変わる直前に竹中の脳裏に映し出されたのは、約十年前に石の像へ変わった父親の姿だった。
同じ様に全ての生命力を失った荒城も殆ど同時に肌を灰色に変え、一糸纏わぬ姿で硬く冷たい石の像へと姿を変えた。
普段であればその姿をひと目だけでも焼き付けようとしているだろうが、霧養と窪内の二人は今回はそんな事など微塵も考えず、一心不乱に百足型GEに向かって特殊弾を撃ち続けていた。
「三人ともすまない、だけど……」
凰樹はトリガーを握りしめて特殊マチェットに生命力を注ぎ続けていたが、この時ようやく目の前の百足型GEを倒せるだけのチャージが終わった。
誤算といえば誤算だがこの特殊空間の中ではチャージ自体が上手く行えず、この技術に長けた凰樹でさえもチャージを完了させるまでに十分近くの時間を必要とした。
荒城と竹中を美しい裸婦像に変えた細かい霧の様な棘を吐き終わった瞬間、凰樹は百足型GEに向かって走り出し、瞬く間に距離を詰めて百足型GEが次の行動を起こすより早く、その身体を特殊マチェットで真っ二つに斬り裂いた。
まるで竹でも割るかのように綺麗に二つに裂かれた百足型GEは瞬く間に崩れ去り、結晶で出来た床の上に今まで見た事も無い様な高純度の魔滅晶を残した。
ただの一撃で消滅した百足型GEだが、もし仮にこの場所に攻め込んでいたのが凰樹以外のAGEであれば、確実に石の像に変わり冷たい石の瞳で無機質なこの空間を見続ける事となっただろう。
「凰さん、大丈夫でっか?」
「ゲージは……、だ…大丈夫。まだ七十も残ってる……」
「七十? それじゃあ、あの百足GE倒すのに、ゲージを三十も使ったんっスか?」
「ああ、チャージの速度が何故か遅くて、三人をあんな姿にしてしまったけど……」
凰樹の視線の先には、石像に変わった竹中、荒城、伊藤の三人の姿があった。
特殊マチェットへのチャージ行為とはいえ、生命力を急激に三十も失った凰樹の疲労感や脱力感も相当な物で、精神力の低い者なら意識を失っていてもおかしくはない状態だった。
凰樹は要石の前まで歩き、手にした特殊マチェットに生命力を注ぎ始めた。
「待ってろ、今すぐに助けるからな」
通常、拠点晶を破壊する時に使うゲージは五、しかし、今回はその八倍の四十ほど特殊マチェットに生命力をチャージしていた。
短時間のうちに二度も急激に生命力を失った凰樹の視界はぶれ、激しい疲労感や脱力感で意識が飛びそうになったが、脳裏に浮かんだ石の像へと姿を変えた宮桜姫、竹中、荒城、伊藤、楠木、神坂などの姿が浮かび、気力を振り絞って確実に要石を破壊できるだけの生命力をチャージし続けた。
約十五分後、生命力を四十もチャージされた特殊マチェットを構え、要石の中心部分目掛けて、光り輝く特殊マチェットを深々と突き刺す。
「これで終わりだ!!!!!」
特殊マチェットを根元まで突き入れられた要石の中央からひびが入り、それが要石全体に行き渡って、甲高い音と共に要石は粉々に砕け散った。
その瞬間、環状石内部が光に包まれて石に変わった荒城達三人と凰樹達三人はそれぞれ環状石の外へ強制転送され、環状石内部に誰も居ない状態になった後、眩い光と共に環状石は消滅した。
消滅した環状石からは光の粒が降り注ぎ、この環状石の支配地域で石の像へ変えられていた人が次々に元の姿へと戻り始めていく。
凰樹達学生AGEによる環状石破壊作戦は此処に完了した。
◇◇◇
「此処は環状石があった山の中……。そうか、終わったんだな……」
凰樹は百足型GEとの戦闘や要石の破壊で相当に減っている筈の生命力を確認する為に左手のリングに目を向けると、そこには何故かMAX状態の一〇〇という数字が表示されていた。
「石に変えられた人だけでなく、あの空間にいた人間の生命力も回復するのか……、ま、これであの不味い薬を飲まなくて済むな」
少し離れた場所に、霧養と窪内が倒れているが、どうやら飛ばされた衝撃か何かで凰樹と同じ様に気を失っているようだった。
時間を確認した所、九時四十七分と表示されていた。
更に周りを見回すと、おそらく荒城、伊藤、竹中と思われる倒れている人間の姿が見えたが、あまりにも肌色の比率が高い為、賢明な凰樹はアレを凝視し続けるのは危険だと瞬間的に判断し、あらぬ疑いをかけられる前に凰樹は霧養と窪内の様子を見る為にその場を離れた。
それからわずか数分後に目を覚ました三人は、現状を理解する為に上半身を起こして周りを見渡し、そして自らがどんな姿をしているのか気付いて伊藤と荒城は顔を真っ赤に染め上げた。
「あれ? 私……、何か涼しい気が……、あ…私…なにも着てない!!」
「なんで裸なんだよ!! 輝!! ポンチョか何か寄越せ、大至急だ!!」
「私が助かってるって事は、お父さんも……」
「お前もこっちに来て隠れろ!!」
殆ど裸で元の姿に戻った荒城、伊藤、竹中の三人は近くのやぶの中に姿を隠し、近くにいた凰樹にとりあえず身体を隠せる物を持って来るように叫び続けていた。
「輝、とりあえず上着を寄越せ。三人分だ!!」
「私が輝のを着る……」
「ちょ……、ずるくないか?」
凰樹達が着ていた上着を無理やり奪い取り、それぞれが身に纏ってとりあえず肌を隠し、目を覚ました霧養と窪内が何が起こったのか分からぬうちに上着を剥ぎ取られ、ポンチョなどを持って来る為に車に向かって全力で走らされていた。
奈良崎辺りが此処を訪れた時の為に、三人の要望で凰樹が見張りとして立っていた。
凰樹の着ていた上着を誰が着るかで水面下の駆け引きが繰り広げられていたが、最終的に竹中が凰樹、荒城が霧養、伊藤が窪内の上着を選び、それぞれが複雑な表情で互いの着ている上着を見比べている。
霧養と窪内が近くにあった団地にとめてある車に三人の靴や何か身を隠す為の物を取りに行っている時、少し離れた場所で石に変わっていた楠木と神坂が姿を現した。
楠木の服も所々破れてはいたが、完全に装備を破壊されて全裸になっていた荒城達に比べれば随分マシな格好と言える。
「あ…輝。私達が助かってるって事は、環状石の破壊に成功したって事だよね?」
「楠木達も元に戻ったのか」
「すまないな輝、作戦に反対した挙句、こんな事になっちまって……」
こんな事とは、独断で環状石周辺のGEの掃討作戦を行った事だ。
「気にするな。此処のGEを掃除しようとしてくれたのは分かってる。ああ。…すまないがポンチョか何かの予備は無いか? できれば三枚ほど」
可能性は低かったが、予備のポンチョか何かをどこかに置いていたりしないかと思い、いちおう聞く事にした。
「ポンチョなんて何するの?」
「私達の為でーす。夕菜さんも元に戻れてよかったですね~」
草むらの影から凰樹達の上着を着た伊藤が姿を見せた。
裾の長い上着で少しは隠れているとはいえ、三人とも下半身は丸出しの為、草むらから外に出ようとはしなかった。
「え? 聖華? 紫に佳津美さんまで……」
「要石を守る門番GEの攻撃で、三人とも装備を完全に破壊されてな……。今龍と霧養が車にポンチョと靴を取りに向かっている」
「門番GE……、そんな敵も倒したんだ」
「正直、四ヶ月前に要石内部に突入できていたとしても、アレを倒せたかどうかは分からない。と言うより、防衛軍がアレをどうやって倒しているのか聞きたいくらいだ」
実際に戦った凰樹には、学生、守備隊を問わずAGEの装備で門番GEの百足型GEを倒す事が不可能だという事は理解できた。
今回持ち込んだ高純度弾であの程度しかダメージが与えられないのであれば、防衛軍が使っている一発五万円する最高純度の特殊弾を使ったとしても、あの門番GEを簡単に倒す事が出来ない筈だった。
「輝がそこまで言うGEか……」
「レベル二であの強さだ。並みの装備では役に立たないし、最低レベルの環状石でもそれなりの強さの門番GEが存在するんだろう。今迄環状石の破壊がAGEの手に負えなかった訳だよ」
「今回かなり純度の高い特殊弾を持って来ていたんだろう? あれでもダメだったのか?」
「大型に低純度弾を撃ち込むようなものだった。無いよりマシなレベルだ」
「………対GE民間防衛組織が環状石への攻撃を止める訳だな」
そこまで話し、凰樹は神坂の肩に右手を置いて。
「そういえば蒼雲、お前確か特製ドリンクの一気飲みするとか言ってたよな」
悪友でもある神坂や付き合いの長い窪内以外には滅多に見せない人の悪い笑みを浮かべた。
「……いや、あれは。分かった、俺も男だ、約束は守る。で、どの位だ。出来れば小さ目の試飲用紙コップか、御猪口サイズで……」
「ナナハンタイプの魔法瓶……」
ナナハンタイプとは、いつも伊藤がドリンクを持って来る時に使っている、七百五十ミリリットル入る魔法瓶の事だ。
伊藤の特製ドリンクはコップ一杯飲んだだけで、僅かとはいえ生命力が回復すると言われる程には身体によく、そして、耐性の無い者が飲めば、コップ一杯で気絶するとまで言われる程には恐怖の対象と化していた。
「鬼か!! もう少し手心を……」
「蒼雲の、ちょっといいトコ見てみようか」
「ぐ……、分かった、ドリンクを用意する伊藤の都合もあるだろう? 頼む、飲むのは体調のいい日にしてくれ、この通りだ!!」
神坂が土下座をしかねない勢いで頼み込んだために、ドリンク一気飲みは後日と言う事で決着がついた。
そんな話をしている内に、霧養と窪内が予備の装備の一式を車から運んできた為、凰樹達はその場を少し離れて楠木が見張りに立ち、三人は安心して着替え始めた。
「私は輝になら着替えをみられても構わないんだけど、二人が止めるから……」
「構いなさい!! はしたないですわ!!!」
「あれ? 佳津美さん口調が…」
「あ…、構わねえとダメだろうが!!!」
元々育ちが良く厳格な家で育った荒城は、AGE活動中や学校で話している時と家では全く違った話し方をしている。
その為、時折素が出て丁寧な物言いになったりするが、いつもは粗雑な物言いの荒城が顔を真っ赤にして慌てて言い直す時のギャップが面白い為に、普段はあまりその事に突っ込んだりはしなかった。
この後、凰樹達は元に戻った奈良崎達と数カ月ぶりの再開を果たし、環状石を破壊した事を伝えた。
石化していた隊員や恋人を助けて貰った事に対して何度も感謝の言葉を述べ、そして凰樹達の誘いを断り自らの足で居住区域へと向かった。
学生AGEの一部隊による環状石の破壊という、歴史的大事件に世界が驚愕するのはこの数時間後の事だった……。
読んで頂きましてありがとうございます。




