勇者の突撃 一話
この話と次の話が、第一章のクライマックスです。
楽しんで頂ければ幸いです。
永遠見台高校のGE対策部には、既に装備を整えた、凰樹輝、窪内龍耶、霧養敦志、伊藤聖華、竹中紫の五人が揃っていた。
後は車に乗り込んで出発するだけとなり、学校へもAGE作戦行動による五人の休暇願いをだしていた。
「よう、輝。なんか楽しい祭りをするらしいな。俺もつれて行かないか?」
GE対策部の部員では無く隊員でもない荒城佳津美が、おととい共闘した時と同じ格好で凰樹達の前に姿を現した。
「いいのか? 結構キツイ戦いになるぞ」
「構わないさ。キツイのはいつも同じだしな」
基本ひとりで行動している荒城はワンミスで窮地に追い込まれる事も多く、周りの紅点に注意しながらGEと戦うのはかなりキツイ事だった。
それだけに危険に対する嗅覚は並みのAGE以上の物を備えており、ほんの僅かな違和感ですら感じとって後退や撤退のタイミングを間違える事など無い。
当然それは部隊でも求められている能力で、索敵を担当する伊藤と同じ様に重要だという事は凰樹も十分に承知していた。
「そんなにきついならうちの部隊に来たらどうだ? 佳津美なら歓迎するぞ」
荒城の腕や人間性は信用できるし戦友として付き合いも長かった為、荒城がこの高校に通っていると知っている凰樹は今までも何度か声を掛けていた。
その度に一人でやるのが性に合ってるからと言って断られていたが。
「……一緒に戦ってたら、いつまで経っても貴方に追いつけないじゃないの……、バカ……」
と、荒城がいつもの荒々しい喋り方とは違った呟きを漏らしていた事に、凰樹は気が付いていない。
「俺が輝をランキングで追い抜いたらそうするぜ。いま部隊に参加しても、擦り寄った様にしか見えねえだろう?」
「そんな事は無いと思いまんがな。荒城はんの腕は信用しとりまっせ」
「ま、強要はしないさ。気が変わったらいつでも言ってくれ。それと、これは今日の弾だ」
昨日他の四人にも渡した高純度弾を荒城にも差し出したが。
「これだろ? 俺も同じ物を用意したから遠慮しておくよ」
背中のアリスパックから同レベルの高純度弾を取り出した。
「お爺様……、じゃなかった、うちの爺さんに頼んで取り寄せたんだ。これで中型GEまで狩れるぜ」
「中型は特殊な光弾を飛ばしてくる奴や、怪光線を放つ奴もいる。あまり舐めると石像に変えられるぞ」
「大丈夫、今迄に出現したGEの情報は全部頭に叩き込んである。不覚は取らないさ」
成績優秀な荒城は、今まで全エリアに出現したGEの情報を全て暗記している。
この周辺の中型GEは特殊な攻撃を仕掛けて来る事は稀だが、レベル四~五の環状石が支配する地区では様々な攻撃を仕掛けてくる。
九州地区に出現し、いまだに討伐報告の無い石化光線を放つメデューサタイプの中型GEは、姿を見ただけで石に変わる訳では無いので攻略は可能と言われながら、その瞳から放たれる怪光線で数百人のAGEを石の像へと変えた。
現在、特別討伐報酬が一千万ポイント程かけられており、拠点晶の破壊などポイントを稼ぐ手段を持たない部隊の一部が一攫千金を狙って攻撃を仕掛けてその全てが石像の仲間入りをしている。
「それじゃあ出発するか。対GE民間防衛組織への作戦登録は、途中のレストラン跡の駐車場で行う」
「了解」
いつも使っているバンタイプに六人が乗り込み、登校してくる生徒を横目にレストラン跡の駐車場を目指して進み始めた。
窪内辺りは車の中でおどけて見せたが、それが他のメンバーを笑わせて緊張を解そうとしている事は誰の目から見ても明らかだった。
◇◇◇
三十分後、車は途中にあるレストランの跡地へ辿りついた。
レストランは建物が当時のままで残っていたが、此処は完全廃棄地区では無いので中の設備などに手を出す者はいなかった。
しかし、電気系統や水道などは生かされたままにされており、その為に水が流れるトイレは利用する者が多く、トイレの壁には【使用したら、きちんと掃除をしましょう】と書かれていて、全員真面目に使用後にトイレを掃除して清潔なままの状態が保たれていた。
店内も全く荒らされる事は無く、逆に月に一度ほどはここを拠点代わりにしているAGE部隊などが感謝の意味も込めて掃除などを行っている為にすぐにでも営業を再開できそうな程だ。
また、使用する者はトイレットペーパーを寄付していくという暗黙の了解があり、トイレの外にある棚には予備のトイレットペーパーが山積みにされていた。
「対GE民間防衛組織への作戦登録が完了した。佳津美も今回は共闘では無く、キッチリ隊員として登録している」
「ありがたい。で、この後はあの環状石がある山の麓まで車で行くのか?」
「いや、今回は山の中腹、元々小さな団地があったんだけどそこまで車で突入し、そこから環状石を目指す」
「あの団地まで行けるのか?」
「ああ、おとといの戦闘で中型や小型を殲滅したのがデカかった。衛星であの周辺を調べたが、いつもの戦闘より少ない程度の小型GEが少しいた位だ」
小型PCを取り出し、衛星で環状石周辺の紅点の数を表示させた。
凰樹が最後に確認して半日程度経過していたが、紅点の状況は変わらず近くにある小さな団地にはひとつたりとも存在していなかった。
「凄いな」
「昨日、凰さんが千載一遇のチャンスっていうたのがようわかりますわ。これなら大人数で突っ込むより、少人数で一気に駆け抜けた方が成功率高いでんな」
凰樹は端末を操作して団地から環状石へと続くルートを表示させる。
「予定では団地から十五分ほどで環状石に辿り着ける。四か月前のルートと途中で合流する予定だ」
「途中で奈良崎隊長達十一人に再会しそうでんな」
「なに、数時間後には元に戻ってるよ。状況は理解できないだろうけど……」
石化から元に戻った時には少しの時間だけ特殊なフィールドに包まれ、それのおかげで倒れたりした時に傷を負わないらしい。
ゲージも完全に回復し、口の中など身体に入っていた埃などもなぜか消滅するという話だ。
「さ、早くいきましょう。ゆっくりしてますと、対GE民間防衛組織辺りから作戦中止命令が届いてしまいま~す」
「そうっスね。後はやるだけっス」
◇◇◇
トイレなどを済ませて、山の中腹にある小さな団地まで難なく進み、そこで車を降りて装備を整え環状石へ続くルートを進み始めた。
隊列は凰樹を先頭にし、霧養、伊藤、竹中、窪内、と続き荒城がしんがりを務めた。
小型GEの姿は無く、時折回収されていない低純度の魔滅晶が無数に転がっていたが、おそらく四ヶ月前に脱出した時の物がそのまま残されていたのだろう。
こんな環状石のすぐ傍まで低純度の魔滅晶の回収に来る猛者は存在せず、今までこの場所に近づいたのは四ヶ月前の奈良崎達を含めても数える程しかなかった。
「やけにGEが少ないと思いまへんか?」
「ああ、いくらなんでも小型が一匹もいないなんておかしすぎる……」
レーダーで確認した時、殆ど紅点は存在しなかった。
この場所が環状石のすぐ傍であるにも拘らず……だ。
今回に限り伊藤を索敵では無く戦力として同行させていた為、広域での索敵が出来ない為にゴーグルの情報などから現在の状況を判断するしかない。
それでも伊藤の索敵能力であれば他の部隊が小型ノートパソコンを使って索敵をするよりも信頼度が高く、最低限の情報で最高のパフォーマンスを実現させてみせている、
伊藤のゴーグルにも同様の情報が表示されてはいたが、それでもここまで環状石に近づけば防衛の為に小型GEが姿を見せてもおかしくは無かった。
少し進んだ場所で木々が生い茂る森の中に小さめの石像が四体姿を現した。
黒川綾子と姫子姉妹は銃を構えたまま石像に変わり、若宮唯那は仰向けに寝転んだ姿で石の像へと変わっていた。
そこから数歩、進んだ所で今度は安喜中瑛美が石像に変えられていたが、安喜中は友人三人を逃がそうとしたのか、着ていた対GE用の装備はGEの攻撃で全身隈なく刻まれて硬い灰色の石の肌をほんの僅かにぼろぎれが隠しているだけだった。
「綾子ちゃんと、姫子ちゃん姉妹、それと友達の石像でんな。奈良崎はんはあの時、この子ら逃がす為に最後までこの先で戦い続けたようでんな」
「あの時の通信で、四人を逃がそうとしているのは分かったからな。最後は数に押し切られたみたいだけど……」
凰樹達は中型GEと戦っていた為、綾子達四人の少女を助ける事は出来なかった。
もっとも、凰樹達三人が護っていたとしても、無事に安全区域まで撤退できたかどうかは分からないが……。
「輝さ~ん。ちょっと気になる事があるのですが」
「何か気が付いた事が?」
「こっちの状況ではありませんが~。うちの部隊のリストから、蒼雲さんと、夕菜さんの名前が消えてます」
部隊からの脱退は普通の場合部隊長の承認が必要だが万が一の時の場合を考え、副隊長の承認があれば脱退が可能となっている。
この作戦で凰樹達が全滅すれば部隊が消滅する為に自動的に解除されるのだが、それを待たずに二人が部隊を抜けるのは少しおかしかった。
「抜けるなら、全滅した後でいいだろう。何故このタイミングで……」
「昨日の一件で居辛くなったんっスかね?」
凰樹は神坂が思っているほど朴念仁では無い。
楠木が自分に対して恋心を抱いている事ぐらい気が付いているし、アプローチを掛けて来ている事にも十分に気が付いている。
だから昨日の一件で反対した理由は分かっているし、今朝わざわざ部室に集まったのは神坂と楠木が来てくれると信じていたからでもあった。
「それは無いと思うが……。ん? また石像?」
奈良崎達の石像の数メートル先、少しだけ木が開けた場所に二体の石像が並んでいた。
「奈良崎隊長と他の隊員の石像は全員見つけた。ほかの部隊の者か? ……あれは」
GEとの戦いに敗れ石像に変えられても石に変わるのは肉体だけで、身に付けている装備は石には変わらない。
破損してはいたがその石像が身に付けている紅点レーダー内臓の最新型ゴーグルや、手にしている武器に凰樹は見覚えがあった。
「楠木!! それに蒼雲……」
「そんな、夕菜さんの名前が部隊から消えてたのは、石に変えられたから……」
部隊に登録している者が石に変えられた時も、部隊のリストから名前は消去される事になっていた。
石化から元に戻れば再び登録する事が可能だが、一度石に変えられた者は再び登録する事が少ない為だ。
特殊ゴーグルの下に見える楠木の顔は、思いつめた様な表情で涙を流しながら何かと戦っていたように見えた。
左手に付けているリングの表示は六月二十九日、水曜日、午前六時五十八分。
凰樹達より先にこの場所に辿り着き、他の部員が此処に来るまでに周りにいる小型GEを全て倒しておこうとしたのだろう。
楠木の手にしている銃からマガジンを外し、中に込められていた弾を確認するといつも使っている低純度弾が掌の上に姿を現した。
凰樹は低純度弾を握りしめ、石像に変わり果てた楠木の肩に少し力を込めて手を置いた。
「この弾で此処に攻め込むなんて、自殺行為だろうが……」
「夕菜さんは、此処で輝さんを待ってたんだと思います。私達がもう少し早く辿りついていれば……」
「二人が石に変わった時間は朝の七時前でっせ。勇み足も良い所ですわ」
小型GEの紅点が少なく、此処に辿り着くまでに一度も戦闘が無かった意味を理解した。
それは楠木達が頑張ってこの辺りの小型GEを狩り尽くした訳では無く、敵が攻めて来ると感じたのか、環状石周辺に小型GE集まり始めていたからだ。
小型GE全部を相手にしても大した数ではないが、環状石内部に侵入して要石を破壊する事が難しくなった可能性すらあった。
「どちらにせよ、此処で退くって選択なんて無いんだ。環状石に向かおう」
「了解、文句は後で山ほど言ってやりましょう」
紅点を確認しながら慎重に環状石に向かうと、守護石と呼ばれる高さ二メートル程の石と、その数メートル先に高さ十メートル程の巨大な水晶の様な石が存在していた。
環状石のメインとなるその巨大な水晶の下の地面は長細い水晶の様な石が円を描く様に存在し、そのエリア中は陽炎の様に揺らいでいる。
「環状石前、小型GEが百匹程度存在しているな、MIX-AにMIX-Pまでいやがる」
「動きは鈍いけど、MIX-Pはしぶといっスからね。まあ、今回はあまり関係ないっスけど」
MIX-Pとは半植物種の事で、動物や昆虫と植物などが融合したようなGEの事をそう呼んでいる。
今回はセミの幼虫の背中から松が生えているような姿をしており、何処と無く巨大な冬虫夏草に見えなくも無かった。
得意とするのは擬態からの一撃、紅点レーダー内臓の最新型ゴーグルが出る前は森での戦闘を避けるAGEが多かったのはこいつらがいた為だ。
擬態による奇襲が唯一の攻撃手段である事も多くその為なのか攻撃能力と攻撃能力は低いが、耐久力が異常で小型GEでありながら中型GE並みの耐久力を持つ事も少なくなかった。
おそらく楠木達が此処で石像に変わったのは、こいつらがいた為だろう。
「射程距離に入る、全員撃ち方用意、小型GE殲滅後、直ぐに環状石内部に突入する」
「了解!!」
銃から放たれた高純度弾が小型GEに命中し、激しい光と共に一撃でその身体を粉々に吹き飛ばしていた。
耐久力の高いMIX-Pも、所詮は小型GEに過ぎず、二発もその身に喰らえば他のGEと同じ様に吹き飛び、地面に低純度の魔滅晶を残して消滅していった。
百匹いた小型GEは攻撃開始からわずか数分で一匹残らず低純度の魔滅晶に変わり、環状石へ続く道が完全に開いた。
「よし、後は要石だ!!」
最初に凰樹が環状石内部に侵入し、続いて竹中、伊藤、荒城、霧養と続き、最後に窪内が環状石内部へと突入した。
読んで頂きましてありがとうございます。




