勇敢な愚者の作戦 二話
楽しんで頂けましたら幸いです。
午後一時三十分、隊員が全員集まり大きなテーブルを囲って座っている。
パソコンの画面には先ほど神坂に見せた映像が映し出され、四か月前、愚者の突撃と思われた作戦が実は環状石の周期を突いた奇襲であった事も説明された。
「と言う訳で、四か月前に俺や龍、蒼雲が参加した作戦は今一歩の所で成功しなかったが、中型GEや大型GEが殆ど存在しない今がまたとない絶好のチャンスとみて間違いない」
「私達だけでこの作戦を行う理由は何ですか? ほかの部隊や、守備隊の人に協力を仰げば……」
「今回の場合、それほど戦力は必要ない。それに、足手纏いはかえって作戦の成功率を下げる。うちの部隊だけで実行した方が確実だ」
これは凰樹の本心であり、先日の桐井の部隊の隊員ですら凰樹が部隊に望む隊員のレベルには達していない。
装備の面もそうではあるが、いざというに変な迷いがあればそこから部隊が崩壊しかねない事もその要因の一つだ。
昨日の大型GEの戦闘の時がいい例で、凰樹があんな事を出来ると知っていても失敗すれば即部隊が全滅しそうな行動を手放しで信用する事など出来ないだろう。
「輝。他の部隊、とりわけ先日の桐井の部隊辺りに打診すれば、協力されるどころか作戦自体を止められるとハッキリ言ったらどうだ?」
神坂のこの指摘も的確で、この作戦の協力要請など仰げば即座に愚者の突撃と判断されて、貴重なランカーや優秀なAGEを失いたくない対GE民間防衛組織辺りから作戦の中断が言い渡されるに違いなかった。
「そこまで危険なんですか?」
「ああ、輝には負けるが、俺も長年AGEをしているからな。こんな危険な作戦は初めてだ」
規定では十歳以上で参加できるAGEだが、非公式で更に幼い頃からGEと戦ってきた凰樹。
非公式である為に活動から数年は積極的には戦場に出ず、GEの出現が無い時などは守備隊の詰め所などで過ごしていたのだが、凰樹がいなければ要請を受けて出撃をした先で守備隊が全滅しかねなかった事態も多い。
特に中型GEの処理には凰樹の力が必要不可欠で、守備隊やAGEの部隊で当時使われていた威力の低い特殊トイガンや純度の悪い特殊BB弾だけでは中型GEを押さえる事すら困難だった。
十二歳の頃からAGEに登録しGEと戦ってきた神坂も戦歴は相当な物で、もう少し貪欲にポイントを稼げばセミランカーに昇格する事が確実視されていた。
しかし、神坂は危険を冒してまでポイントを稼ごうとはせず、あと少しでセミランカーと言う位置をキープし続けている。
「他の部隊に協力して貰うのが嫌なら、もう一度入部テストをして部員を増やすとかして、次の周期の五ヶ月後とかにしたらダメなの?」
「それじゃあ遅いんだ!! 今、千載一遇のチャンスが目の前にあるのに、五ヶ月も待つ必要なんて無い。それに昨日犠牲になった人たちは五ヶ月の空白期間に多くの物を失う、掛け替えの無い五ヶ月と言う時間を……」
凰樹は生まれ故郷でいまだに石像のまま元に戻っていない姉と母親の事を思い出し、残された四年と言う制限時間と、【助けてくれる人など居ない】【助けたければ自分が力をつけ、助け出す他無い】という決意と言う名の呪いの様な物が凰樹の脳裏で渦巻いていた。
この迫り来る制限時間に対する焦燥感は、GEに大切な者を奪われた全ての人が感じており制限時間が迫れば迫る程に心の中で大きく膨れ上がり、やがて耐え切れなくなった人の心を押し潰してしまう。
凰樹はまだ、制限時間に心を押し潰されてはいないが、隊員の一人である竹中は心が殆ど潰されかけており感情を表に出さなくなって数年経過していた。
「そう……、そんな時間なんて無い。この機会を逃せば、もうお父さんを助け出す事なんてできない!!」
竹中にしてみれば、凰樹の提案は暗闇にとらわれていた自分に射した僅かな光明だ。
残された時間は約ひと月、もう絶対に助けられないと絶望に打ちひしがれ、明かりも付けていない部屋でひとり泣いていた紫に差し出された……、今まで誰も本当の意味では差し伸べてくれなかった優しくて心強い唯一の手。
「ゆかりん……、せやな、凰さんがわての力を信じてくれるならこの窪内龍耶、力の限り戦わせて貰います」
窪内は過去にあった一件で凰樹に恩義を感じており、必要とされる限りこの人の為に命を懸けようと誓っていた。
その為、今回の作戦の成功率が殆どゼロだったとしても、窪内が作戦に反対する事は無かっただろう。
「お前ら……、いいか、よ~く考えろ、勝率はどう見ても五十パーセント以下。輝の推測が正しいかも知れないが、どんな不測の事態が起こるか分からない」
「そうよ……、でも、そうすると紫のお父さんを見捨てることになるし……」
神坂と楠木は揺れていた。
竹中の話を聞いた以上、出来れば協力してやりたい。
しかし、それに盲従して部隊が全滅といった馬鹿げた事態は避けたかった。
「俺の見立てで勝算は八割以上。もし仮に、大型GEクラスが数体いても、ゲージを回復させながら戦い、要石の破壊が可能だ」
「今迄誰一人として特殊マチェットで要石を破壊した者が居ないのにか?」
「レベル二の要石を破壊する場合、通常の部隊は拠点晶の四倍特殊ランチャーを撃ち込む必要がある。その程度なら大型GEを倒すのに必要なゲージや出力の方が上だ」
この辺りは、過去に環状石を破壊した防衛軍のデータを参考にし、何度もシュミレートを重ねた結果だった。
もっとも、凰樹以外の人間が特殊マチェットを使い全ゲージを消費したとしても、ひとりでは必要とされる出力の一割程度にも満たないのだが……。
最新式の生命力消費型の特殊マチェットや日本刀、斧、槍などは凰樹が以前使っていた特殊ナイフのデータを元に改良され、かなり出力などが強化されているのだがそれでも殆ど結果は変わらなかった。
凰樹の使っている特殊マチェットは三世代前の旧型で、対GE民間防衛組織からは新型の特殊マチェットと小太刀などが贈られてきているが、「使い慣れないと、いざという時に、全力で戦えない」という理由から、いまだに旧型の特殊マチェットを愛用していた。
一応、平日は家に帰った後で特殊小太刀など新型の武器をいろいろ試し、今迄と同じレベルで使える様に練習を重ねてはいる。
しかし今回の作戦に使える程には特殊小太刀の性能を信用してはいなかった。
「お前がそこまで調べてるって事は、かなり前から計画してたって訳か。何時からだ?」
「環状石破壊計画自体は六年前から計画している。今回は運よく状況が揃った為に実行に移しただけだ」
姉と母親を石像に変えたレベル四の環状石の予行演習として、レベルの低い一か二の環状石を破壊しようと凰樹は六年前から考えていた。
だが、今まで運悪くその機会に恵まれず、四か月前の奈良崎の作戦はようやく訪れた絶好のチャンスだと思っていたが愚者の突撃だと勘違いされ、部隊が士気を低下させた為に失敗に終わった。
「竹中の為じゃないのか? お前はいつかは知らないが、竹中の親父さんの話を聞いた。そして、その親父さんとお前の親父さんが重なり、そしてお前の姉とお袋さんの姿がダブって、この計画を思いついた。違うのか?」
凰樹の父親は、防衛軍の大佐だったが、ある作戦に参加したという報告を最後に、消息を絶っていた。
同じ作戦に参加した人の話でだが。
「あの作戦に参加した人は、殆ど全滅した」
「誰が無事だったかは、帰還後に判明した。戻って来れなかった人は、全員あの場所で石に変わっただろう」
などと言わている。
一年前にその日から十年経過した為、凰樹は父親を助けられなかった事を悔やみ、せめて姉と母親だけは、助け出してみせると遺骨も入っていない墓の前で誓いを立てていた。
「否定はしないさ……。俺の親父は助けられなかった。竹中の石にされている大切な人が親父さんだとは知らなかったが、これも何か運命的な事なんだろう」
「お前はそんなロマンチストな男じゃねえだろうが!! お前がそこまで言うんだ、確かに勝算は高いんだろう。だが……」
神坂がそこまで言った時点で凰樹は軽く手を挙げた。
「此処で言い争っていても時間の無駄だ。採決を取るから、それで答えてくれればいい」
「良いだろう。こんな作戦、乗る奴がいると思うなよ」
◇◇◇
隊員全員が可否の投票を終え、画面上にその結果が表示された。
結果は賛成五、反対二。
神坂の予想を裏切り、殆どの隊員がこの作戦を支持していた。
「作戦は可決された。しかし、今回の作戦については参加を強要しない。反対した二人は参加したくない場合、明日、集合場所に集まらなくていいぞ」
この作戦に賛成したのは、凰樹、霧養、窪内、竹中、伊藤の五人で、反対したのは神坂と楠木の二名だった。
「七人でもキツイ作戦を、五人でやれるって言うのか?」
「正直、伊藤まで参加してくれるとは思っていなかった。五人いれば十分さ」
初めからこの作戦に反対だった神坂はともかく、楠木の方は複雑な表情で凰樹たち五人に視線を向けていた。
「輝、あの……」
楠木が何か言おうと一歩踏み出した時、そこに割り込む様に竹中が凰樹の前に歩み出た。
「輝、今まで私が他の男に言ってた言葉、覚えてる?」
「……、ああ、あれは、父親を助けてくれたらって事だったんだろう。大切な家族だ、それ位切羽詰っていたのが今なら分かるさ。親父さん、必ず助け出そうぜ」
「そうじゃなくて、もしお父さんを助けてくれたら、私の事……」
「好きにしていいよ……」と、いう竹中の言葉と、「ごめんなさい!!」と叫んで楠木が部室から飛び出したのは、ほぼ同時だった。
楠木は別に竹中の父親を助けたくなかった訳では無い。
一旦反対で作戦が中止された後、戦力を揃えて作戦を実行するように提案する気だったのだ。
しかし、楠木の予想に反して作戦は可決され、しかも凰樹から「反対なら作戦に来なくてもいい」と言われたに等しく、この場にいられなくなって部室を飛び出した。
「輝、お前との腐れ縁もこれまでかもな。もし無事に帰ってきたら、伊藤の特製ドリンクを一気飲みしてやるよ」
「……そこまで無茶な作戦じゃないさ。ま、やるだけさ」
「それと今回の作戦に使う弾だが、俺が用意していたこれを使う」
凰樹はロッカーから大きな箱を取り出し、その中に収められていた特殊弾のケースを取り出して机の上に並べた。
「これ? 高純度弾?」
「今迄の数倍の純度がある、高純度弾だ。一発五万円の防衛軍仕様には負けるが、小型GEなら一発で倒せる」
一発約二千五百円の高純度弾。
凰樹はこの時の為にそれを二万発、約五千万ポイント分用意しており、全員に四袋、四千発ずつ手渡した。
「この弾はいざって時に使わせて貰いますわ。もう少し安い高純度弾でも、弾幕はるわてには十分でっしゃろ?」
「囲まれそうになった時には、迷わず使えよ」
「これなら戦えるッス。でも、無駄弾が撃ちにくいっスね」
「お前は無駄弾を撃たないと知ってるよ。先読みと誘導、効率よくGEを倒す為に、必要な弾さ」
霧養は先読みの天才ではあるが、以前にいた部隊では無駄弾を使い過ぎだという言い掛かりを何度もつけられていた。
そこに撃ち込めばGEがこう動き、そこで一網打尽に出来る。
そんな読みの元、一見無駄弾に見える射撃を行う事はあるが必要な弾を必要なだけ使ったまでの事だ。
結局霧養は永遠見台高校に入学する前に以前所属していた部隊を抜け、GE対策部の入部テストを受けにきた。
その時の凰樹のセリフは「よく来てくれたな、テストの必要なんて無い。合格だ。それに動かないマトが相手だと、真価は発揮できないだろう」だった。
対GE民間防衛組織に知られれば、作戦の中止を求められる可能性もある為に作戦の登録は明日の朝。
全員が部室に集まった後で車を使って環状石に出来る限り接近して作戦を申請し、そこから突撃を掛ける事にした。
凰樹は無意識にお守り代わりに持っている、母親の形見ともいえる約四センチほどの小さなキーホルダーを握り、明日の作戦の勝利を誓った。
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