勇敢な愚者の作戦 一話
過去の話など、色々出てきますが楽しんで頂けたら幸いです。
六月二十八日、火曜日。
午前八時四十分。
この日の授業は全て中止とされ、永遠見台高校、そして隣にある永遠見台付属中学では朝から全校集会が開かれていた。
全校集会の理由と話の内容は当然、昨日起こった小型GEの異常発生についてと、防衛及び迎撃作戦に参加したAGE達の賞賛、そしてGEに襲われて石像に姿を変えた宮桜姫達AGE隊員への追悼だ。
追悼と言っても、十年経過するまでは石化から戻れない訳では無いが、防衛軍の奪還作戦の候補に入っていない環状石の支配地から救出できた人間がいない以上、死亡したも同然の扱いになるのは仕方が無い事だった。
集められた生徒達は口々に昨日の凄惨な事件の内容を話し、昨日迎撃に向かう前に軽口を言って帰って来なかった友人を思い出してみな涙を流し続けている。
「なにが『見てろ、明日の昼飯は今回の戦果で豪遊だ!!』だよ!! 無茶すんなっていつも言ってただろ!!」
「石に……、石に変えられちまったら何にもならないだろうが!!」
「嘘……、嘘だよね。こんな、こんなことってっ……」
教師も私語を注意しようとしたが、とてもではないが悲しみに打ちのめされた生徒達にかける叱責の言葉など持ち合わせていなかった。
「…………この様に、勇敢なAGE隊員の働きがあればこそ、私達は居住区域で安心して暮らす事が出来ます、彼らが私達を守る為に戦い冷たい石の像に姿を変えてまで私達の為に戦い続けた事をどうか忘れないで欲しい。そして、この地域では稀な大型GEを二体も撃破し、KKS二七三方面の拠点晶の破壊に成功したこの地区最高のランカー、凰樹輝君の…………」
この後、永遠見台高校の校長である九条沙奈恵の話は三十分にもおよび、一部の女生徒が貧血を起こして保健室に運ばれる事態にまで発展した。
九条が生徒達に思いの全てを話し終わった時、全校集会が始まってから一時間以上が経過していた。
◇◇◇
長い全校集会の後、午前中の時間全てを使ったロングホームルームが行われた。
また、多くの友達を失った事により、心的外傷後ストレス障害を発症した生徒もいた為に専門のカウンセラーが永遠見台高校を訪れ、保険医と共に生徒達のケアに当たっていた。
担任の山形蒼子も別室で生徒のカウンセリングを行っており、カウンセリングに参加していない教師は会議室で話し合いを行っていた為、生徒達は教室で自由に過ごしていた。
当初、昨日の件かAGE活動についてのグループミーティングなどをさせるべきだという意見もあったがそれどころではない状態の生徒も多く、結局は登校させた生徒達を教室に待機させるだけさせておいて何もさせないという状況に陥っていた。
「うちのクラスの犠牲者は、宮桜姫さんと江藤君か……」
「B組とC組が酷いらしいぞ。B組は刈谷さん、高島さん、西郡君、山仲君、亘鍋さんの五人が石に変えられ、C組も五人犠牲になったらしい」
「二年や三年には八人犠牲になったクラスがあるらしくて、クラス編成をやり直すかどうか話し合ってるらしい」
「どうして宮桜姫さんが? 今までAGEに登録したなんて話、聞いた事無かったんだけど……」
「凰樹君達が凄いから、自分もって思っちゃったのかな?」
生徒達は昨日の事件で犠牲になった友達と、凰樹達GE対策部の活躍を好きなように話していた。
それぞれが複雑な思いで昨日の事件を口にし、親友や恋人を石の像に変えられた生徒の中には泣き出す者まで存在していた。
「昨日の守備隊の二人、AGE資格の剥奪と危険度の高い居住区への移住が決まったそうでんな」
「まあ当然の結果だろう。欲を出さずに防衛拠点で小型GEを抑えてりゃ、此処まで被害は出なかっただろうに……」
大型GEであるヒキガエル型GEは拠点晶を守っていた印象があり、久地縄達が欲を出して拠点晶に手出ししなければあのヒキガエル型GEが攻撃を仕掛けて来る事は無かっただろう。
いずれ倒さなければならない敵だとしても、あの混戦の最中に守備隊や学生AGEが手出しして戦うべき相手では無く、大型GEを倒せる手段を持つ凰樹達の部隊に任せるべき相手だった事は間違いない。
また、昨日の守備隊の不祥事については、永遠見台高校に直接、守備隊の隊長や桐井達が揃って謝罪に赴いており、学校側は多くの生徒を囮として使った主犯の二人に対しては辛辣な言葉を投げつけたが、の守備隊に対しては大切な生徒を守ってくれたことに対しての感謝の言葉も送られている。
◇◇◇
二時間目が終わったチャイムが響き、何人かの生徒がトイレに向かってその前にある水道で顔を洗ったりしていた。
気分が悪くなったと言い残し早退する者もいたが、それを咎める教師や生徒は誰もいない。
そんな中、周りの生徒たちとはあきらかに違う制服に身を包んだ少女がクラスが表示されているプレートを確認しながら廊下を歩いていた。
「ちょっと、君、その制服は付属の生徒のだよね? 此処は高校だよ」
「そんな事わかっています、一年A組はこちらですよね?」
廊下でそんな話し声が聞え、ドアを勢いよく開いて永遠見台付属中学の制服に身を包んだ小柄な少女が姿を現した。
何処と無く誰かに似ている気がしたが、今この場にその名を口にする者はいなかった。
少女は凰樹の目の前まで進み、凰樹を瞳でみつめた。
「以前雑誌でみました。貴方が凰樹輝さんですね」
「ああ、俺が凰樹輝だ。君は?」
凰樹を初めとするクラスメイトにはその少女が誰なのか、おおよそではあるが理解されていた。
今このクラスに居ない少女、宮桜姫にあまりにも良く似ていたからだ。
「私はこの学校に通っている宮桜姫香凛の妹で、宮桜姫鈴音と言います」
凰樹達の予想通り、宮桜姫香凛の妹である宮桜姫鈴音はそう名乗り、小さな手で凰樹が着ているシャツを掴んだ。
「どうしてお姉ちゃんを助けてくれなかったんですか!!」
「凰樹さんはランカーで、とても凄い力を持っているって聞いてたのに、どうしてそんな力があるのにお姉ちゃんを助けてくれなかったんですか……。どうして、どうしてっ……」
鈴音の声は次第に涙声になり、その言葉だけを何度も繰り返していた。
「凰さんがランカーで、いくら力を持っていたとしても、神様やおまへん。出来る事と、出来へん事位ありますわ」
「凰樹さん達がいたエリアでは、誰一人犠牲者が出なかったって聞いています。百人以上犠牲者を出したのは、みんな、もう一か所にいた人だって事も調べてます。どうしてお姉ちゃんを一緒に連れて行ってくれなかったんですか?」
事実として、今回、GEに破れ、石像に変えられた者は全員、KKS二七六方面で守備や迎撃にあたっていた。
KKS二七三方面は拠点晶付近で凰樹達が無数に群がる小型GEを迎撃し、中型GEも二体倒していた為、他の防衛拠点や迎撃拠点の負担は少なく、低純度の特殊弾しか持っていなかったにもかかわらずそれなりの戦果を挙げながらも犠牲者はだれ一人出していなかった。
ゲージを二~三十近く減らした者はいるが、戦闘不能な状態や昏睡状態に陥った者も居ない。
「無茶言って貰っちゃ困るんだけど。輝さんはあの戦いでゲージを四十も消費してるんだ。AGE隊員でもない君には、それがどれだけキツイ事なのか分からないだろうけど」
「そうや、別に全部隊の指揮官でもない凰さんにそんな権限はありゃしませんて。それにうちの部隊守るだけでもていっぱいにきまっとるやろ」
いつもと違う口調で霧養が鈴音を窘め、窪内もそれに続いた。
特殊マチェットのトリガーを引きながら戦うと、大型GEにダメージを与えられる反面、凄まじい勢いで生命力を消費する。
また、通常特殊マチェットのトリガーを引きながら戦ったとしても、普通のAGEでは大型GEに傷を付ける事は出来ても、凰樹の様に一撃で真っ二つなんて真似は出来ず、訓練を積んだAGEであっても消費する生命力の速度は凰樹の十倍以上となる。
生命力が消費されれば当然、身体の動きは鈍くなり大型GEの攻撃を躱し損ねて石の像へと変わる危険性が増す為、通常は十人近いAGEで囲み一斉に斬り付けるなどという方法が取られている。
「でも、お姉ちゃんは凰樹さんの恋人なんでしょ? 凰樹さんの為に毎日お弁当を作って……」
そこまで言って、鈴音は自分の口を抑えた。
周りの雰囲気に気が付いたからだが、すでに遅かった。
「宮桜姫さんが、輝の恋人?」
「いや、俺がそういった事に時間を割かない事は、今迄に何度も雑誌の記事に載ってるし、割と有名なはずだけど……」
凰樹はランンキング二百位、つまり、セミランカー百位になった時、雑誌のインタビューで、「それだけ若いのにセミランカー百位になった凰樹君は、モテたりしないんですか? もう恋人とかいたりします?」という質問に対し、「GEによって石に変えられた姉と母親を助けるまで、AGE活動にしか時間は割きません。恋人もそれまで作る予定はないです」と答えていた。
実際、ラブレターを貰った事も一度や二度ではないし、告白をされた事も何度かあるが、AGE活動をしていればいつGEに破れ、石の像へと変わるか分からない為、この事を理由にして、その全てを丁重にお断りし続けていた。
「そりゃそうっスね。俺なんか、輝さんに恋人なんて居たら、今すぐAGEを止める様に説得する所っス……」
霧養にこういわれるのは仕方の無い事で、特殊マチェットを使えるとはいえ、それを片手に大型GEや拠点晶に突っ込んでいくような男など、友人として見過ごす訳にはいかなかった。
ただし、対GE民間防衛組織がこの歳にしてランカーにまで上り詰めた凰樹がAGEを脱退するのを、簡単に認めるとは思えないが……。
「凰さん、宮桜姫はんから弁当なんて、貰った事ありましたっけ?」
「いや、一度も貰った事なんて無いけど……」
凰樹は基本、昼食は学食を利用している。
その事をいつも一緒に昼食を食べている窪内達は良く知っていた。
「宮桜姫さんの机、その包って……」
めざといクラスメイトが宮桜姫の机の中に残されていた二つの包を見つけた。
ひとつは空になった弁当箱が包まれ、もう一つは中身が残されたままの弁当が包まれていた。
「これ、中身残ってるみたいなんだけど……」
「凰樹君に渡そうとして渡せなかったんじゃない? そのお弁当……」
この時、鈴音は自分の言葉が勇み足である事に気が付いた。
香凛の部屋には凰樹の写真が何枚も飾ってあり、セミランカー上位に上がった時や、拠点晶破壊数が五十を超えた時に載った雑誌などが本棚に並んでいた事もあり、毎日鼻歌を歌いながら三人分の弁当を用意する香凛の姿を見ていた為、二人は恋人同士で既に付き合っていると勘違いをしていたのだった。
「お姉ちゃん……、ごめんね……、凰樹さん、ごめんなさい!!」
そう言い残して鈴音は教室を飛び出し、教室の中は妙な雰囲気のまま、誰一人声を出せずにいた……。
凰樹に対して淡い恋心を抱いている楠木は、クラスメイトが机から取り出した中身が入ったままの弁当箱に複雑な思いが籠った視線を送っていた。
◇◇◇
この日は昼までで殆どの生徒が部活もせずに下校し、校内にはカウンセリング待ちの生徒と何かを振り払うために部活に参加する僅かな生徒しか残されていなかった。
凰樹は当然GE対策部に顔をだし、パソコンのディスプレイに色々と表示をさせてそこに様々なデータを打ち込んでいた。
「輝、宮桜姫の妹の話は聞いたぞ。ま、宮桜姫姉妹には色々と掻き回され……、その地図とデータ……、四ケ月前の……」
四ヶ月前の作戦に参加していた神坂は、画面に表示されている地図のデータと周りにある拠点晶の破壊状況に違和感を感じた。
あの時、破壊されていなかった筈の拠点晶が幾つか消失し、中型GEや大型GEの討伐状況もあの時とは違っていた。
「これ今の地図じゃないのか? 輝、お前まさか……」
「四ヶ月前行った奈良崎隊長の作戦は、愚者の突撃じゃなかったのさ。このデータを見てくれ、あのレベル二の環状石のGE発生数の推移だ」
「GEの発生数って、退治した数が二週間程で再び出て来るだけだろ?」
「それが違うんだ。確かに中型GEや大型GEは二週間程補強されないけど、その代りあのレベル二の環状石では四ヶ月、いや正確には五ヶ月周期で爆発的に小型GEが生み出されてるんだ」
画面のグラフには五カ月ごとに数千匹単位の小型GEが発生し、その後、暫くの間数が増えない状態が示されていた。
「小型GEの数か……、確かに、やけに多い時期があったが」
「そしてこれがその周囲にあるレベル一の環状石。右側にある四つはそれぞれ、三か月、半年、八か月、一年周期で小型GEが発生し、二日前、レベル二の環状石を含めるこの五つの生産周期が重ねってるんだ」
パソコンの画面には爆発的に増えた小型GEの数が表示され、それがKKS二七三とKKS二七六の二方面から居住区域に押し寄せる様が映し出されていた。
「つまり、こういった周期を全部調べて周りの環状石の状態を知っておけば、昨日みたいな異常発生に備える事が出来るんだ。一応、このレポートは対GE防衛組織の本部に送ってある。守備隊の防衛計画の役に立てばと思って資料を纏めていたんだ」
「なんだ、そんな事を調べていたのか、びっくりさせてくれるなよ。てっきり俺はあのレベル二の環状石に愚者の突撃でも仕掛けるのかと思ったぜ」
緊張して喉が渇いたのか、神坂は紙コップを取り出してサーバーから水をくみ、それを一気にあおった。
「仕掛けるさ。五ヶ月に一度のチャンスなんだ」
神坂は口に含んだ水を噴き出し、咳き込みながら、「なんだって?」と聞き返した。
「右だけじゃなく、左にあるレベル一の環状石は一番最近の物でも三か月前に周期を終えているから、奈良崎隊長の時と違って、周りの環状石からも増援は来ない。しかも中型GEや大型GEは殆ど倒し尽くしてるから精々あと一~二匹いるだけだ」
レベル二の環状石の周辺にあるゲートは全部で十。
拠点晶に中継された支配地域が重なる部分を考慮に入れて、影響がでそうな環状石の周期や状況は調べ尽くされていた。
四か月前、愚者の突撃と思われた作戦時には、周囲にある環状石のうち、二つの環状石が異常発生から一~二週間しか経っておらず、その支配地域に居る小型GEも殆ど減らされていなかった。
その為、拠点晶伝いに百匹程度の小型GEが流れ込み、それが誤算となって凰樹達三人以外のメンバーが全滅という事態を引き起こしていた。
「本気か? 仕掛けるったって、俺達の部隊は僅か七人しかいないんだぞ。あの時の半数だ!!」
前回のメンバーは隊長の奈良崎、凰樹、窪内、神坂の四人を含める十四人。
しかし、そのうちの四人は、まだ中学生だったふたごの黒川綾子姫子姉妹、その二人の友人の若宮唯那、安喜中瑛美。
入隊したての新人で満足に訓練もしておらず、この四人を逃がそうとした結果、隊長の奈良崎を含む五名の隊員が犠牲となった。
凰樹、窪内、神坂は他の隊員を逃がす為に、五体の中型GEを惹きつけてそれを撃破したが、撃破し終わる頃には四人の少女は既に石像に変わっており、その数メートル離れた場所に奈良崎達三人の石像が立ち並んでいた。
他の隊員たちはそれぞれ脱出を試みたが、何のサポートも無いままに逃げ切るだけの戦力を有しておらず、群がる小型GEに取り囲まれて、あっさりと石の像へと姿を変えた。
最終的に、特殊マチェットを振るう凰樹が血路を開き、窪内と神坂が近づく小型GEを撃破し続けた三人だけが無事に安全区域まで辿り付けた。
「あの時のメンバーが今の俺達より勝っていたとは考えられない。今のメンツなら、環状石内部への突入も可能だ」
「無理に決まってるだろ!? 確かに霧養や竹中が増えた分、戦力的には互角以上かもしれないが数が全然足りてねえ」
無数に押し寄せる小型GEを相手にする場合、重要なのは点にしか過ぎない質より面で対応できる量である事は昨日の異常発生の時に証明されている。
しかし、質で圧倒的に勝る凰樹達の部隊がもっとも小型GEを倒し、戦果を挙げた事も事実だった。
「少数精鋭の一点突破で十分だ。まあ、この作戦については後で隊員が全員集まった時に採決を行う。反対ならその時に反対票を入れればいい」
「分かった、後でな……」
神坂はそういい、凰樹はパソコンに必要な情報の入力を続けた……。
読んで頂きましてありがとうございます。




