非常招集 一話
平穏な日常から突然起こった事件になります。
色々面倒な部分もありますが、楽しんで頂ければ幸いです。
六月二十七日、月曜日。
午前七時二十五分。
いつもの様にかなり早めに凰樹輝が教室の前に辿り着いた時、中から二人分の聞き覚えのある声が聞こえてきた。
ひとつは悪友でありAGE仲間の荒城佳津美。
そしてもう一つはクラスメイトである宮桜姫香凛の声だった。
「珍しい組み合わせだな? もしかしてこの前の……」
凰樹は話の内容が気になり、気配を消して中から聞こえる声に集中した。
「ですから……、ご迷惑だとは思いますが、私を……の……、……を、……間だけ……」
「出来る訳ねえだろうが!! そんな事を言えば、輝だって……」
「……凰樹君のGE対策部が無理だって事ぐらい分かってます。だから荒城さんに……」
「ふざけるな!! 俺がなんでそんな事しなきゃならねえんだよ!! 遊びじゃねえんだぞ!!」
耳を澄ませて聞えてくる荒城の言葉の端々には怒気が混ざっていた。
一週間前に教室であった荒城と宮桜姫のやり取りを思い出した。
GEの脅威を体験した事の無い温室育ちの宮桜姫と、胸の奥に抱えた何かしらの理由があり単身AGEとして活動しGEと戦い続ける荒城。
二人の温度差や価値観は相容れぬ物であり、激しい言い争いに発展してもおかしくはない。
もう少し話を聞いていたかったが、このままでは荒城が宮桜姫に殴り掛かりかねない雰囲気を感じ取った為、凰樹は何食わぬ顔で教室のドアを開いた。
「おはよう宮桜姫さん。今日も早いね。あれ? 佳津美がこんな朝早くに、うちのクラスに来るなんて珍しいな」
「……、まあいい。今の話は聞かなかった事にしてやる。それと輝、ランカー入りおめでとう。流石だよ……」
「ありがとう、まあ、拠点晶の撃破ポイントがでかいからな。拠点晶を破壊できるのは、俺だけの力じゃないんだが……」
単独で拠点晶まで辿り着けるならともかく、凰樹と言えども毎回窪内をはじめとする部隊の仲間に様々な力を借りている。
伊藤や楠木の索敵能力や、窪内や竹中の射撃能力が無ければ毎回あそこまで容易に拠点晶の元へは辿りつけない事だろう。
「拠点晶撃破の要である輝に、それを支えれるだけの人材と資金。羨ましい限りだ」
「人材に関しては本当に恵まれてると思うよ。資金については、やり方次第だとは思うが」
拠点晶の撃破ポイントは基本百万ポイントだが、コレは中型GEの撃破と魔滅晶で得られる平均ポイントに換算して約百匹分に相当する。
中型GEの撃破に関しては、先日のFなど、強敵であれば最高数万ポイントが入手できるうえ、手に入る魔滅晶も高純度で大き目の物が手に入る事もあるがそれにしても数十匹分に近いポイントだ。
なお、小型GEに至っては数が多く、入手できる魔滅晶も低純度の上に小さな物が多い為、最悪の場合一匹あたり十ポイント程しか貰えない事すらある。
中型GEを倒せるだけの装備や高純度の特殊弾を揃えられない部隊が、小型GEを専門に特化し、その結果資金不足で部隊運営が出来なくなるなんてのもよくある話だった。
「輝の所はいい隊員が揃ってるし、少数精鋭を徹底させてるからだろ? 無駄弾を撃ちまくる新人が数人いれば、小さな部隊なんてすぐ資金不足になるからな……」
「まあ、今の俺達にはそんな新入りなんて育ててる余裕なんてないからな。新入りを大勢抱える部隊なんぞ、何考えてるんだか……」
新人の初戦闘など初めてGEと戦う新人は、恐怖のあまり特殊改造エアーガンのトリガーを引き絞り弾が無くなるまで撃ち続ける事も多い。
その事が考慮され、AGE登録したての新人を部隊に引き入れて、キッチリと育成をすれば対GE民間防衛組織からある程度の弾代と育成報奨金が出る。
それを目当てで多くの新人を引き入れて適当に育成し、捏造した実績を報告をした後報奨金を受けとり、実際には碌に育成もせずにその新人を戦場に連れ出してGEを誘い出す囮として使う部隊まで存在する。
そんな事が発覚すれば、当然AGE資格は剥奪され最悪危険地区周辺への移住を命じられるが、戦場では経験の浅い新人が犠牲になる事など珍しく無い為に実際にその件で罪に問われる事など無かった。
「そう…ですよね………、ごめんなさい、荒城さん」
「ふん!! じゃあ輝、またな」
「ああ」
元々C組に席を置く荒城は、他の生徒が来る前にA組の教室から自分の教室へ戻った。
◇◇◇
「よし、全員席に着け! 出席を取るぞ~。新井、井上、江藤……」
いつも通りに始まった出席。
しかし、そこにはある変化が起こっていた。
「……谷峨。今の点呼で気が付いたと思うが、悪い知らせだ。AGE隊員として活躍していた橘が昨日、GEとの戦闘中にGEに襲われ、仲間の援護も虚しくゲージを全て失って石に変えられた。他のクラスの生徒には居たが、うちのクラスでは初めての犠牲者になった……」
「嘘……橘君が?」
「戦闘ダメージ回復の為とかで、休みってわけじゃなかったのか」
AGE隊員の場合、戦闘で一定以上ゲージを失うとゲージを回復させる為に学校を休む事が多い。
ゲージ回復用の薬では八時間ほどで二十程度しか回復できないが、病院の特殊な回復剤や点滴を使えば同じ時間で倍以上のゲージを回復させる事が出来た。
また、セミランカーやランカーにだけ支給される回復剤もあり、これは一定以上ゲージを消費した特殊な状態でも回復させる事が出来る。
しかし、その特殊な回復剤はセミランカーやランカーでも支給数に制限があり、それが手に入るセミランカーと言えども、肉親や恋人などかなり親しい者の為にしか使わない。
また、万が一自らがそんな状態になった時の為に、支給された特別性の回復剤を信頼が出来る病院などの施設に預けたりもしていた。
そのような事情があり、登校してこなかった橘がAGE隊員と言う事で多くのクラスメイトには橘が回復休暇を取っていると考えられていた。
既に速報などでその事実を知っていたAGE隊員だけは驚きもせず、その事実を受け入れていた。
「いいか、AGEに参加するのは立派な事だが、石に変えられたら何にもならない。無茶な真似だけはやめてくれよ……」
何かを抱えて戦っているAGE隊員に無茶をするなと言うのは無理がある物言いだが、生徒全員を無事なまま卒業させたい担任の山形蒼子は、入学後一回目のHRの時から口が酸っぱくなるほどその言葉を繰り返していた。
言葉尻はキツく、生徒に厳しい山形は一部の生徒から避けられる事もあるが、それが優しさから来る愛情の裏返しである事を理解している生徒からは人気が高かった。
「それと、今の話とは対照的な話になるが、凰樹がAGEランキング百位、つまりランカーに昇格した。この地区では初の快挙で、おそらく県知事辺りから表彰されるだろう」
この事は本当に快挙で今までのランカー昇格の最年少記録が十八歳だった事もあり、ランカー昇格の最年少記録も大幅に更新された。
もっとも、単独で拠点晶を破壊できるAGE隊員が殆ど存在しない現状、凰樹と他の隊員でポイントの獲得状況に差がありすぎるのだが……。
「すごーい、ランカーって、全国で百人しかいないんでしょ?」
「殆どは首都近郊に居るって話だけど……」
セミランカーやランカーは対GE民間防衛組織からの推薦などにより首都にある居住区域に移住し、次期防衛軍の幹部候補として防衛軍直属の学校などに転校させられる事が多い。
地方に残る者は其処ですべき何かを抱えている事が多く、優秀なAGEを無駄に失いたくない防衛軍などは早い段階でその何かを調べ上げ、問題解決後にセミランカーやランカーを引き入れるようにしていた。
「TVとか取材に来るかな? やだっ、インタビューとかされたらどう答えよう……」
「ランカーってVIP待遇なんでしょ?」
「そりゃ、ランカーって防衛軍の将来の幹部候補って言われてる位だし……」
ランカーやセミランカーの全員が全員、防衛軍に入る訳では無いが、かなりの割合で防衛軍に入隊し、環状石破壊作戦などを何度も成功させている。
首都にある対GE民間防衛組織の本部に残り新人の育成に回る者もいるが、以前に所属していた部隊によっては給料など収入が少なくなり引退したセミランカーが再び実戦に身を投じるケースもある。
「凰樹、何か一言あるか?」
「特には……。優秀な仲間がいればこそですし」
「凰樹らしいな。ああ、凰樹。S食券を今迄ほとんど使って無かったらしいが、校長からもう少し使うように頼んでくれと言われた。どうも、対GE民間防衛組織辺りからその事で何か言われたらしい」
もともとセミランカーやランカーが十分な食事を取れるように作られた制度と言う事もあり、凰樹のS食券の使用頻度が低過ぎた為に、学校側に何か問題があるのではないかと対GE民間防衛組織に疑われ、校長などが使用を促す様に注意を受けた。
一般的なセミランカーとしては、荒城の様に殆どの食事をS食券で賄う事が普通で、月に一度使うか使わないかといった凰樹の使用頻度はある意味異常であった為、逆に対GE民間防衛組織に栄養状態を心配されていた。
転売や横流しを繰り返しS食券を使いすぎるのも問題だが、食欲旺盛な学生が使わな過ぎると身体に何か異変が起きたか使用先の状況に何か問題があるのではないかと疑われたりもする。
当然使用先、永遠見台高校の学生食堂に問題があると判断されれば学校側の立場は無く、容赦のない行政指導が入る事は間違いない。
たとえ現状で殆ど問題が無くても……。
「ただ飯は好きじゃないんですけどね。もう少し使うようにします」
「そうしてくれ。お前ら、かといって凰樹にたかるんじゃないぞ!!」
山形がそう言った次の瞬間、クラスが笑いに包まれた。
今までもそういう事を言い出しそうな奴はいたが、AGEで既にセミランカーだった凰樹から食券をねだる勇者など居る筈も無く、そんな心配は全くの杞憂だったからだ。
勿論、山形もそれを分かっていてこの話を切り出したのは、橘を失い落ち込んでいた生徒達を気遣ったからこそだが……。
教室を出る時に山形は凰樹にむかって、「事情があるとはいえ、ネタにしてすまなかったな」という意味を込めて軽く目配せをしたが、凰樹の方もその事を理解し、「お気になさらず」という意味を込めて軽く手を振った。
こんな対応が出来るのは小さな頃から大人に混ざってAGE活動をしている凰樹ならではだが、山形もそんな事位は十分に承知していた。
◇◇◇
昼休憩が終わった五時間目の授業中、突然校内にサイレンが響き、校内放送用の音楽が流れた。
「火傷を負った時の対処として……、ん? 緊急校内放送? 火災訓練とか聞いてないんだけど……」
「緊急事態発生。緊急事態発生。KKS二七三、KKS二七六の二方面より居住区域に押し寄せる多数の小型GEが確認され、対GE民間防衛組織から援軍要請あり。AGE登録者は武装し、至急、小型GEの撃破に向かわれたし」
一瞬、クラスが静まり返り、そして蜂の巣をつついたように騒然となる。
凰樹達GE対策部は即座に行動を起こし、机の中の教科書などもそのままに全力でGE対策部の部室へと向かった。
GE対策部の入部テストに落ちた他のAGE隊員やゲート研究部や武器技術研究部などの支援系の部員達も移動を開始し、まるで昼休憩の食券戦争を彷彿とさせるような怒号が廊下に響いている。
この時、一年A組の教室から他のAGE隊員の後に続いてゆっくりと誰かが廊下へと進んでいたが、既にGE対策部に辿り着いていた凰樹達はそれが誰なのか気が付く事は無かった。
「状況確認。GEの種類は?」
「KKS二七三方面……、魔物類、亜動魔目、魔物合成動物種……、すべてMIX-Aで~す。飛行タイプが約二百、その他の正確な数は出ていません」
「MIX-Aか。よし、KKS二七三方面にある食堂跡地に車を止めて、その先の道路に作られた拠点で迎え撃つぞ。地形的にあそこなら囲まれる心配も無いし、他の部隊とも共闘しやすい」
「そうでんな。対GE民間防衛組織にそう連絡しときます」
「予備バッテリー、予備マガジンは各員三つずつ用意する事。予備ウエポンはこっちで用意する。輝、M16A2でいいか?」
「ああ、それでいい。今回の特殊弾は全て高純度でいく、特別製のアレも積み込んどいてくれ」
「マジっスか? 了解っス」
急いでは対GE用の装備に着替え、移動用の車に武器を積み込んでいた時に完全装備の荒城が近づいてきた。
メインウエポンは帝都角井製のSIG552カスタム、サブウエポンとしてVz61スコーピオンを腰にぶら下げ右足の太腿には先日披露したガバメントまで取り付けてあった。
「輝。今回は俺も入れてくれ。流石に一人じゃ大した活躍が出来ないしな」
「歓迎するよ、今回は向かってくる敵の迎撃だから細かい作戦は無い。ただし、撤退の命令だけは絶対に守ってくれ」
「わかってるって!! 俺もまだ石になんてなりたくないしな」
「緊急用の部隊編成で、荒城さんを共闘部隊として登録しておきました。これで今回の撃破ポイントに部隊ボーナスが追加されます」
「わりいな。ちゃんとその分の活躍はする」
今回の移動には普段使っている車では無く、全員乗って装備まで積み込めるマイクロバスを選んでいた。
このマイクロバスなどはセミランカーと言えど学生が入手するには高すぎる車だが、中古で状態の良いマイクロバスを完全廃棄地区で見つけ遺棄物回収の時に回収して、永遠見台高校の自動車部が新品同様に直したモノだ。
自動車部には相応の報酬を支払い、日常的な整備もすべて任せてある。
凰樹はその為に何かと活動資金のかかる自動車部に自費で整備用の機材などを持っていたポイントで用意し、今は入手が困難となった有名メーカーの工具なども進呈していた。
凰樹達と違って免許を持っておらず、移動手段の無いAGE達は対GE民間防衛組織が指定している集合場所に向かい、そこから大型のバスに乗って迎撃地点に向かう事になっている。
どの迎撃拠点に向かうかは乗ったバス次第ではあるが、出来るだけ楽にポイントが稼げる場所に運んで貰える様に全員が祈っていた。
こういった迎撃作戦や防衛作戦に参加すれば対GE民間防衛組織から追加報酬として数千ポイントが参加したAGE全員に支払われ、更に作戦に大きく貢献したAGEには追加で報酬が支払われる。
しかし、多くのAGEが作戦に参加する性質上どうしても作戦行動中の統率がとれず、ほかの部隊を偽情報で騙し囮として使う悪辣な者まで存在する。
死人に口なしでは無く、犠牲者の石像は喋らない為に、「俺達は止めたんだ、だけど奴らが皆を守る為だって……」などとお涙ちょうだいの三文芝居をでっちあげ、犠牲者を我が身を犠牲にして他のAGEを守り抜いた勇者に祭り上げる事で追及の手を逃れていた。
読んで頂きましてありがとうございます。




