目を覚ますとそこは洞窟でした
俺の父親は軍人である。
父も、また祖父も。
軍人の家系であると同時に、世の中から必要とされていない家系である。
曰く、移民船団に軍隊は必要ない。
我々は侵略を目的としていない。
平和的交渉と歩み寄りで移民を成すのだ、と。
だが、そんなことは『造反を恐れた故郷が移民船団に軍を持たせなかった』という事でしかない。
だから、故郷から遠く離れたところで軍の設立を父祖は求めた。
紆余曲折を経て、軍の設立は成った。自衛の為の、災害の為に、という頭文字がついたが。
具直にも移民船団の人間達は『新天地を求めた先駆者』というまるでドレスで着飾ったかのような言葉を信じ続け、『移民船団に争うための軍は必要ない』というグラニュー糖のように甘くて白い夢想を信じた。
平和的交渉の裏で武力による図りあいがあったことなど、知ってる人は少ない。
軍人の家系に生まれ、軍の必要性を幼い頃から聞かされて育った俺だったが、軍人の道を歩むことはしなかった。
それは末っ子だったからという事も確かにあった。兄二人は確かに軍人としての道を歩み続け、一般市民からは人殺しの後ろ指を指される背中を尊敬の眼差しで俺は見つめていたからこそ、だ。
俺は優秀じゃない。兄二人と比較してよくわかっていた。栄えある軍人家系に汚点を残す結果になるだろう。だから、軍人として栄光の道は兄二人が歩むべきで、俺は軍人を選ばないで生活していくことにした。跡を継がなくていいから、という言葉に背中を押されて。
軍人という道は誰よりも、俺には輝いて見えたからこそ。
そこを不出来な俺という汚点で汚したくなかったのだ。
「起きて」
「――――――」
まるで告解のような夢を見た。
それは時間にして一瞬程度の物だったのかもしれないけど、まるで走馬灯のように長く感じたのだ。
キースはゆっくりと息を吐いてから目を開ける。
そこには青い髪をした女が立っていた。手には桶を持っており、どうやら水を汲みに来たようだった。
そう思ったところで自分が渓流に流されてどことも知れない場所に生きて流れ着いたことに気づいて安堵した。よかった、俺生きてる。
「水が汲めない」
平坦な、感情の色が無い声音だった。
緊張しているとか、警戒している風には見えない。むしろ無頓着。存在は認識しているが此方の意識を考慮していないしゃべり方だ。
「悪かったよ。おー、いてぇ」
視界の隅に映る肉体損傷、裂傷有りの表記に眉根を寄せながら水辺から陸地に上がると近場の岩の上に座って一息吐いた。肉体損傷と言っても肉が多少抉れているぐらいでナノマシンによる集中治療はすでに始まっていた。脚部に問題なし、との報告を視界に収めながら「さすが軍用」と生家の経済力に感謝した。
「大丈夫?」
岩に座ったまま視線をあげると、先ほどの青い髪をした女が此方を見下ろしていた。
瞳の色は緑。髪は緑がややかかった青。整った顔立ちに耳に――――耳飾りだろうか。青い結晶のようなものがあった。それ以外は特に人間と大して変わったようには見えない。まじまじと見つめてしまったことに疑問を感じたのか、女は続けて聞いてきた。
「怖い?」
と、女が平坦な声で聴いてきたので訝し気な顔をしたキースは、
「いや、全然怖くない」
手を振って応えるとにんまりと笑って心の中のスイッチを『いつものほうに』入れる。
「むしろ目を覚ましたら文字通り目が覚めるような美女がいるんだから感動してるところだよ!」
わははは! と笑って傷の修復が終わったことを知らせるナノマシンからの合図に密かに頷く。
大抵、こんな風な態度をとると相手は呆れてしまうのが一般的な反応だ。
クロスなら「馬鹿なことをまた言ってる」と顔をするし、ミリアも同じだろう。ヴィン隊長に関しては飽きれてスルーするだろう。だから、この子もこの二通りにどちらかの反応をするかな、と思っていたのだが、
「そう」
とだけ答えて歩き出してしまった。
これは、呆れに入るんだろうか。
肩透かしを食らった気分だ、と思いながら空を見上げると一面が星空になっていることに気づいた。いや、そう見えるだけで違うのか、と訝しげな顔をする。ナノマシンが人間の視力限界で星の明かりにピントを合わし、これを発光する結晶類であることを確認。星空に見えたのは此処が洞窟内であるため、結晶の明かり以外は存在しないからだという事がわかった。
「ついてきて」
と、女に言われてキースは一瞬戸惑ったが、その間にも女は歩き出してしまったので仕方なく立ち上がりついていくことにする。洞窟の中は天然の岩肌がむき出しになっているが、歩きなれているのだろう、女は軽い足取りで進んでいく。手に水一杯の桶を持っているにも関わらず、だ。
「持とうか?」
「大丈夫」
言葉少なに拒否されてしまった。表情にも変化は見られなかった。
なんだかやり辛い相手だな、と思いながらキースは女の一歩後ろを歩いていく。
結晶が露出している岩肌は天井だけでは無いらしく、壁面やそれこそ地面からも生えていた。色取り取りの光を放っており、仄かに粉のような小さな明かりが結晶からあふれ出しているのが見て取れた。
『測定不能。ナノマシンとの類似性が見られます』
というナノマシンの測定結果に首を僅かに傾げた。つまり、あれはナノマシンによく似た何か、なのだろうか。
『現状に疑問を提唱します』
ん? とキースは首を傾げる。
なにが疑問なんだろうか。確かに結晶から仄かにあふれ出す明かりについては正体不明で疑問を感じるが、
『現在、言語翻訳機能を使わずに現地住民と言葉を交わしています。また、対象の発声する言語に一致するデータベースを持ち合わせていません』
「あ」
そうだ。普通なら言語翻訳機能を用いた翻訳行為には時間がかかるものだ。
類似した言語のデータがあれば数時間で済むのだが、まったくデータベースに近いものが無い場合は完全翻訳までに数日、あるいは数十日を有するのが当たり前なのだ。
だというのに、自然にこの女と会話をできているのは何故なのか。ナノマシンが疑問に感じるのも無理はない。
「石は会話しない」
おもむろに、女が口を開くと足を止めて此方を振り返った。
え、という口の形のまま呆けた表情をするキースに青い髪の女はその緑色の瞳に感情をのせずに続ける。
「石は会話しない。だから、言葉による意思疎通を必要としない。だから、言語で会話してない。その子の疑問も当然」
今までこの女の口から出た言葉の中で一番長い台詞じゃないだろうか。
いやいや、それよりも、
「君、ナノマシンの言葉がわかるの? いやいや、そもそもナノマシンと俺の意思疎通は発声で行っていないんだからわかるわけ――――」
「意思は伝えようとすれば伝播する」
それで説明は終わり、という風に女はキースに背を向けて歩き出してしまった。
あれか、超能力とかテレパシーとかっていう奴なのだろうか? と疑問を感じたままキースもまた歩き出した。ナノマシンのほうは女の言葉に興味をひかれたのか、様々な方法で意思疎通を試そうとしているらしい。視界に映し出される文字情報、暗号通信、粒子通信、光通信、量子通信、赤外線、電波、等々。だが、女はわかっているのかわかっていないのか、あえて無視しているのか。これといった反応もなく一軒の家へとたどり着くと玄関のドアを開けてキースを招き入れた。
「そこ、暖炉。体を温めて。今、温かい飲み物作ってくる」
「お、おう。ありがとう」
そこはどこにでもある平凡な一軒家だった。2階建てですらない。赤い色の結晶が放り込まれた暖炉。カーペットが敷かれたそこはきっとリビングなのだろう。キッチンへと消えた女の青い髪を目で追ってから、キースは天井を見上げる。木目の天井から吊るされたランタンの中には白い結晶が入っており、部屋を照らす照明の代わりになっていた。壁には透明な巨大な結晶が立てかけられており、これは鏡のような透明度と反射を有していた。汚れた茶髪青目の男。若干痩せ型の身が恨めしい。なんて鏡を見てそう思っていると女が湯気の上がったカップを持ってキッチンから出てきて暖炉の前の椅子を勧めた。
「服、乾かす?」
「いや・・・・・・いいよ。もうほとんど乾いてる」
「そう」
ナノマシンによる自己発熱と流体操作での乾燥を行いながら歩いてきたので衣服の乾きは早かった。そもそも素材が悪辣な環境にも耐えられるように作られているので防刃防弾性能に加えて乾きやすく伸び縮みしやすいという夢のような素材でできている。衣服一枚とってもオーパーツだろうなぁ、と思いながら暖炉の前にある椅子に勧められるまま座ってお茶を受け取った。
「名前」
「あ?」
「名前教えて」
そう言われてキースは一瞬だけ悩んだ。ここはキースと正直に口にするべきか。助けられたとは言い難いが、親切はされているのだから名乗っておくべきだろう。
「山形五郎座衛門」
「そう、キースというのね」
「今聞かれた意味あったかな!?」
思わずツッコミを入れたのだが、女はじっとキースの事を見つめてくる。整った顔立ちをしているのでそう直視され続けると恥ずかしいのだが、
「怖い?」
「は?」
なにが怖いんだ。こっちは直視され続けられて恥ずかしいだけなんだが。恥ずかしいというか居心地が悪いというか。視線を逃がして鏡のような結晶のほうを見ると頬を若干赤くした自分がいて殴り飛ばしたくなった。
「そう、ならいい」
なんだかなぁ、と思いながら首を振った。
「とりあえず。君が俺とかナノマシンの心を読めるのはわかった」
「――――伝えようとしてないことはわからない」
「俺、今本名を名乗る気なかったんだけどね!?」
「――――キースは嘘つき?」
「じゃあ、俺が本当に君を怖がってるのかわかるのかよ」
「・・・・・・怖がってない。劣情しかない」
「やめて! それ以上俺の心を踏み荒らさないで! 這入ってこないで!」
いやいや、と身をくねくねさせるキースだったがそれに対して返ってくるのは冷静な目でも汚物でも見るような目でもなく淡々とした目だけだった。
『推定、体内から発せれられる電波信号による表層意識の読み取り。脈拍、発汗、呼吸、電波信号を含めたあらゆる情報を総合的に判断している可能性』
コールドリーディングのようなものだろうか。それともリーディングという単体?
『極小機械群による干渉。感情の波は電気信号である為、ナノマシンに類似した機械群による読み取りは可能。これらをジャミングしますか?』
オッケー、やってくれ。
了解、という言葉に頷くとナノマシンが類似極小機械群と暫定的に名付けたナノマシンに近い『何か』に読み取られるのを拒否するために反発信号を作り出す。
すると、女は僅かに驚いたかのように眉を動かした。
「――――――」
「ふふふ、どうだ。読み取れまい! 一方的に俺の心を覗き込みやがって! さあ! 俺が今何を考えているか想像してみるがいい! 俺の心は自由だ! 今俺の心の中では君があられもない姿で蹂躙されて――」
「イ・ソキリア?」
「しまったー! リーディングを阻害すると言葉通じないんじゃねぇかよ!」
聞きなれない単語を口にした女に思わずキースは頭を抱えてしまった。
一旦、ナノマシンによるジャミングを解いた後、
「この惑星の言葉を教えてください」
「――――わかった」
少しだけ、口角をあげて微笑した女は嬉しそうだな、とキースには感じられた。