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暁の夜に

「はぁっ・・。はぁ・・・。」「くそっ・・・。」

かつては緑豊かな大地であったであろう荒野の中で、ある男の命が今も尽きようとしていた。


「やれぇぇ。あやつの首をとれぇ。」

追われている男の後ろには、馬のような怪物にまたがる3体の骸骨の兵士が今もその首をとらんと駆けている。

「ええい。ままよっ。」

傷ついた四肢を使って走る男は急にUターンしたかと思うと、今まさにこちらへ駆けてきた骸骨騎兵たちに飛びかかった。男は飛びかかる空中で骸骨騎兵が投げた槍を掴み、そのまま槍の石突きの部分で骸骨騎兵の頭を打ち砕く。

今追っていたはずの敵が、瞬時に後ろへと位置を変えた。

骸骨騎兵たちがその一瞬に対応できたはずもなく、彼らが振り向いたと同時に男は空中でコマのように回転し、彼らの頭は無残にも砕かれた。


「うぐ・・うっ・・・・。」「がはぁっ。」「はぁ。はぁ。」

着地と同時に男はうずくまり、その口からは血がこぼれ出る。

「まだ・・だ。今この命、尽きるわけには・・。」

男は骸骨騎兵の乗っていた怪物にまたがり、しばらく荒野を駆けた。

途中で何度も気を失いそうになりながら、男は荒野の中にぽつんと存在する赤い池にたどり着いた。


「ここか。あやつの言っていた場所は・・。」

男はずり落ちるように怪物から降り、躊躇なくその赤き血のような池の中に身を投じたのだった。


::::::::::::::::::::


「ふぅ~、あっついなぁ。ホントに。」

夕焼けの映えるそんな時間帯に、1人のサラリーマンが帰路についていた。

右手には黒の鞄を持ち、左手には白のレジ袋。その中には帰路の途中で買ったであろう雑貨でいっぱいだ。

「さてさて。お待ちかねですかね?」

男はコンクリートで整えられた道から少し外れ、大きなボロアパートの横にある空き地へと踏み込んだ。

「ふにゃぁ。にぃぁ。にゃあ。」

男が空き地に入る同時に、大きな土管の中から色様々な猫たちが顔を出し、男に寄って来た。

「はいっ。いつも小さなツナ缶だけど、今日は大きなものを買ってきましたよっと。」

男は白い袋から缶詰を取り出すと一つ一つ丁寧に蓋を開け、猫たちの為に給仕する。


いつもなら猫たちがすぐにがっついて食べ始めるのだが、その日は全く様子が違った。

「ん?なんで食べないんだ?もしかして、先に誰かあげちゃったのかな?」

男がそう呟くと、猫たちが男のスーツの片方の裾を噛んだ。

「あっこらこら。これは破れたらダメなやつなんだよっ、やめなさい。」

男は猫たちを優しく止めようとするが、猫たちはそれでも男を引っ張る。

「あらっ、あらららららっ。」

男は四つん這いの状態で猫たちに引っ張っていかれると、土管の裏の林にポツンと立っている大きな木の根元まで運ばれた。


「ここになんかあるってこと?それとも仲間に認めてくれたってことですか?」

猫たちにそんな尋ね方をしたところで、納得できる返事がないことはわかっていても、男はそう尋ねずにはいられなかった。

「にゃぁぁぁ。にゃぁぁぁ。」

なんということだ。猫たちは男の返事に答えるようにして,まるで犬の遠吠えのような鳴き方をした。

初めは2,3匹の猫たちだけだったのが、後ろを振り向くと、そこにも4,5匹の猫。

気が付くと男を円の中心とするように猫たちが集まり、皆が皆、遠吠えのような鳴き声を始める。

バラバラだった鳴き声はゆっくりとその波長を合わせていき、次第には大きな鳴き声となった。


おかしい。何かがおかしい。

こんなことは当然ながら初めて経験することだし、それに大体こんな大きな声で鳴けば、人が気付くはずだ。しかしながら、空き地の前の通りを行き交う人など気配もなく、周りの家からも物音ひとつしない。やけに静かで、猫たちの鳴き声を除けば、男は無音の空間の中にいるように感じた。

頭に猫の鳴き声が延々と響く。男から見た世界は急にぼやけだした。それはカメラのピントを急激に上げ下げしたような。


平衡感覚を失い、男は思わずその場に崩れ落ちる。

あっ・・これは。男は頭の中に鳴き声が響いていながらも、子どもの頃の記憶や家族との思い出が駆け巡った。走馬燈という奴だろうか。

もはや、自分がきちんと立てているのか、はたまた座りこんでいるのかもわからない。男は体の感覚という感覚がすべてシャットダウンされていくのをただ待つのみだった。


::::::::::::::::::::


感覚がなくなるということはこういうことなのか。なるほど。

男はいま、暗い無の空間にいる。いつしか猫の鳴き声も遠くなり、そしてなにも聞こえなくなってしまった。そんな中で、無という空間の存在に新鮮さを覚えてしまう自分を男は呆れながらも、ただ空間を漂っていた。


「うっ・・はっ。げほっげほ。」

まるで死人が息を吹き返したように男は目覚める。体に血が巡るのを感じ、ゆっくりと四肢の感覚が戻ってくる。まだ目はぼやけているが、徐々にピントが合ってきた。

これは夢か現か。男はどちらかもわからない。夢ならどこから夢なんだろう、下手をすると朝からずっと夢だったのかもしれない。いや、これまでずっとなのかも。

男がそんな錯覚ともいえるような状態に陥るのにも無理はない。

視界の開けた男の目の前には真っ赤な池。しかし周りは男が猫たちと毎日戯れていた空き地だったからだ。つまり、空き地の真ん中に突然真っ赤な池が登場したのだ。


「すぅーー、ふぅー。」

男は一つ深呼吸をした。心を落ち着かせ、状況の把握をしなければならない。

まず、周りに猫たちがいない。しかし、ここは空き地だ。あの空き地なのだ。

男は自らを説き伏せるように一つ一つ現状を確認していく。


「寝ちゃっていたのかな・・・・えぇっ!?」

落ち着きを取り戻し始めた男にまたもや衝撃が走る。それはさきほどまで夕方だったのが、今になると夜になっていたということもあるが、一番驚いたことの原因は他にあった。

「まっ・・・・か・・だ。」

男の目線上にあったもの。それは真紅の月である。

男が真っ赤な池と思っていたものは実は月の明かりによるものだったのだ。

見とれるほどに妖艶な真紅の月は、先ほどの夕焼けを一点に閉じ込めたように赤く光を放っていた。


男がそれに見とれていると池の中から何者かが這い出てきた。

「ぐ・・ぐはっあ。げほっ。」

男は仰天し、また混乱しそうになりながらも、人としての良心からなのか、助けようと歩み寄った。

「大丈夫です・・・か・・、えっ?」

男が歩み寄った先にいたもの。それはどう見ても人ではなかった。

全身を毛に覆われており、筋骨隆々の体である。しかし、豪華絢爛を誇っていたであろうと思われる鎧は見る影もないほどやつれており、穴が開いているところすらある。

「・・・・。えぁ・・うぅ。」

尻込みするほかない。近づかないと。助けないと。己の良心はそう強く背中を押す。しかし、恐怖心は近づくなと強く押し戻す。そんな板挟みの中で、動けなかった。


「こちらへ・・・こい。頼む・・。」

今にもその命が尽きそうな声で、絞り出すように語りかけてきた。

普段ならなぜ獣がしゃべることができるのか、なんて考えてしまう男だが、今はそれどころではない。

男の中の天使と悪魔の戦争を仲裁することで精いっぱいなのだ。

「あっ・・えっと。わかりました。」「あの・・大丈夫ですか?」

自らと同じ言語を話すということは安心感を与えるというが、今はまさにそれだった。

男は獣に歩み寄り、肩を両腕で抱えるようにして引っ張りながら、土管まで連れて行った。

途中、月明りに照らされた獣の毛はまるで深海のような美しい青色に染まっており、それは赤き月の対照的な存在のように思えた。いや、赤き月の光を取り込みながらも青く輝くその体は対照的というわけではないのかもしれない。

とりあえず、男は獣という存在に恐怖心は感じなくなっていた。


「すまぬ・・な。」

「いえ、とんでもないです。」

獣との会話は初めてだ。しかし、そこに違和感は全くといっていいほどない。

「動転しておるのだろう。無理もない。じゃが、わしにはもう時間がないのだ。」

すべてを包み込むような、そのような何かを感じた。

「傷が深い・・・いったいどうして・・。」

助けなんて呼べそうにない。こんな未知の状況では。ましてや、呼びに行ってる間にと考えることができるほど獣は弱っていた。

「地獄を信じるかね?」

絞り出すような、しかし優しい声で獣は言うと、自身の血を指につけ始めた。

「なっ・・何をしているんですか!?傷口がっ!!」

しかし、その言葉に耳を貸さず獣は自らの血で空中をなぞるように何かを描き始める。

「うぉっ」

空中になぞられた部分は壁になぞられたかのように血がついている。

指の動きはやがて複数の円を描きはじめ、すべてを結び、見たことのない印を描き出した。

「説明は抜き・・じゃ。ここに来ることができた。それで良い。」「血の盟約じゃ。」

その言葉を獣が発した瞬間だった。

「うっ・・。」

空中に浮かんだ印が男の体を突き抜けたのだ。

「うぐっ・・ぐぁあああ。」

男は体から血がすべて取り除かれた気がした。いや、実際に取り除かれたのであろう。

極寒の地にいるようなそんな心地だった。

突き抜けたであろう体の部分の服は焼け焦げ、紋章が浮かび上がって、光っている。


「えあ・・くろ・・い?」

ふと上を見上げると、空中で印の色が赤から黒へと変わっていた。そしてまた、こちらへと向かってきたのだ。

男は避けようとしたが、体は動かない。

「ひぐっ・・がはぁ。」

印はまたもや男の体を突き抜けたが、今度は先ほどのような嫌悪感や寒さとは全然違った体の底から力が湧いてくるようなそんな心地だった。

自らを自らで抑えられない。今なら何でもできそうだ。超人的な能力というのはこういうことなのだろう。

その場でうずくまった男に獣が最後の言葉をかける。

「これからは地獄という世界に生きることになるじゃろう。しかし、これは運命というものなのじゃ。

君がここに来ることは、君が生まれる前から決まっていた。レールを歩んだだけのことよ。」

それは耳から聞いたような言葉ではなく、心に語り掛けてくるような言葉だった。


立ち上がった男の目つきは鋭く変わる。男から見た世界はギラギラしていた。

体から溢れんばかりの気持ちを何とか制止しつつ、獣を見るとそこに獣の姿はなかった。ただ真っ赤な水たまりがそこに存在するのみだった。


「なっ・・どこに行ったんだ?」

周りを見ると先ほどまであった真紅の月や突如現れた池などもすべてきれいに消えていた。

池があった場所の土に触れる。しかし、その土はカラカラに乾燥したやせ細った土だ。

「なんで?これって・・いや、ありえないだろ!?」

吐き出されるようにして出た言葉に驚いたのか、土管の中から猫たちが出てきた。

「さっきまでいなかったのに・・・」

空き地の周りの家に明かりがつく。周りからの視線も感じる。

男は自らの荷物を両手に抱えて空き地を走り出ると、全力で走った。

はじけるばかりのエネルギーを消費する先が見つかった。

景色の変わりが早い。まるで自分だけが新幹線に乗っているようだ。

疲れなど微塵も感じることはなく、男は月明りの下を駆けて行った。

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