六の章
貴重な一日が終わった。楠見の引退まであと残り一日一。伝統部の雰囲気はいつもと何一つ変わらず、明日メンバーの1人がいなくなってしまうなんて、考えられないような状態だ。
零和はと言うと、楠見の引退が気になり部室に来てからずっとそわそわしている。
「零和ちゃん、どうしたの?今日、体調悪い?」
落ち着きがない零和を見て、佐々木が訊ねてきた。
「い、いえ、そういう訳じゃ…」
まさか、楠見の引退が気になるだなんて、楠見本人がいる前で言えるわけがない。
楠見はその事に気付いたのか、チラリと零和の方を見て、すぐに目をそらした。
「……」
どことなく寂しい。
明日になったら、楠見とは会えない。こんなにも毎日顔を合わせていたのに…
「……おい」
落ち込む零和に低い声が振りかかる。
「なんでお前なんかが心配してんだよ」
声の主は楠見だった。
「……え、えっと」
「俺の大会だ、お前には関係ない」
「……!」
確かにそうだ。零和はまだ引退しない。明日の大会で引退する事になるのは楠見なのだ。
だが、この言葉は零和を傷付けた。
確かに関係はないかもしれない。だけど……
「……私だって、伝統部の一員ですもん…っ」
自然に涙が出てきた。
零和はそう言い放って部室を走って出ていった。
「……あっ、零和ちゃん!?」
「海空!!」
佐々木と西条の声が被り、後を追おうとする佐々木を遮るかのように手を伸ばして西条がダッシュで部室を出ていった。
部室に残されたあとの部員の空気も重い。
御影は目を伏して極力話に加わらないようにした。
城津と桐神は目を合わせ、静かに椅子に腰を下ろした。
楠見はと言うと、柄にもなくガックリと頭を下げ、なにか反省しているようだった。
・・・ ✱ ・・・
「海空ーーー!!!どこだー!!」
校舎の中に西条の声が響き渡る。
零和からの返事はない。
「零和ちゃ〜ん?」
佐々木はグラウンドを探す、が、ここにも零和の姿はない。
「「どこに行ったんだ…」」
2人が零和を探してから30分近くが経った。
先に零和を見つけ出したのは、佐々木だった。
「零和ちゃん!こんな所にいたの!?」
体育館の隣、自動販売機の近く。零和はここにずっと座っていた。
「……部長」
若干涙目の零和。その様子を見て佐々木は自分の気持ちが抑えられなくなった。
「……っ!!!???」
気が付いた時には、零和の唇を何か柔らかいものが優しく包み込んでいた。
「……ぶ、部長…」
口の自由が利いた時、零和はパニック状態に陥っていた。
「…ごめん、僕最低だよね」
佐々木は長い髪をクシャっとやり、申し訳なさそうに零和から目をそらす。
零和の顔はもう真っ赤だ。
「…だめだよ、零和ちゃん。そんな顔したらまた襲いたくなる……」
佐々木のドキドキはもう止まらない。
「…ねぇ、僕だって次の土曜日には引退なんだよ…?薙早の事ばっかひいししてずるいよ、僕のこともひいきして…?」
珍しく佐々木が真剣な目をして零和に話しかける。
零和は、
「…わ、わ、わかりました」
もう言葉が詰まって仕方がない。
佐々木は優しく微笑んで、
「…ありがと、さ、部室戻ろっか☆皆心配してるし♪」
いつもの調子の口調で零和をリードする。
そして、零和が立ち上がり部室に戻ろうと歩き出した時、耳元で小さな声で、
「僕が引退する時は、ちゃんとご褒美ちょうだいね♡」
また、甘い言葉を呟くのだった。
File.6
城津亘[シロツ ワタル]
身長;193㎝
体重;78kg
特技;殺陣
other;零和の兄になりたいと考えている