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言葉での定義づけによる愛への迂回

掲載日:2014/05/14

 あたまがいたい。


 漢字変換もままならない思考で、そんな文章を思った。わざわざ確認しなくてもいい、れっきとした事実を。

 ソファーの上で体をぐったりさせながら、時間つぶしのように考える。

 原因は何だろうか。確かここ数日、ちゃんと寝てなかった気がする。気がする、というのは、それさえも記憶が(おぼろ)であるからだ。とりあえず今朝の起床時間も、今の状態では全く思い出せない。

 あとは、パソコンの画面の見過ぎだろうか。二日か三日前くらいにネット上の読み物にはまり、そのまま関連するものも読み進めていたらいつの間にか太陽が月に変わっていた。読んでいた時間は大変多く、パソコンとの睨めっこはどう考えても度を越えたものになっていた、と思う。そう気づいたのは今で、時既に遅しだったわけだが。

 あとは、何だろう。いつもマジメなんて言葉をぶぎゅると踏みつけ歩いていたのに、ここ最近はそんな日常と正反対な行動をとっていた。もしかして、慣れない行動に疲れたのかもしれない。


 結論。マジメに行動すると疲れる。

 よってこれからはちゃんとマジメを踏みつけて歩いて行こう。


「おい、メシできたけど食えるか?」

 結論を出した私に、そう声をかけてくる奴は手に何かはめて小さな土鍋を掴んでいる。キッチンミトン、だったかな、名前。その台所用手袋をまともに見たのは十年とかそこらぶりだ。おそろしく似合っているよ。

 ソファーに甘えたまま、頭だけ動かしてそいつを見る。

「それ、何?」

 いい匂いはするんだけど、痛む頭じゃなんの匂いか判別できない。

「雑炊だよ、お前好きだろ?これなら腹に優しいし、とりあえず食っとけ」

「…………」

 お腹空いた。でも頭痛い。動きたくない。眠い。

 色んな事を同時に思って、結局沈黙で返事した。声を出すのもだるい。

 そうすると奴がぎゅっと眉間にしわを寄せた。

「聞いてんのか?」

 沈黙の返事はお気に召さなかったらしい。ここでまた沈黙すると面倒くさくなりそうなので、しぶしぶ声を出した。

「……ぃてる」

 聞いてる、と言ったはずが、喉に力が入らなくて変な言葉になった。

 それでも意味は通じたみたいだ。さすが幼馴染。幼馴染っていうか、もはや私の中ではオフクロなる生き物に近い気もするけれど。

「あっそ。もうだるくてメンドいのも分かっけどさ、とにかく食ってから寝ろ。エネルギー補給しとけ」

 テーブルに鍋を置きながらそういって、甲斐甲斐しくもお椀に雑炊をよそう。そしてこっちに差し出してくる、れんげ付きで。

 ここまでしてもらってぷいっとそっぽを向ける奴はそうそういない。鼻先にはいい匂い、おいしそうな雑炊、そして多分心配してくれている奴。いくらだるくても面倒でも、私にはもう起き上がって受け取って食べる以外の選択肢は無かった。

 ぐったりソファーに預けていた体を起こす。そしたら急に頭痛ががつんと増して、つい頭を手で押さえた。そしてふいにしまった、と思う。

 横でお椀を差し出していた彼が、慌てたように動いたから。

「っおい?あ、頭痛いのか?大丈夫か?」

「……ちょっとだけ。大丈夫だよ」

 ちょっとだけでも大丈夫でもなかったりするけど、そう言っといた。

 これ、苦手なんだ。黙ってればそれなりなのに、こんな風に当たり前に慌てるこいつの姿。なんか嫌なんだ。そりゃ見慣れてるっちゃそうなんだけどね。でも、そう、見慣れてるのに見慣れない。

 中学……ううん高校かな、その辺りまでは平気だった気がする。でもそれ以降は全くもって苦手になってしまった。私が一人暮らしを始めるようになってからこいつがやたら頻繁に出入りするようになり、目撃回数と目撃距離が多く近くなったせいかも。

 幼馴染が見慣れたはずの顔を、やたら多く近く見せてくるから戸惑うんだろう。

 だからこんなにもざわざわするんだ。

 目の前で顔面崩壊に近い心配顔をする奴を、いつも通りのすかした顔に戻すためにお椀を無理やり受け取った。


 雑炊をお椀一杯分食べた後、そいつはほんの少し良くなった顔をソファーの肘掛けに預けながら「寝る」、と簡潔な短い意志表現をした。

 ソファーじゃなくてベッドで寝ろ、と言おうとしたのに言う間もないほど早く、そいつは目を閉じて寝てしまった。

 ……起きた後に叱ってもあんまり意味ないよな。

 仕方ない。今回は注意すんのは諦めよう。

 空になった食器とまだ半分ほど残っている雑炊の鍋を手に持って、とりあえずキッチンに持っていく。洗うのは後にしよう。水音で起こしたら嫌だし。

 適当な所に置いて、またそいつの傍に戻りあぐらをかく。

 つい、顔をじっと見てしまう。高校……の終盤くらいからだったかな。こいつが疲れを顔に出すようになったの。出すっていうか、出る。勝手に。遅まきながら最近その事実に気付いたこいつは何とか顔に出ないように色々頑張ってたみたいだけど、全部裏目に出ていた。

 まず目の下。ここには明らかに凹みが存在して、睡眠時間が足らないのをあっという間に教えてくる。それと口元。精神的に参ってくると、機嫌が悪いわけじゃないのにムスッとしたような感じになる。今は眠ってるからちょっと開いてて、幼い感じがするだけだけど。

 目の下は化粧でごまかそうとしてたけど、きらきらしたそのメイクの仕方はかえってそこを目立たせてたし、大体物理的な凹みがそんなんで誤魔化せるわけない。口元は常に笑ってるように口角を上げてたが、もちろん自然な笑いじゃないんですげー不自然な笑顔になってた。作り笑いへったくそなのな本当。


 そもそも根本的な解決方法を何でやらないんだろ。


 その閉じた目を見つめながら、撫でるように頭に手を置く。そこの髪はするするふわふわしてたけど、多分毛先はえらい事になってるんだろうな。なんせヘアケアには睡眠が大切らしいし。こいつが髪についてパソコンで調べてる時に後ろから見てたから、俺にとってはいらん知識も知るはめになった。

 一人暮らしを始めるようになってから、こいつはよく生活サイクルを崩すようになった。気が向かなきゃ食事も摂らないし、かと思えば急に二人前三人前の料理を作って食べてたり。何かに夢中になると、時計の針、短い方の針が一周しても、他の事はやらなかったり。


 でもやっぱり一番は、睡眠だな。

 まぁ他の奴もそうだろうけど、こいつにとっちゃ睡眠てのはものすごい大事なもんなんだ。なんせ短時間でも長時間でも支障が出るし、十分な時間眠ってもそれが夜じゃなかったら効果は無い。なんで効果が無いって分かるかっつーと、口唇ヘルペスが知らせるからだ。

 きっと見た目に即座に影響しなかったら、こいつはその悪いお手本な睡眠を続けるんだと思う。けど見た目に即座に影響する口唇ヘルペスが出るから、しぶしぶまともに寝るようになる。

 ……正直、そんなこいつの体の仕組みに感謝する。悪い生活サイクルを報せて尚且(なおか)つこいつの生活を正すなんて、偉すぎる。

 

 俺がその役目をできたらいいんだけどな。

 でもできる事なんて、フリーダムなこいつの生活に無理やり割り込んで、何か食わせたり荒れた部屋を片付けたりする事くらいしかない。

 いつだったかは「イッツ・ア・オフクロ」って呼ばれた。イッツって何だ。「それはオフクロです」?距離感じる言い方だな。いやそこは突っ込む所じゃないのか。

 別にオフクロになりたいわけじゃないんだよ、俺はお前……


 はたと我に返った。

 今、何を思いかけた?


 何でか知らないけど焦ってしまって、これまた何でか寝てるそいつの顔を急いで見た。普通に寝てる。うん、大丈夫だ。

 そこでまた、何が「大丈夫だ」なんだ?と自分に戸惑う。何だ、何で焦った。何でこいつが起きてないのを確認してほっとしたんだ。見られたくなかった?知られたくなかった?俺はこいつに何か隠してるのか?

 ぐるぐると回る思考回路に、こいつが幾度も登場する。

 だから目の前で(なず)むように眠るそいつをつい、凝視してしまった。

 もしかして、もしかしたら俺は。


 何か幼馴染に後ろめたい事をしていたのかもしれない。


 それが何かはさっぱり分からないけど、俺がこいつに隠し事をしているらしいというのは、しばらく俺を落ち込ませた。

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