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バーンニッシュ・ログニス  作者: 屋久堂義尊
第一話バトモンエストゥ
2/7

第一話 パイドラの旅発ち

 レグ大陸、南西の町、スモールギル国ビルド城付近、山岳地。

「この話はお前達に何度もしたかもしれないな」

 年老いた老仙人バジュラは乾いた唇を僅かに動かした。

「この世界の秩序を守る為に、我々は身分を作り上げた。しかしそれが人間の精一杯の為すべく手法じゃった。悲しいかな、わしらは自分の首を自分で締めたのじゃ」

「しかしバジュラ仙人。貴方様はバリヤではありませんか」

「バリヤ」とはレグ大陸における身分の一つである。バリヤは最も高貴な身分とされていた。その存在は、殆ど王族や貴族、そして司祭身分で出来上がっている。神が自らの手で自身の身体の一部を引き裂いて作られたと言われている。

「パイドラや。お前には分からないのか? 例え身分が高貴であったとしても、わしには人々を救う力も無ければ、この世界をより良い方向へ引っ張る事も出来なかった。もうすぐわしも神に召されるのだろう」

 バジュラ仙人は齢九十を超えていた。しかしそれでもなお、多くの人々が彼の元へ訪れるのは、彼の身分の問題では無かった。バジュラ仙人は強力な魔法使いだった。若い頃は、魔物達を相手に数々の大戦を生き延びた。それが老いた今と成って、隠居生活をしているのだ。彼は今預言者として多くの弟子達を育てていた。しかし、そんなバジュラ仙人の力をもってしても、彼の言う「世界をより良い方向へ引っ張る」事は出来なかった。それには彼の身分も、能力も関係無かった。

「わしは今、最期が近付いて来るのが分かるのじゃ」

 バジュラ仙人がそれを告げると、周りの従者達がざわめいた。

 しかしバジュラ仙人は怯まなかった。

「パイドラよ」

 名前を呼ばれたパイドラ・ナッタは従者達の間から前へ一歩出た。

「何でしょうか、バジュラ仙人様」

 バジュラ仙人は北を指差した。

「この先に強い光を感じる。何事かが起ころうとしている。わしはそれを見たい。しかし、今のわしの力では、曖昧模糊とした情報からの予知は不可能じゃ。そこでパイドラに命じる。北へ行き、その光の源を探るのじゃ」

「バジュラ仙人様、分かりました。しかし私のような未熟な技能しか持たない者に、そのような大役、大丈夫なのでしょうか?」

 バジュラ仙人は、うむ、と頷いた。

「今のお前は確かに未熟じゃ。しかしこの旅が終る頃には、お前も強力な魔法を極められるじゃろう。勿論それは、お前次第じゃ。ただ、お前を今のままそのまま旅にやる程わしは酷では無い」

 バジュラ仙人は奥から二つの物を取り出した。一つは本だった。

「これはわしから与えよう。魔術書じゃ。お前が技を使いこなせるようになった時、この文字達は命を吹き返すじゃろう」

「は、有り難き事です」

 バジュラ仙人はそれを宙に浮かせると、パイドラの元へ流した。

「そしてもう一つ。お前が自ら作り上げたディアフィトレウスじゃ」

 ディアフィトレウスは魔法の力で作り上げた剣である。一見、ただの丸い筒だが、握り込み、念を入れる事で、空中のピュシスを集めて刃の部分を構築する。戦闘の時にその殺傷力は、魔法以上に高いと言われている。

 このディアフィトレウスはディアフィトレウス同士刃をぶつけ合う事も出来る。ある程度魔法をマスターした人間は自身の象徴のように持っている物である。

 しかしバジュラ仙人は、ディアフィトレウスを作る過程で、未熟な弟子達に作らせたそれを、預かってしまっていた。バジュラ仙人は恐れていたのだ。力を手に入れた自信が、堕落して行く事を。だから彼は、彼の門下においてディアフィトレウスを作る事を認めこそはしたものの、それを使う事を許す事は無かった。

 そんなバジュラ仙人が、パイドラにそれを渡したのを見て、多くの門下生はどよめいた。

「ではパイドラよ、頼んだ。決して、決して驕慢に成ってはならないぞ。わしの代わりはお前しかおらん」

 パイドラは一礼すると、自分のローブを持って、バジュラ仙人の元を去って行った。

「仙人、パイドラで大丈夫なのでしょうか? 彼はまだ学ぶ所が多いです」

「分かっている、だからパイドラに託すのじゃ。こんな世の中を良くみても貰いたいしな。わしの選択に迷いは無い」

「北の方に、何が有るというのでしょうか?」

「わしにも分からん。魔物の力が強まっているのか、それとも希望の星か。どちらにせよ、わしがその何かに触れるには、パイドラの旅の結果を待たねばならないのう」




 パイドラはスモールギル国の村の一つフェリペに降りていた。ローブのフードを被り、ショルダーバッグを持っている出で立ちだった。金銭は持ち歩かずに済んだ。ただ、その代償として、多くの術を施さねばならなかった。

 例えばだ、膝の皮が剥けた少年がいたとする。パイドルはその少年の元に跪くと、ただ呪文をかけるだけで良い。

「ταυταζητα」

 パイドラが傷口に囁くと、光が現れ、少年の傷はあっという間に消え去った。

「有難うございます、修行者様。これ少ないですけれどお礼です」

 すっかり元気に成った少年の様子を見て、母親がドレベラをくれた。ドレベラはこの大陸に育つ果物の一種だ。緑の房に包まれたエメラルドグリーンの身を持つ果物である。栽培が安易な為、家庭菜園代わりに育てている家が多い。パイドラはその果実を房を剥いて噛り付いた。甘酸っぱい味の中に少しきつめの香りが広がる。

「有難うございました」

 パイドルは頭を下げると、その場から立ち去る事にした。

 この国には医者が無い。だから魔法使いが彼等を治癒してやる事も多く有った。あのバジュラ仙人も昔は単なるヒーラーだっと聞いた事がある。今の彼からは信じられない事だった。

 パイドラは、何も托鉢をする為にこの集落に来たわけでは無い。

 このスモールギルの国は、いくつもの町村が集まった強大な国だ。しかし、戦争に疲れた大国は、沈黙を守り切っている。そこを北に向かってパイドラは進んだ。その先は熱帯雨林地帯だった。

 熱帯雨林の中は危険だ。人間とこのレグ大陸を分轄する魔物達の住まいとされていた。魔物は人間と違い種族の数が多い。そして魔物達は七つの龍を王として、生息していた。なお魔物の中には高度な文明を持つ物も有った。そのレベルは人間より豊かな物も有った。そして彼等最大の特徴は、魔物は皆「テイウーロゴス」をどうしてか使いこなせる点である。テイウーロゴスとは、先程パイドラが使った呪文がそうである。単語一つ一つがもはや意味を失くしているとされているが、魔力を吹き込む事で、人間ならば魔法使いが、神に与えられた力を発動させる事が出来る。しかし人間には魔力の有る者という制限が有るにも関わらず、魔物は違う。魔物は全ての種族がテイウーロゴスを用いて魔法を使えるのである。

 パイドラは、ひとまずフェリペで何日か持たせそうな食べ物と水を貰った。水は、魔法使いが仕事をしているモイスチャーファームから分けて貰った。それを大きなヒョウタンの水筒に収めると、彼は意を決したように、森の方へ向かうのだった。

 森は鬱蒼と生い茂っていた。足場もぬかるんでおり油断するとすぐ何かに毛躓いた。

「ινγραμ」

 パイドラは呪文を唱える。頭の中に地図が浮かび上がり彼の進む道が誤りでは無い事を意味していた。先へと進む。

 パイドラは二つの意味で急いでいた。一つはバジュラ仙人の述べた存在をこの眼で確認したかった事。そうしてもう一つがもう先が長く無いだろうバジュラ仙人に、その報告がしたかったという事だ。パイドラの足は自然と速く成っていた。

 しかし、森林地帯の洗礼を受ける事となった。森の奥ががさついたかと思うと、出た、魔物だ。ウイングスネークが現れた。ウイングスネークは羽を持つ大蛇だ、その名前の通りである。出会って暫くは、パイドラはウイングスネークと睨み合いをしていた。先に痺れを切らしたのはウィングスネークの方だった。ウイングスネークは宙に浮くと、口から毒液を吹き出した。

「σιγγοφι」

 パイドラは、守備呪文を唱えた。彼の前に光る盾を作りだした。壁は、吐き散らかされた毒液を防いだ。怯むウイングスネーク。次はパイドラの番だった。

「ξοθηλιγω」

 パイドラが唱えるとウイングスネークの周りを紫色の煙が覆った。ウイングスネークはそれを吸い込むと、大きく仰け反った後、ゆっくりと地面に倒れた。そしてそのまま目を閉じると、いびきをかきだした。催眠呪文をかけたのだった。

 パイドラは、ウイングスネークの巨体を一瞥すると、先を急いだ。

 足元のぬかるみが更に酷く成っていった。

 ジャングルの中で一夜を過ごす事に成ったパイドラはローブを脱ぎ、布団代わりにした。森林の中は、大きく枕にしやすい木の根っこが沢山有った。その一つを借りて、パイドラは眠りに就いた。

 森で眠るには勇気が要る事だった。魔物の群れの中にいるような物だからだ。普通ならば誰か一人を見張りにして、交代で番をするのが鉄則である。

 だがパイドラは、一人で寝ていた。それは、彼が魔法使いとして自身の腕を試す事から起こされた事実だった。パイドラの中には勿論不安も有った。しかしそれ以上に彼には自信も有った。パイドラはゆっくりと眠りに落ちた。



 翌朝、目覚めると天気は雨だった。

 パイドラは一気に立ち上がった。森の中は暗かった。いつ魔物が出てもおかしくない。

「ινγρrαμ」

 パイドラは再び呪文を唱えた。自分の居場所が瞼の裏に映し出された。この方角で、後もう二三日必要なようだった。

 森の奥へとパイドラは進んだ。魔物とも何度か遭遇したが、催眠呪文で乗り切っていた。無益な殺生は避けたかった。

 足元のぬかるみは、段々と治まって来た。と、上空が騒がしく成った。上空を見るとヘビトンボが巨大な身体と翼で森の間を抜けていくのが分かった。

「魔物にも、この世界の混沌さが見えるのだろうか?」

 パイドラは自分に言い聞かせるように呟いた。果たしてどうなのかは誰にも分からないが。

 森を歩いて何時間が経ったのであろうか? このままずっと無間地獄のように成っているのか? 決してそんな事は無いと分かっていながらも、パイドラは変わり映えしない景色に気が滅入るようだった。

 雨がしとしとと木々の間を抜けて顔に当たった。

 パイドラはまた一晩眠る事にした。ローブを頭から被り、雨を凌いでいた。

 翌朝、晴天だった。パイドルは一気にこの熱帯雨林から遠ざかりたかった。

 すると、眼の前に動きが有った。またウイングスネークかとパイドラが身構える。

 しかしそれは違った。巨体は一気にパイドラを狙って突っ込んで来た。パイドラはすんでの所で避ける。

「ξοθηλεγω!!」

 パイドラが呪文を唱える。紫色した霧が、その巨体に振りかかる。

 しかし敵は、そんなパイドラの呪文を首を振って掻き消した。文字通り、紫の帯は雲散霧消した。

 敵がこちらを狙って、再度飛びかかって来た。

 その時初めてパイドルは敵の正体を見た。キマイラだ。ライオンのような柔軟な身体に、サソリのような鋭い鎌と尾、そして人の顔を胴体に埋め込んでいた。

 中々厄介な相手だ。催眠の術法が効かないとなると……。

 パイドラは腰のディアフィトレウスに手をかけた。さあ、いつでもかかって来い。パイドラの額に汗が湧き出る。

 キマイラは濁った声を上げると何事か呟き始めた。

 パイドラの足元が紅く成り、炎の柱が立ち昇る。

 パイドラはきわきわの所で守備呪文を唱えた。炎の攻撃は、見事に弾かれた。

 着地するパイドラは、もう次の手は決めていた。

 彼はディアフィトレウスを一度しまうと、ローブの袖から書物を取り出した。適当にページをめくり、出て来た文字の内、読み切れる物を探し出した。

 そして、キッとキマイラを凝視すると、開けたページを読みあげた。

「γαλωσ εκδικαζω!!」

 読み上げた書物の文字が光り、パイドラの背後から凄まじい風が吹いていた。キマイラが耐えかねて突撃する。それを見たパイドラはその瞬間を待っていたとキマイラを指差した。パイドラの後ろで渦巻いていた風が、一気にキマイラを吹き飛ばした。キマイラは木々を何本か薙ぎ倒して、地面に倒れるのだった。

 殺してはいない、気絶させただけだ。

 パイドラはローブに着いた木葉を落とすと、森の出口に向かって歩きだした。

 彼は多くの人間とコミュニケーションをとる事は苦手ながら、その分自分自身の力だけで生きていく事は出来る人物だった。特に彼は真面目だった。だから托鉢の時も、生真面目に陣笠をかぶり、バジュラ仙人門下の皆がだらけている中で、独りぼっちになろうとも彼は真面目に修行に落ち込んだ。

 所がそれでもパイドラの能力は伸びなかった。パイドラはそれを自身の能力の限界だと思い込んでいた。若くして、今の彼以上の能力を持つのは知っているだけで何十人もいる。パイドラはそんな彼等が努力もせず、才能だけで自分より上の立場でいるのが嫌だった。

 だから、今回、バジュラ仙人からこのような大役を与えられた事は誇らしい事だった。しかも聖剣ディアフィトレウスを与えられている。これは大きなアドバンテージだ。他の弟子達は、例え離反した者でも、バジュラ仙人の元で作ったディアフィトレウスを持っていく事はしない。だから、バジュラ仙人門下で、今聖剣ディアフィトレウスを持っているのは彼だけという事だった。

「ινγραμ」

 再び呪文を唱え、自分の位置環境を確認する。気絶しているキマイラが再び身体をくにくにと動かし始めた。それを見て、パイドラはこれはまずいと一気にその場を後にした。

 昨日とは違い、今日は良い天気だ。

 直射日光が苦手な彼でも、木々の間をすり抜ける木漏れ日は好きだった。聖剣ディアフィトレウスがちゃかちゃかと、本体の音を鳴らしている。パイドルはバジュラ仙人から教わっていた。ディアフィトレウスは最後の最後の最終手段なのだと。空気や地面、水、火、あらゆるピュシスから刃を作りだすディアフィトレウスだが、その殺傷力は例え素人が使ったとしても、並みの魔法を凌駕する物だった。

それを心得ているパイドラは、自身も可能な限り、聖剣ディアフィトレウスを使わないようにしようと心がけた。

 その為、殆んどの危機は、下級魔法で繋いでいった。勿論それは楽な旅では無い。しかしディアフィトレウスを使うのは気が引けた。

 と、眼の前の茂みに光が見えた。急いで駆け寄ったパイドラは、強い日差しの元に曝された。漸くジャングルを抜けていた。このまま、少し東に逸れて河を渡れば、マジャバ国のナイトレイア河の上流にある町、セルゲイが有るはずだ。セルゲイはナイトレイアの最も上流の町と言われている。ここの所は高台に成っており、水に困らない町として知られていた。

 そんなセルゲイまでの地図を例によって魔法で導びきだしたパイドルは、足を川の上流に向けて歩み出した。河には河で、水棲怪物が住んでいた。だからあまり近寄りたくなかった。パイドラは南に森を、北に河を挟まれて、危険地帯を歩いた。もっとも、森林地帯を歩くよりかは幾らかマシだったが。と、何かが河から跳ねた。ナイトレイアシュリンプだと思われた。ナイトレイアシュリンプは、頑丈な殻をもつ大型のエビだ。体長は一メートルと行った所か。モンスターでありながら、地元の漁師によって狩られる事も有った。つまりは食用モンスターなのだ。いずれ戦わなければならないとパイドルは覚悟を決めた。



 河沿いを歩き出してから何時間が経ったろうか、パイドラは、町の城壁を肉眼で確認した。城壁に辿り着くと、ぐるりと周って正門に向かった。

 町の中は、活気に満ち溢れていた。いい加減な格好をしたあんちゃん達が詰所に押し掛けているようだ。

「何の騒ぎです?」

 パイドラはフードを取り外すと、手近な出店の店主に問いかけた。

 その店主は周囲をきょろきょろと見回すと、ゆっくりと静かに語り出した。

「近々、河向こうのマジャバ国と戦争をするのですよ」

「戦争? そんな話は聞いた事無いぞ」

 パイドラは眉をひそめた。

「何故今マジャバなのでしょうか?」

 パイドラは店主の顔に自分の顔を近付けた。スパイスの臭いがした。

 その店主は、半ば呆れた様子で語った。

「あんた、ご存じないようだけれど、こんどバトモンエストゥでお妃さんが妊娠したらしくてね。その新しい王子か王女が生まれれば、或いは厄介な事に成りかねない。だから今の内に種を潰してしまおうと考えているんだろうよ」

「バトモンエストゥには、すぐに向かえるのですか?」

 問われて店主は困り顔になった。

「一応兵士は無料で船を貸し出すみたいだけれども、民間人、しかも修行者だしな、暫く船は出して貰えないかもしれないよ」

 そう言われ、パイドラは落胆の意を表した。バジュラ仙人から与えられた使命を果たさなければ成らなかったからだ。

「時に聞いておきたいのですが、ここら辺で、強力な魔術を使う魔法使いや屈強な戦士はいますか?」

 店主は一瞬ぽかんとするも、すぐに頭を上下に振った。

「国中からつわもの共が集まって来ているのだから、何人かいてもおかしくは無いね。だけど私に言わせれば、所詮彼等は一介の兵士でだろうね。貴方は……」

 店主はパイドラが持つ魔術書に眼をやった。

「魔法塚いなのだね。志願するのかい?」

 一瞬、パイドラは渋い顔をした。彼は非戦論者のつもりだった。人間は勿論、魔物とも争いたくなかった。だから彼は答えに詰まってしまった。その顔色を伺うように店主が覗き込んだ。

「ええ、志願致します」

 パイドラはそう言いきった。勿論それは、カムフラージュだったが。

 パイドラはローブを被ると、店主に挨拶して、その場を去った。

 彼は一気に港の方へ向かった。港には、大勢の戦士が集まっていた。

 このスモールギルには軍隊と言う物が有る。それでいながら志願兵を募る辺りがきな臭い。

「本当に戦争をするのか……」

 パイドラは多少狼狽した。

「この国は本当に戦争をするのだ。しかもバトモンエストゥに」

 バトモンエストゥとは、レグ大陸の北西マジャバの国の首都に位置する城だった。マジャバは芸術の都と成っていた。絵画や音楽に加えて魔法美術も盛んだった。そんな小国と張り合うなんて、スモールギルは何を考えているのかが分からなかった。ただ、バトモンエストゥには緑が豊かでレアメタルが豊富であるという利点が有った。そして何よりあの城の戦士や魔法使い達はかなりの強さを誇っていた。その事は、パイドラでも知っていた。

 その国の王に子どもが生まれると言う事だろうか。だからこちら側も殺気立っているのか。

 そもそもスモールギルはバトモンエストゥを実質支配下に置いていた。それを根こそぎスモールギルは自分達の物にしようと考えていたのだろう。

 しかし、パイドラはそんな戦争に関係無くこの国を周らなければ成らないと自覚している。彼は、また托鉢スタイルで、街中を歩いていた。こちらではフェリペに比べれば、托鉢は上手く行かなかった。信仰心の問題なのか、そんな余裕すら失われてしまったのか。一文無しのパイドラは、船を借りる事も出来ない。ここからが問題だった。

 何分か歩いて、彼はようやく河を渡る船を見付けだした。

 船には座席が身分によって決められている。それを確認するや否や少しばかり申し訳ない気分を持っていた。船の最後尾には「ダラーお断り」と書いてあった。「ダラー」とは、レグ大陸に伝わる身分の事で奴隷を意味していた。神の垢から作られたとされている。

 要するにこの船は、上層階級のみに用意された物だった。

 パイドラはその中へと入って行った。船長が信心深いからか運賃は無料にして貰えた。

「マジャバ国の連中も可哀想やな」

 船頭がおもむろに語り出した。

「そうですか……」

 パイドラはお茶を濁した。

 何しろ余計な事を話せば反逆罪にされかねない。恐ろしい話だと彼は頷いていた。

 しかし船頭は語るのを止めなかった。

「マジャバをスモールギルが狙っているのは、あの小国が高い文化技術を持っていると言う事かららしい。バトモンエストゥは芸術の城やけんハイカラな物ばかりじゃからのう」

「ハイカラ……」

「そうやろ? あの国は美し過ぎるのじゃよ」

 言われてパイドラは頷くのだった。

 パイドラはマジャバ国に詳しいわけでは無い。しかし、確かにバトモンエストゥには他の大国程の国力は無いのが事実だ。だが、その高い工芸能力で、多くの国から財産を巻き上げていたと言う話を聞いた事がある。立派な輸出大国だ。そんな国を狙うと言う事は矢張りその工芸の能力を買っているのかもしれない。

 船頭は続ける。

「あの国はな、欲を張り過ぎたんや。足元見てどんどん輸出品の課税をかけて行ってな、そりゃ狙われるやろ?」

「関税ですか?」

「そう関税。馬鹿高い経済効果が有ったらしくてな。でも、今のバトモンエストゥ城主ダッシュ王は物凄い武力の達人で迂闊に行動出来なかったんじゃ」

「それで、子どもを狙っているのですね?」

 パイドラはローブを脱ぎ、修行着を現した。上下が繋がっている一枚布のアオザイと漢服のような白い着物だった。

「そうじゃ、今はダッシュ国王も子どもを狙われては守備に徹するしか無いやろ?」

 パイドラは成る程と頷いた。

「時に修行者よ、何故河を渡る?」

 船頭の突然の問いに、パイドラは少し迷った。言ってしまっても損は無いかと考え、彼は口を開くのだった。

「私は師匠の仙人から北の方角から強い光を感じると伺いここまで向かったのです」

 船頭は一瞬驚いた顔を見せた。

「ジンツーリキと言う奴か?」

 パイドラは苦笑した。

「仙人は協力な魔法使いで、遠くの地の“力”を感じる事が出来るのです」

「そんな凄い力が有るんやなあ」

 船頭は感心していた。



「修行者、これも持っていくと良い」

 ローブを再び羽織り、船を降りたパイドラに船頭は五穀米のおにぎりを二つ投げた。パイドラはそれを受け取ると、頭をぺこりと下げた。

 河を渡ったここはもうマジャバの国だ。向こう岸に、軍船が揃っているのが見えた。スモールギル国は本気でこの国を落とすつもりらしい。

 一方、マジャバ国は、余裕たっぷりだった。弓を構える兵士もいれば、魔法の練習をする魔法使いの姿も見えた。

 修行者達の姿は一向に見えなかった。戦争に巻き込まれるのを防ぐ為だろう。

 そんな戦地に物珍しいパイドラという存在がいた。パイドラは、河を後にして、更に北へと向かう事にした。

 再び森が迫って来た、パイドルはウイングスネークやレッサードラゴンを眠らせて先を急いだ。

 今、彼は第三の不安を抱えていた。

 バジュラ仙人が述べていた強い光が、戦争によって失われてしまうのではと言う不安だ。

 だから彼は、戦争が起こる前に何かしらの成果を上げたかった。

 その時だった。レッサードラゴンが三体、一気に襲い掛かって来た。

「来るのか……? ζοθηλεγω!!」

 紫の霧が一体のレッサードラゴンの動きを封じた。そのレッサードラゴンは倒れ伏した。いびきをかいている。

 その様子を見てか、二体目のレッサードラゴンは口から火炎を吹き出した。

「何の、σιγγοφι!!」

 パイドラが叫ぶと彼の前に光の盾が出来上っていた。盾は、レッサードラゴンの炎を防ぐと、消えた。

 レッサードラゴンは炎が効かないとみると、鋭い爪を剥き出しにして襲い掛かって来た。

「γαλωσ εκδικαζω」

 パイドルは、魔術書を開くと、先程と同じページを開いていた。風が巻き起こり、レッサードラゴンを吹き飛ばした。哀れ飛ばされたレッサードラゴンは、仲間にぶつかると、そのまま森の奥へと押しやられた。

 疲れる作業だった。

 聖剣ディアフィトレウスを使う事も考えたのだが、止めた。この剣は本当に必要に成るまで使ってはいけない。

 バジュラ仙人の教えが生きているのだ。

 力は持ち過ぎると、傲慢に繋がる。

 バジュラ仙人はそれを痛い程理解していたのだろう。

 その気持ちは、パイドラには分からなかったが、彼もまた、可能な限り殺生をしたくないと思っていた。

 と、レッサードラゴンの咆哮は聞こえた。仲間を呼んでいるのだ。パイドラは自分の魔力の低さを呪った。あの一撃でダウンはとれたと思ったのに。舌打ちを一つすると、パイドラは急いでその場から離れた。

 森の中を必死に走った彼は、突然視界が開けたから驚いた。

「セルゲイに着いた……?」

 視界が真っ直ぐ空を見上げた。太陽がまるで爆弾のように暑さを増していた。

 目の前を見ると、小さな群落が有った。どうやらセルゲイらしい。少し落ち着きながらも、パイドルは足を動かした。

 先程船頭から貰ったおにぎりを食べながらその集落へと彼は進む事にした。

 水が飲みたかった。少しは分けてくれるだろう。

 彼はローブの袖から、お椀を取り出すと、腰のヒョウタンを用意した。聖剣ディアフィトレウスは逆に隠した。これが有ると、まるで戦争をする為に来たかのように誤解されかねない。

 準備を済ませると、パイドラは、その集落の中へと入って行った。

 

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