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宅配業はじめました。

勇者の履歴書

作者: 小林晴幸

履歴書に向き合い、ひたすらに勇者と盗賊が向かい合うという内容です。

特に目立って誰かが活躍したりといった起伏はありません。

ひたすら、勇者が頭を悩ませております。


そんなのでも良いよ!と言う方、お待ちしております。


  「勇者の履歴書」



 氏名・生年月日・本籍地・現住所を書いて下さい。


「名前って、全部書いた方が良いのか?」

「普通、そうだと思うぜ?」

「というと、称号とか、名誉爵位とか、洗礼名とか、その辺も全部?」

「ここに馬鹿がいるぞ。よく、用紙の欄を見て考えろ? そこに入りきると思うか?」

「あー…余白が足りないな?」

「お前の一番基本的な名前だけで良ーんだよ」

「だが、ここにはフルネームを書くモノなんだろう?」

「だからって、神殿とか各国とかで与えられた洗礼名(複数)とか称号はいらねぇだろ」

「本当に、いーのか?」

「わざわざご大層な名前書いても、意味ないからな? 肩書きとか就活に関係ねぇから。むしろ俺だったら、こんな大仰な名前のヤツは雇わねぇよ。絶対、冷やかしだと思われるぜ」

「…うん。お前がそうまで言うんだったら、従うことにする」

「おう。素直に従っておけよ」


 氏名  :アス・クィンレット(男)

 生年月日:神封歴1721年 風見鶏の月 23日

 本籍地 :ミズハルト王国 ヒヒルの森 コヒナ庄

 現住所 :ミズハルト王国王都 八番街ミカヤ通り7-3


「これで良いかなっと」

「よっし、OK.特に変なところはないな。次にいけば?」

「次は経歴か…」




 学歴・職歴を書いて下さい。


「学歴って、朝の教会学校もあり?」

「あれって、一番基礎的な学校だろ。これは特殊特別な知識を身につけたかどうかの確認じゃねぇの。特異な場所への修学経験はないだろ、勇者」

「じゃあ、職歴か…なんて、書こう」

「そこは素直に書いておけとも言えねぇしな。正直に書いたら、胡散臭いだろ」

「俺自身、そう思うよ…。まさか勇者やってましたーなんて言えないし、反論できない」

「じゃあさ、勇者になる前なにやってた? 働いてたろ? それ書けば」

「勇者になる前…は、地元で自警団に所属してたけど。でも、止めてからの空白期間が…」

「そこは何とか誤魔化すしかないだろ。勇者とは書けないし。聞かれたら世間を見る為に諸国漫遊してたとでも言うしかないな」

「あながち間違いじゃないし、嘘言ったことにはならないか…よし。そう言うことにする」

「じゃ、ちゃっちゃと書いちまいな」


 学歴 :特にナシ

 職歴 :神封歴1733年

      ミズハルト王国 ヒヒルの森 コヒナ庄の自警団に入職

     神封歴1738年

      ミズハルト王国 ヒヒルの森 コヒナ庄の自警団を退職


「これで良し」

「うん、仕方ないな」

「それじゃ次にいってみようか」

「もう、俺の意見はいいだろ」

「そう言わず、助言してくれよ(泣)!!」

「…仕方ねぇなぁ」




 免許・資格・趣味・特技を書いて下さい


「これは、悩むまでもないな」

「え、いや…でも、なんて書けばいいのか」

「ありのまま書いて良いいだろ」

「だって、俺って何ができるのか…特に免許とか資格とか持ってないし」

「は?」

「いや、だから、持ってないんだよ」

「剣は、魔法は?」

「…独学の我流。資格も免許も持ってない」

「それであの強さかよ…チッ」

「舌打ちされた!」

「うるせぇな。俺は今、人生のままならなさを実感してるんだよ!」

「頼む。見棄てないでくれ」

「ええい、情けない! ったく。本当に情けない」

「うぅ…手を煩わせて、済まない」

「ったく。ここは特殊技能でも良いんだよ。得意なこと、他の人は真似できないこととかな」

「特殊技能…」

「それこそ、さっき俺の言った様な、剣とか魔法とかな」

「いや、でもそればかりだと、何か戦闘系の仕事ばかり斡旋されそうな気がする」

「そだな。でも、その方がお前には向いてるんじゃないか」

「でも! 俺は、あまり勇者の過去を引き摺らない様な生活をしたいんだよ…!」

「無理だろ」

「即答か…」

「だってお前のできることって、もろに戦闘系中心だろ?」

「それでも勇者だった事実とはスッパリ縁を切る覚悟で就活に臨んでいるんだ」

「お前、やっぱり無謀だわ」

「別に、勇者のままなら幾らでもあるんだよ。就職先」

「まあ、そうだろうな」

「だけど勇者の力や名前を、誰かに利用される未来はイヤなんだ…」

「お前、王家に取り込まれそうになって慌てて逃げてたしな」

「騎士としての籍や貴族の位、果ては王家との縁談まで示唆されたさ。各国で」

「全部蹴っ飛ばして、お前、消息眩ませたんだよな。まんまと」

「アレは我ながら上手くやったと思ってる。自分の選択にも満足してる。だから、この先は勇者とは関係のない道を選びたいんだ。下手に戦闘職に就くと、居場所がばれる」

「その可能性も、まあ、あるかもな」

「だから俺は、徹底して戦闘系の職だけは拒否する!」

「そしたらお前、特筆すべき特技なくなるんじゃ…」

「その懸念はなきにしもあらず!」

「ちなみに、剣と魔法と体術以外でなんか浮かぶ?」

「あー…肺活量とか、水泳能力…鍵開け、縄抜け、隠密行動、気配の遮断…忍び込み…」

「待て、ストップ! 方向性が闇の方向へ傾きかけてる。お前、後ろ暗い職に就く気か?」

「そんなつもりは…! いくら勇者の過去とは訣別するって言っても、流石に過去に憚る様な道を歩もうとは思わないから。いつか身元がばれた時に陰口叩かれる様なことはしない!」

「そこは正義感で否定しとけよ」


 資格・免許 :特にナシ

 趣味・特技 :趣味 人助け、旅行、温泉巡り

          特技 空欄


「もう良い。趣味・特技に関しては後に回せ」

「そだな。一番悩ましいところだし」

「後で一緒に、じっくり考えてやるよ」

「面倒おかけしまーす…」




 通勤時間・妻帯の有無・扶養家族の有無を書いて下さい。


「これは悩むまでもないな」

「初めてちゃちゃっと書ける内容だ」

「悩む余地もねぇだろ。とっとと書け」

「いえっさー」


 通勤時間 :空欄

 妻帯者   :ナシ

 扶養家族 :ナシ


「他もこれぐらいちゃちゃっと書けりゃなー」

「ごめんよ。もうちょっと付き合ってくれよ」

「ちょっとで済みゃ良いんだが」

「済みません………」




 志望動機・希望を書いて下さい。


「志望動機か…」

「これ、どこに就職するか決めねぇと書けないだろ」

「そうだよな。少なくとも、どんな方向性を目指すか決めないと」

「お前、まだどんな仕事に就くかも決めてねぇじゃん」

「あー…うん」

「今んとこ、どっかに就きたいとか具体性がねぇの?」

「うーん…」

「具体的じゃなくても、どんなことやりたいとか、漠然としたので良いから展望は?」

「ない!」

「即答すんな!! 何か悩め! 指針を提示されないことにゃ、アドバイスもできねぇだろ」

「…お前って、良い奴だよな」

「しみじみ何言ってんだよ…」

「いや、何だかんだ言って、どうしようもない俺の我が儘も見放さないし。真面目に相談に乗ってくれるし。的確な助言をしようと、親身になってくれるし」

「止めてくれ。俺が凄く良い奴に聞こえるだろ!?」

「良い奴じゃん」

「それが職業:盗賊に言うことか!? 全然相応しくねぇ!!」

「職業に貴賤はないって言うし、職業意識はともかく、仕事と人間性は別だろ」

「その信頼の瞳は止めろ! 物凄く居たたまれなくなる」

「少なくとも、俺は良い奴だって思ってるんだけどな。友達だし」

「俺は、仕方がねぇから付き合ってやってるだけだ。お前がどうしようも無さ過ぎなんだよ」

「何だかんだ言って面倒見の良い、お前って良い兄貴分だと思う」

「俺の方が年下だったはずじゃ…」

「ほら、俺って戦闘以外は頼りないし。特に現状」

「自覚があって、結構なことだな!!」


 志望動機 :空欄

 希望    :空欄


「それで、今後の展望もしくは方向性は?」

「…もちっと、考える」

「一生事だから存分に悩めよ」

「お前に見放される前に、頑張って思いつく様にするよ」

「そう頼むぜ」




 魔王を倒し、世界は平和になり。

 勇者は年金生活も栄華も蹴飛ばし、再就職への準備に余念がない。

 その思考が一般とはずれる為、中々に前途は無謀であったが。

 

 彼の身柄を手にし、活用しようと言う有象無象。数々の国。

 並み居る国家の追求をするりとかわし、勇者は行方を眩ませた。


 自分という存在を認識すればするほど、就職の道は険しい。

 魔王退治をともにした気の置けない仲間達と潜む、隠れ家の中。

 勇者と盗賊は、他の仲間達が戻ってくるまでの間、大いに頭を悩ませた。

 履歴書を書く、その為に。












 やがて季節が移ろい、少しの準備期間を経た後。

 勇者が身を潜める家の前には、人目を惹く看板が。

 嘗て勇者と呼ばれた青年と、その仲間達。

 彼等の己に課した生業を示す言葉が、そこには記されていた。



   『宅配業はじめました。』



 若さに見合わぬ異常な伝手と経験を生かし、国内外を問わない配達。

 その仕事は、中々に盛況であったという。






勇者、最終的に起業。

結局、履歴書は完成しなかったらしい(笑)



ひたすらに勇者と盗賊が会話し続けるだけの内容でした。

それでも最後まで読んで下さり、有難う御座います!

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― 新着の感想 ―
[良い点] とてもほのぼのしていてよかった [一言] コネあったんだ
[一言] 勇者が就職活動をするために履歴書を書くという発想が面白かったです。ファンタジーかと思ったのですが、現代の就職活動に必須のアイテム「履歴書」が登場するとは思わず、そして会話の掛け合いに笑ってし…
2013/02/16 03:01 退会済み
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