第6話:面倒な奴ら
「突然ですが、イライラがマックスです」
タクミは思わず独り言を言ってしまった。
葉を隠すなら森の中。人を隠すなら人の中。
まったくその通り。
葉っぱを隠すのにわざわざ宝石箱の中に突っ込むような馬鹿はいない。
もちろん隠れるためにわざわざ猿の群れに紛れ込むような人間は、まずいないだろう。
足音もまた然りである。
色々な人が行きかう大通りの喧騒なかに溶け込ませることで初めて、相手に足音を感じさせにくくすることが出来るのだ。
つまり、である。
こんな不完全な慣らししかされていない森の道を、パキッとかズルッとかガッチャガッチャと音を立てて歩けば、誰だって尾行されていることに気づく。
最初こそ、尾行されている気配にビクビクしていたタクミだったが、今ではイライラしている。
十回を越えた頃から数えるのを止めたタクミは、もう一度後ろを振り向いた。
枝の隙間から何条ものあたたかな光がさしこむ少し幻想的なその道には、誰もいなかった。
いや、正確には木の陰から赤い髪が見えている。
正直最初に振り返ったときから、チラチラ彼女のテーマカラーが見えているのだが、本人的には完璧に尾行していると思っているらしく、突っ込むべきなのかと考えているうちにタイミングを逃してしまったのだ。
ただ、何回も繰り返すうちにどんどん雑になっていった結果、今では、ナカックニ製の鉄鍋が完全に木の脇から顔をのぞかせている。
ここまで来ると、もう見なかったことには出来ない。
もと来た道を戻って、
「何やってるんだよ、クック」
タクミは鉄鍋、もとい彼女に向かって声を掛ける。
急に自分の名前を呼ばれ驚いたのか、鉄鍋は一瞬飛び上がると、そのまま道に墜落した。
ガアァァァン!
とけたたましい音を立てた鉄鍋を、慌てて赤髪の少女が拾い上げる。
タクミの言った通りクックである。
クックは鉄鍋をクルクルと回しながら傷やヘコみが無いのを確かめると、ほっと胸を撫で下ろした。
「よかった、無事みたい」
「『無事みたい』じゃないよ」
「あ、タクミ。こんなところで奇遇じゃない」
「何言ってるんだよ。ちゃんと途中から気づいてたんだからな」
奇遇の一言で済ませようとするクックに、タクミは軽く突っ込んだ。
実は最初っから気づいていたのだが、そこはタクミの優しさである。
嘘だ。
ただ「そんなはずは無い! 私の尾行は完璧だ!」とか言って、食って掛られるのを避けるためである。
「途中から気づいてた」と言っておけば、嘘っぽく聞こえなくなるので相手もそれなりに満足するのだ。
「嘘をつかないでほしいわ。最初から気づいていたんでしょ?」
目論見が外れた。
「あ、う、うん。実は最初から気づいていたんだ」
「そう……やっぱり気づいてたんだ……」
しょぼん、とうなだれるクック。
め、めんどくさっ!
と叫びそうになるも何とか踏みとどまる。
そこで、彼女の雰囲気が、昨晩とは少し違っていることに気づいた。
昨日の印象では、もっと凛とした空気を纏っていたし、こんな風にわかりやすく感情を面に出すようなタイプではなかった。
「なんか……雰囲気とか違わない?」
疑問が口をついて出た。
その言葉に、クックは顔をあげると、きょとんとした顔で、
「それはそうよ。昨日は料理勝負の最中だったじゃない」
「君は料理勝負だと雰囲気とか変えるの?」
「だって、料理人とはいえ私は女よ? ナメられたくないじゃない! ……まあ、昔の癖が抜けてないってこともあるけど」
ぎゅっと拳を握る。
タクミはすぐに納得した。
料理人に限ったことではないが、彼女の言うとおり、女性だと軽く見られることが多い。
女商人とか女騎士にそれが顕著に現れるが、料理人も例外ではないらしい。
だからあんな中性的な雰囲気をかもし出していたのだろう。
ただ、顔が可愛いので『効果は抜群!』というわけではなかったが。
と昨日との違いについて理解すると、タクミはとりあえず話を本題に戻すことにした。
「なるほどねぇ。それはそれとして、なんで尾行なんてしたんだよ。 結構地味に怖かったんだぞ」
目を半眼にして、クックに問いかける。
尾行される理由なんてタクミには思い浮かばないのだ。
しかしクックはタクミの問いかけに、頬をぷぅっとふくらませ、
「あんたが約束をすっぽかしたからじゃない」
とつぶやき、深紅の瞳でにらみつけた。
「約束? 約束なんて」
「したわよ。しかも昨日の晩っ!」
「晩? 晩…………あっ」
思わず声を上げる。
たしかに酒場で、
『あとでタクミに用があるの。ああ、食べてからいいわ』
『そ、そう? じゃあ後で』
と、軽い感じではあったが約束をした。
その後の惨劇のゴタゴタで完全に忘れてしまっていたのだ。
タクミは額を押さえた。
基本的に律儀な性格のタクミは、約束とかは極力守るようにしているのだ。
「ごめん……忘れてた」
今度はタクミが落ち込んだ。
急にタクミが肩を落としたので、クックは驚いた。
「い、いや、思い出してくれればいいの。だからそんなに落ち込まないで、ね?…………面倒な奴ね(ぼそっ)」
面倒な奴に『面度な奴』と言われ、タクミは一層落ち込んだ。
実際には二人とも面倒な人間なのだが、それを指摘する人間はこの薄暗い森の中には一人としていなかった。
「で、約束があったのは思い出したけど、なんの用があったの?」
ひとしきり落ち込みなんとか持ち直したタクミは、横を歩く小さな赤髪の少女に尋ねた。
相変わらずガッチャガッチャと音を立てて歩くクックは、
「ん、それはね……」
と呟いたかと思うと、小走りしてタクミの数メートル前に飛び出し、まるで新品の服をお披露目するかのようにその場でくるりと一回転する。
ふわりと赤い髪が舞い、コートが炎のにヒラリと翻る。
微笑む彼女に眼を奪われそうになるが、リュックの中でガチャチャチャッ! と物凄い音がしたので、現実に引き戻される。
「タクミ! 私はなに!?」
「自称料理人、正確には産業廃棄物生産仕事人のクック」
即答する。
「ちがぁああぁぁぁうっっ!!」
タクミがつけた的確な肩書きを、クックは顔を真っ赤にしながら全力で否定する。
「じゃあ、対・口を割らないスパイ用拷問料理専門研究家」
「それも違う! さっきからなに!? あんた、私の料理が毒物だとでも言いたいの!?」
「なに言ってるんだよ。そんなこと思ってもいないよ」
「そ、そう。それにしては含みのある笑いを――」
「ただ、食べるにはそれ相応の訓練が必要ってだけさ」
「…………ぐすん」
あ、また落ち込んだ。
ちょっと言い過ぎたか、とはもう欠片も思わず、タクミは道端にしゃがみこむクックに声を掛ける。
「で、君が料理人(笑)なのは分かってるけど、結局なんの用?」
「なにか嘲笑のような物が混ざっていた気がするけど……まあいいいわ」
納得のいかない表情で、クックは立ち上がり、今度は堅い黒皮の服で覆われたタクミの胸にトンッと手を置く。
「では、あなたはなに?」
すっと真顔になり、タクミを見据える。
紅玉のように輝く赤い瞳に見つめられ、タクミは少し頬を赤らめる。
「ぼ、僕は……鍛冶師……だけど」
「そう! 鍛冶師! さあ、もう私がなにを言いたいか、わかったわね!?」
「さすがに料理の腕は直せないよ?」
「だからそれも違う! そもそも私の腕は完璧よ!」
自信満々に言い放つ。
どこからその自信が来るのかは全く分からなかった。
「違うのか……」
正解だと思っていたタクミは口に手を当て、頭をひねる。
整理すると、『私は料理人で、お前は鍛冶師』という情報しか出てこない。
用があると言うからには、職業で何らかの関連性があるのだ。
ん? 関連性?
なにかが引っかかった。
あともう少しで応えにたどり着きそうなタクミ。
しかしクックは、タクミが正解にたどり着くまで辛抱できなかったようで、大声で叫んだ。
「タクミ、あんた私と来なさい! とゆーか、私のものになりなさいっ!」
関連性が見えなくなった。
あまりのことにタクミがあっけに取られていると、クックは自分の言ったことの重大さに気づき、顔を真っ赤にする。
ただでさえ全体的に赤いというのに、今では本当に赤一色になってしまっている。
「あ、いや、ち、ちがうの! ちょっと、言い方を間違えただけっ!」
必死に手をばたつかせる。
「そ、そうだよね」
そういう反応をされると、タクミもどう対応していいのか分からなくなってしまう。
奇妙な沈黙が二人を包む。
「…………………………」
「…………………………」
「…………………………」
「…………………………」
「…………………………あのね」
沈黙に耐え切れなくなったクックが切り出した。
「うん?」
「私のものになりなさい、ていうのはね……『私の専属鍛冶師になってくれない?』と言うことであって、その、決して、私の男になれとかそういうんじゃないの。わ、わかる?」
「う、うん、わかった。――――って専属鍛冶師?」
思わず聞き逃してしまうところだった。
専属鍛冶師とは、個人や組織のためだけに働く鍛冶師である。
騎士団専属とか、宮廷料理人専属とかが有名である。
フリーや街の片隅で一般人を相手にするより、専属鍛冶師のほうが収入は良いし安定していることが多い。
それに専属鍛冶師に任命されると言う事は、鍛冶師としての腕を評価された事であり名誉な事なのだ。
が、しかし、
「ヤダ。というかムリ」
「なんで!?」
即答するタクミの胸倉をつかむクック。
ぐいっと斜め下に引き寄せられ、タクミはたたらをふんだ。
ちょっと顔を突きだせば口付け出来そうな距離に、クックの燃えるような赤い瞳と可愛らしい顔がある。
タクミは顔を赤らめ、目を逸らす。
「どうして? 誰かの専属になっている、というわけではないんでしょう?」
なおも問い詰めるクック。
(たぶん今の状況を理解したら、また顔を真っ赤にするんだろうなぁ)
そう思いつつ、タクミは目を逸らしたまま理由を告げた。
「だって僕、刃物は扱えないし」
クックの目が点になった。
それも仕方の無いことだろう。
どの分野を専門にするにしても、鍛冶師である以上刃物は必ず鍛造するものである。
ましてタクミは、実用性と芸術性を兼ね備えたカタナなる武器を多く輩出する鍛冶先進国のジャパング出身だ。
それなのに、「刃物扱えないし」なんていわれたら呆然とするのは当然の事だろう。
「ごめん。もう一回」
「刃物扱えないし」
「ワンモア。ぷりーず」
「刃物ダメ! ゼッタイ!」
「そこまで……」
つかんだ手を離し、ふらふらと後ずさる。
実際には『扱えない』のではなく『扱えなくなった』のだが、タクミはその事を伝えようとはしなかった。
扱えないということに、かわりないことだからだ。
「とゆうわけで、残念だけど他をあたってね」
そう言って、棒立ちしているクックの横を通り過ぎるタクミ。
だが、
「まちなさい!」
「ぐぇっ!」
思いっきり襟をつかまれ、変な声が出る。
振り返ると、真剣な顔をしたクックが目に映る。
「キープよ」
「はい?」
「あんたをキープしておく」
「えっと……」
「いつ他の鍛冶師に会えるかわかんないし、タクミも心変わりするかもしないじゃない? だからキープしておくの」
「キープって……リュックにでも詰め込んで連れまわすつもり?」
「そんなことしないわよ。私がタクミをストーキングすればいいだけの話だもの」
真顔ですごい事を言ってのけた。
つまりクックは、タクミが心変わりするか、代わりが見つかるまで旅についてくる、と言っているのだ。
タクミは頭を抱えた。
街で待ち合わせしているアイツも、似たような感じで旅についてきたのだ。
なぜ自分の周りにはストーカー宣言をする奴ばかりが現れるのだろう、と頭を痛める。
こういう手合いは何を言っても絶対についてくるのだ。
「ふふふ……ストーキングわよぉ……」
と怪しい笑みを浮かべながら意気込むクックに呆れつつ、
「好きにしてくれ……」
と呻くのが精一杯なタクミなのだった。




