第5話:視線
「まあ、若い娘に鼻の下伸ばしてた亭主にはいい薬よ」
昨晩の惨劇の感想を、被害者の奥さん達は口をそろえてこう言った。
既に太陽が昇っているのにもかかわらず、被害者達はベッドから起き上がることが出来ないらしい。
もちろんタクミは口をつけていないのでいつも通りの清々しい朝を迎えている。
「はあ、そうですか」
気の無い返事をしながら、修理代として銅貨一枚を受け取る。
「僕としてはクックにお咎めが無かったのが不思議で仕方ないですけどね」
苦笑するタクミ。
昨日の惨劇のあと、診療所に運ばれた人たちは謝るクックに笑って「まー、楽しんだしいいんじゃね?」と許してくれた。
よく許せるなぁと思ったが、さっさと宿で寝たかったので口には出さなかった。
「まあ、毒を盛ったわけでもないからねぇ……役人に突き出すほどでもないし、亭主たちがいいって言ってるんだからいいんじゃない?」
「寛大ですね……では、僕はこれで」
まだ三件はまわる予定があるので、と言って次の家に向かおうとすると、呼び止められた。
「あ、タクミ君。朝ご飯はもう食べたかい? もしまだだったらウチの亭主の分食べちゃって。どうせまだ起きれないだろうしねぇ」
「え、いいんですか? あー、でも……」
タクミは顎に手をあてて考える。
昼前にはこの村を出発して、早く山向こうの街に付きたいのだ。
大した時間ではないだろうが、他の家の修理の量もわからないので寄り道はよくない。
「あー、大変ありがたいんですけど、時間も――」
あまりのないので。
そう言いかけたタクミは不意に視線を感じ、後ろを振り向いた。
そこには、どこかの家の子供達がタクミに向かって指を刺していたり、奥様方が手を振っていた。
タクミは首をかしげる。
一瞬だが、第六感が火事でも起こったかのようにカンカンと鐘を鳴らしたのだ。
「?」
「どうしたの?」
「あ、いえ。なんでもないです。では、時間もあまり無いのでここで失礼しますね」
そう言って今度こそ別れを告げる。
また来てねー、と腕を振るおばさんに、営業スマイルを貼り付け軽く手を振り返す。
ふと、タクミは空を見上げ呟いた。
「また来てね、か……」
どの村に行っても聞くこの言葉。
タクミはこの言葉を聞くたびに、
――次にこの村に来るのは何十年後だろう。
――そもそも、戻ってこれるのだろうか。
――なぜ、奥様方ばかりがその言葉を言うのだろう。男から言われたことは二、三回ぐらいしか無いぞ。
とそう思う。
それにこの村にもアレの手がかりは無かった。
まあ、それはそれで自分にとってはいいことでもあり、悪い事でもあるが。
「うー、いかんいかん。アレは探さないと」
身震いすると、顔をパンパンと叩いて気合を入れなおす。
アレを思い出すとどうしても弱気になってしまう。
ここは一つ鼻歌でも歌って気分を切り替えよう、と考えていると――
「――――ッ!?」
まただ。
再び鳴り響く第六感の鐘の音に、タクミは勢いよく振り返る。
やはり危険を感じるような人物はいない。
ふっと体から力を抜く。
三週間前の『あの出来事』から、自分はいろいろと臆病になったらしい。
「今の僕を見たら、なんて言うかなアイツ……」
森向こうの街で待ち合わせをしている相方のことを思い出す。
半年前から別行動を取っているアイツは、ちょっと変わっているが、腕は立つし自分の良いブレーキ役だ。
アイツと別れなければ、『あの出来事』は起こらなかっただろう。
「早くアイツに会いたい……」
会えば、この不安は取り除かれる。
そう思いながら、タクミは次の修理へと足を向ける。
その後も、時折感じる視線に集中力を乱し、全ての修理を終え村を出る頃には昼を過ぎてしまっていた。