幕間1
昔炭鉱だったその人工の洞窟は、現在盗賊たちのアジトとして利用されている。
いや、利用されていたと言った方が正しいかもしれない。
パチパチと薪を燃やしながら暗闇を照らすかがり火は、幾人もの影を映し出す。
ただ、ほとんどの影は卵のように丸くなっており、一つだけ長細い影が天井まで伸びていた。
「まあ、こんなもんか」
そう言って青年は刀を鞘に納めると、転がる男達の数を数え始めた。
「―――六、七、八。もう少しほしいところだなぁ」
嘆息する。
最低でも十は欲しかった。
実際のところ、被検体は四人もいれば十分なのだが、不測の事態に備えて十人はいると心強いのだ。
青年は、苦悶の表情でうずくまる盗賊団の首領の胸倉をつかみ、無理やり立たせた。
「おい、これで全員なのか?」
「………………」
反抗的な目をする首領の鳩尾に、拳をめり込ませる。
「…………もう一度聞く。これで、全員か?」
「……かっ……い、いや……あと三人……村向こうの森に出かけてる……」
「そうか」
満足の行く答えに、青年は手を離した。
これで最低数以上の被験体は手に入れた。
次は根城の把握をしなければなるまい。
いざという時の逃げ道を知っておく必要があるのだ。
首領を案内役に選び、後の盗賊たちは剣を魔精加工で変形させた手錠と足枷で拘束し、逃げられないようにする。
「さあ、案内してくれ」
奥へと続く真っ暗な坑道を指差す。
いきなり現れた男にいいように扱われ、首領の額に青筋が浮き出るのが見えた。
「なんだ? 不満なのか?」
「……っ! べ、別に不満なんて……ねぇよ……」
「ならいい。ただ、今日から俺がお前達の主になるんだ。言葉遣いには気をつけてくれ」
その言葉に、首領はその堀の深い顔を一層深くして詰め寄る。
「ああっ? ふざけんじゃねぇ! 俺がここまで来るのに――」
言い終わらないうちに喉をわしづかみにされ、首領は口をコイのようにぱくつかせた。
凍て付くような鋭い目で、首領を見据えながら、
「態度にも気をつけろ…………!」
と怒気を押し殺しながら言い放つ。
首領の顔から血の気が引く。
――溶かされる!
青年が剣を粘土のように手で弄んでいた光景を思い出す。
「す、すまねぇ……! お、俺が悪かった……」
「それでいいんだ。さっさと案内してくれ」
そう言って首から手を離すと、青年はランタンを押し付けた。
相変わらず不満の色を浮かべる首領を先頭に歩かせ、二人は真っ暗な坑道へと足を踏み入れた。
「小さいなぁ」
一〇分ほど歩き回って、青年はつぶやいた。
鉱山だったにしては、このアジトの規模が恐ろしく小さいかった。
たった一〇分歩いただけで、もう残す部屋は二部屋になってしまったのだ。
「なんでも、金が出るとかいう噂が立って当時の領主が掘り始めたらしい。何にも出なくて半年で打ち切ったらしいがな」
首領は苛立たしげに答えると、ぎぃっと扉を開け部屋へ入り、青年もそれに続いた。
部屋といっても通路より広いだけの空間で、扉は盗賊たちが適当に拾ってきた板をくっつけたものだ。
中には簡素なつくりのテーブルとベッドがあり、床には酒瓶が何個も転り、壁には3つほどランタンが掛けてある。
「ここが俺の部屋だ。こんなところだが、他のヤツラの部屋よりましだろ?」
「そうだな。まあ俺にとっては、豚小屋と馬小屋ぐらいの違いにしか思えないけどな」
青年の馬鹿にしきった口調に、首領はぎりっと奥歯を噛み締める。
だが、青年の恐ろしさを知っている以上、短気な行動をとるわけには行かない。
その時、部屋を見回していた青年がクルリと振りかえり、思い出したかのように尋ねかける。
「隣の部屋はなんだい?」
「隣? ああ、最後の部屋か。元工房で、今は物置として使って――」
瞬間。
物凄い勢いで首を捕まれる。
「今、工房って言ったか」
青年の瞳がぎらりと光る。
ゆらゆらと燃えるランタンの火の明かりによって、その目は抜き身のナイフのように鋭く感じられた。
「も、元工房が――」
「なんで、工房がこんなところにある」
「しらねぇよ……! 俺達がアジトに使い始めた五年前にはもうあったんだよ!」
「前にもここを根城にしていた奴がいた、ということか……」
つぶやき、手を離した。
襟を正しながら軽く咳払いをする首領には目もくれず、青年は顎に手をあて思案する。
山奥や森に工房を作る鍛冶師はそれなりに存在する。
人間嫌いなど性格的な理由が大半だが、それとは別にある特別な理由のために山奥などに工房を作る場合がある。
魔剣を鍛造には最高の環境なのである。
魔剣と呼べるレベルの刀剣を生み出すには、魔精加工と鍛造加工を同時に行う魔精鍛造という手法が用いられる。
このとき、素材となる金属に常にマナを注がなければならないため、周囲に人が居ない、かつマナに溢れている場所に工房を持たなければならないのだ。
そして、そんな場所でもさらに不便な洞窟や鉱山に工房を作る理由といえば、
「龍脈――」
東洋でよく知られている風水では、力場、つまりマナの集中している土地や場所を龍脈とよんでいる。
龍脈のマナは総じて密度が濃く、質がいい。
そのため、打たれた魔剣は切れ味、能力共に高品質のものが出来上がるのだ。
「く……くふふ……あははははははハハははハハはは!」
青年は笑った。
鍛冶道具を調達する手間を省けただけでなく、龍脈までついてきたのだ。
これですぐにでも行動に移せる。
そう思うだけで、青年の狂喜的な笑い声は高まっていく。
その笑い声に、首領は軽い戦慄を覚え後ずさりをする。
「な、なんだよ……たかが工房一つで……あんたも錬金術師なら工房なんて珍しくもなんともないだろ!?」
そんな叫びに、青年は笑い声をおさめ、首領に向き直った。
声こそ出ていないものの、その口元は殺人鬼のように猟奇的に歪み、目も血走っている。
「錬金術師? この地方ではそう呼んでいるのか。俺は鍛冶師だ」
「鍛冶師?」
「そう、鍛冶師のキリカだ」
青年はそう言うと、再び楽しそうに笑ったのだった。