第4話:激突と結果。
しばらくして、二人の料理が完成した。
タクミを含めた審査員五人分と、対戦者が食べ合う分、合計六人分の料理を二人は短時間で完成させたのだ。
さすがは料理人、さすがは(たぶん)長年酒屋の店主を勤めただけのことはある。
早速適当に審査員を選出し、カウンターに座らせる。
「よし、まずは俺の料理からだ!」
ごっつい胸をさらに張って、店主がドンッとカウンターに料理を並べる。
「ホントは煮付けにしたかったんだが、時間の関係上照り焼きにした! 本日のオススメ料理の『ゲロ魚の鍋照り』だ!」
自信満々に言い放つ店主。
皿の上には、こんがりと焼き上げられ、おそらく少し甘めであろうタレがたっぷりと塗られたなんとも美味そうなゲロ魚が、その存在感を訴えかけている。
立ち上るタレの香りが、胃を刺激する。
すこし、解体時の光景が脳裏をよぎるが、それでも食べてみたいと思う料理だ。
「では、いただきます!」
一秒も待てない、と言った風に皆我先にとゲロ魚料理攻略に掛かる。
その身を崩してみると湯気が立ち上がる。
その光景がより一層食欲を刺激する。
ナイフとフォークをうまく使い、切り分けた身を口まで運ぶ。
「「うまいっ!」」
自然と、言葉が重なる。
それほどまでに美味いのだ。
しかも、後にタクミが聞いた話だとゲロ魚はかなり生臭さが残るらしく、余程の腕がある人間で無いと取り扱うことは無いのだと言う。
恐るべし、店主。酒場なんて止めて料理屋開けばいいのに。
恐るべし、ゲロ魚。名前とか解体光景は最低だけど。
そんな事を考えながらも、皆食材を口に入れる時以外は、一切口を開かなくなる。
「たしかに……これは美味い……」
対戦相手のクックも、感嘆の声を漏らしパクパクとゲロ魚を頬張るのだった。
一〇分ほどで、『ゲロ魚の鍋照り』を食べ終えると、次はクックの料理がカウンターに並べられた。
「次は、私の番ね」
こちらも自信満々らしく、腕を組んで余裕の笑みを浮かべている。
その姿に、再び店内から歓声と拍手が上がる。
どうやら、先ほどの調理光景に魅入られたのはタクミだけではなかったらしく、既にファンクラブのような物が出来上がっている。
「ありがとう、ありがとう」
クックもまんざらでは無いらしく、顔を赤らめながら手を上げて声援に応える。
「こほん。私の料理は、川魚と野菜をナカックニ風に辛めに炒めた物。名前は無いわ。すこしピリッとするだろうけど美味いはずよ」
にやりと不敵に笑うクック。
彼女の自信を裏づけするかのように、食欲を誘い出す刺激的な香りが鼻を抜けて脳にまで届いてくる。
ほんのり焦げ目のついた野菜と魚は、とろみのあるあんに包まれている。
さっそく味を確かめようとすると、クックは皿を両手に抱え、審査員以外の客達にも配り始めた。
「俺達も食っちゃっていいのかい?」
「ええ、作り過ぎてしまったので。食べてくださる?」
「いや、それウチの食材なんだが……まあいいか……」
困ったように、頬をかく店主。太っ腹である。
が、そんな店主の言葉を無視して、
「さあ皆! 存分に味わってちょうだい!」
と鈴のような声を店内に響き渡らせた。
その言葉に、店内から「女神サマァー!」とか「おっかあ以外の女の手料理なんて何十年ぶりだろう」とかそういった叫びが聞こえてくる。
嬉々として喜ぶ客達のテーブルの間を縫って、クックはカウンターに戻ると、そのまま空いていたタクミの横に腰掛けた。
「店主、すまないわね。皆の反応が面白くてつい食材を使いすぎてしまったわ」
「まあ、兄ちゃんの修理代として使ったと思えばいいだろ。実際それでもおつりが来る」
そう言って先ほどの困り顔とはうって変わって満面の笑みを見せる。
店主の笑顔に安堵し、軽く会釈をするとタクミの方に体を向けた。
「ところでタクミ」
「うん?」
「あとでタクミに用があるの。ああ、食べてからいいわ」
「そ、そう? じゃあ後で」
じっと見つめられて、慌てて料理に向き直る。
仕事の時や無意識の時、慣れた相手、後は悪人相手ならどれだけ美人で可愛くても普通に話せるのだがそれ以外だとどうも上手く話せない。
そんなタクミの反応に、ムフフと店主は笑いながら、店内に良く通る声で、
「皆! お嬢ちゃんが作った料理は、兄ちゃんの代金から出てると思ってくれ! 喰う前にちゃんと兄ちゃんにお礼を言いなっ!」
と手を叩きながら叫んだ。
今まさに喰わんとしていた一同は互いの顔を見合わせ、
『兄ちゃん、ありがとなー!』
と投げやりに声をそろえる。
「あ、いえ……どうぞ食べてください」
そんなタクミの言葉に、待ってましたとばかりに、フォークやスプーンを口に運ぶ。
タクミも一同の様子に苦笑しながら、フォークを魚にぶっさして口に――
『ストォォオオォップ! 正気か!?』
第六感の叫びがタクミの手を止めた。
フォークに刺さった魚の切り身に目を移す。
口元で止められたその切り身からは、山椒の香りのするあんがポタポタと滴り、カウンターにどろりとした水溜りを作って行く。
どう見ても美味そうにしか見えない。
それでもタクミの第六感は危険を訴え続ける。
そして次の瞬間。
ガタンッ!
となりの男が後ろに倒れた。
続いて、他の客達も後ろに倒れたりテーブルに突っ伏していく。
「な、なんだ!? どうしたっ!?」
「だ、大丈夫ですか!?」
青ざめる店主を尻目に、タクミは客の一人に駆け寄り、体を起こす。
男は口を押さえ、顔色をカメレオンのごとく七色に変化させている。
そう、口を押さえて。
その仕草を見て、タクミと店主はクックの言った、あるフレーズを思いだした。
――ナカックニ風に辛めに炒めた。
――すこしピリッとする。
まさか……と二人は、錆び付いた歯車のようにギギギとゆっくり首をクックに向ける。
「いや、山椒などの分量は間違えて無いわよ」
そう言って、調味料の入ったビンを振るクック。
元々入っていた分量が分からないので、まったく説得力が無い。
二人で問い詰めようとしたその時、男は手をおろし、口を開き始めた。
「……ず……」
「「ず?」」
良く聞こえなかったので聞き返す。
もう一度男は口を動かす。
「……ずい……」
「「ずい?」」
「「「まっずいいィィイぃいいぃぃぃいいいッ!!」」」
他の客達も、負の叫びのハーモニーを奏でる。
ある者は天――というかランプの光に手を伸ばし、ある者は水樽に顔をつっこみ、ある者は狂ったようにテーブルをかきむしっている。
「ま、まずい?」
タクミの問いかけに男が食ってかかる。
「ああ! まずい、まず過ぎるっ! 香りと味が一致してないわ、魚はさっぱりしているくせになぜか野菜は生臭いわ、辛めとかピリッとするとか言ってたのに蜂蜜のごとく甘いわ、あんはいつまでたっても舌にまとわりつくわ、なんか鼻からとびだしそうになるわとにかく、ま……ず……い……」
グルンと白目を剥くと、男はそのまま泡を吹いて倒れてしまった。
「ちょ、ちょっとおじさん!? おじさぁぁああぁぁん!」
とりあえず、その場の勢いで男を抱えて絶叫してみるタクミ。
それにしても、先ほどの第六感はこのことを指していたらしい。
タクミは自分の感の鋭さに感心しする。
ちなみに、この地獄絵図が展開されている酒場の主はと言えば、
「おいおい、何言ってるんだよ。皆、悪ふざけが過ぎるぞ。こんなに美味しそうなんだからまずいわけ無いだろ」
と笑いながら、クックの作った決して料理とはいえないであろう産業廃棄物にフォークを刺す。
「ちょ、マスター!? あんた――」
何考えてるんだ! と言う言葉も間に合わず、店主はそのままフォークを口に入れ――その場に崩れ落ちたのだった。
これは後に『女神の悪ふざけ事件』としてこの村に語り継がれることになるのだが、それはまた別の話である。
ちなみに、誰がどう考えても勝負に負けたクックと言えば、悔しがる素振りも見せず、倒れた人たちを必死に診療所に運ぶタクミの背中を、ただじっと見つめていたのだった。