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第3話:いざ勝負

「ねえ、クックさん」

 カウンター越しに、リュックから自分の調理器具を取り出し始めたクックを見て、タクミは声をかける。

「クックでいい。何か用?」

「用って言うか、その鍋なんだけど」

「鍋? ん、これは」

 取り出した鍋に目を落としたクックは顔をしかめた。

 万能鍋として名高いナカックニ国製の黒い鍋の底に、大き目の亀裂が走っている。

 これでは油などが漏れ出してしまう。

「仕方ない……店主、鍋を一つ貸していただける?」

「ん? ああ、壊れちまってるな。いいぜ、好きなの使いな!」

 敵相手に気前良く鍋を貸す店主に周りから拍手喝采が巻き起こる。

 そんな周りを横目に、タクミはクックに耳打ちする。

「もしよかったら、直すよ? 使い慣れた鍋の方がいいだろ?」

 相手が多分同世代と言うこともあり、敬語では無く素の口調で話しかける。

「それはありがたいけど……そんなことできるの?」

 クックは眉をひそめた。

 先ほどの華麗な修理光景を見ていないのだから仕方の無いことだろう。

 タクミはそんな態度に慣れているのか、

「出来るよ。ま、見てて」

 そう言って、そっと鍋の亀裂に手を当てと、一気になぞる。

 すると、手の通った後には亀裂は跡形も無くなっていた。

 あまりの早業に眼を丸くしてクックは感嘆の声を漏らす。

「おお、すごい。錬金術師――いや、その格好は鍛冶師ね?」

「見習いだけどね」

「見習いとはいえ、素晴らしい。……なるほど、鍛冶師、ね……」

 急にトーンを下げ、じぃっとタクミを見つめるクック。

 先ほどと同様の可愛らしい目がと、視線が交わる。

 瞬間。

 タクミの背に冷たいものが走る。

 第六感が「お前、やっちまったな」とでも言っているかのようだ。

「ぼ、僕の顔に何かついてる?」

 おそるおそる問いかけると、クックはふいっと目を逸らした。

「いや、なんでもない。勘定は最高の魚料理でいいかしら?」

 横目でタクミを見ながら、ニヒルに笑う。

 その様子を見て、タクミも口に笑みを浮かべる。

「もちろん。期待してるよ」

 そう答えると、すでに調理を開始している店主に目を向ける。

 可愛いクックとの会話が少し名残惜しいが、ゲロ魚という得体の知らない魚が気になるのだ。

 この村は内陸部だからおそらく、川や湖などに生息する魚なのだろう。

 店主はちょうど捌きに掛かっているらしく、まな板には大きな魚が店主の手から逃れようと暴れまわっている。

「あれが、ゲロ魚?」

 タクミは眉をひそめる。

 まな板の上でもがき苦しむ魚は、一見コイのように見える。ゲロ的な要素は一切見えない。

 もしかしたら『ゲロ』っていう湖とかで捕れたのかもしれない、故郷にも似たような温泉地あるし。

 などとタクミが名前の由来について考えていると、店主は包丁の背で魚の頭を叩き失神させ、手際よく鱗を落とし始める。

 鱗を落とし終えると、エラの付け根に包丁を入れエラを取り除き、エラの舌から一気に腹部に包丁を走らせる。

 その時、タクミはゲロ魚の由来を理解した。

「ひぃっ! 気持ちわるっ!」

 思わず、声が裏返る。

 ゲロ魚の腹部から出てきた内臓・ワタが破れ、中身が飛び出してきたのだ。

 ドロドロに溶けた小魚や、虫が次々とワタからあふれ出し、それこそゲロのような勢いでまな板に広がる。

 しかも、良く見るとまだ少し動いていたりするのもいる。

 各地を転々としているタクミはもちろん野ウサギなどの狩りで捌いたりしているが、さすがに胃など内臓の中を見ることは避けていたので、思いっきり引く。

 ドン引きするタクミを見て、店主は、

「ははっ! 兄ちゃんにはちょっと衝撃的だったかな? ゲロ魚のワタは破れやすくてね。ま、捌くときの見た目はアレだが、味は絶品だぜ!」

 と会心の笑みを浮かべ、作業を続行する。

 正直、今の光景がちらついて美味しく食べられるかは微妙だが、こうなることを予想しなかった自分が悪い。

 タクミが自己嫌悪に陥りながら反省していると、店内に歓声が巻き起こる。

「うおぉぉおおぉぉっ! お嬢ちゃんすげぇ!」

「料理人ってのは伊達じゃないな!」

 慌ててタクミもクックの方に顔を動かす。

 ちょうど魚の捌きに入っていたクックは、店主と同じ工程を、魚と包丁をクルクルと華麗に動かしながらあっという間に完了させたかと思うと、一口大に切っていく。

 その早業たるや、店主の腕を遙かに凌駕している。

 しかも、いつの間に切ったのか、ボールの中には大量の切られた野菜が山のように盛り上がっている。おそらく先ほどの歓声はこの野菜を切ったときに起きた物だろう。

 食材を全て切り終えたのか、クックは包丁を洗いシュッとタオルで拭いて腰の鞘に戻す。

 それを見て、思わずタクミはクックの腰にあるもう片方の、黒くて少し柄の長い包丁を指差した。

「あれ? そっちの包丁は使わないの?」

「ん? ああ、これは護身用兼火起こし用なの」

 その言葉に、一同は首をかしげる。

 護身用というのは百歩譲って、分からないでもない(料理人としてどうかと思うが)。

 では、火起こし用とは一体どういうことなのだろう?

 そう思ったが、一応真剣勝負の最中なので必要以上に声を掛けるのは控えることにした。

 そんな一同を他所に、クックは鍋に油を引き火にかける。

 十分に熱されたところを見計らい、魚、野菜とどんどん鍋に放り込んでいく。

 たちまちバチバチというすさまじい音を発し始め、時折炎が立ち上ったりする。

 その光景に、タクミは目を奪われた。

 額に汗を輝かせながら心底楽しんでいるといった笑顔を浮かべ、細腕で鍋を振り、炎を操るその姿は、髪や服の色と相まってまるで火の女神のように映る。

 そんなクックの姿に魅入っていると、タクミの視線に気づいたクックが、どうかしたか?、といった目で見つめ返してきた。

「あ、いや……」

 とだけ言って思わず目を逸らす。

 すこし顔が熱い気がするが、熱気のせいだろう。そうに違いない。

 視線を逸らした先には、そんなタクミの様子を見て含みのある笑いをする店主の姿があったのだった。

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