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第2話:赤っ!

修正しました。

クックの口調が少し変わってます。

 一〇分後、全ての修理が完了し、玉のように光る汗をぬぐう少年の前に、キンキンに冷えたビールが差し出された。

「はいよ、こいつはサービスだ! ジャパングはたしか十四で元服とかいう成人扱いになるんだったよな?」

「良くご存知ですね。ありがたく頂きます」

 ニッコリと微笑みながら、ビールを受け取ると一気に飲み干す。

 不思議な高揚感と、喉を襲うビール特有の感覚に涙が出そうになる。

 ビールは――酒は苦手なのだ。

 しかし、折角サービスとして出してくれたのだ。好意を無駄にするわけにはいかない。

 が、そんな少年の気持ちがいいほどの飲みっぷりを見た客達は、

「お、兄ちゃんいけるクチだねぇ! どうだい? こっちに来て一緒に飲まねぇか?」

「そうそう、お姉さんがお酌してあげるわぁ」

 なんて事を言いはじめる始末だ。

 少年は、慌てて

「い、いえっ、だいじょうぶです! そ、それに、明日は皆さんのお宅に修理に伺いますので! 修理の最中にゲロゲロされたら困るでしょう?」

 と両手をぶんぶん振る。

 これ以上飲まされたら、確実に吐く!

 基本的に人の好意はありがたく受け取る性分の少年だったが、今回ばかりは全力でお断りする。

 しかし、すぐに失態を犯したと思い至る。

 こういう酒場の人間に嫌われるのは得策ではないのだ。

 あっという間に悪い噂が村中に駆け巡る可能性もある。

 そうなれば、明日からの資金調達に悪い影響を及ぼしかねない。

 気分を害していないだろうかと少し不安に思う。

 そんな少年の不安を他所に、

「たしかにそりゃあ困る! ま、困るのは掃除するカミさんだけどな!」

「お前んちは、汚れてるからあんまりかわんねぇだろうがっ!」

「ははは! 違ぇねぇ!」

 と言って、一同は陽気に笑っている。

 どうやら全然気にしていないようである。

 店内の様子を見て少年は、ほっと胸を撫で下ろす。

「片付けも終わったことだし、早速メシを作らせて貰うぜっ!」

 鍋やら食器やらを片付けた店主が、陽気に笑う。

「さあ、兄ちゃん! 何が喰いたい? 三品ぐらいまでならなんでもいいぜ。 食材さえあれば、メニューに無い料理だってオッケーだ! もちろん、レシピを知ってる料理にかぎるがな!」

「な、何でも? そうですねぇ……」

 腕まくりをする店主の豪快さに感心しながら、メニューに目を落とす。

 刺身とかが食べたいのだがさすがにムリだろう。

 前の村で「刺身がいい」といったら「生魚なんて喰うのか!?」と思いっきりドン引きされたことを思い出す。

 味噌汁も材料的にムリだろう。

 『当店のオススメ・ゲロ魚の鍋照り』とかいう得体の知れない魚の料理に挑戦してみるのもいいかもしれない。

 と、少年がそんなことを悶々と悩んでいたその瞬間だった。


「たのもうっ!」


 扉を思いっきり開くけたたましい音と共に、鈴を転がすような可愛らしい声が店内に響き渡った。

 皆一様に、入り口に立つシルエットに視線を集中させる。

 シルエットの主は小柄な少女だった。

 一番最初に思ったことは皆同じである。

「「赤っ!!」」

 長年合唱の練習でもしていたかのようにハーモニーを奏でる。

 そう、少女はとにかく、赤かったのだ。

 目の覚めるような深紅の長い髪を後ろで軽くまとめ、目はルビーのように光り輝いている。

 服装も、とにかく赤い。

 炎のような赤いコートを羽織り、目を凝らしてみてみるとコートの隙間から赤いインナーが顔をのぞかせている。

 赤。赤。赤。

 全身黒ずくめの少年とは対照的に、全身赤ずくめにした少女は、まるでこの色が自分のテーマカラーだとでも言いたげである。

 そのくせ、整った顔や雪のように白い肌が、紅白のコントラストを生み出し、少女を何か神秘的な存在に思わせる。

その美しい姿に、客はもちろん少年も目を奪われた。

「げ」

 皆と同様に呆気に取られていたはずの店主から声が漏れる。

 その声に引き戻された少年が店主の方に振り向いてみると、店主は彫りの深い渋めの顔を、より一層渋くしている。

 自分もいつかは渋い顔になりたいものだ、と思いながら少年はひそひそと声を掛ける。

「マスター? どうかした?」

「兄ちゃん、あれ見てくんな」

 そう言って入り口で仁王立ちする少女を指し示す。

 言われて再び少女を観察してみる。

 あまりの赤さに目が少し痛くなるが、その細い腰に掛けられているものに気がつく。

 包丁だ。しかも二本。

 その瞬間、少年もこの少女が何者なのかが分かった。

 それは――


「私は、旅の料理人クック! この店の店主に料理勝負を挑む!」


 クックと名乗る少女が、大声で全てを代弁する。

 料理人とはもちろん誰もが知っている料理人である。

 ジャパングの鍛冶師と同様に、料理人たちは旅をする人が多い。未知の食材を求めたり、自分の腕を磨いたり、新しい調理方法を学んだりと色々得る物があるからだ。

 しかし、その反面、料理人を見た途端店主のように苦虫をつぶしたような顔をする人も多い。

 腕試し目的で旅をする料理人が、料理勝負を吹っかけてくるからだ。別に断ればいいじゃないかと言うやつはとにかく甘い。断れば、料理人によっては「ここの店主はヘタレだぜー」とか言って廻る奴がいるのだ。そんなことをされれば店の評判は確実に下がる。

 受けたら受けたで面倒である。各地を転々とする料理人たちは基本的に腕がいい。勝ったらいいが、負けたら「他所者に負けた」と、やはり店の評判は悪くなる。

 はっきり言って料理人側に有利な点が多い。

 が、もちろん挑まれる側にも有利な点はある。

「お嬢ちゃん、審査するのはもちろんここにいるお客さんたちでいいんだろ?」

 これである。

 料理勝負をする以上、審査をする審査員と言うものが必要になってくる。大抵の場合審査員は地元の人間が努めることが多い。もちろん審査は公平にやってもらうようにするが、その舌は風土料理に染まっている。

 つまり、地元の慣れ親しんだ味になびく場合が多いのだ(そこをひっくり返すのが料理人の腕の見せ所なのだが)。

 冷や汗をかきながら、問いかける店主に、

「無論そのつもりよ。その舌、私色に染めてあげるわ」

 クックは不敵な笑みを浮かべながら自信満々に言い放つと、カウンターめがけて一直線に店内を横断する。そんな少女の立ち振る舞いに、

「おもしれぇ! 嬢ちゃん頑張んなー!」

「親父ぃ! 村の威信にかけて負けるんじゃないよ!」

 と所々で歓声が上がる。

 そんな店内を尻目に、少年は、

「いいの、マスター?」

「まあ、勝率は高ぁないが何度か料理人との勝負に勝ってるんでね。兄ちゃんは、タダ飯が一品増えたと思えばいいんじゃねぇか」

 店主の方も、クックほどではないにしろ自信はまあまあといった感じ。

 少年がそんな感想をつけていると、クックがカウンターまでやってきた。

 店主はクックを厨房に入れると機材の使い方を説明し始めた。

「――――でな、ここをこうすると」

「へぇ……火力調整まで出来るの?」

「最近街で流行り始めたのを取り付けたんだ」

「ということはこちらの地方は大体コレを使っているということね」

「んー、まあそうだな。あー、そうだお嬢ちゃん。勝負内容はどうする?」

「ん、そうね……ねぇ、少年」

「え? 僕?」

 不意に声を掛けられ、少年はきょとんとした。

 そんな少年の間の抜けた顔を、クックの大きな可愛らしい瞳が凝視する。

 遠目でも思ったことだったが、とにかく可愛い。

 見つめられた少年はそんな事を思い、少しだけ動悸が速くなるのを感じた。

「少年。名前は?」

「えっと、タクミだけど……」

「じゃあタクミ。あなたは何が食べたい?」

 どうやら鍛冶師の少年・タクミに内容を決めさせるようだ。

 その言葉に、タクミはメニューに目を走らせる。

 いきなり何が食べたいと言われてもすぐには思いつかないのである。

 その時、一つの料理に目が止まる。

 先ほどの『ゲロ魚の鍋照り』だ。

 腹も減ってきたしさっさと決めてしまおう。

「じゃあ、魚料理で」

 そう告げると、店主とクックは「応ッ!」と短く応えて準備に取り掛かる。

 戦いの火蓋が切って落とされたのだ。

 

 後にタクミは語る。

 ここで自分の人生が変わったのだと。

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