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21話:魔精加工

「く……くくく……」

 爆音と熱風、そして突如発せられた閃光にめまいを覚えた。

 だがその中で、キリカは声を殺して笑った。

 勝ったとわかった瞬間、こみ上げる笑いを堪えきれなくなったのだ。

 最後の一撃には肝を冷やした。

 下手をしたらこの手に収まっている《妖刀》は確実に斬り溶かされてしまっただろう。

 刀身が耐え切れずに爆発する、などという事が起こらなければの話だが。

 未だぼんやりと視界が晴れぬ中、紅いものがゆらゆらと揺れているのが微かに映った。

 クックの髪だ。

 徐々に紅い輪郭が浮かび上がってくる。

「ちぃっ! しぶとい女……だ……?」

 《妖刀》を構えなおしたクックだったが、目の前の紅い影が、ぐらりと後ろに倒れるのを目にして、すぐに呆けた声を出した。

 どうやら最後の気力を振り絞っていただけらしい。

 だが、キリカは気を抜こうとはしなかった。

 一晩の間にこの少女とは二度も戦っている。

 これで終わりになるとは限らないのだ。

 戦うこと自体に異論は無い。

 しかし《妖刀》ばかり狙ってくるクックとの退屈な戦いはもうごめんだ、とキリカは思った。

 だから再戦を挑まれないように殺してしまおう。

 そう短絡的に結論を出すと、ゆっくりと《妖刀》を振り上げ、

「これでお終いだな」

 すこし鬱陶しそうに言葉を発し、風を切りながら《妖刀》を振り下ろした。

 漆黒の刀身はぼやけた世界に吸い込まれ、一瞬遅れて手に衝撃が伝わる。

 ぎぃんっ! という金属音と同時にだ。

 キリカは目を見張った。

 いつの間にか、黒い影が目の前に浮かび上がっている。

 すぐに目の前の影が、タクミだとわかった。

 そして世界が輪郭を取り戻す。

 やはり影の正体はタクミだった。

 カタカタと歯を鳴らし、今にもなきそうな顔をしている。

 そしてもう一つ、ある事実をそのブラウンの瞳がしっかりと捕らえると、キリカは驚愕した。

「うそ……だろ……?」

 わなわなと肩を震わせ、その事実を否定するように首を振る。

 それは到底ありえないことだった。

 その恐るべき切れ味から『《妖刀》』とまで言われ恐れられる魔剣。

 その《妖刀》の一撃が、クックの体を切断する前に――――細い鉄パイプによって防がれていたのだ。



 鉄パイプを握る手がガタガタと震えた。

 力を込めているからと言うのもあるが、やはり一番の理由は恐怖だった。

 ここまで来ても、恐怖は拭い去れない。

 自分は今《妖刀》と戦っている。

 そう考えると、逃げ出したい衝動に駆られそうになる。

 それでもタクミは、逃げ出そうとはしなかった。

 自分が今逃げ出せば、確実にクックは殺される。

 それだけは、嫌だった。

「ま、魔精加工ッ――!」

 瞬間。

 鉄パイプの先がウネウネとヘビのようにうねり始め、《妖刀》の刃に鉄のツタとなり絡みついた。

 これで《妖刀》は前にも後ろにも動かすことが出来ない。

 しかしキリカは動じず、冷ややかな視線をこちらに向けてきた。

「バカか。お嬢さんの包丁ならともかく、魔精加工を施した程度の鉄なんて……敵じゃねぇ!」

 鼻で笑い、ツタごとタクミを両断しようと力を込める。

 が、すぐに表情は一変した。

「なんでだ!? なんでそんなもので……!?」

 驚愕するキリカ。

 《妖刀》はツタごと少し上下するだけで、切れる気配が一向になかった。

 しかも異常はそれだけではなかった。

 キリカの体が、急に重くなり、《妖刀》を握る手にも上手く力が入らないのだ。

 目を白黒させるキリカに、タクミは引きつった笑みを見せた。

「あ、あんた魔剣を持つの、は、初めてだろ?」

「どういうことだ……!」

「一定量のマナをぶつけられると、マナが反発して一時的に普通の刀剣と同じになっちゃうんだよ。と、とうぜん《妖刀》の恩恵も受けられないっ! そして――」 

 鉄パイプから右手を離すと、そっと《妖刀》の刀身を握った。

 クックの包丁を受け続けたその刀身は、手袋越しにも焼きゴテを押し付けられたかのような熱さを伝えてくる。

 それでもタクミは引きつった笑みを見せ続け、

「そしてただの刀剣なら、魔精加工が通るっ!」

 叫び、マナを流し込んだ。

 途端に黒い刀身が波打ち始める。

 このまま一気にただの鉄球にしてしまおうと、黒いヘビのようになった刀身にマナを送り続ける。

 しかし、《妖刀》に対する恐怖心のせいか、それとも徐々に能力を取り戻しつつあるのか、《妖刀》は波打つだけでそれ以上の変化を見せてくれない。

「させるかっ!」

 タクミの意図を察知したキリカも、柄越しに刀身に向けて魔精加工を施した。

 同時に《妖刀》のうねりも、穏やかになり、ゆっくりと美しい曲線を取り戻し始める。

 回復する《妖刀》のマナと、キリカから送られるマナ。

 そのマナの総量は、今のコンディションで自分が出せるマナの量を超えていた。

 もう、勝ち目はなくなったのだ。

「残念だったなぁ! お前達二人は、どっちも決定打にかけていたようだ! アハハハハハハハハ!」

 血走った目を向け、甲高い声でキリカは笑った。

 その笑いに、キリカが完全に《妖刀》に精神を犯された事を痛感し、あの日の凄惨な出来事が脳裏に浮かび上がった。

 自分は死ぬ。

 クックも死ぬ。

 それも、普通じゃない殺され方でだ。

 そう考えた瞬間、タクミの手から力が抜けた。

 そのときだった。


「あきらめて――るんじゃっ――ない――わよ」


 途切れ途切れの、鈴を転がすような可愛らしい声が耳に届き、右手が包み込まれた。

「へえ……目ぇ覚ましたんだ?」

 キリカは下方にいる声の主を見つめた。

 つられて、タクミを目線を下げると、自分の手をしっかりと握る白い手と、こちらを見上げる赤い髪の少女……クックが目に映った。

 いつも燃えるように美しかったその髪は、砂にまみれ輝きを失い、先のほうが焦げてしまっていた。

 クックは、キリカの言葉などさらりと無視して、ただひたすらにタクミの目だけを見つめていた。

「こんな大それたこと出来たんだから、最後までやりなさいよ」

 その言葉に、タクミはぎょっとして、クックの手の中に納まる自らの右手を凝視した。

 彼女の言うとおり、自分は《妖刀》を握っている。

 刃物恐怖症の自分がだ。

 《妖刀》はからめとったし相手は右腕が使えないのだから、顔面を殴るなり腹を蹴るなり、無力化する方法はいくつでもある。

 最初に決めた手筈でも、タクミは『《妖刀》ではなくキリカ本人を狙う』そうなっていた。

 それでも無意識に『《妖刀》へと立ち向かう』という行為、魔精加工を選んだ。

(あ……そうか……)

 わかった。

 僕は無意識で、魔精加工を選んだんじゃない。

 自分の意思で、魔精加工を選んだんだ。

 いつも背中を押してくれるクックに感謝していた。

 大切な包丁が壊れるとわかっていても、《妖刀》に立ち向かったクックが羨ましかった。

彼女に言った『頑張ってみるよ』という約束ともいえるか定かではない言葉を守りたくなったのだ。

「――だからこそっ!」

 ぐいっと顔をあげ、目の前のキリカをしっかりと見据える。

 だからそ――僕は――

「コイツに立ち向かったんだ!」

 体を震わせるほどの大声で叫けび、《妖刀》を強く握り締める。

 形を取り戻しつつあった黒い刀身が、のたうちまわるヘビのように動き始めた。

「なんだとっ!?」

 顔色を変えるキリカ。

 必死にマナを流し込み元の形状を取り戻そうするも、うねりは止まらない。

「なにが『だからこそ』なのかわからないけど……その意気よっ!」

 彼女の手がぎゅっと力強く、自分の右手を握るのが伝わった。

 鍛冶師ではないクックが力を込めたところで、流し込めるマナの量はタクミ一人分。

 それでも、なぜだか不思議と彼女の手からマナが流れ込むような感覚を覚えた。

 同時に、うねりが激しくなる。

「や、やめろっ……やめろヤめろやめロヤメろヤメロ!」

 うねり続ける刀身を愕然と眺めながら、キリカはただひたすらに首をふり、「やめろ」という言葉を繰り返し続ける。

 それでも変形は加速し続け、とぐろを巻き、次第に球状へと変化していった。

 より一層の力とマナを込めて、叫んだ。

「うわぁぁぁあああぁぁぁぁぁっ!!」

「やめろぉぉおおおぉぉぉぉぉっ!!」

 タクミとキリカ。

 二人の叫びが静かな山にこだました。

 そして――

「僕の……僕たちの……勝ちだ……」

 ゴトン、と音を立てて、黒い鉄球が地面に落ちた。

 キリカは刃を失った鞘だけを握り、タクミの左手には鉄のツタだけが取り残されていた。

「これで、おわりだ」

 静かに、そして力強く言うと、タクミは右手を振り上げキリカの顎めがけて拳を放った。

 拳が顎へと吸い込まれる瞬間。

 キリカは笑っていた。

 今までの狂気的な笑顔ではなく、安堵するような笑みだ。

 ――ありがとう。助かった。

 そんな風に口が動き、キリカは仰け反り、大地に倒れこんだ。

 タクミはそれを見届けると、

「別にあんたを助けたわけじゃない。僕は……クックと、僕自身を助けたんだ」

 そう呟き、立ち上がろうとするクックに手を差し伸べる。

 

 その日、やっとタクミは前へと進む事が出来たのだった。

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