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20話:剣舞

 最後の最後で動けない自分に嫌気がさした。

 行かなくちゃ!

 そう思う。

 そう思うのだが、足は根を張ったように地面から離れてはくれない。

 さっきクックを助けた時は、確かに動いてくれた。

 だが、今はさっきとは違い、《妖刀》に立ち向かわなければならないのだ。

 あの日、自分のメッキのプライドを剥がし、痛みと絶望感を刻み付けた《妖刀》にだ。

 考えただけで、足は動いてはくれない。

 否、前には動いてくれない。

 ――わかった。頑張ってみるよ。

 自分は彼女とそう約束したはずなのにっ!

「くそっ……動いてくれよっ……」

 震える手足を睨みつける。

 クックが待っているのだ。

 苦々しい表情で、クックに視線を向ける。

 クックの包丁が弾かれるのが見えた。

 その瞬間、宝石のように綺麗な紅い眼と視線が合った。

「――――ッ!」

 タクミは、息をのんだ。

 彼女の眼は失望に染まっているだろうと、思っていた。

 だが、違ったのだ。

 彼女の眼は相変わらず澄んでいて、動けないタクミを非難しているわけではなかった。

 ――わかってる。あんたは気に病む必要は無い。

 声にこそ出しては無いなかったが、クックの眼はそう言っているように見えた。

 そして彼女は口を堅く結ぶと、右足で踏ん張り、無理やり体勢を直して、光の軌跡を描いて包丁を振り下ろした。

 包丁の輝き方は今までの比ではなく、それこそ手の中に収まる松明と言っても過言ではない。

 おそらく、包丁の能力を制御もせずに全開にしたのだろう。

 それなら《妖刀》に勝てるかもしれない。

 だが、

「だめだ……そんなことしたら……」

 これから起こるであろう当然の結末を予想し、タクミは呆然とつぶやいた。

 たぶん彼女もその結末をわかっていたはず。

 それでもその結末を選んだのは――――自分のせいに他ならなかった。

 次の瞬間、タクミは知らず知らずのうちに一歩を踏み出していた。




 熱い。

 体が火照る。

 その包丁から放たれる熱に耐えながら、ぐいぐいと全身の筋力と、体重をかけて、《妖刀》を押しまくる。

「くそっ!」

 退けば斬られると感じたのか、キリカは舌打ちをすると、クックと同様に力を込めて、このつばぜり合いを制そうとする。

 ピシッ……

 またその小さな音が聞こえた。

 キリカがにやりと口をゆがめるのが見えた。

 クックもキリカもその音の正体がわかっていた。

 包丁から、小さな星屑にも似た光が零れ落ちた。

 それも一つや二つではなく、ポロポロと光る雪のように地面に落ちていく。

 自らの熱量に耐え切れなくなった刀身が、壊れ始めているのだ。

「ごめんね」

 泣き出しそうな声でつぶやいた。

 旅に出るきっかけにもなった緋色の包丁。

 ピンチになればこの包丁でいつも切り抜けてきた。

 彼女にとってこの包丁は、この数年間にもおよぶ旅の唯一のパートナーだったのだ。

 そのパートナーが今、その役目を終えようとしている。

 無論、こうなる事はわかっていた。

 だからこのことはタクミには話していない。

 変なところで優しい彼なら、止めると思っていたからだ。

「いまさら謝っても遅いっ!」

 なにか勘違いしているらしい目の前のキリカは、さらに力を込めて《妖刀》でぐいぐいと押してくる。

 それと同時に、少し大きめの光がボロッと零れだした。

 だがクックは、包丁の能力を抑えようとはせず、負けずと力を込めて押し戻そうとする。

 ここまできたらあとは崩れていくだけ。

 ならば、せめて有終の美とかいうやつを飾ってやるのが持ち主としての責任なのだ、とクックは決意した。

 力を込めるたびに輝きは増し、熱量も上昇していく。

 熱は柄まで伝わり、クックの白い手を焼き付けていった。

 それでも力を込め続ける。

 どれだけ光の雫を落とし続けても、力を込め続けた。

 そして――ポタリと黒い雫が地面に垂れ落ちた。

 その雫は、紛れもなく《妖刀》から生まれた物。

 それは、《妖刀》が包丁の熱量に耐え切れなくなってきていることを示していた。

「これで勝負はわからないわね!」

 見え始めた勝利への光に、クックは声を張り上げた。

 勢い良く《妖刀》を弾き返すと、体を震わせながら叫びとも雄叫びとも取れない声を上げた。

「くうぅぅぅううああぁぁあぁぁぁあっ!!!」

 力も、気合も、叫びも。

 とにかく自分の中にあるもの全てをぶつけるように、包丁を振るう。

「ぐうぅぅぅぅうううぅぅぅっ!!!」

 無論キリカも迫る斬撃をことごとく弾いていく。

 角度を変え、タイミングを変え、立ち位置を変え――

 二人は激しいダンスを踊るようにクルクルとまわりながら刃を振るい続けた。

 刃を振るうたびに生まれる残像が、透明な空気というキャンバスに赤と黒の線を描く。

 作品とも言っても過言ではない二人の剣舞は、ちょうど二〇合目に到達した瞬間に崩壊した。

「ぐっ……!」

 包丁を弾いた瞬間、キリカが僅かに後ろに体勢を崩したのだ。

 瞬きするよりも短い僅かな時間。

 その一瞬の隙を、クックは見逃さなかった。

「もらったわ!」

 だんっ! と一歩踏み込み、《妖刀》めがけて力の限り包丁を振り下ろす。

 その時、時間が引き延ばされるような感覚を覚えた。

 輝く包丁がゆっくりと《妖刀》へと向かっていくのが見える。

 キリカの顔が徐々に焦りの色に染っていくのが見える。

 とにかく何もかもがスローモーションだった。

 いや、一つだけ違うものがあった。

「ダメだ、離せッ!」

 それはキリカのものとは違う、少し高めの少年の声だった。

 そしてその声がクックの耳に届き、包丁が《妖刀》と刃を交えるその瞬間。

 

 目を焼くような光を発し、包丁が爆音を立てて爆ぜた。

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