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17話:理由

 キリカが提案した三合など、すでに遙か昔に終わっていた。

 だが、構わずクックは止まらず包丁を振り回す。

 刃が交わるたびに、体は流され、一歩後退する。

 刃が交わるたびに、左手はしびれ、手に力が入らなくなる。

 刃が交わるたびに、赤い火花を散らし、緋色の刃が欠けていく。

 徐々に窮地に追いやられるクック。

 それでも、クックは包丁を振り続ける。

「いい……実にいいよ、料理人っ!」

 戦い続ける彼女の姿勢に、キリカは破顔一笑した。

 本当に、いい敵だ。

(このお嬢さんさえいれば、新作のいい相手になるかもしれない)

 キリカはそう思った。

 そんなムキリカとは反対に、クックは焦りを隠せない。

(なんなのよっ!? 動きが……動きが違いすぎるっ!)

 キリカの動きは、先ほどとは別次元の動きをしていた。

 先ほどまでの動きは、ちょっと運動神経のいい騎士見習いといった感じだった。

 だが、今のキリカは、それこそどこかの大きな街の騎士団にいても不思議ではない動きをしている。

 防御する事に専念していなければ確実にやられていた事だろう。

「戦いの最中に考え事かっ!」

 僅かに生まれたクックの胸元の隙に、黒い斬撃が襲い掛かる。

 その一撃を身をひねってかわす。

 すると僅かにキリカに隙が生まれた。

 攻撃のチャンスを見つけたクックは、包丁を横になぎ、腕を狙う。

 だが、キリカは尋常じゃない反射神経と速度で、振り下ろされた《妖刀》を斜めに切り上げ、包丁を弾き返す。

 攻撃も鋭ければ、防御も鋭い。

 並みの剣士であれば、今のクックの一撃で腕を折られるか切られるかで、終わっていただろう。

「なんなのよっ!」

 底知れないキリカの腕に、苛立つクック。

 一旦距離をとろうと飛びのくも、それを読んでいたのかキリカも同時に前に向かって跳躍する。

 一瞬宙に浮いた二人は、剣をぶつけ合う。

 すると、位置的にも体格的にも腕力的にも劣るクックは、そのまま地面に叩きつけられた。

 無意識のうちにごろごろ転がると、ヒュッという風を切る音と、ザクッという地面に刃が突き刺さる音が耳に入り込んだ。

 そのまま転がりながら起き上がり、クックをなぎ払うべく迫る刃を、渾身の力を込めて受け止めた。

 完全に攻撃の主導権を握られてしまった。

 それも、まともな戦闘訓練を積んだ騎士や剣士などではなく、鍛冶師相手に。

 クックはその事実にショックを受けていた。

(このままじゃ、確実に負ける!)

 そう思いグッと《妖刀》を押し返すと、しゃがんだままキリカの足元めがけて足払いを掛ける。

 しかしクックのブーツが届く前にはキリカは大きく後ろに跳び、足は宙を切った。

 間合いを取ったキリカは、《妖刀》を肩に置くと、

「やっぱり、いい腕だ。どうだ? 俺の仕事を手伝わないか?」

 そう笑顔で言った。

 立ち上がったクックは、キリカめがけ突進すると、大声で叫ぶ。

「お断りよっ!」

 切り上げた刃が弾かれた。

「お嬢さんは料理人なんだろ? 俺を手伝えば、お嬢さんの専属鍛冶師になってやるぞ!」

「残念! 専属はもう決めてあるのっ!」

 刃が欠けた。

「そいつは、俺より腕があるのか?」

「そんなの――」

 黒い刃が頬を掠めた。

「そんなの、わかんないわよ!」

 思いっきり踏み込む。

「会ったのは最近だし――ッ! 魔精加工も数えるほどしか見たこと無い――ッ!」

 刃物恐怖症は伏せた。

「軽いツンデレ入ってるし――ッ! 人が気にしてる料理のことも言ってくる――ッ!」

 鋭い一撃に、後ろにごろごろ転がった。

「……くッ! ちょっと可愛い娘ぶれば、簡単にだまされるし――ッ! 急にヘタれたり、人の話を聞いてなかったりする――ッ!」

 飛び起き、迫る刃を弾く。

「そんな奴のどこがいい?」

 軽く後ろに飛ぶと、キリカは呆れたように問いかけた。

 その問いかけに、肩で息をするクックは力強く答える。

「なんだかんだ言って、タクミはちょっと優しくて、地味に可愛くて、そして何より――からかいがいのある面白い奴なのよ!」

 グッと腰を沈め、足に力を込める。

「だからっ! 私は、タクミを私の専属にしたいのッ! 一緒に旅をしたいっ!」

 溜め込んだ力を解放して、思いっきり地面を蹴り、放たれた矢のごとくキリカとの間合いを詰める。

 そして、刃を交えた瞬間。

 クックは大地にひれ伏した。


「今まで手を抜いてたわね……」

 力なく身を起こしながら、クックは恨めしい目でキリカを睨んだ。

 先ほどの一撃は今までのそれを遙かに上回る速度と威力だった。

 渾身の力で振り下ろした刃は、最大の威力を発揮する位置に到達する前に、切り上げられた《妖刀》にいとも簡単に弾き返され、泳いだ上体に拳を叩き込まれのだ。

「当たり前だ。パートナーになれるかも知れん奴を殺してしまっては意味が無いだろ」

 既に興味が失せたのか、作り物のような無感情な目で見下ろし、切っ先を喉元に突きつけた。

「《妖刀》なんて狙わず、最初から殺すつもりで臨んだら違う結末を迎えたかもな」

「知らないの? 騎士や役人以外が勝手に殺人を犯すと捕まっちゃうのよ」

 敗者独特の笑いを浮かべながら、クックは言った。

「ああ、そういえばそうだったな。忘れていたよ」

「あんたも捕まるのよ」

「俺は捕まらない。殺して殺して――最後には死ぬ。それだけだ」

 静かに、そして抑揚の無い声でつぶやいく。

 クックは眉をひそめた。

「あんた……私に何か手伝わせたかったんじゃないの?」

 ふと胸に浮かんだ疑問を投げかけると、キリカは目を丸くした。

 忘れていた物を思い出したかのような顔をすると、

「俺は……《妖刀》を超える魔剣を作りたかった……。そうだ、だから俺は《妖刀》を……」

 ゆらゆらと目が泳ぎ始める。

「人が作った最高の魔剣、《妖刀》。俺は、それを超えたかった! それなのにっ! 俺は人をっ!」

 ぼたぼたと双眸から涙があふれ出る。

 たった一週間の間に起こった、いや起こした出来事。

 その全てがキリカの心を切りつけていく。

 《妖刀》を超えるためには、まず解析しなければいけない。

 だから、奪って殺した。

 《妖刀》の試作品が出来た。

 だから、試しに村を襲わせた。

 研究に協力的じゃない奴がいた。

 だから、邪魔と判断して殺した。

 殺す必要も、襲わせる必要も無かった。

 そんなつもりも無かったはず。

「俺は――――」

「《妖刀》に魅せられていたんだよ」

 キリカとはちがう、ちょっと高めの男の子の声が聞こえた。

 刹那、

「ガッ!?」

 キリカの体がたたきつけられるように横に吹っ飛んだ。

 太い柱のような物が、横から彼の体を物凄い勢いで突いたのだ。

「クック! 斬れっ!」

 さらに声が聞こえたかと思うと、袋のような物がクックに向かって飛んでくるのが見えた。

 その物体から聞こえる微かな音に、中身がなんなのかを思いつくと、包丁を掴み言われたとおりに真っ二つに薙ぐ。

 溶鉱炉のような熱を纏わせてだ。

 ジュアアアアァァァッ!

 中から溢れた水が包丁の熱によって、真っ白な蒸気が発生し、視界を真っ白にする。

 熱気に顔をしかめながら慌てて立ち上がると、ワンテンポ遅れて現れた真っ黒な少年が手を握った。

「ほら、走って!」

「ま、まってよ!」

 手を握ぎられたまま、クックとその少年は走り出した。

 蒸気のせいで視界は良くないが、前を走る少年の正体はわかっていた。

 自分の白い手を握る、黒皮の手袋。

 うっすらと見える、黒い背中。

 前に進むたびに、ワッシャワッシャと上下する黒髪。

 そして、蒸気を突き抜け、その姿がはっきりと目に映った。

「タクミ……!」

 思わず声がうわずる。

 それに、じわじわと視界が悪くなってくる。

 すぐに自分が泣いていることに気づいた。

 グシグシと目を擦る。

 なんとなく気づかれたくなかったのだ。

 と、

「ごめん、クック……」

 振り向かず、タクミは言った。

「僕は……君の話をちゃんと聞いてなかった。ホントにごめん」

 もう一度彼は謝った。

 心なしか、背中もうなだれてるように見える。

「気づいたならいいのよ。だからそんなに――」

 落ち込まないで。

 そう言おうと思ったが、

「よかった。じゃあ、これで僕の件は終わりだね。僕の件は」

「え?」

 山道を走りながら、クルリと首だけをこちらに向けたタクミの顔は笑っていた。

 だが、クックにはわかった。

 笑ってなどいない。怒っているのだと。

「僕はちゃんと、《妖刀》は危ないってことを話したはずだよね」

「そ、そうだったわね。うん。話して――」

「じゃあ、君も僕に言う事があるよね? ね?」

 有無を言わせぬ迫力のある笑み。

 これこそが『クックに言ってやりたい事』の一つだった。

 ――自分だって人の話をきいていなかったじゃないか。

 タクミはそう言っているのだ。

 その笑みと、タクミの言い分が正しい事もあって、クックは素直に頭を下げた。

「ご、ごめんなさい」

「よろしい」

 満足そうにうなずいたタクミは、前を向くと道を外れて森の中へと引っ張った。

 ちょっとだけ頼もしい。

 そう思いながらも、クックはなんだかタクミに怒られたままではイヤだった。

 だから、ちょっとだけ反撃する事にした。

「ひ、一つだけいいかしら?」

「いいよ」

 きょろきょろと周囲を見回しながら答える。

「どうせだったら――」

 一瞬迷った。

 今から言おうとしている事は、口にすれば自分もただではすまない。

 でも、それでもなんとなく言ってやりたかった。

 だから、たっぷりと間をおいて、クックはその言葉を口にした。

「どうせだったら、お姫様抱っこで助けて欲しかったわ」

 その言葉に、二人は赤面した。

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