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第1話:修理屋じゃなくて鍛冶師です

「壊れた鍋とかは無いですか?」

 突如酒場に現れたその少年は、カウンターに座るなり、そんなことを店主に向かって言った。

 年の頃なら十五か一六歳ぐらいだろうか。

 少し逆立った短めの黒髪に、あどけなさの残る顔には、ブラウンの瞳。細いががっしりとした体、黒光りする革製の服を身に纏い、足にも漆黒のブーツを履いている。

 その風貌を見て店主はすぐに少年の正体を察した。

「お、修理屋か。今日は運がいいな。鍋が二つに、椅子が二席、あとは食器系を直してほしいんだが、代金はいくらだい?」

 店主から水を受け取ると、少年は苦笑しながら首を横に振った。

「修理屋じゃなくて鍛冶師ですよ。あ、お金は結構です。その代わり、ご飯を一品をタダにしていただけるとうれしいですね。もちろんマスターがおごりたい分だけで構いませんよ」

 この酒場のある村のように小さな村には、修理屋や鍛冶屋というものがないことが多い。

 そのため、物が壊れたら自分で直すか、新しい物を店や行商人から買うしかないく、結構な値もする。

 こういった旅の鍛冶師が来ると、新しい物を買うより大変安上がりで助かるのだ。

 少年の言葉に、

「そりゃあ、かまわねえが……鍋とか色々あるし……ホントにそれだけいいのかい?」

 もうしわけねぇ、といった表情で店主は尋ねた。

 いくら安上がりと言っても、結構な量がある。

 この店が出せる最高値の料理でも、これから少年が行う労働には見合っていない。

 それでも少年は首を振った。

「もちろん。修行中の身ですから、大金を貰うわけにはいきませんよ」

 その言葉に、聞き耳を立てていたのか店中から声が上がる。

「マスター、ラッキーじゃねぇか!」

「ずるいぞマスター!」

「おーい、兄ちゃん! ウチの鍋も結構古いんだ! 見てくれねぇかな?」

「そうだそうだー! ウチもタダでやってくれ!」

「坊やぁ、ウチの亭主の顔も修理してくれないかしらぁ」

「おい、お前らっ! 兄ちゃんに失礼じゃねぇか! あと、メリッサんとこの旦那は手遅れだ!」

 好き勝手言う客に向かって、がははと笑いながら叱責する店主。

 しかし少年は気分を害することなく、

「いえいえ、構いませんよ。さすがに皆さんからは代金をいただきますが……そうですね、明日の朝から一家につき銅貨一枚で引き受けましょう。金属限定で、量は関係ありません。……ただし刃物とは扱いませんけどね」

 そう笑顔で言った。

 途端に喝采が巻き上がる。

 現金な奴らだ、と店主は苦笑しながら、

「まあ、兄ちゃんがそう言うならいいが……。よし! ウチの常連さんたちが世話になるんだ! 腕によりをかけた料理をもう一品追加してやるよ!」

「それはありがたい。あ、先に修理の方からやっていいですか? 一働きした後のほうがご飯は美味しいですからね」

 腕まくりを始めた店主を、少年は慌てて止めた。

 言葉の通りだし、満腹状態になると集中力が散漫になるからだ。

 そんな馬鹿みたいな理由で失敗するわけにはいかない。

 店主も、それもそうだな、と言って修理する品の前に置いていく。

 あっという間に、築かれたガラクタの山に、少年は目を白黒させた。

「うわぁ……ほんとに結構な量だ。とくにこの鍋、穴空いたりとかヘコんだりとか、凄いことになってますね」

「ああそれかい? こないだ来た傭兵共がケンカを始めやがってなぁ。追い出すために防御したり攻撃したりとかしてたらそんな風になったんだ」

 迷惑な話だぜ、と口を尖らせる。

 そんな店主を尻目に「あの時はスカッとしたなぁ」とか「俺なんか三発も入れてやったぜ」とか客達が楽しそうにジョッキを口に運ぶ。

 どうやら、オタマや食器が壊れているのは客達の仕業らしい。

 こりゃぁ大仕事だ、と少年は苦笑すると、黒い皮の手袋を取り出し手にはめる。

 この手袋が無いとちょっと大変なのだ。

「では……はじめますか」

 そう言って、少年は鍋の穴に手を置くと、意識を集中させる。

 

「魔精加工」

 

 少年はつぶやく。 

 すると、少年の手から淡く光り始めた。


 ――〝分解〟。

 

 穴をふさぐため、マナに干渉し鍋の一部を一時的に分解する。


 ――〝再構築〟。


 続いて分解された鉄を再構築させて、穴をなくす。

 簡単なように見えて結構集中力がいる繊細な作業なのである。

 

 ――〝再構築完了〟。

 

 全ての工程をほぼ一瞬で終了させると、少年の手から光が消えた。

 それと同時に、ふぅっと口から息が漏れる。

「おおっ。何度か旅の修理――鍛冶師に頼んだことはあるが……兄ちゃんはムチャクチャ早いな」

「ああ、すげぇ!」

 そんな店主達の賞賛の言葉を浴び、少年は照れくさそうに頬を掻く。

「そ、そうですか? 僕の国だと大体これぐらいが標準時間ですよ」

「お、とゆうことは……その髪といい顔立ちと言い、やっぱり兄ちゃんジャパング出身かい?」

「よくご存知ですね」

 客の一人の言葉に、少し驚いた。

 まさか自分の祖国が、こんな大陸の北西部の小さな村まで知られているとは思わなかったのだ。

 ジャパングとは優秀な鍛冶師を輩出している極東の島国である。

 鍛冶師の跡継ぎや弟子達は十二歳になると、修行の旅に出て現地の鍛冶屋でバイトをしたり、鍛冶屋が無い村で格安で修理を行ったりするのだ。

「兄ちゃんたちが思ってる以上にジャパングってのは結構有名だぜ? それに最近になってこっちの地方まで修行に来るようになったからな。今の〝魔精加工〟ってやつだろ? なんかマナとか言うのを操って何でも直せるって言う」

 少年は頷いた。

 物質に大きな力を加えることで変形させ目標の形にする事を、塑性加工という。

 その塑性加工の中にも、『鍛造加工』や『押出し加工』といった技術がある。

 たとえば、鍛冶師が熱した鉄を叩いて武器などを作ったりするのは『鍛造加工』と呼ばれている。

 少年がつぶやいた『魔精加工』も、そのいくつかある技術の一つである。

 万物に存在するマナと言われる魔法の源ともいえる力に干渉し、物質を分解・構築・変形させるのだ。

 一部の鍛冶師しか使えない技術だが、少年はそれを難なく使いこなす事ができた。

「ええ。でも、相性っていうのがありますから、何でもと言うわけにはいかないですね。僕の場合は金属系と石とかですね。後は、木も多少はいけますが、小さな穴を消したりとか、木片をくっつけるぐらいが限界なんですよ」 

「なるほどねぇ。じゃあさ、たとえばあの脚が折れた椅子をさ――」

 そう言って、ギャラリーが壊れた者を次々と手渡していく。

 まるで「これ消してみてよ」と言われる手品師のような気分になりながら、少年は一つまた一つとガラクタたちを蘇らせる作業を続けるのだった。

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