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16話:キリカとクック

 赤と黒。

 二つの色が耳障りな金属音をたてて交差する。

「やるな! 料理人っ!」

「そっちこそっ! 鍛冶師のおにーさんっ!」

 言葉を交わし、もう一度刃を交わす。

 お互いの力は拮抗しているようで、交わった二つの刃は、ギリギリと小刻みに震えながら停止する。

「ふんっ!」

 グッと刃を押し出すと、二人は一旦距離をとるべく後ろに跳んだ。

 間合いを取ったクックは、ふぅっと軽く息を吐くと頬を伝う汗を拭った。

 身震いしそうな夜空の下。

 風は冷たいというのに、体は火照って仕方ない。

 アジトへと着いたクックは、ちょうど外に出てきた白髪の男と遭遇した。

 腰に二本の刀を差した白髪の男。

 その男が着ている真っ黒な皮の服を見た瞬間、クックはすぐにこの男が件の鍛冶師だという結論に到った。

 名乗りを上げると早々に戦闘へと移行した二人は、既に二〇分以上も斬り合いを続けていたのだった。

「なかなかの腕ね。鍛冶師にしておくのはもったいないわ」

「その言葉そっくり返してやる」

 そういってキリカは楽しそうに笑う。

 思わぬ実験台と出会えた。

 そのうれしさに、体を震わせる。

 一方クックは、キリカの持つ黒い刀に目を向ける。

 あの盗賊たちの持っていた刀と似ているが、雰囲気や強度が別格だった。

 おそらく、あれが《妖刀》だろう。

「ところで――その黒い刀を見るに、あの盗賊たちに変な刀渡したのはおにーさん、ってことであってるかしら?」

「変な刀……まあ、そうだな。あいつらがここに来ないで、お嬢さんがここにいるということは……」

「もちろん。私が叩き潰してやったわ」

「なるほど……腕も獲物も、いいものを持っているみたいだ。本当にいい実験台になるよ、お嬢さんは」

 満足そうにつぶやくと、キリカは黒刀を中段に構えた。

 その立ち姿は、本当に鍛冶師かと疑ってしまうほどに、きれいな型だった。

「これは――私も、本当に本気でいったほうがいいよね」

 クックの中でスイッチが入った。

 同時に、纏う雰囲気もガラリと変える。

 途端に、その場から『女の子』というものが消え去った。

「へえ……別人みたいだ。カッコイイな」

 その言葉に、ピクリと眉を吊り上げる。

 ――なんていうか、格好良かった?

 タクミも似たようなことを言われた。

 別に、意識してやっているわけではない。

 本気を出そうとすると、いつもこうなってしまうだけなのだ。

 悪い癖なのかもしれない。

 クックはそう苦笑しながら、

「お褒めに預かり光栄だ。では、その刀――格好良く切り捨ててやろう」

「できるんだったらなっ!」

 そう言いあうと、地を蹴り、二人は間合いを詰める。

 そして、僅かに早く自分の間合いに達したキリカが《妖刀》を振り上げ、クックの肩口めがけて振り下ろした。

 すかさずクックも、その刀身を断つべく、緋色の半円を描き薙ぎ払う。

 二つの刃が激突し、甲高い金属音と盛大な火花を撒き散らす。

(くっ――――硬いっ!)

 がっちりと受け止められ、クックは内心舌打ちをした。

 最初から包丁の能力を開放しているにもかかわらず、この刀は斬り溶かすことが出来ない。

 だが、ところどころ刃に溶けた跡があるのを見るに、効いていないわけではないようだった。

「ならばっ!」

 叫び、力強く踏み込むと刀を弾く。

(だったら、出力を上げればいいだけの話!)

 振りかぶり、包丁の熱量を一気に上昇させる。

「ちぃっ!」

 ゆらゆらと陽炎を纏いはじめた包丁を見て舌打ちするキリカ。

 体勢を立て直し、刀を全力で切り上げる。

 再び激突する、二つの刃。

 だが赤と黒の二つの色が交差した瞬間、聞こえてきたのは甲高い刃音ではなかった。

 聞こえてきたのは、ジュアッ! という鉄を溶解させる音と、カランと金属が地面に落ちる音。

 そして――


「卑怯――も――の……っ!」


 クックの小さな呻き声だった。

 苦悶の表情を浮かべる彼女の右腕には、黒い刀身が深々と突き刺さり、そこから赤黒い血が刀身をつたい、足元に血溜まりを作っていた。

 出来上がった血溜まりの中には、クックが溶かし斬った黒い刃が沈んでいる。

 そう、確かに斬り溶かした。

 その証拠に、キリカの右手に収まっているのは、途中から刃を失った刀がある。

 だが、突き出された左手には、キリカが腰に掛けていたはずの刀が納まっており、それがクックの腕を貫いたのだ。

「卑怯?」

 キリカはあざ笑うように、クックの言葉に反応した。

「俺は最初からこの《妖刀》を腰につけていた。それはつまり、《妖刀》を武器として使うということだ。だから卑怯じゃあない。――そうだろ?」

 そう言って、勢いよく刀を引き抜く。

 激痛が走り、ぼたぼたと血がとめどなくあふれ出す。

 よろよろと後ずさり、搾り出すように

「《妖刀》……? そっちが本物……」

「お嬢さんが折った、いや溶かしたのを《妖刀》だと言った覚えはないぞ」

「たしかに……ね……」

 乾いた笑いを浮かべたクックは、数歩後ろに下がったかと思うと、がくんと膝を突いてしまった。

 集中力が切れたのか、口調も普段の女性的なものに戻っている。

「どっちにしても、一本折れたらもう一本を使うのは当たり前。私も抜けてるわね……」

 肩を上下させながらつぶやく。

 蒼白になった顔には脂汗がだらだらと流しており、呼吸も乱れ、腕の激痛だけでなく頭痛までしてくる。

 精密な制御の為にかかった負荷が、一時的に頭を襲っているのだ。

 キリカは弱々しいクックを見下ろしているだけだった。

「――――どういうつもり?」

 クックは問いかける

 止めを刺されるものだと思っていただけに、少々驚いたのだ。

「よくよく思えば、《妖刀》自体の性能をお嬢さんのような強い人間で試した事がなくてね。だからお嬢さんの体力が回復するのを待ってるんだ」

 折れた剣を放り投げながら、キリカは笑顔で告げた。

「人の効き腕を貫いておいて、よく言うわ……」

 つくり笑いをするも、内心では戦慄に駆られていた。

 キリカの笑いは、普通の笑いだった。

 だがそれは、こんな血が流れるような状況でなければという条件がつく。

 まるで仲のいい友人と酒の席で冗談を言い合っているかのような笑いは、この殺伐とした雰囲気の中では狂気的で不気味な笑いにしか取れない。

 それに、キリカの様子が変わっていた。

 立ち振る舞いが別人のようだった。

 緊張に包まれた斬り合いの時以上に、今のキリカには隙が無い。

 狼狽するクックに笑顔を向け、

「でも、足は狙って無いから動けるだろ? 三分だけ待ってあげるから止血して、息をととのえな。そしたら、戦闘再開だ」

 すこし楽しそうに告げ、数メートルほど距離を取ると、その場にしゃがみこんだ。

 微笑みながら、ぬらぬらと血で光る《妖刀》を綺麗に拭き始める。

 その余裕シャクシャクといった感じのキリカの姿に、舌打ちをしながらクックはコートの袖を包丁で切り取った。

 傷の上にクルクルと器用に巻きつけると、思いっきり引っ張り止血を試みる。

 途端に、突き抜けるような激痛が走った。

「う……く……っ!」

 口から勝手に声が漏れる。

 だがちゃんと圧迫しなければ血は止まってくれない。

 歯を食いしばり激痛に耐える。

 しかし、三分で止まるはずも無く、包帯代わりの袖も元から赤いのでどれだけ血が流れているかは、月明かりだけではわからない。

 そして

「さて、三分だ。はじめようか」

 立ち上がると、《妖刀》を右手に左手にと持ち替え、楽しそうにキリカは言った。

 クックは無言で頷き、左手に包丁を持ち、半身で構える。

 両手で構えたいところだが、痛みを訴える右腕ははっきり言って邪魔になるだけ。

 それなら左手だけで戦った方がまだ勝ち目があると踏んだのだ。

「そうだっ。一つハンデをあげよう」

「ハンデ?」

「ああ。お嬢さんが五合――いや、三合もったら見逃してあげる、っていうのはどうだい?」

「それはいいわね。ちなみに、三合以内にあんたを倒した場合と、ダメだった場合はどうなるのかしら?」

「もちろん、俺を倒せたならお嬢さんが勝者。俺を好きにしていいよ。ダメだった場合は――死ぬだけ」

 あっけらかんと答える。

 その顔は「なに当たり前のこと聞いているんだ?」とでも言いたげだった。

 一瞬、ビクリとしたクックだったが、首を振り思案する。

(左手しか使えない現状、まともにぶつかって勝つのは難しい……。つまり――)

 破格の条件。

 たった三合もたせるだけで、この場から退けるのだ。

 しかし、同時に胸の中から否定の言葉が湧き出てくる。

 こいつはここで倒さなければいけない相手なのだ。

 倒しておかなければ逃げられる。

 なにより、敵に背中を見せる行為自体に強い抵抗感があった。

 こんなときになっても、騎士団のクセが出てきてしまう。

 一〇秒ほど悩むと、クックは覚悟を決めた。

「その条件……のまないわ」

 《妖刀》がどれほどの物かは知らない。

 能力も知らない。

 それでも逃げたくは無い。

 ここで逃げたら、必ずそれは心の傷となる。

 だからこそ――

「正々堂々、あんたに勝つ」

 そう言ってクックは駆け出した。

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