第12話:黒い刃
村についた途端、悲鳴が聞こえた。
続いて、怒鳴り声や泣き叫ぶ声、そして物が壊れる音――とにかく色々な声や音が聞こえた。
明らかな異常事態。
「タクミは隠れてなさい」
何が起こっているかを把握したクックは、タクミに短く命令した。
タクミもクックと同じ結論に到ったようで、顔面を蒼白にしてうなずき、近くの小屋の物陰に身を隠した。
それを見届けたクックは、緋色の包丁を抜き放つと、声がしたほうへ全力で駆け出した。
「やっぱり……」
微かに漂うその匂いを確かめるかのように鼻を鳴らす。
村特有の土や家畜の匂い。
その中に微かに鉄の――いや、血の匂いが混じっている。
おそらくこの村は襲われているのだろう。
クックはそう思いながら、悲鳴が聞こえた角を曲がる。
「――――っ!」
思わず息をのむ。
立ち並ぶ民家が、皆一様にボロボロになっていた。
風化していたというわけではない。
壁面や扉は何か鋭いもので切りつけられた痕があり、木板の窓も叩き割られていた。
しかし、クックが驚いたのはそれだけではなかった。
人が倒れていたのだ。
それも、一人や二人ではない。
十数人――おそらく村の半数以上の人たちが血まみれになって倒れている。
呻いているところを見ると、まだ生きてはいるようだが、なにぶん遠目なので致命傷なのか判断がつかない。
と、クックがその凄惨な光景に呆然と立ち尽くしていると、男が二人、ボロボロの木扉を蹴り開け、姿をあらわした。
クックはその姿に見覚えがあった。
訂正。
その頭に巻かれたバンダナに見覚えがあった。
昨晩遭遇した、盗賊たちと同じ黄色いバンダナだ。
黄色いバンダナを巻いた二人組みは、クックに気づかず、
「ダメだ。やっぱこんな村じゃ大したもんなんてねぇな」
「だな。家三つで、金貨二枚と銅貨十枚なんて随分しけてるぜ。――おい、もっとちゃんとした金目のもんはねぇのかっ?」
そう言って、足元でうずくまる女性の髪を掴み、強引に持ち上げる。
傷の痛みからか、それとも男におびえているのか、女性は泣きじゃくり、男の問いかけに得ることが出来なかった。
そんな女の態度に、男が舌打ちをしたかと思うと、握っていた黒い刀身の刀を振り上げた。
「やめなさいっ!」
体を震わせる程の大声を上げると、クックは地面を蹴り、男たちに突進する。
ようやくクックに気づいた男達は、火矢の如き速さで間合いをつめてくる彼女に驚くしぐさも見せず、振り上げた黒刀をクックに向かって振り下ろした。
クックも自らの進行を妨害しようと伸びる黒い影を迎撃――いや、叩き折るべく、緋色の包丁を切り上げる。
直後、黒と赤の軌跡がぶつかり、火花を散らした。
「「なに!?」」
驚愕の声は、クックと男、二人から漏れ出た。
二つの刃が、お互いの一撃を受け止めていたのである。
つばぜり合いになれば、つばの無い包丁を使っている自分が不利になると判断し、クックは一旦後ろに飛びのく。
「なんなのよ……」
キッと相手を睨みつける。
切れ味では劣る得物を使っていたとはいえ、まさか盗賊ごときにつばぜり合いに持ち込まれそうになるとは思いもしなかった。
少し悔しくて、包丁を握り締める。
それは、相手も同様だったようで、額に青筋を浮かせギリギリと歯軋りをしていた。
「小娘のクセに……」
そうつぶやいたかと思うと、今度は男の方から向かってきた。
しかも、もう一人のほうも一緒にである。
すぐさま、動揺を振り払うと、クックは包丁を構え直し、地面を蹴る。
ひゅっ!
迫る刃を、今度は受け止めようとはせず、刀身の横っ面を軽く叩き軌道を変えさせる。
「ちぃっ!」
もう一方の男がワンテンポ送れて刃を走らせる。
クックは速度を保ちながら、身をひねってその一撃をかわすと、そのまま体をクルリと回転させ、男達の背後に回り、包丁を峰の方に持ち替えた。
殺してしまわないようにだ。
そして、まず一人を無力化すべく、後から襲い掛かってきた男の背中めがけて、思いっきり包丁を叩きつける。
が、
「甘ぇっ!!」
背中にその緋色の峰が食い込む前に、黒い影が現れ、その行く手をふさがれてしまう。
一瞬呆気に取られるクック。
その隙に男は振り向き、ひゅんっ! と音を響かせながら突きを放つ。
慌てて包丁を盾にし、威力を殺すべくバックステップで後ろに下がる。
ぎぃんっ! という金属音と同時に衝撃が走った。
それでも体勢を崩さなかったクックは、もう一度後方に跳び、間合いを取った。
この二人、盗賊にしては攻撃は速くて重く、動きも良い。
確かに、盗賊の中には剣士のような腕を持った人間がたまにはいる。
だが、冷静になって考えてみると、この二人の動きは訓練を積んだ剣士や騎士といった風でもなく、
(なんというか、力任せって感じなのよね……)
心の中で首をひねる。
クックが感じた通り、この二人の動きは良いのだが、ただ動きが速いくて、力が強いだけ。
訓練して手に入れた身体能力というより、ある日いきなり身体能力が上がったという感じがするのだ。
「あんたら、ホントに盗賊?」
包丁を構えながら、問いかける。
だが、男達は答えるどころか、顔を真っ赤にしてこちらを睨みつけるだけ。
クックのような女の子を仕留められないので、相当いらだっているのだろう。
(まあ、言わないなら言わないでいいわ。今はそんなことより――)
チラリと、周りに目を配らせる。
その目には、身じろぎながら横たわる人たちが映し出される。
(この人たちの手当てが優先――!)
そう意気込むと、間合いを詰めるべく全力で走り出す。
懐にもぐりこむと、一気に包丁を切り上げる。
相手もクックの動きを読んでいたようで、タイミングを合わせ渾身の力を込めて黒刀を振り下ろした。
それは、最初の一撃と同じ光景。
もし、違ったとするならば、お互い慢心することなく、ぶつかり合ったということ。
そして、クックが包丁の能力を使ったということだろう。
二つの刃が交差した瞬間――――黒刀が折れた。
否、折れたのではない。
そして切り飛ばされたわけでもない。
いうなれば、切り溶かされたのだ。
「「な――――ッ!?」」
あまりのことに、二人の男は驚愕の声を漏らし、一瞬固まった。
無論、その隙を逃すクックではない。
すぐさま方向を変え、自分の隙をつこうと迫っていた男の黒刀も同様に切り溶かし、その間の抜けた横っ面に回し蹴りを叩き込む。
「く、くそっ!」
「逃がさないわよっ!」
仲間を置いて逃げ出そうとする男の背中にとび蹴りをかます。
バランスを崩した男はそのまま転倒し、ごろごろ転がったかと思うと、
「ぎょむっ!」
壁に頭をぶつけて昏倒してしまう。
男が沈黙するのを見届けたクックは、ふぅっと息を吐き出し、肩の力を抜いた。
「まさか、奥の手その二を使うことになるとはね……」
そういいながら自分の包丁に目を落とす。
この包丁はマナを制御、イメージすれば炎を出さずに、その熱量だけを刃に宿らせることが出来る。
見た目はいつも通りのまま瞬時に鉄をも溶かす熱量を発現することが出来るので、一対一や一対二ならばほぼ無敵の能力なのだが、卑怯すぎるという事と、制御が難しいという理由で、この能力は一、二回ぐらいしか使ったことが無かった。
さすがに今回は村人達の手当てが最優先なので、この能力を使ったのだ。
「こういうことに抵抗を感じる辺り……まだまだ私も料理人になりきれてないわね」
クックは肩をすくめた。
と、そのときだった。
クックの顔に再び緊張の色が浮かんだ。
「まさか――二人だけじゃない?」
いやな予感を感じつつ、後ろを振り向く。
そして、その目に映ったのは――――ひょっこりと民家から姿を現す、黒刀を持った五人の男の姿だった。
「ああ、もうっ! 一体なんなのよ!」
そう天に向かって叫びながら、再び包丁を抜き放ち、クックは駆け出した。