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第8話:《妖刀》と、炎の料理人

 陽もすっかり落ちた頃。

 タクミは自分の軽率な行動に、心底後悔していた

 何故、魚を三匹釣り上げただけで満足してしまったのか。

 何故、「ちょっとキノコも取ってくる」と森に入ってしまったのか。

 何故、もっと早く思い出さなかったのか。

 タクミの脳裏をグルグルと駆け巡る。

 しかし、どれだけ後悔し、どれだけ悩んだところで、現実を覆す事は誰にも出来ない。

 一度目をつぶり、深呼吸をしてみる。

 そして、たっぷりと時間をとって目を開ける。

 そこには、


 ――満面の笑顔で鍋をかき混ぜるクックの姿があった。


 鍋の中では、美味しそうにしか見えない茶色いスープが、どす黒いオーラを発している(タクミ目線)。

 そしてそれを楽しそうにかき混ぜる少女の姿は、まるであともう少しで秘薬が完成する魔女そのものだった(タクミ目線)。

「あ、ああ……僕は……なんて間違いを……」

 その場に崩れ落ちる。

 彼女を一人にしたのは間違いだったのだ。

 あの時、森の中でも食料を獲ようなどとは考えず、ただゆったりと流れる時間に身を任せ、釣りに専念すべきだったのだ。

 と、そんな風に後悔の念に押しつぶされそうになっているタクミにクックが気づいた。

「あ、タクミ。遅かったじゃない」

「ただいま、クック……」

「? 元気が無いわね。どうかした?」

「いや、別に……」

「そう? ああ、そうだ。悪いけど、採ってきたキノコとかは明日の朝食分にまわそ。もしかしたら毒キノコが混じってるかもしれないし……いくらなんでも明るくないと選別は危険だしね」

 そう言って、楽しそうにオタマでかき混ぜる。

 昨晩の料理勝負のときとは違って、ただ料理をするのが楽しくて仕方ない。

 そんな風に見えた。

「ふんふんふーん♪ ふふふーん♪ ふふっ♪」

 鼻歌まで歌い始めるテンションの高さだ。

 だが、クックのテンションが高まるのとは反対に、タクミの明日への希望はどんどん暗くなっていく。

(あ、死ぬ)

 タクミは悟った。

 ちゃんとした設備や食材を使っても、昨晩は人が倒れた。

 こんな川原で作れる料理が、昨晩の料理より美味しいとは到底思えなかったのだ。

 そして、絶望に打ちひしがれている間に――それは完成した。

「さあっ! ご飯の準備が出来たわ!」

「そっか……出来ちゃった、か……」

 満開の桜のような笑みを浮かべる彼女の言葉に、タクミは観念したかのように、鍋の前へと腰を掛けた。

 そんなタクミの様子に気づくことも無く、クックはリュックからお椀を取り出すと、スープをなみなみと注いだ。

「ほら、美味そうでしょ」

「う、うん」

 気の無い返事をし、渡されたお椀の中身に目を落とす。

 確かに見た目もさることながら、香りも大変美味しそうではある。

 だが、だまされるわけには行かない。

 これも昨夜の惨劇と同じ悲劇を巻き起こす代物に間違いないのだ。

(だけど、やっぱり美味しそう……いや、ダメだ! これを食べたら最低でも明日の昼までは動けなくなる)

 そんな葛藤をし、なかなかスープに口をつけようとしないタクミに、

「タクミ? 食べて……くれないの……?」

 不安いっぱいといった潤んだ目で、クックが見つめてきた。

 そんな視線に、タクミはなんだか自分がすごい酷いことをしているような罪悪感に駆られてしまう。

 しかも先ほどから、ぐうぐうとお腹が空腹を訴えてきている。

「タクミ……」

 なおも見つめ続けるクック。

 罪悪感と空腹に攻められ続けたタクミは――――ついに折れた。

「い、いただきます!」

 意を決して、具の魚の切り身を口に運ぶ。

 そしてそのままモグモグと噛み砕く。

「んっ! マ……マズ……くない? あ、あれ?」

 かなり失礼な事をつぶやきながら、目をしばたかせる。

 死ぬに近い覚悟を決めていただけに拍子抜けしてしまったのだ。

 馬鹿な。ありえない。

 今度は湯気を立てているスープを口に注ぎ込む。

「あ、ばか」

「熱ぅっ! で、でもこれもマズくないぃ!」

 やはり失礼な言葉を叫ぶタクミ。

 だが、マズくないのだ。

 決して、美味しいわけでもないが、マズくも無い。

 いうなれば、普通なのだ。

「あ、あれー? おかしいなぁ」

 もしかしたら昨日の村人の舌がおかしいだけだったのだろうか?

 そんな事を考えたが、すぐに振り払う。

 昨日店主が作ったあのゲロ魚料理を自分を含めて、皆美味しいと言ったのだ。

 つまり、村人達の舌がおかしいわけではなく、純粋に腕が上がっているということである。

「普通だ! 普通だよ、クック!」

「……あんた今、どれだけ失礼な言葉を口走っているのか分かってるの? まあ、いいけど……」

 もしゃもしゃ食べるタクミを見て、不平を漏らしながらもクックはすこし嬉しそうな顔をした。

「でも、何で急に食べれる代物を作れるようになったの?」

 おかわり、とばかりにお椀を差し出しつつ、タクミは問いかける。

「……ここは文句を言うべきかしら?」

 不満な顔を浮かべながらクックは言葉を続ける。

「別に私の腕が上がったわけじゃないわ。昨日はあの料理が美味いと思って出しただけ」

「? どういうこと?」

「私はね、美味しいと感じる味の範囲がフツーの人よりちょっと広いの」

「んーと……つまり、皆がマズイと思っても、クックにとっては美味しいと感じることがあるってこと?」

「正解」

「でもなんで、そんな風になったの?」

 タクミの問いかけに、クックはすこしだけ困ったように眉根をよせた。

 なみなみとスープを注いだお椀を返しつつ、クックは話を続ける。

「私の母は昔、高名な料理人だったの」

「え? ああ、うん」

 急に母親の話が出てきて一瞬戸惑ったが、とりあえず返事をしておく。

 おそらく母親に関係があるのだろう。

「私が生まれる前の話なんだけ、それは腕がよかったらしくてね。母の作った料理を食べれば死人も蘇るとまで言われたほどだったらしいわ」

「それは……すごいね……」

「なんでも、私と同じ年の頃に世界を漫遊して腕を磨いたそうよ。特にナカックニ国での裏料理会とかいう悪の料理人たちとの戦いでは何度も挫折を味わい、何度も立ち上がって腕を確実に上げていったと聞いてるわ」

「裏料理会……ナカックニにはそんな集団がいるのか」

「ええ。もっとも母がつぶしちゃったみたいだけどね。そうそう、裏料理会といえば、変わった戦いがあってね」

 そう言って楽しそうに話を続けるクック。

 よっぽど母親の事が好きなのだろう。

 タクミはそう思いながら、クックの話にただただ笑い、感動した。

 そんなクックの母親の武勇伝を一時間ほど聞かされると、二人の間に奇妙な沈黙が生まれた。

「……………………」

「……………………」

「…………ねえ、クック」

「な、なに?」

「どこで……脱線した?」

 力なくつぶやくタクミ。

 そんなタクミのつぶやきに、クックは苦笑いをしながら答えを口にする。

「えっと、裏料理会のくだりから?」

「一時間前の話からじゃないかぁぁあああぁぁぁぁっ!」

 澄んだ星空の下、絶叫が川原に、いや森中にこだました。



 食事を摂りおえた二人は、後片付けと寝床作りを開始した。

「結局のところね。母が新しい料理に挑戦するために、変な食材に手を出したことに原因があったりするのよ」

 鍋を洗うクックの言葉に、寝床作りをしていたタクミは聞き返す。

「変な食材?」

「名前は知らないんだけど、全体的に紫色だったらしいわ。それを味見してから……母の味覚が狂い始めたみたい」

「よくそんな怪しげな色の物を……。って、狂ったのはお母さん? クックじゃなくて?」

「だからー、私はまだ生まれていなかったの。ちなみに父と結婚したのはこの頃よ」

 すこし照れくさそうに話すクック。

 まあ、肉親の付き合っただのそういった話をするのは気恥ずかしい物なのだろう。

 そう思いつつ、石をどけ終わったタクミは、剥き出しになった地面のうえにシートを広げた。

「最初は本当に微妙な狂いだったらしいんだけどねぇ……その微妙な狂いを調整するうちに味付けもどんどん狂っていったのよ。私が生まれた頃には味覚は完全に狂い、しかも昔の美味しい味付けに戻す事も出来なくなってしまったってわけ」

「なるほど……でも、クックの味覚についてはどうなの?」

「味覚が狂っても子供には自分の手料理を食べさせたかったらしくね。父もそんな母親心に強く言えなかったみたいで、父と一日交代で料理を作ることで納得したんだって」

「ははぁ、つまり物心つく前から『マズイ』と『美味しい』を交互に食べ続けた事によって、『マズイ』と『美味しい』の境界線が曖昧になっちゃったってこと?」

「そういうこと。……と、こっちは終わり、そっちはどう?」

 綺麗に洗い終わった鍋を抱え、タクミの元へもどるクック。

 タクミの方もちょうど終わり、一息つこうとするところだった。

「ん、こっちも。でもさー、味覚が変……ていうかちょっと変わってるのになんで料理人なんて目指したの?」

 焚き火が消えないように薪を加えながら問いかける。

 限りなく味覚音痴に近い事を知っていながら料理人を目指しているなんて、おかしな話なのだ。

「それはね……ある旅人のおかげなの」

 クックの声色が少し変わったのが分かった。

「旅人?」

「ええ、二年程前の事だったかしら。道で倒れていたらしい男性を、父がつれて帰ってきたの。何日も食べていなかったらしくてね、何か食べさせようって事になったんだけど、父もクタクタに疲れきっていたし母は出かけていたから、私が見よう見真似で食事を作ってあげたの。そしたら、その人ガツガツ食べてくれたのよ」

「へえ。そのときは失敗しなかったんだ?」

「ううん、これが大失敗だったらしくて……同じものを食べた父の話によると、相当マズかったんだって」

 クックは体を揺らしながら笑った。

「でもね……それでもその人はすっごい感謝してくれてね。二、三日姿を消したかと思うと、ふらっと戻ってきて私に二本の包丁を手渡して、また旅に出たの」

「なぜ、包丁……ていうか、もしかしてその包丁ってクックが腰にかけてるやつ?」

「そう、これ。『自分に出来る最大限のお礼』とか『初めて作ったがなかなかの出来だ』とか言ってたわね。ああ、今思えばあの旅人も鍛冶師だったのかもしれないわね」

「だろうね」

「去り際の旅人の嬉しそうな顔が目に焼きついてね。それで、もっとそういう顔が見たいと思って、私はブルターニュ王室騎士団養成所をやめて料理人になる道を選んだの」

「へえ、結構まともな理由だったんだ」

「うん。ま、母が料理人だったっていうのもあるけどね」

「なるほど……ブルターニュ王室騎士団んんっ!?」

 うっかり、スルーしそうになった単語にタクミは驚いた。

 王室騎士団といえば、王家を守るその国最強の騎士団である。

 しかもブルターニュといえば、北西の海に位置するジャパングと似た島・ブリタン島を支配する騎士国家だ。

 ジャパングが鍛冶師でナカックニ国が料理人なら、ブルターニュは世界最強とも誉れ高い騎士で有名である。

 つまり、ブルターニュ王室騎士団とは最強中の最強の騎士の集団なのだ。

 その最強の騎士団の養成所に身を置いていたとクックは、さらっと言ってのけた。

「何を驚いてるの? 剣に天賦の才があったからこそ、たった二年であれほどの華麗な包丁捌きが出来たんだからね」

「僕その華麗な包丁捌きちょっとしか見てないんだよね……というか嘘くさすぎる……」

 突拍子も無い言葉に、タクミはぶつぶつとひとりごとを言う。

 そんなタクミにクックは声を掛ける。

「タクミ」

「……そもそもブルターニュ人は――お、おおう! なに?」

「今度はタクミの番」

「はい?」

「タクミの話が聞きたい。そうね……旅の目的について話してもらおうかしら」

 そう言いながら、横になり、自前の毛布に包まった。

 顔だけをひょこんとだすその姿は、まるで小動物のように可愛らしかったが、タクミはそれをおくびにも出さず、

「寝るんじゃないの?」

「子守唄代わりみたいなものよ。……ダメ?」

「うっ……」

 顔の下半分を毛布で隠し、小動物のような可愛らしい無垢な瞳でじっと見つめられ、タクミの頬がかぁっと赤くなった。

 どうやら、自分はこういう仕草に弱いらしい。

「い、いいけど……ていうか、釣りの時に話したじゃないか」

「旅に出た理由はね。何を探しているかまでは聞いていないわ。今朝あんた『なにか変わったことはなかった?』って修理しながら村人に尋ねてたわね。それとやっぱり関係があるの?」

「やっぱり、今朝の視線は君か」

 タクミは肩を落としてうめいた。

 昼間ストーキング宣言されてから『もしかしたら』とは思っていたが、どうやら村でタクミを見つめていた視線の犯人はクックらしい。

「そういうことよ。あ、やっぱり言っちゃいけないことなの?」

「いや、別にそういうわけじゃない。僕たちジャパング鍛冶師はね、《妖刀》を探しているんだ」

「《妖刀》?」

 聞きなれない単語に、クックは首をかしげた。

 マナを宿し魔法のような力を発現できる魔剣や聖剣なら知っている。

 だが《妖刀》というものは生まれてはじめて聞いたのだ。

「魔剣……とは違うの?」

「いや、魔剣だよ。ただし、ジャパング最低の鍛冶師一族が、最高の技術で打った人類に害をなす邪悪な魔剣さ」

「最低なのに最高の技術って、矛盾してるじゃない」

 タクミは首を振った。

「人格……というか刀に対する思想が最低だったんだ。クックは、ジャパング史上最高の鍛冶師って誰か知ってる?」

「マサムネでしょ? 私の国でもマサムネ作の刀が、たまに市場にありえない金額で出回ってるわ」

「マサムネのことを知ってるなら話は早い。じゃあ、あそこから話そう」

 そういってタクミは、最低鍛冶師一族始まりの男の話をし始めた。



 かつてジャパングに将来を期待される一人の天才鍛冶師がいた。

 その鍛冶師は、ジャパング最高の名工と誉れ高い鍛冶師・マサムネの元で日々修行に励んだ。

 最高の名工を師に持つ、天才鍛冶師。

 ジャパング中の鍛冶師が、そのフレーズに憧れ、同時に期待を寄せた。

 しかしある日、師と口論になった彼は、マサムネの元を去った。

 口論の原因は、彼の打った刀だった。

 ――ただ切れる刀。

 それだけ求め、それを実現した刀を、師は否定したのだ。

 そして師の元を去った彼は、ある日魔剣と出会った。

 ただ氷を出すというだけの魔剣としてはありふれたものだったが、彼はある考えに到った。

 ――切れるだけが駄目なら、なにか能力を付ければいいではないか。

 師の言いたかった事はそんなことではなかった。

 だが、このとき彼を誰も止めようとはしなかった。

 彼には魔精加工を使う才能が無かったのだ。

 つまりそれは魔剣を作るのに必要な技術・魔精鍛造を行うことが出来ないことを意味していた。

 しかし彼は、師の元で培った知識や経験、そして自らの才能を最大限に発揮し、ついに魔性加工を一切使わず魔剣を生み出しのだった。


「それが《妖刀》?」

「そう。でも、当時はまだ《妖刀》とは呼ばれてなくてね。後に、その恐るべき切れ味と特殊な能力から《妖刀》って忌み嫌われるようになったんだ」

「なるほど。でもジャパングに帰っていないということは、まだその《妖刀》って奴は見つけてないのね?」

 言われてタクミは苦笑し、

「いや、見つけることには――」

「ストップ」

 右手で制され、タクミは少し顔をしかめた。

 が、森を凝視するクックの真剣な顔に、タクミも何かを感じ取る。

 耳を澄ませてみると、ガサガサと音を立てているのが聞こえた。

(オオカミかな……?)

 荷物に手を伸ばし、中から黒皮の手袋と立方体の鉄塊を取り出す。

「?」

 不思議そうなクックの顔がチラリと見えた。

 まあ、急に鉄塊なんて取り出したら首をかしげるのも当然のことだろう。

 クックの様子に笑いを堪えながら、手袋を手につけと、タクミは立ち上がり、クックに「そこで待ってて」と小声で声を掛ける。

 しかし、クックは首を軽く振ると、「私も行く」と言ってベルトを腰に巻き、立ち上がった。

 ベルトに取り付けられた包丁を見て、タクミは思い出した。

(そういえば、一本は護身用って言ってたな)

 正直、包丁で戦うなんて料理人としてどうかと思うのだが、口には出さない。

 森に注意を払いつつ、クックに問いかける。

(オオカミ?)

(違うわ)

 パタパタと手を振って否定すると、声を張り上げた。

「いいかげん、出てきたらどうかしら?」

 それと同時に、ぬっと二つの影が立ち上がった。

 一つは細身の男で、もう一つは芝生のように茂ったヒゲが特徴的な男だった。

 二人とも服装こそ違うが、同じバンダナを巻いている。

 別に確信は無かったのだが、タクミは二人の雰囲気から盗賊だと悟った。

「なんで気づかれたんスかねぇ」

「おめぇが、音立てすぎなんだよ」

 お互いを小突きあいながらガサガサと茂みを掻き分ける二人。

 そんな二人に気取られないように後ろを見やり、呟いた。

「クック、下がって」

「『下がって』も何も……最初っからあんたの後ろにいるわよ?」

「そ、そうだったね」

 かくん、と肩を落とすと盗賊たちに向き直る。

 盗賊たちは剣やナイフを持っていないようで、代りに棍棒を握り締めていた。

(これならイケる……か)

 安堵しつつ、手に鉄塊を持ったまま盗賊たちに向かって歩き始めた。

「念のために確認するけど、実は『ドキッ!オトコ二人のハイキング!』の途中で道に迷った哀れな二人組――というわけじゃないよね? もしそうだったら、ちゃんと道まで案内しますけど?」

「んー、ちょっと違うな。『ドキッ!オトコ二人のハンティング!』の最中な優秀なハンターだな。もちろん、得物はボウズとお嬢ちゃん」

 そう言うと、二人組はゲラゲラと下卑た笑いを浮かべ、体を揺らした。

 タクミは呆れながら、さらに問いかける。

「つまり、『金目の物を置いていけ』的なアレ?」

「なんだ、わかってるじゃねぇか。とゆーわけで……」

 ヒゲ面がゆっくりと、棍棒をタクミに向かって突きつける。

「金目の物を」

「魔精加工」

「置いてぎょふっ!?」

 ヒゲ面は珍妙な声を上げたかと思うと、首を凄い勢いで仰け反らせ、そのまま白目を剥いて倒れてしまった。

 握った鉄塊を魔精加工で棒にして、その伸びる勢いを利用して顎を突いたのだ。

「な、なんだぁっ!?」

 細身の男が、悲鳴を上げた。

 タクミは、ショートソードぐらいの長さになった鉄棒を構え、軽く地面を蹴った。

 瞬く間に間合いをつめられ、細身の男はぎょっと目をまるめる。

 慌てて棍棒を振るうが、タクミは鉄棒でいとも簡単に受け流すと、そのまま突進して男の体を突き飛ばした。

 なすすべも無く地面に転がる細身の男。

 それでも男は、必死に棍棒を振り回す。

 そんな適当な攻撃が当たるわけも無く、あっさりとタクミに蹴飛ばされ、棍棒はごろごろと転がっていった。

「はい、王手」

 そう言って、タクミは男の鳩尾を踏み抜いく。

 一瞬、変な声を上げると、男はそのまま気絶してしまった。

「やるじゃない」

 焚き火のそばから離れず、完全に傍観者になっていたクックが、感心したように声を上げた。

「鍛冶師にしてはいい動きね。これもやっぱりジャパング鍛冶師では標準なの?」

「さすがにそれはないよ。母親代わりの人がたまたま剣術家だったからね、父さんがいないときは木刀を握らされてただけ。付け焼刃もいいところの腕だよ」

「ちょっと剣に心得のある鍛冶師ってところかしら――避けなさいっ!」

「え?」

 思わず聞き返す。

 が、クックから答えが返ってくる前に、背後の茂みから答えが現れた。

 ひゅっ。

 上方から風を切る音が聞こえた。

 タクミは振り返らず、とりあえず右に跳んでその一撃を回避する。

 僅かに遅れて、タクミの横を銀色の物体が通り過ぎた。

(剣――!)

 向きを変えながら着地すると、タクミは鉄棒を構え直す。

 先ほどまでタクミがいた場所にレザーメイルに身を固めた男が、ショートソードを突き立てていた。

「にげんじゃねぇよ」

 男は軽く舌打ちすると、大の字になって横たわる二人組に目を向けた。

 おそらく、二人組のリーダー的な存在なのだろう。

「ったく……勝手な行動するなって言ってんのに。これ、ボウズがやったのか?」

 声を掛けられ、タクミはビクリと体を震わせた。

 別に、睨まれたわけでもない。

 本当にただ、普通に世間話をするかのように声を抱えられただけ。

 それでも、タクミの目には微かな恐怖の色が見て取れた。

「と思ったが、こんなヘタレにゃムリか」

 男が侮蔑の目を向ける。

 それも仕方の無いことだろう。

 タクミが握り締めた鉄棒は、ゆらゆらと、いやカタカタと小刻みに上下している。

 明かりが焚き火の炎しかないので表情が見えないが、タクミの顔は蒼白になっていた。

 だがそれでも、タクミはぎゅっと鉄棒を握り締める。

「ヘタレなんかじゃ――ないっ!」

 そう叫ぶやいなや、タクミは鉄棒を振り上げ突進した。

「バカッ!」

 クックの叱責が聞こえた。

 それでも構わず、鉄棒を男の脳天めがけて振り下ろす。

 が、竦みきったタクミの一撃にキレは無く、たやすく男の剣にはじき返され、鉄棒はグルグルまわりながら飛んでいってしまった。

 一撃を入れるどころか、逆に鳩尾に強烈な蹴りを入れられ、タクミは悲鳴を上げながら転倒してしまう。

 すぐさま苦悶の表情で起き上がろうとする。

 しかし、

「王手、だったか?」

 男が冷淡に笑いながら、タクミの喉元に切っ先を突きつけた。

 瞬間。

 タクミの目が泳ぎ始めたかと思うと、ガタガタと体を振るわせ始めた。

 その震え方は、『震える』という生易しいものではなく、『痙攣』と言っても過言ではないほどだ。

 それは、とても異常な震え方だった。

「な、なんだ……ビビリすぎだろ」

 あまりの震え方に、気持ち悪そうに顔をゆがめる。

 と――

「黙りなさい」

 静かな、そして怒気を孕んだ声が男の鼓膜を揺らしたと思うと、目の前が赤くなった。

 ぎぃぃいんっ!

 鈍い金属音と震動が走ったかと思うと、剣を握った右手が孤を描いて後ろに跳ね上がる。

 突然のことに男は体勢を崩し、後ろに向かって数歩たたらを踏む。

 顔をあげると、包丁を持った炎のように赤い少女がこっちを睨みつけていた。

「まじかよ」

 男はうめいた。

 さっきまであの少女は、焚き火のそばで立っていたはずだ。

 ここから焚き火までは、短く見ても一〇メートル以上はは慣れている。

 つまり彼女は、一瞬で一〇メートルの距離を移動し、男の剣を弾いたのだ。

 クックは、冷や汗をかく男に包丁を向けつつ、未だ震えているタクミの肩に手を添えた。

「タクミ、大丈夫?」

「…………」

 つとめて優しく声を掛けるが、タクミは黙り込んでいる。

 あまりのタクミの変貌振りに、クックは眉根を寄せる。

 だが、今は深く考えている暇は無い。

「すぐ終わらせるから、待ってなさい。ね?」

 そうささやくと、剣を構える男に疾走する。

 まずは、この状況から片付けなければならない。

「ちぃっ!」

 クックの尋常じゃないスピードに、男は慌てて後ろに跳躍する。

 が、距離は伸びるどころか、逆にぴったりとクックは横に張り付いてきていた。

 ふぉんっ!

 焚き火の炎に照らされ、包丁は赤く輝きながら男に襲い掛かる。

 剣を盾にしてその刃をかろうじて受け止めるも、少女のものとは思えない鋭く重い一撃に、男の体が吹っ飛ばされた。

 そして――

「っ!」

 声無き声が、男ではなく、クックの口から漏れた。

 バックステップでタクミの元へと戻ると、首根っこをつかんでさらに後ろに跳躍する。

「きょっ!」

 タクミが変な声を上げているが、クックは無視する。

 三人から間合いを取らなければならない。

 そう、三人からだ。

「ててて……腹いてぇッス」

「俺なんか、頭グルグルして気持ち悪いぜ……」

 タクミがノした二人が顎や腹を押さえながら、復活していたのだ。

 これでは、さすがにタクミのそばから離れるわけには行かない。

 状況が好転したとわかった途端レザーメイルの男が、にやりと口元をゆがませた。

「これで、三対二――」

 座り込むタクミにチラリ視線を向けると、鼻で笑うように続ける。

「いや、三対一か」

「そう、みたいね……」

 そう答えると、ため息をついた。

 しかし、それはこの状況に絶望したため息ではなかった。

(あんまり卑怯臭いことしたくないのに……でもまあ、しかたないわね)

 今は、タクミのことが心配なのだ。

 幸い川原もあるし、大丈夫だろう。

「とりあえず、ボウズはもうちょい痛めつけるとしてだ。お嬢ちゃんはどうする?」

「もちろん、美味しくいただくッス」

「当然だな。もちろん、一番はアニキに譲るぜ」

 実はクックが余裕だということに気づかず、三人組は額を突き合わせ、この後のことについて話し合っていた。

「盗賊ってのは、下品な奴らばっかねぇ……」

 そう呆れたようにつぶやくと、腰を沈め包丁を正眼に構えた。

 ふーっと長くゆっくりと肺の空気を吐き出しつつ、意識を集中させる。

 あまり人間相手に使わないので慣れていないのだ。

「じゃあ、俺が一番手ってこと……で?」

 下卑た笑いを浮かべていた三人の表情が固まった。

 三人の目には、赤い少女――ではなく、緋色に輝く包丁が映っていた。

 その輝きは、長時間火に突っ込まれていたのかと思ってしまうほどだ。

「手加減だけはしてあげる」

 そう言うと、クックはその赤銅に染まる刃を、まるで居合い抜きでもするかのように腰にすえ、軽く息を吸った。

 危機感を感じた、レザーメイルの男が慌てて地面を蹴り、クックに飛びつく!

 だが、間合いが遠すぎた。

 クックは、息を吐き出すと同時に、だんっ! と思いっきり一歩を踏み込み、

「炎よ!」

 鋭く、凛とした声を響かせ、包丁を振るった。

 そして――紅蓮の炎が男達を包んだ。



 火を消そうと川に飛び込んだ盗賊たちが流されるのを見届けると、クックはしゃがみ、タクミの顔を覗き込んだ。

「もう大丈夫よ」

 そう優しくささやくが、タクミは裸で雪山に放り込まれたのように震え続けていた。

(一体どうしたって言うのよ!)

 盗賊におびえたにしても、タクミのおびえ方は尋常じゃない。

 それに、彼は二人の盗賊をおびえることなく倒している。

「変わったとすれば、三人目…・・・」

 事実だが、それも腑に落ちない。

 たしかに、最初の二人に比べれば体格もがっしりとしていたし、威圧感は多少あっただろう。

 でも、それだけなのだ。

 それだけでここまで、おびえるとは考えにくい。

「もう大丈夫だから、落ち着いて」

 頬を撫でながらもう一度優しくささやく。

 と、そこでクックは気づいた。

 一見、タクミの目は焦点があって無いように見えるが、ただ一点を見つめている。

 タクミの視線の先を追ってみると、そこには黒く煤けた、あのレザーメイルの盗賊の剣が転がっていた。

 それは、二人の盗賊に無くて、レザーメイルの盗賊にはあった物。

 ――だって僕、刃物は扱えないし。

 昼間、タクミが言ったことを思い出す。

「まさか……ね」

 あることに閃いたクックは、おもむろに立ち上がり、その剣を拾い上げ――

 その切っ先をタクミに向けた。

「ひっ……!」

 小さく悲鳴を上げる。

 その様子を見て、クックは言葉を漏らした。

「うそ……でしょ……?」

 まさかとは、思ったがどうやら正解だったらしい。

 だが、それは鍛冶師としてはありえない――そして、余りにも決定的な欠点。

 搾り出すかのように、クックはその事実を口にした。

「まさか……刃物が怖いの……?」


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