8話
授業を終えた俺は道着の替えを入れた布袋を抱え武道場の玄関に立った。
「失礼します」
一礼して障子を引く。すでに袴姿の先輩たちが練習前の準備運動をしていた。
深く礼をして道場中央に進む。正座の位置が妙にしっくり来る。これはやはり日本人的骨格が影響しているのか、それとも前世の記憶なのか。
とにかく畳の感触が懐かしかった。
「来たわね!クルト!」
振り向くと女性の先輩――三年生で部長を務めるレイラ=ヴィクトールが手招きしている。腰に佩いた竹刀を抜き水平に掲げた。
座礼・立礼・蹲踞と細かくチェックされる。自分が違和感なく所作を遂行する度に彼女は瞠目し頷いた。
「やっぱり相当できているわね……幼少期に練習でもしたの?」
誤魔化すしかない。
「昔読んだ童話に似た描写がありまして……自然に身体が」
「……まあいいわ。打ち込みみましょう」
竹刀を構え軽く踏み込むと室内の空気が変わった。
レイラ先輩の呼吸が僅かに乱れ動きが硬直する。
自分でも不思議なくらい勘が冴えている。敵の盲点、バランス崩しの角度――まるでゲームの攻略情報のように理解できるのだ。
「……あなた何者?」
「普通の新入生です」
「嘘ね。素質なんてレベルじゃない」
困惑しつつも彼女は稽古を続けた。最終的には二段階上の打ち込みパターンまで習得してしまう。汗に濡れた道着越しでも分かる彼女の目が驚嘆と若干の恐怖を孕んでいた。
練習終了後、部室の隅でお茶を飲みながらぼんやりと過ごしていると他の部員たちの盛り上がっている声が聞こえてきた。
「レイラ先輩あの噂知ってます?」
「噂?」
女性部員がウインクしながら告げる。
「クルトってツェラー家の馬鹿息子を公衆の面前でコテンパンにしたらしいですよ~。しかも美少女を侍らせながら!」
思わず噎せた。先輩たちの視線が集中する。
「マジで? ツェラー侯爵家の坊ちゃん?」
「詳しく聞かせてもらおうじゃない」
事情を説明すると部員たちから同情票と賞賛票が入り混じった反応。
貴族社会の内部事情には辟易している者が多いらしい。
「気にせず堂々としていればいいのよ」
レイラ先輩が苦笑混じりに告げる。
「弱い犬ほどよく吠える」
納得の一言だった。
そしてそれは確かな真理だった。
■
帰宅途上。
雲ひとつない夕焼けが美しい。
校門近くで背後から声をかけられた。
「よぅ!」
振り返ると男子寮の先輩――ザック先輩が立っていた。
軽装ジャージスタイル。彼は歯を見せて笑う。
「お疲れ様です。何かご用ですか?」
「用があるのはこっちじゃなくてあっちさ」
彼が指差す方向を見ると、校舎陰から黒服を纏った集団が姿を現した。人数は6人。全員が異様な殺気を漂わせている。
先頭にいる若者は見覚えがあった。ツェラー家の子息ハインリッヒである。
「来たか……思ったより早かったな」
ザックが口笛を吹きつつ肩をすくめる。
「これは宣戦布告ってやつですか?」
「かもね。でも俺も巻き添えにするなよ?」
「当然でしょ。先輩も関わりって来ないでくださいね?」
そう言い切った直後、ハインリッヒが芝居がかったジェスチャーで言い放つ。
「待っていたぞ出来損ない!! 屈辱を返してくれるわ!!!」
周囲に人通りは少ない。しかし下手に魔術を放てば壁とかを壊して損害責任問題になりかねない微妙な距離。
緊迫する空気の中、ハインリッヒは嘲弄の笑みを浮かべた。
「決闘だ!」
俺はゆっくりと息を吸い込む。
どうやら退屈する暇もないらしい。学園生活は波乱万丈。
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