5話
草原に不時着。三日間の臨時滞在を余儀なくされた後、ようやくシードラゴン号が再び出航できた。破損箇所の応急修理は済み、魔術士による装甲強化まで施されたおかげで、今回は途中で襲われることはなかった。
――四日目の昼過ぎ、俺たち乗客全員は無事に人工島コバルディアへと降り立った。
埠頭に降りると強い潮風と同時に、海霧混じりの塩辛い湿気が肺を刺激する。眼下に広がる湾岸区画は白亜の防波堤と近代的な物流倉庫、そして遠景に聳え立つ真紅の尖塔群――王立高等学院本校舎だ。人工島とはいえ直径二十キロ以上あり、大学施設だけでなく研究機関・住宅・商業区画がすべて揃っている独立都市といえる。空中交通管制塔や魔導通信設備のアンテナが林立し、船着き場から続く遊歩道の先では自律巡回清掃ドローンが行き交っている。
「やっと……着きましたね」
フィリアが両手で風を浴びるように大きく深呼吸する。
ミアさんは肩に下げたトランクを軽く調整し、振り返った。
「案内役の先生がいらっしゃるはずです。あの白い建屋の方でしょうか?」
ミアさんが示した先には、学生課窓口らしきプレハブ棟が立っていて、職員らしき紺色ジャケットの人物がプラカードを持っている。近づくと“新入生受付”と赤字で印刷されていた。
「お待ちしておりました。新入生のご到着を確認しました。ようこそコバルディアへ!」
にこやかな女性職員が頭を下げる。名札には〈オリビア=ケイン 教務助手〉とある。
「まずは講堂で入学式があります。その後学科別ガイダンスです。寮室までの案内は午後になりますので、ひとまずこちらの名簿にお名前をご署名ください」
筆記具を渡されてサインする。エルスター家の姓は珍しくないが、書いた瞬間にペン先が少し引っかかる感触があった。紙が特殊加工されているらしい。情報管理も徹底しているんだろう。
手続きを終えると講堂へ向かうバスの列ができていた。俺たち三人も最後尾についたところで、前方から明るい声が飛んできた。
「みんな無事だったんですねぇ! やっぱり強いなぁ~!」
声の主を探すと、銀髪をおさげにまとめた小柄な女生徒が手を振っていた。あの拘束魔術を使っていた少女だ。
隣には杖を携えた眼鏡の男子が控えめに微笑んでいる。
「あ……あの時の!」
フィリアがはしゃいだ声を上げる。少女がこちらに走り寄ってきた。
「わたしはメリッサです。メリッサ=クレイナー。魔法専科一年です。あのときはありがとうございました!」
「いえこちらこそ……助かりました」
メリッサさんはぺこりとお辞儀し、続いて眼鏡の男子を見上げた。
「こっちが友人のオットマー=ヘルムです。同じ魔専科で」
「ご丁寧に。クルト=フォン=エルスターです。工学科志望で……」
オットマーさんは握手を求めながら言う。
「あの首筋への一点集中提案。素晴らしい分析でした」
意外な誉め言葉に照れてしまった。オットマー、先の戦いで見せた冷静さは実戦経験豊富な雰囲気を感じさせる。
そんなやりとりをしているうちにも続々と新入生が集まりバスが埋まっていく。集合完了のサイレンが鳴り、ついにドアが開く。俺たちは六人掛けボックスシートに収まった。ミアさんとフィリアさんが隣同士、その向かいに俺、オットマーさん、メリッサさんが座る。
エンジン音と共にバスが動き出す。港湾区の立体交差点を抜けると視界が開け、学院施設群が一望できた。正面のメインストリートを挟んで左右に教舎棟や体育館、学生食堂などが立ち並び、背景には丘陵のように連なる宿舎地区の屋根が波打っている。どこかSF映画の学園都市然とした風景だが、古い煉瓦壁や銅葺きの尖塔も多数あり融合感覚が見事だ。
「すっごぉ~い!」
フィリアさんが目を輝かせる。窓枠に肘をつき景色に見惚れている。
「工学科の実習棟は西ゾーン、魔専科は南側で……」
メリッサさんが掌サイズの立体マップホログラムを指で操作している。空中投影の魔道具だ。
「寮の建設地まで表示されていますね。システムが随分進んでいます」
ミアさんが画面を覗き込む。
学院というより国立研究都市規模のスケール感。俺も口元が緩む。これまでの15年――いや前世を足せば30を越える――がここでひっくり返るくらいの日々が始まるんだ。
オットマーさんがふと窓の外を指差した。
「あれが中央時計塔です。8時になると鐘が鳴ります」
言われるままに見上げると、雲海を突き刺す巨大な石塔が確かに存在感を放っていた。頂上部は金色の装飾ドームで彩られ、時刻を示す大文字盤が太陽光を反射している。
メリッサさんが笑った。
「授業ギリギリに飛び込んで来る人たちが多いんですって!」
バスが停止しアナウンスが響く。
《只今より講堂前で整列いたします。学科ごとに集まってください》
俺たち六人は一旦解散することになった。
講堂では新入生が縦横に整列し始めた。演壇には学長らしき人物が現れマイクを握る。厳かな拍手の後、式典が始まった。学長訓示は“汝の知恵は世界のために使え”という古典フレーズを中心にした鼓舞の言葉。続いて教務主任がオリエンテーションの段取りを述べる。
約一時間後。工学科一年生のグループに呼び出され席を移す。学科長代理の女性教授が壇上に立ち挨拶を行った。
「君たちの多くは理系的センスを持つ者として入学したが、単純な数字遊びを超えた創造力が必要となる。3年間でエーテル理論から機械工学までカバーするカリキュラムだ。明日からは実習室案内から始まる。気を引き締めて!」
質疑応答の後、指導助手から学科冊子と時間割を受け取る。膨大な資料量だ。
講堂を出ると既に午後を回っていた。教務助手オリビアさんが待機していて、新入寮生を寮区画へ案内するバスに案内してくれた。俺たちは工学科用の男子寮へ向かうことになる。ミアさんたち女子寮とは分岐地点で別れた。
寮棟の前に降り立つと――
「やぁ! 新入り!」
突然背後から明るい声が聞こえた。振り向くと褐色肌に銀髪の青年がニヤニヤ笑いながら近寄ってくる。
「俺は三年のザックだ! 寮委員兼副班長!おまえ工学科だろ?名前は?」
威圧感はないがやたら陽気だ。
「クルト=フォン=エルスターです」
「よっしゃ! そんじゃ新人歓迎会やろうぜ! 午後のティーパーティー開催してるから!」
「ええっと……部屋整理とかしたいんですが」
「んなもん五分で終わる! 来い!」
半ば強引に腕を掴まれ共用フロアに連れ込まれる。広いダイニング兼レクリエーション室には既に十数人が居た。お茶や菓子が置かれ自然発生的なパーティが始まっている。
「乾杯しよう! 新入生一同に!」
ザックさんがグラスを掲げると周りも追随する。未成年だからかノンアルコールカクテルだが雰囲気は十分賑やかだ。
「クルトくんさあ、聞いたぞ? 船での大活躍。ワイバーン退治に貢献したって」
「いえ……偶然です」
否定しようとするも聞こえないふりで揉みくちゃにされる。新鮮で楽しいが疲れる予感しかしなかった。
夜も更けかけてようやく自由時間が訪れる。個室へ戻るとようやく一人になれる。狭いけれど快適な空間だ。クローゼットに制服をかけ、荷物を解いた。ベッドの上に寝転がると一日の濃密度を噛みしめる。
あのワイバーンとの戦い。ミアさんとフィリアさん。そして今目の前の新しい生活。運命と呼ぶには些か荒っぽいけど――悪くない。
本作を読んで ほんの少しでも
『面白い』
『続きが気になる』
と感じられましたら、
ブックマークへの追加やページ下部
『ポイントを入れて作者を応援しましょう』項目の
☆☆☆☆☆にポイントを入れて頂けると
今後の更新のモチベーションが上がるのでよろしくお願いします。




