4話
部屋に入ってベッドに腰掛けると、すでに疲れが出てきて大きく息を吐いた。
鞄から教科書の束を取り出して机に広げる。魔導工学科一年前期の指定テキスト『初等エーテル力学』『固体構造概論』どれも未履修内容だが、読めば面白い。ページをめくっていると扉を叩く音がした。
「クルトさん? ミアですが」
声を確認して扉を開ける。ミアさんは先ほどの制服のまま、髪を紐でまとめていた。
「実はご相談があって。船内図を見ましたか? エンジンルームの真上にある集会ホールでパーティをするそうで」
「パーティ?」
「新入生交流会みたいです。船内で出来る催しはこれだけですから是非とのことでしたが……私も緊張していまして、一緒に行ってもらえませんか?フィリアもいるのですが……その、ダンスもあるので男性の方がご一緒してくださると私も助かります」
ナンパ避けか……社交イベントの類いは正直苦手だが断りにくい。そもそも異世界の貴族文化に疎い自分が助け舟になれるかどうか自信がない。
けど、向こうがわざわざ俺は問題ないと判断して誘ってきてくれているんだ。多少は答えないと。
「わかりました。行ってみましょう。フィリアも含めて三人で行きましょうか」
「ありがとうございます!」
ミアさんは心底安堵したように息を吐いた。
新入生歓迎会だしスーツやドレスには着替えない。学園で支給された制服だ。
集会ホールに向かう途中、通路の照明が急に赤く点滅した。非常警報だ。
《全乗員に告ぐ。空襲! 空襲! 第三区画右舷側にて竜種飛行体群を確認》
船内アナウンスが重々しく響く。乗客たちのどよめきがあちこちで上がる。空襲?竜種?俺が知ってるゲームの設定みたいな展開だ。
「ワ、ワイバーン!」
「避難命令だ!」
「子どもを守れ!」
ざわつく中で船体が大きく傾きはじめた。舷窓の外を見ると遠距離に炎柱がいくつも立っている。轟音と共に船壁が震え、警報灯が高速フラッシュする。
ミアさんが蒼白になりながら呟いた。
「まさか……連合空軍が哨戒していたはずなのに」
フィリアが駆け寄ってくる。
「大変だよ! 艦橋からの指示で第三食堂に集合だって、職員が保護してくれるって!」
俺達は走り出した。客室区域を抜けると金属製の防火扉が閉まりかけていたので全力で滑り込む。灼熱の風が背中を押し、耳鳴りがするほどの爆音が尾を引いた。
食堂に辿り着くと既に数十人の乗客がひしめいていた。テーブルは取り払われ床に毛布とシートが敷かれている。教職員らしき男女が懐中電灯を振って人員点呼を取っていた。
「学生番号と名前を言いなさい! 急げ!」
俺たちはグループの最後尾で報告を済ませる。船体が斜めに揺れた衝撃で天井の配管が破裂し水が噴き出した。客の悲鳴が重なる。
ここで終わるわけにはいかない。せっかく掴んだチャンスなのだ。俺はミアさんとフィリアを庇うように前に立つ。魔力量Eの俺に戦える武器は無いが思考はフル回転させていた。状況把握――乗客数から避難経路は限られる。エンジン損傷? 操舵不能なら最悪座礁あるいは沈没。
突如として窓ガラスが粉砕した。緑色の鱗と翼膜に覆われた顎が室内に突き込まれる。ワイバーンだ。凄惨な咆哮と共に鉤爪を振り回し乗客を薙ぎ払い――
「伏せろ!!」
誰かの怒鳴り声と同時になにか硬質なものが閃光と共に炸裂した。ワイバーンの眉間を直撃し緑の巨体が仰向けに倒れる。硝煙と火花の主は前列の青年――長杖を構え眼鏡を押し上げる貴族子弟らしい人物だった。
「非戦闘員は下がれ! 戦闘可能な者は私と共に戦列を組め!」
凛とした声。周囲の男達が我に返り立ち上がる。その流れを見た若い女学生が詠唱を開始した。空間に青白い燐光が煌めきワイバーンの動きを封じ込める。拘束魔術だ。
ミアさんが息を飲む。
「私たちの力でここを守らなきゃ……!」
フィリアが俺の袖を強く引いた。
「クルトくんは避難所にいて! 私たちは後衛に加わるから!」
そんなのはダメだ。このまま逃げていては前世と同じ凡庸な人生を繰り返すことになる。
「俺も行きます」
「え? でも……魔力がないって……」
「たぶん何も出来ない。でも考える頭だけはあります。指示出し役くらいやれますよ」
「危険すぎます!」
「責任は自分で取ります! 行くぞ!」
ミアさんは俺の意志の強さに諦めたのか、ため息交じりに頷いた。
戦闘が始まった。食堂の中央でワイバーン二匹が暴れている。仲間は十数名。魔法弾が飛び交い血肉が舞う。弓矢と剣を振るう者もいる。火力不足は否めないが人々は勇敢に抵抗する。
俺は必死で叫んだ。
「右翼の壁面に爆裂魔法を集中! 客室区画の脱出口を確保する!」
「分かった!」
魔導士の男子が杖を振り上げ詠唱に入る。同時にミアさんが氷属性で床を凍らせワイバーンの脚を縫い止めた。フィリアが回復支援をする。混乱の中で最低限の連携が成立する。
「目を狙え!」
連係魔法が炸裂。ワイバーン一体が壁に打ちつけられた。致命傷ではないが動きが鈍った。間髪入れずに追撃。ワイバーンは息絶えた。
残る一匹が羽を広げ上昇しようとする。魔法士たちが照準を定めた瞬間――食堂の外壁が粉砕し別の巨躯が侵入してきた。先程よりも大きな影――群れのボスか。
皆の顔が強張る。今の戦力では抑えきれまい。それでも誰一人逃げ出さなかった。ミアさんが呪文を紡ぐ。フィリアが支援魔力の供給を行う。俺は頭の中であらゆる知識を掘り起こした。
――そういえば父の蔵書にあったワイバーンの生体構造 あれがもし……
頭の中に閃光が走る。俺は振り向きざまに叫んだ。
「首だ!ブレスのための火炎袋は首筋下部にある!そこに一斉射撃!」
魔法士隊が並び詠唱。数秒後、青白い雷撃と火球が交差する。狙いは完璧だった。ワイバーンの巨体が仰け反り悲鳴を上げる。ミアさんの氷槍が追い討ちをかけ首を貫いた。
魔獣が絶命し大地を揺るがす振動と共に折り重なるように崩れ落ちた。
静寂――そして歓声が湧き上がった。
「やったぞ! 勝った!」
「救助班到着まで耐えられた!」
「みなさん無事ですか?」
船底の方から船員たちが駆け上がってきた。彼らが加勢すれば残党掃討も容易だろう。
俺は膝をついた。全身から汗が噴き出ている。疲労感が凄まじいが、確かに勝利の興奮がそれを上回っていた。
「クルトくん……すごかった」
フィリアがぽつりと呟いた。
「知識があるっていうのはすごいね……」
ミアさんが小さく笑いながら言う。
「あなたの助言が無ければ倒せませんでした。ありがとう」
謙遜しようとしたが言葉にならず肩を竦めるだけにしておく。
救助班到着後に詳細な聞き取りがあったが俺は率先して現場を説明し情報を共有した。結果として被害ゼロは奇跡と讃えられる。
ただし新入生交流会は延期となった。
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