3話
王立高等学院は海上にある人工島コバルディアに所在する。そこへ行く唯一の交通手段が、王都フェアベルゲン港から発着する定期連絡船〈シードラゴン号〉だ。週に三往復しかない超満員の大型船で、料金は学生割引込みの10万円相当。平民にとっては豪華客船だろうが、貴族としては庶民と肩を並べる格好で乗船するのはプライド的に許されない事態らしい。
午前八時丁度、出航ベルが高らかに鳴り響く。灰色の制服姿の新入生たちがチケットを掲げながら列を作り、担夫に導かれて次々と船上へ消えていく。俺も肩掛け鞄一つでそれに続いた。船腹には最新式のエンジンが据え付けられ、唸りが胸を揺らす。
個室といっても船内はあまり広くない。六畳程度のスペースに簡素なベッド、壁際に私物を置く棚と換気用の小さな丸窓が備え付けられているだけだ。扉を開けた途端、潮と油の混じった独特の香りが鼻をつく。
甲板に向かい、風に吹かれながら舷側から見下ろすと、フェアベルゲンの石造りの防波堤がどんどん離れていっている。港町の屋根が豆粒のように縮小していくさまは感慨深い。これで故郷との縁は完全に切れたわけではないが、少なくとも俺の新しい舞台はこれから始まるのだ。
ふと正面のデッキを見ると、同じ制服の女の子二人組が風になびく髪を押さえながら写真撮影していた。一人がポーズを取り、もう一人が携帯電話のカメラでシャッターを切る。
そのうち俺と同じ方向を向いた方がこちらに気づいた。長い艶やかな黒髪に淡い青い瞳の少女。同級生にしては雰囲気が凛としている。彼女の視線に釘付けになっているうちに、ぱっと笑顔を作って近づいてきた。
「こんにちは! 同じ新入生?」
声が澄んでいて気持ちいい。
「あ、うん。そうだよ。えっと……クルト=フォン=エルスター」
「私はフィリア。フィリア=マティアスです。魔導工学科志望なんです!」
魔導工学科――俺と同じ学科。まさか女子とは思わなかったけど、それ以上に驚いたのは、彼女が嬉しそうに話しかけてきたことだ。コミュ障の俺としては、最初の一歩がこんな風にあっさり決まってしまうなんて想像してなかった。
「フォン?フォンってことは皇族の血!?」
「あ、いや……。フォンは王族の血筋だけど、僕はそんなんじゃないし、気にしないでよ」
俺の答えにフィリアは、にっこりと笑った。
「そうなんですか! それでもすごいですよ! 私なんか庶民の出ですからね!」
彼女は、とても明るくて、話しやすい性格だ。俺は緊張していたので、とても助かった。
しかし、フィリアは平民……平民で定期連絡船に乗るのはかなりきつい。というか無理なレベルだ。
「そうなんだ。奨学制度?」
フィリアはちょっと恥ずかしそうに笑いながらうなずいた。
「まあ。私の村は小さいからお金がなくて……でもここなら勉強できるから! 頑張っていっぱい稼げるようにならないとね!」
彼女の真摯な姿勢に共感が湧く。一方で自分は多少の贅沢ができる環境にあることを申し訳なく感じるが、同時にそういう出自の違いを超えて一緒に学べることに喜びも感じた。
ちょうどそのとき、後ろから「フィリア~!」と彼女を呼ぶ声がした。さっき写真を撮っていた金髪の女の子が手を振りながらやってきた。制服のボタンをきちんと留めており、いかにも真面目そうな印象を受ける。
「あ、ミア!」
フィリアが振り返ると同時にミアさん――はこちらへ向かってきた。近くで見ると思った以上にスタイルが良い。腰まで届きそうな緩やかなウェーブの髪が陽光を反射して輝いている。
彼女は俺のほうを見て一礼し、落ち着いた声で自己紹介した。
「初めまして。ミア=エーベルハルトと申します」
名乗り方に格式があるあたり、どうやら貴族令嬢のようだ。それに対しても違和感の少ない口調で返事をしようと喉を整える。
「こちらこそ。クルト=フォン=エルスターです。出身は北州連邦……まあ細かいことはおいおい」
互いの出自を突かないために言葉を選んだつもりだが、フィリアが口を出した。
「ミアちゃんは伯爵家の長女でね。すごく頭もいいし器用だし! クルトくんもきっと色々教えてもらえると思うよ!」
善意の翻訳であることは分かるが、「長女」というのはちょっとデリカシーが無い。
ミアさんは少し困ったように微笑んだ。
この世界における貴族階級制度はほぼほぼ中世ヨーロッパと同じだ。
1. 王族:国王・王妃・王子・王女および王家の血を持つ者は全員フォンという称号を使用可能。これは血筋の称号であるが、最近では評価されないことも多い。
2. 公爵(公爵家)
国家全体で数件しかない最高位貴族。代々国家の中枢を担い国政に関与する。軍権・外交権限など広い権利を保有している。嫡男は当然後継ぎとして帝王学を学ばなければならない。逆に言えばそれができなくなった時点で廃嫡の可能性が高い。
3.侯爵(侯爵家)
公爵の下の準主権貴族。いくつかの大規模諸侯国を治める一族。基本的には領地統治主体なので国政にはあまり関わらない場合が多い。
4伯爵(伯爵家)
主権を持たない地方領主クラス。中核市町村を複数支配しており産業発展が命題。地域行事・外交斡旋などを担当する。
なお領地内の裁判権はほぼ伯爵が握っている。
5男爵(男爵家)
城塞都市1~2か所及びその周辺農村を掌握する下級貴族。
一部が税率決定権があるだけで他は殆ど平民と変わらない。
6騎士爵
一代限りの貴族で世襲不可。一定以上の武勲または技術的功績で叙任される。税免除等の恩典はあるが財産相続時には平民落ちが原則。
7准男爵
家臣代表として名前を登録されただけの事実上の平民。儀礼的敬称は残るものの権限なし。
8一般平民
これが人口の大半。納税義務と兵役義務があるが、政治参加は選挙による直接民主主義のみ可。
9奴隷階層(正式名称は“被召使階級”)
犯罪者収容施設を抜けられない囚人が多い。個人所有不可(国家管理)。労役のみで寿命短い。
それぞれの序列が硬直化しており事実上の身分制度となっているわけだが、
① 衛星都市国家間交易により移民が頻繁に行われる
② 工業革命以降に富を築いた企業家層(平民だが一部は貴族を凌ぐ資産持ち)
③ 本人の努力で得られる学位制度と技術認定
などの社会変革要素が増え続けており旧来的な身分制は徐々に崩壊過程にあり、“学歴+スキル+資本力”が新たなステータス指標になりつつある。
また王族以外でフォンを名乗る場合、「名=フォン=○○」という表記となり本来は“○○姓の土地”という意味合い。例えばクルト=フォン=エルスターだとハイデンブルク公国所属のエルスターという土地を所有する一族と言う事。
まぁ、これらの説明が終わったところで改めてミア=エーベルハルト氏の立場を考えると――
ミア=エーベルハルト伯爵家長女 → 伯爵家の第一令嬢。
伯爵家というのは領地内の自治権を持つ高位貴族だが、実際の国政発言権は比較的弱い。領地内においては一種の地方官吏といった立ち位置であり、政治経済の全てを司る。そのため後継ぎ争いも激しくなりやすく、末子は早々に他の貴族家へ嫁がせるケースも多い。
ただ裁判権を握っているのが大半だ。確かエーベルハルト家もそうだった。
裁判権握ってるってことは、簡単に言えば下剋上できるってことだ。
裁判に置いて爵位はなんの意味もないから。
大事を起こして爵位を失った公爵・侯爵も少なからずいる。
貴族になりたい平民家系から見て、伯爵家の長女というのは憧れの存在だ。
「貴族は貴族と結婚すべき」と言う考えが一般的だが近年になって市民運動が活発化したことで政略結婚ばかりするのもよくないと批判され始めた。いわゆるリベラル派閥の過激発言だけど。
若手貴族の中には恋人として平民出身者を選ぶ人もいる。平民からも貴族と付き合う人も増えてきた。
そういった中で、伯爵令嬢は何かと使われやすいポジションにいる。
上からしたら首輪をつけたいし、下からしたらなりあがるために利用したい。
長女ともなればなおさらだ。
ミアさんの立場を思えば、この話題は続けるべきじゃないと判断した。
俺は強引に話題を変えることにした。
「ねぇ、そろそろ部屋に戻らない?」
「え? まだ話したことないのに!」
フィリアさんは不満そうだったが、ミアさんはすぐに気が付いたらしく明るく言った。
「じゃあまた夕食のときにでも!」
「うん、また」
俺は軽く挨拶をしてその場を離れた。
去り際にちらりと後ろを見ると、ミアさんがこちらに向かって小さく頭を下げていた。
伯爵家の長女が家を離れている。彼女にとっては伯爵家の長女という立場が重荷かもしれない。
そんなことを思いながら個室への階段を上がっていく。
この旅の途中で出会った二人。
どちらも第一印象で良い人そうだと感じられた。
新しい学校生活も悪くないかもなと思えてきた。
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