17話
学院地下区画。
古い回廊の最奥に施錠された特別保管庫がある。普段は貴重な史料や禁書クラスの魔術書などを封印しておく場所だ。しかし今そこでは鍵付きの大扉が力任せに破壊されていた。床一面に砕け散った金属片が散乱している。
「これで準備は整った……」
黒外套の人物は手にした古びた書物を愛おしそうに撫でた。表紙には『魂魄転写の秘法』と記されている。
「古代帝国時代に失われた技……完全復活させてみせるぞ」
不気味に笑いながら人物は書物を懐にしまい込み立ち去った。
■
ミアと並んで学生課の窓口に向かうクルト。
廊下はいつもより長く感じられた。演習事件以来、学院内に漂う重苦しさが足を引きずっているのだ。
「……失礼します。ハインリッヒ=フォン=ツェラーの件でお話ししたいことがあります」
ミアが受付嬢に声をかける。カウンター越しに振り向いた制服姿の女性職員は、深刻そうな表情で頷いた。
「承っております。ヘンドリッヒ様の件で手続きを弟ハインリッヒ様にお願いしようとしたところ、こちらでも行方不明だと判明しました。捜査は進めておりますが……正直に申し上げて手掛かりが皆無なんです」
「手掛かりがないというのは……?」
クルトが尋ねると職員は小声で続ける。
「寮の出入り記録にも無いんです。昨晩寮内を巡視しましたが、寮を出た形跡が一切なくて……それでいて今朝から姿が消えているんですよ」
「それは……」
ミアが青ざめる。クルトも背筋が冷たくなるのを感じた。まるで忽然と消えたようではないか。これは単なる家出とかではありえまい。
「捜索部隊は派遣していただけるんですよね?」
「もちろんです。ですが……率直に申しますと不可解な案件ですので慎重に対処しております」
不可解――そうだろう、兄に続いて弟が、だからな。
■
「いったい何が……」
食堂で休息を取ったが、ミアはこの件について思考を巡らせている。注文したパフェもあまり手を付けず、カチカチと器を柄の長いスプーンで突いている。
いつも冷静な彼女の焦燥ぶりが珍しかった。
「きっと何か理由があるはず。無駄な行動はとらないタイプだろう?」
どちらかと言えば、自分で動かずに他人に任せるタイプだ。
「えぇ。確かにハインリッヒくんは問題児でしたが、意味もなく姿を消すほどわけわかんないな人ではありません」
問題児とかわけわかんないとか、ミアも相当なことを言っている。
「となると外部要因か……あるいは自宅に戻ったとか?いやないな、それで学生課が把握していないわけがない」
学院は未成年の行動規律も含めて基本的には閉鎖的だ。許可なく長期欠席となれば公式的には停学措置となりかねないリスクもある。
「クルト君はハインリッヒくんの家庭事情をご存じないかしら?」
ミアが小さな声で問う。ツェラー家は領内でいくつかのツェラー領を統括する名家でありあの兄弟の父親であるゲオルグ=フォン=ツェラー侯爵はクルトの父マルクス=フォン=エルスター公爵の盟友でもある。クルトが見下されているというだけで他の仲は良いのだ。
「分からない。でも恐らくツェラー家自体はそれほど騒がないんじゃない?」
「なぜです?」
「兄弟喧嘩はよくあることでしょ」
「兄弟喧嘩?」
クルトは曖昧に頷いた。それは実家に居た時、クルト自身が実家にとても身近に感じていたことでもある。
「うちは5人兄弟で上二人の兄が後継者候補なんだ。ただ問題があって……」
「問題ですか?」
「性格とか能力とかの話じゃないよ。二人とも優秀な方だし……年齢が近いんだ。一番上が23で次が22。それでいて二人とも同じくらい優秀で……父はどっちを後継者にするかでめちゃくちゃ迷ってる。正直どっちを選んでも変わらないだろうって言うのが使用人たちの噂」
伯爵家の長女は嫁ぎ先でもめるので、これはミアにとっても興味深い話題だった。貴族社会の派閥争いは日常茶飯事とはいえ、同世代同士の継承競争にまで話が及ぶのは珍しい。普通は歳の差がありすぎて生まれた時点でどちらかの優位性が確定してしまうことが多い。
「同じように年の近い二人が潰しあうのはかなり自然なことだと思う」
「なるほど……でも共倒れしたら大変では?跡継ぎが居なくなってしまうわ」
「エーベルハルト家って跡継ぎは決まってるでしょ?男児は一人だけだったはずだし」
「ええ、そうね。兄が一人いて、彼が跡継ぎ候補」
「教育方針はどうだった?」
「普通、だと思うけれど……あっ」
気づいたようだ。跡継ぎには英才教育。帝王学を学ばせるが、基本的に外に出さない。
長女で嫁ぐことに対して重宝されるミア自身がここに居られるのも跡継ぎが兄とはっきりしているからだろう。
うちは領内に学園があったから兄二人はそこに通っていたが、跡継ぎ候補を家の手が届かないところに送らないのが常識だ。
二人は元からツェラー家にとっては跡継ぎ候補に届かなかったのかもしれない。
そうなってくると、一つ見えてくるものがある。
ヘンドリッヒが従えた兵はヘンドリッヒの指示に従っていた。実力はこのさい関係ない。彼らはヘンドリッヒの命令で命を張れるのかどうか、ヘンドリッヒの命令に従う必要性があるのかどうか……。
演習の時襲ってきたやつらは間違いなくヘンドリッヒの私兵だ。相手がハインリッヒじゃなかったから命令に従っていたのかもしれないが、そこからのスカルキング出現でヘンドリッヒ死亡。その後のハインリッヒ行方不明。
これがツェラー家の求めた結果だとしたら……使ってるのは外部の人間か。
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