15話
険しい山岳地帯を登りきり、ようやく山頂に到達する。眼下には第七チェックポイントが設置された湖畔が霞んで見える。残るはそこだけだ。
「あと少し……!」
フィリアが嬉しそうに言う。その時──崖の上で人の気配を感じた。視線を上げるとそこには見覚えのある青年が悠然と立っていた。
「やあ、無事にここまで来たみたいだね」
ヘンドリッヒ=フォン=ツェラー。嘲笑を湛えた顔は明らかに他人事ではない雰囲気を醸し出している。彼は優雅に拍手を贈りながら近づいてきた。
「よく頑張ったねクルト君。僕の親友だ」
親友などと言われて心底嫌悪感が湧き上がるクルト。隣でフィリアが気丈にも眉を吊り上げた。
「あなた……全部知ってるんでしょう?」
ヘンドリッヒは肩をすくめる。
「なんのことかな?僕はただ遠くから応援していただけだよ」
「嘘をおっしゃい!」
ミアが一歩前に出て厳しい視線を浴びせる。しかし彼は動じることなく笑みを絶やさない。
「証拠でもあるかい?残念だけど今回の演習はすべて合法的に行われているはずだよ」
クルトは拳を握りしめた。悔しいが反論ができない。彼らは一線を超えない範囲で妨害してきたのだ。
「さて、僕からの贈り物はまだあるんだ」
ヘンドリッヒが指を鳴らすと崖下から複数の人影が現れた。覆面をした傭兵と思われる連中だ。手には武器を持ち明らかに戦闘態勢をとっている。
「ここで脱落してくれたら助かるんだけどね」
不敵に微笑むヘンドリッヒ。彼の言葉に従うかのように傭兵たちが包囲網を作りながらジリジリと近づいてくる。
(やはり最後で仕掛けてきたか……!)
クルトは剣を構え直した。背後には断崖、前方には武装集団。逃げ道はない。絶体絶命の局面だ。
「諦めろクルト君。いくら君でも五人を相手にすれば勝ち目はない」
ヘンドリッヒが愉快そうに言う。その時、悪寒がその場に居た者たちを襲った。何か強い圧力が一同を押しつぶそうと迫ってくる。
衝撃波が波紋のように広がった。傭兵たちの多くが吹き飛ばされる中、ヘンドリッヒは顔色を変える。
「スカルキング……!?」
突如出現した不死者の王。
骸骨の巨人はゆっくりと歩を進めながら咆哮を上げた。その圧倒的な存在感に全員が息を飲む。先ほどのブラッドベアを遥かに凌ぐ威圧感だ。
「なんだあれは……!」
「骨の巨人……!?」
「アンデッド……!?」
フィリアが驚愕の声を漏らす。ミアは顔面蒼白となりながらも剣を握り直した。ツェラー家の兵たちも想定外の事態に動揺し武器を取り落とす者もいる。
「これは……僕の計画にない……!」
ヘンドリッヒが初めて狼狽を露わにする。スカルキングは周囲の生命力を感知する特性を持つと言われている。おそらくクルトたちと傭兵たちの気が集まるを感じ取って出現したのだろう。
「やれ!あいつを片付けろ!」
ヘンドリッヒが怒鳴るが、傭兵たちの脚はすくんでいる。その隙を突くようにスカルキングが両腕を振り上げた。朽ち果てた骨格にも関わらず信じられない膂力をもった一撃だ。
「散開!!」
クルトの叫びと同時に全員がバラバラに飛び退く。次の瞬間、先ほどまで立っていた地面がスカルキングの拳によって粉々に砕け散った。岩盤ごと陥没するクレーター状の痕跡。まさに災厄級の力だ。
「撤退!いったん撤退するぞ!」
ヘンドリッヒが踵を返す。しかしスカルキングは彼を目で捉えていた。黄金色に輝く髑髏の眼窩が不気味に光り、目標を定めたようにゆっくりと近づいてくる。
「ひぃ……!」
覆面の傭兵が逃げ出すがスカルキングの足音は重低音となって追いかける。恐怖に駆られた一人が振り返りざまに火器を放つが、漆黒の瘴気が盾となり弾丸は弾かれて霧散した。
無意味と悟った傭兵たちは蜘蛛の子を散らすように逃亡していく。が、スカルキングは一気に加速し、巨大な腕を振り上げる!
轟音と共に大地が割れ、傭兵たちが宙を舞った。
「来るな……来るなぁぁぁ!!」
ヘンドリッヒは恐慌状態で逃げるがスカルキングの掌底を喰らってしまう。吹き飛ばされ地面を滑り、崖際に追い詰められる。血を吐きながら這いずる彼に、スカルキングの凶刃が迫った。
「お願いします……助けて……!」
かつての傲慢さは影を潜め哀願する情けない姿。その言葉を聞く者はもう誰もいない。
ズドォン!!!
鈍い破砕音と共に崖下へと墜落するヘンドリッヒ。スカルキングが無造作に虚空へ拳を振るうと彼の姿は見えなくなった。悲鳴すら上がらない。
その光景を目の当たりにし全員が絶句した。
スカルキングはなおも残る敵を探すように周囲を見渡している。やがてクルトたちを捉えると不気味な眼窩が細まった。
「く……」
絶望的な戦力差を前にして誰もが言葉を失う。しかしスカルキングは緩慢な動作で方向を変えた。湖の方角──おそらく第七チェックポイントがある場所へ向かって歩き出したのだ。
「やばい、第七は最終チェックポイント……ゴールして休息している他のチームがいる!」
クルトが叫ぶ。そこで無差別虐殺が始まったら……想像するだけで全身が粟立つ。
「追うよ!」
クルトはそう言うなり駆け出した。ミアがすぐに後を追いフィリア、エマも続く。険しい斜面を滑り降りる。崖沿いの獣道を抜け湖畔に出た時にはすでにスカルキングの禍々しいシルエットが目に飛び込んできた。
他のチームメンバーは未知の魔物の出現にパニック状態で右往左往している。
「あれは何だ!?」
「逃げろ!」
指揮官クラスの教員ですら困惑しており状況は極めて深刻だ。スカルキングが湖畔のテント群に向けて歩を進める。
「迎撃しかない!」
クルトは決意を固めた。おそらくここにいる者の中でスカルキングに一太刀入れられるのは自分くらいだろう。だからこそ自分がやるしかない。
「俺が囮になる!みんなは出来る限り被害者を安全圏へ!」
「クルト君!?待って……!」
フィリアが制止の声をあげるがクルトは走り出していた。スカルキングの背後から接近する。少ない魔力の奔流を練り上げながら跳躍した。
「ハァァァァ!!」
空中で剣を振り下ろす。スカルキングの腕が鞭のように伸びクルトを薙ぎ払う!
「ぐぉっ!!」
辛うじて剣で防ぐが威力が桁違いだ。吹き飛ばされ地面を転がる。肋骨がミシミシと軋み内臓が攪拌されるような衝撃。
「クルト君!」
フィリアが悲鳴を上げる。しかしその隙にミアが救助活動に移っていた。倒れていた女生徒を背負い遠くに走る。エマも負傷者に水魔法を施して応急処置をしている。
スカルキングは新たに攻撃を仕掛けようと口を開いた。喉奥から黒紫色の毒霧が噴射されていく!
回避する暇もなく直撃コース! 誰もが最期を覚悟したその時……
「《セイクリッド・ウォール》!!」
それは実習の監督としていた生徒会長のソニア=フォン=ランベルトだった。彼女は高位聖属性魔法で漆黒の防壁を展開し、毒霧を遮断する。聖光が拡散し場の空気が浄化されていく。
「クルト!下がりなさい!」
「でも……!」
「スカルキングはこっちに任せて!」
ソニアは毅然とした表情で言い放つと数名の上級生に指示を飛ばす。彼らは魔法結界を維持しながらスカルキングを中心に半円状の陣形を敷いた。
これで被害は最小限に抑えられる。
ソニアは懐から短杖を取り出し高らかに宣言する。
「《ホーリー・レーザー》!」
天上から幾筋もの閃光が降り注ぐ! スカルキングの両肩、腰椎に命中し骨が砕ける音が響いた。
砕音と共に魔石が砕け散る。途端にスカルキングの巨体が黒い靄となって霧散していった。漆黒の粒子が風に乗り消えていく。
「すごい……!」
全員が呆然とする中、ソニアは静かに杖を収めた。そしてクルト達の方を振り返る。
「大丈夫ですか?」
「はい……何とか」
クルトは頷きながら立ち上がる。するとソニアは安堵の息をつき微笑んだ。
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