ここは転生者の村 ──トイレ掃除をしていたら第三王子様に見初められました──
ここは転生者の村。
境界を越えて来た者たちはこの村に産まれつく。
産まれ、歩き、選んでゆく。
この村に骨を埋めるも外の世界に飛び出すもその人次第。
今日の主人公は──このユク村の若き村長、【リーシャ】
「リーシャ! 大変だ!!」
建て付けの悪い木造の玄関扉を熊のような男──ダグラスが勢い良く開ける。田舎とはいえ個人の家なのだからプライバシーというものを尊重してほしいというのは以前から再三伝えているのだが、最近はもう諦め気味だ。
ずかずかと玄関から家の中へと入ってきたダグラスが、ずずいっと一枚の紙を見せてきた。
途中だった料理の手を止めて目をやるが、その内容は到底理解の及ばないものだった。
「なあに? これ……『リーシャ・ウェンディ、至急王宮に出向かれたし。第三王子アズウェル・バルトリンより』……本当になにこれ。ダグおじ、もうこんないたずらで遊ぶ歳じゃないでしょ」
こちとら、祖父から村長という役職を受け継いだだけのただの村娘だ。王子様から呼び出されるような理由など何もない。
大方、私の気を引きたいダグラスのいつもの冗談だろうと思っていた。
「本当だって! 今までだってユリアもエリオットも……他のやつだって公爵家やら他国の王宮やらに求められたって出てったろ? 今回はリーシャの番なんだって!!」
「あはは、ないない。私はあの子たちとは違うもん」
ダグラスが口にしたのは、公爵家に養子入り後同じく高位貴族に嫁いでいったユリア。それに隣国の王宮騎士になったエリオットだ。
彼らには共通点があった。
生まれる前の、前世の記憶を持っていること。
この村に生まれるものの多数は前世の記憶を持って生まれついてくる。
それも、みんな同じ時代の日本からの転生だ。
例外はといえば転生者同士での間に時折産まれるダグラスのような二世だけ。
誰かが言っていた。ここはある乙女ゲームの世界だと。
ヒロイン、悪役令嬢、攻略対象……役割のある人は外の世界に羽ばたいていく。
けれど、すすけた赤茶の髪にくすんだ薄茶の瞳。こんな地味な見た目の私はきっとモブキャラだろう。
ユリアやエリオットとは違うのだ。
──そんな風に、思っていた。
「よく来たな! リーシャ・ウェンディ!!」
王宮の、それも謁見の間などというとんでもない場所で居丈高に叫ぶのは第三王子様アズウェル・バルトリンその人である。
隣に座って頭を抱えている人はきっと恐らく国王陛下と呼ばれるお方なのであろうけれど、そんな恐ろしいことは考えたくない。王族の方々を前に平民ひとり。場違いなので一刻も早く立ち去りたい。
罰せられるようなことはしていないので、村の運営についてだろうか。転生者の知恵の賜物で他の村よりは豊かだ。その辺を知りたいのかもしれない。何の用ですかとさっさと聞いて帰りたいところだがこちらから口を開いていいものなのかもわからず、ただどなたかが発言してくれるのを待つしかできない。
「リーシャ・ウェンディ。俺の嫁にしてやろう!!」
「…………は?」
思わず声が漏れた。不敬だと言われることになってもこれは致し方ないと思う。
まったく予想していなかった方向に、何かの冗談かもしくは悪質な余興かなにかかと顔を上げるけれどこの場内の誰一人としてそんな雰囲気を醸し出してはいなかった。
「恐れながら、何のお話で?」
「この前視察に行った。俺に気付かず野外に設置されたトイレ掃除に夢中になっていたな?そんなお前を気に入った。嫁になれ」
「お断りさせていただきます」
冗談ではない。私は村を運営していかなければならないので嫁入りなど出来るわけがない。ましてやこんなド平民が王子様の伴侶だなんて無理がありすぎる。
「なぜだ? 俺は格好良いし王子様だぞ」
ああ、なぜ私に求婚してくる男はこうなのだろう。確かに目の前の王子様は金髪碧眼のとてつもない美形だが、そういう問題ではない。
「…………遠いところすまなかった。愚息も気持ちを伝えられて満足だろう。帰って良いぞ。本日の宿と明日の帰りの馬車はこちらで用意しよう」
「お言葉に甘えます。ありがとうございます」
まだなにか発言したそうな第三王子を尻目に、今まで口を噤んでいた国王陛下が助け舟を出してくれた。それを良いことにこちらも退室の意思を見せる。
公爵家に養子入りすることになったユリアの見様見真似で、質素なワンピースの裾を持ち上げて一礼する。それはきっと、カーテシーなどと呼べるものではなかっただろう。
国王陛下がとってくれた宿は、それはそれは立派な施設だった。大きな浴場に美味しい夕食付き。明日の朝食も用意してもらえるらしい。
夕食を摂り終えて一息つくために日の陰ってきた外を散歩していると、聞き馴染みのある大きな声が私を呼び止めた。
「リーシャ!!! 王子様に求婚されたって本当かっ!??」
ダグおじだ。なぜこんなところに。というか、なんであの場で話した内容を知っている。
「心配で心配でっ……ユリアに今回の呼び出しについて何か知らないか聞いてみたんだ」
ああ、なるほど。公爵家といえばもっとも王族に近い家柄だ。今回のことについて何か知っていてもおかしくはない。
「まあそんなようなことは言ってたけど……お戯れだよ。私、平民だもん」
「本当かっ? なら俺と……」
「無理。王族だろうが貴族だろうが平民だろうが結婚する気なんてない」
四十近いダグラスと二十一歳の私では歳が離れすぎているというのもあれば、ダグラスは私のことが好きで求婚してきているわけではないというのも分かっていた。
前世の記憶を持って生まれてきた者たちは村の外に出て暮らしていくことも多いので、今村にいる未婚の女性は私しかいない。
ダグラスは無神経なだけで悪い奴ではないが、惰性で選ばれての結婚なんてまっぴらごめんだ。
それに、求婚する前に愛の言葉とかそういったものが先だろう。
それがないのはやはり『私』という個でなくとも良いからだ。
これだから、私に求婚してくる男どもは信用ならない。
だったら一生独身だとしても、おじいちゃんが残してくれた村を大事にして発展させていく人生を選ぶ。
「明日の朝には帰るから。もう寝るよ、じゃあね」
そう言い放って、呆けるダグラスを置いて宿に戻った。
さて、王宮への呼び出しから数日が経った今日、私は相も変わらずトイレ掃除に勤しんでいた。
前世職人だった先人たちがそのスキルを活かして造ってくれた共同の野外トイレだ。掃除はいつも私がしている。
畑の近くに水場とトイレを設置することで、途中でわざわざ自宅まで戻らなくても良くなり農作業の効率が良くなったと聞いている。
もちろん、作物に影響がでないように排水や汚物対策もばっちりだ。
私自身に大きな力はないけれど、一人ひとりが自分の持つ知恵やスチルを活かして発展して来たこの村は他の地よりも遥かに豊かだ。
そこかしこに日本を思い出させる物があるのも良い。
だから、結婚なんてしてもしなくても私はこの村を守っていければそれで満足なのだ。
「リーシャ・ウェンディ!!!」
トイレ掃除を終えて、タワシを片付けようと村の備品小屋へ戻ろうとした私を呼び止める大きな声。
「今日もトイレ掃除に精が出ているようだな!! 結構だ!!」
ずかずかと近寄ってくるその姿は、見紛うはずもない。第三王子様その人だ。
「え、あの……なぜ此処に?」
「先日は言葉足らずで困惑させてしまったと思ってな。それにしても、やはりよい村だ!!」
王族がこんなところに居るという戸惑いは消えないが、私の愛するこの村を褒められて悪い気はしない。
「ありがとうございます……?」
「麦も野菜もよく育っている!! 建造物もしっかりしているな!! 家畜の世話もよくされているようだ」
褒め殺しだ。どうしよう、困惑や動揺以上に嬉しくて嬉しくて顔が緩んでしまう。
「そう、なんです。えへへ……」
「うむ。そして何より村長が美しいな。素晴らしい!!」
にやにやと喜びを隠せずにいた私だが、流石にこの言葉には固まってしまった。容姿が地味なのもそうだが、今掛けているエプロンは馬糞だらけだし右手に持っているのはトイレ掃除を終えたばかりの汚水をたっぷり含んだタワシだ。
「おお、その顔は自分の魅力に気付いてないな? 故郷を愛し心を尽くして村のために働くリーシャは美しい!! 一目惚れした!! 好きだ!! ……あの日きみに好きだ、と伝えてなかったことに気付いてないな。アレでは悪質な冗談と捉えられてしまっても仕方がなかった。すまなかった。俺はきみが好きだ。結婚しないか?」
あの日と変わらず声の大きい王子様だが、少し照れたような表情で耳まで赤くなっている。
冗談を言っているようにはとても見えない。
「あの……えっと、あの……?」
言葉に詰まってしまって、自分が何を言いたいのかもわからない。『好き』って言った? 私を? 本当に好きなの? でもこんなに遠いところまで来てくれて、村を褒めてくれた。好きって二回も言ってくれた。
「信じられないか? こんなに好きなのだが」
一歩近付いてきた王子様が、私の身体を包み込むように抱き締める。
何がおこったのか分からなくて数十秒は動けなかったと思う。
けれど王子様の髪が私の鼻先を擽って、とてもいい匂いがするななんて考えたところで我に返った。
今のリーシャ・ウェンディの装備品。馬糞エプロンとトイレ掃除用タワシに。
「あっ、あの……王子様っ、汚れちゃいますっ」
なんなら既に行きどころがなく宙に浮いていた私の右手のタワシからはボタボタと汚水が垂れてきている。それを背中で受け止めてしまっているのを王子様も気付いているはずだ。
「アズウェル……、いや。アズと呼んでくれ。汚れなど洗えば落ちる。今はきみの気持ちを聴きたい」
正直、美しい王子様にこんな優しい言葉と態度で迫られて嫌な気持ちになるわけがない。
何より男性からもらえることはないだろうと諦めていた『好き』と言う言葉を送ってもらえた。この人なら一緒に村も大事にしてくれそうである。
「嬉しい、ですけどっ……私は平民ですし、仰る通り村を愛しています。王族の方と結婚とか村を出ていくとかそんなの……」
「きみにはウェンディという姓があるじゃないか。母君は子爵家の出だろう?」
そうだ。平民の父と子爵令嬢の間に出来た子ども、それが私。駆け落ち同然だった両親が亡くなった際に子爵家のお祖父様やお祖母様も迎え入れようとしてくれたのだが、この村が大好きだった私は今も此処にいる。
子爵家とも未だに少しだけ親交はあるが、村の人たちだって知らないことをどう調べてきたのだろう。
「あのっ、王子様っ……」
「アズと呼んでくれと言った」
強情な王子様を押し退けようと、しかし流石にタワシを持ったままの右手で触れるわけにもいかず左手だけでぐいぐいと押し返すがびくともしない。
「子爵家と王族の方の婚姻って許されるものなんですかっ……」
「王太子や第二王子までなら厳しいだろうな。けれど俺は幸い第三王子だ。貴族家相手ならば婿入りも出来るし、この村の運営も子爵家の仕事のひとつだということにしてしまえばきみも俺もこれからも此処で仕事が出来る」
駄目押しだ。『俺も』なんてそんなのは。
「アズ……様、も、この村の運営に関わってくださる気なんですか」
「無論だ。俺もこの村を気に入ったし、何より惚れた女の宝だ。それに、王族を抜けることにはなるだろうが今までの伝手はあるからな。流通などでも力になれる。この村をもっと豊かにさせられるぞ」
ああ、もう断る理由がほとんどない。
けれどけれど、最後にもうひとつだけ。
「……これからもたまには、私のこと……好きって言ってくれますか」
おおきな瞳を見開いて、そしてまた大きな声で王子様は返事をしてくれる。
「この命尽きるまで、毎日言おう。好きだぞ! リーシャ!!」
──それからはトントン拍子だ。あっという間に婚姻の手続きをおわらせて、光の速さで荷造をも終わらせてアズ様は村に転がり込んできた。
ダグラスの反応は少し気がかりだったが、意外にも『リーシャが幸せならそれでいい』と祝福してくれた。もしかしたら私への好意も本当だったのかもと誠実に返答しなかったことを申し訳なく思ったが、それも今更だ。
今日も日課のトイレ掃除を終えた私に、アズ様は言う。
「今日もリーシャは綺麗だ! 大好きだ!!」
「……私も、大好きですよ。アズ様」
こうして、これからもこの村で生きていくのだ。
はじめまして! 拙作に目を通してくださりありがとうございます。楽しい気持ちで書いたこの作品が、どなたかの『楽しい』にも繋がりますように。
そして大きな声の男性二人でとってもお騒がせいたしましたっ……!!!
長編も近日中にアップしようとおもっていますので、その際にはお目通しいただけましたら幸いです。
図々しくも評価や感想などいただけましたら嬉しいなぁ……なんて。
これからもよろしくお願いします!!




