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第三章 『』部屋の中の異変


 「え?あんたなに言ってんの?」

 ポニーテールの女性は重音にそう言った。

 (こ、この人は誰?)

 重音は怯えた。親しげに話しかけてくる女性に違和感を感じてならない。

 女性に遅れて男性が部屋に入室してきた。

 「すまないうんち行っていたんだ!重!何事だ!」

 女性同様に重音の悲鳴を聞いて駆けつけた男性。メガネをかけた中肉中背の、灰色の寝間着らしき服装の四十路の男性。

 「なんか重がね、様子がおかしいの」

 二人増えて更に混乱してしまった重音。

 「あ、あの。ここはどこですか・・・・・・?」

 二人にそう聞いた。二人は顔を見合せ、再び重音に視界を戻す。

 「え?寝てた?」

 「昼寝なら布団を掛けろ!風邪引くぞ!!」

 見知らぬ女性と男性は重音の質問に答えない。

 「え・・・・・・あの、信じてもられないと思うんですけど、先程私は、夢でもかってぐらい様子のおかしい自分の部屋にいて、それまで開かなかったドアが開らいて、ドアを跨いだらパソコンに写っていた映像と同じ部屋にいたんです」

 重音は自分なりにできるだけ分かりやすく説明しようとした。

 「親をからかうものじゃない。かまってもらいたいならそう言えば良いんだぞ?いつでもかまってやるから」

 「あのね重、一体なんの話してんの?敬語だし。なにに影響受けたかは知らないけど、悪ふざけはよしなさい。で、なんで叫んでたの?」

 まともに自分の話に取り合ってくれない二人に心底がっかりした重音。

 「鏡に写っていた私が私じゃなかったんです!」

 矯風で身体がブルブルと震えた。顔には涙の跡が見受けられた、女性は重音を心配する気持ちと同時に、なにか違和感を感じた。だが違和感の正体がなんなのかわからないでいる。

 「私は傘ヶ原重音と申します。あ・・・あの、こ、ここはどこですか・・・・・・」

 また涙が込み上げてきて、ろくに言葉が出ない。

 「私・・・・・・誰なんですか・・・・・・?」

 様子がおかしい重音を見て、違和感の正体がようやくわかった女性。

 「この子、もしかして重じゃないのかも」

 「え?」

 ようやく女性に気づいてもらえて胸を撫で下ろした。だが男性はなにが?と言わんばかりの表情で、なにもわかっていないことがわかる。興奮して言葉を紡ぐ重音。

 「そう!私はこの人じゃなくて!でも今はこの人で!でも私は私で!」

 目付きと雰囲気が違う。女性のような座りかた、トロンとした目付き、女性特有の瞳。これは女性が知っているその人の特徴と類似しない。それに慌て様を見る限り、この困惑の感情は本物だとわかった。

 「息子が息子じゃなければ、この子は霊的なアレなのかな。なぁ、息子に取りついて何が目的なんだ。説明しなさい!」

 どうやらこの人は男性と女性の子供のようだ。そう重音は冷静に判断し、自分が霊的なアレじゃないことを説明した。


 そのまま二人に連れられリビングに移動した。

 リビングの間取りは一切変わっていない。だが物品が増えている。それに部屋中に漂う雰囲気が何か気になる。

 リビングの北側にはテレビがあり、テレビの手前には木のテーブルが置かれている。テーブルの手前にはソファーがあり、ソファーの上には可愛らしいぬいぐるみと、ありふれたクッションがある。テーブルとソファーの下には白色のカーペットが敷かれており、テーブル付近のカーペットに飲み物をこぼした小さなシミが確認できる。

 重音のリビングは生活力の欠片もない、あるだけの空間なのだが、この家は活気がある。

 「さっきはキツく言って悪かった。すまない。暖かい飲み物でも飲みなさい」

 男性が重音に言うと女性は思った。

 (なぜ暖かい飲み物?)

 「紅茶かココア、どっちがいい?」

 「そんな、悪いですよ」

 重音は気を遣わせていると思い、両手を顔の前で振って断った。

 「人様の気持ちを無下にしちゃいけないよ。本当に要らないなら別に構わないけどね」

 要らないわけじゃないことを男性に伝え、ココアを淹れてもらうことにした。

 「わかった。じゃぁソファーに座って待ってなさい」

 そう言うと男性は部屋の南にあるキッチンに足早と向かってポットを沸かした。重音はご厚意に甘え、言われた通りにソファーに座った。

 テーブルに肘を立てて重音を見る女性。

 「重音ちゃんだっけ?」

 優しくそう重音に話しかけた。

 「はい」

 この状況に戸惑いながらも女性にそう返した重音。

 「あ、そうだ。自己紹介がまだだったね。重の母親の傘ヶ原春奈(はるな)です。あそこにいるのは重の父親、傘ヶ原秋彦(あきひこ)よ」

 「ご、ご丁寧にどうも」

 丁寧に返す重音。

 「どこに住んでるの?」

 春奈がそう訪ねると、ポットが沸くのを待っていた秋彦は、息子に住んでいる所を訪ねる母親の絵面を横目に、違和感を感じざるを得ない。秋彦は息子を、どうかしてしまっている、と思っていたから、真面目に受け取る春奈に少々違和感を感じた。

 「ここと似た所です。ここの間取りと完全に同じなんです。違いは生活感かないかあるかです。ウチは父が亡くなってから、母の様子が変わってしまいました。リビングや母の部屋にある、父の思いでの品を片っ端に捨ててしまいました。元々家具があったリビングも、母が業者に頼んで全部捨てて、なにもない空間になり下がってしまいました。父を思い出したくないからなんだと思います。だから家族写真は私の部屋にしかありません。父が亡くなってから、私の部屋に母が入ることはなくなりました。そしてこれまでの愛情はすべて嘘のように、私に対して心を開くことはなくなりまして、生活のほとんどをお互いが自分の部屋で過ごしているんです。父が生きていたときも人と馴れ合うのが苦手で、他人と距離を置いて在宅ワークしてます。いつでも母が家にいる環境なんですが、帰ってきても’お帰りなさい’なんてもう、言ってくれません。いつも家に帰るのが嫌だった。帰ったらいつも孤独で、沈んだ気持ちになるから。だから家に帰ったら即自室にとじ込もって友達と電話するんです」

 重音の話に心を痛めた春奈。

 「そう、だったんだね・・・。ごめんね。嫌なこと聞いちゃったね」

 重音はここまで話すつもりはなかった。なぜここまで話したのか、それは今までの奇妙な出来事に起因して感情があふれたのだ。奇妙な空間を抜けて、今はここにいる。だから他人に胸の内を話して楽になりたかった。今彼女は、人に植えている。寂しさの局地に達したからだろう。人肌が恋しいのだ。

 「いえすいません。いきなりこんな話して」

 春奈と秋彦は重音を哀れみの目で見た。可哀想な彼女に同情し、やるせない気分になった。

 彼らは息子を心の底から愛している。この世の何よりも息子を深く愛している。自分の子供に対して慈愛の精神を抱かないものなのだろうか?そう、彼らはそんな親の存在を信じてなかった。だが一人の少女が目の前で苦しんでいる様子を見ると、信じざるを得ない。そんな親がこの世にいるなんてと、怒りがこみ上げてくる。当然、そんな親を’親’として認めることはできない。

 そうこうしている内にポットが湧いて、秋彦はココアパウダーが入ったマグカップにお湯を注ぎ、お湯に馴染ませるようスプーンでかき混ぜ重音のところに運んだ。重音は感謝をしてありがたく口に含んだ。

「どう?美味しい?」

 秋彦がそう訪ねる。

 「はい。とっても暖かいです」

 戸惑っていた先程の彼女の硬い表情と比べ、少々朗らかな表情になった。

 「そうか。それはよかった」

 作った甲斐があったと思った秋彦。

 息子がどうかしてしまったんじゃないか、という懸念が取り除かれた。息子は、こんな残酷な設定を考えることなどできない。そこまで自頭がいいわけではない。息子はここまで上品な性格をしていない。それに息子とは根本的に違う。なにが違うのかは説明できない。心で彼は感じた。という理由で、目の前にいる息子が息子ではないという、ニワカには信じられない非現実的な事実を受け入れられられることができた。

 春奈の隣に座る秋彦。

 「なぁ、この部屋と間取りが一緒ってどういうことかな?」

 「ちょっとアイキィ、このタイミングで聞くことなの?」

 春奈に肘でつつかれ叱られ、恥ずかしくなった秋彦。

 「す、すまないハリーと重音ちゃん」

 (私に謝ってどうすんのよ)

 呆れた春奈。

 (この人たち、すごく落ち着くな・・・・・・なんでだろ)

 また重音は謎の心情に駆られた。二人の夫婦の優しさは感じたことがないわけじゃない。他の優しき心の持ち主と会ったことがあるのに、なぜ重音は二人の夫婦を特別に思ったのか。それは感じた本人ですら説明ができない。非常に居心地が良いということしか説明できない。

 なぜこの二人と親密な人間関係を構築したという錯覚に陥ったのか。久しぶりに抱く感情だ。重音は終始混乱する。だが小さな混乱だ。彼女は今、抗い難い満足感を感じている。

 「すいません、もう話せます」

 慈愛の目で重音を見る二人。

 「そうか。話してくれないか?」

 「はい」

 重音が口を開いた。





 重音は二人に提案し、なんとなく精神科に受信したいと願い、車で賀谷精神科に出向いた。そして診察室にて賀谷に人格交代を促され、人格を重に戻した。人格の交代を重音が心の中で念じると、すんなり人格交代が成立した。

 そして重が恐怖したあの部屋に戻った。だが不思議と、恐怖していたこの部屋にはマイナスなイメージがなくなった。ドアは頑張れば開くことができそうだ。それも直感でわかった。

 すると、カーテンが真っ赤な赤に染まっていることに気づいた。

 「え!?」

 重音は勢いよくカーテンを開けた。樹だ。透明の太く上まで続いた樹が確認できた。樹は暗闇に浮いている。樹の丸みを帯びた、樹の最下層だと思しき箇所からなにかを放出している。放出しているのは赤い光だ。その樹は一体だけしか確認できない。上を覗くと、樹の先端が確認できない。それほどまでにこの樹が長いということだ。先程までと全く違う景色だ。

 するとモニターが映り、その起動音に反応してモニターを見た。誰かの視界の映像だ。その映像は今さっき見た覚えのあるものだ。ついさっき見た診察室に思える。

 「こ、これは・・・・・・!」

 この映像は重の視界だということが瞬時に理解した。そしてモニターの手前にはUSBスタンドマイクが置かれており、そのマイクはモニターに既に接続されている。

 重の声がモニターの中から聞こえた。非常に取り乱している。

 「このマイクに喋ればいいのかな?」

 取り乱す重に重音が声を出した。すると重は更に取り乱した。重音は申し訳ない気持ちになった。


 そして二人がいる控え室の方に歩きだし、そして控え室に入室して秋彦が重に抱きついた。賀谷が詮索をるなと春奈と秋彦にそう忠告したところで、賀谷が人格交代を促し、重音はドアを開いた。

 「やはり重さんの雰囲気と重音さんの雰囲気が違いますね。一目で交代したことがわかる」

 興味が強まり、重音をガン見した。重音は少々怯えた。

 「で、部屋はどうでしたか?なにか異変はおこりましたか?なんでも良いのです。例えば部屋がごちゃついてたり、何か、何か異変は起こりましたか?」

 重音に至近距離で早口で問いただされ、重音の怯えた心が表情に出た。

 「ちょっと先生、なにをしてるんです!重音ちゃんが怖がってますでしょ!」

 秋彦が賀谷を重音からはなした。賀谷は自分の無礼な言動に謝罪した。

 涙が今にでも溢れそうな重音に賀谷はもう一度謝罪の意を表した。

 「お話できますか?」

 落ち着いたトーンで重音が話すのを待つ。そして重音は先程起こった出来事を説明した。その内容に賀谷なりの考えを述べる。

 「そう、なんですね。もしかすると樹が放出する光は重さんの感情に会わせて色が変わるものなのかもしれません。例えば、外からなんらかの刺激を感じると電気信号を通じて脳に行き届くシステムがあるように、混乱が赤として表示したのかもしれないですな。そうするとあなたは脳の中にいることになります」

 「私が頭の中に?」

 重音は目を丸くさせた。

 「ええ。鏡の中のあなたが赤や白といった、本当のあなたとまるで違う様子を写し出したのは、あなたが重さんの脳に同化している証拠なのでしょう」





 家に帰った重音は重に代わり、対話を試みることにした。

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