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甘い涙   作者: はる
4/6

第4話

 その頃、雪は奈美に連れられ、カラオケボックスに来ていた。


 ノリノリで歌っている奈美を見ながら、雪は考え込んでいた。兄に頬を叩かれたことが尾を引いていた。


 歌い終わった奈美が、雪の隣に座った。喉が渇いたのか、カルピスを一気飲みしている。奈美がテーブルの上のポテトをつまみながら、雪にマイクを渡そうとした。



「次、雪の番だよ。いれた?」


「あたしはいいよ」


「パーッと歌って忘れちゃいなよ」



 雪は、返事の代わりに薄く笑ってみせた。



「でも、あれはちょっときつかったかもね」



 奈美が思い出しながら、笑った。



「確かに、いきなり花柄エプロンでこられたら、ちょっとひくよね」



 雪は、机の上に置いてあるお弁当に目をやった。


 元はと言えば、自分がお弁当を忘れていったことが原因なのだとわかっている。わかっているけど、教室での兄の行動を認めたくなかった。



「雪が食べないんだったら、あたしが食べてあげるよ」



 そう言いながら奈美が、お弁当の蓋を勝手に開けて中を見た。



「毎回思うけどさ、豪華だよね。全部手作りってありえない。うちのママなんか、冷凍のおかずばっかだよ」


「料理人だから、うまくて当然だよ」


「確かに。でもさ、何で卵焼きだけ不味いんだろね」 


「知らない」



 そう。何故かいつも卵焼きだけ不味いのだ。


 どう不味いのかと言うと、甘すぎるのだ。砂糖を入れ過ぎだとわかっているはずなのに、毎回甘すぎる卵焼きになる。


 まるで、兄の自分への愛情のようで嫌だった。



「芯さんの愛がつまってるって感じだね」



 雪の気持ちを見透かしたように、奈美がぼそっと呟いた。



「……重いんだよ」



 雪は、兄の愛情がパンパンに詰まったお弁当を見つめながら、溜息をついた。




 仕事が終わり、芯は祥子の待つ公園へと足早に向かっていた。


 公園に着くと、祥子は既に滑り台の横にある青いベンチに腰掛け、芯が来るのを待っていた。



「ごめん、待った?」



 芯が謝ると、祥子は返事の代わりにカップ酒を差し出してきた。


 祥子のこういう所を、芯は結構気に入っていた。必要以上に気を使わないで済むようにしてくれている、祥子のさりげない気遣いが伝わってくる。



「サンキュ」



 芯はカップ酒を受け取り、いつものように祥子の隣に腰掛けた。今日の最悪な一日をかき消したくて、芯は酒を一気に飲んだ。そして、大きくむせた。



「芯ちゃんらしくないなあ」



 芯の背中をさすりながら、祥子が言った。



「雪ちゃんと何かあったの?」


「ぶっちまった」 


「雪ちゃんを?どうして?」


「たかが弁当だって言われて、ついカッとなっちまって」


「たかが弁当……か」



 祥子が困ったように笑った。



「なんで叩いちゃったんだろ」



 芯は、唯一の理解者である祥子にだけは、本音を言えるのだ。




 カラオケボックスを出た雪と奈美は、家に向かって歩いていた。



「まあ、元気だしなよ」



 奈美が慰めるように言ってくれたが、これから家に帰ると思うと、雪は気が重かった。



「……うん」 


「謝った方がいいよ」



 雪が返事をしないので、「素直になんなよ。芯さんの気持ちわかってんでしょ」と、奈美が励ますように言った。


 わかっているけど素直になれない雪は、複雑な想いを抱えながら歩いていた。




 公園の前に差し掛かり、何気に中を見た雪が、芯と祥子の姿に気づいた。


 急に立ち止まった雪の視線の先を、奈美も見た。



「ちょ、ちょっと雪」



 驚いたように奈美が声を上げた。



「あれ、あれ芯さんじゃない」



 雪は、兄の隣にいる女性を探るように見た。二人は楽しそうに笑っていた。


 初めて見る兄のあんな笑顔を、雪は何故だか見ていられず、足早にその場を立ち去ろうとした。だが追いかけてきた奈美が、雪の前に立ち塞がった。



「すっごい美人といる」



 面白がっている奈美に、雪は苛立ちを感じた。



「何話してんだろ」



 雪の気持ちも知らず、奈美は二人に興味津々だった。



「知らない。もう行こうよ」



 雪は行こうとして、奈美の腕を強く引っ張った。



「ちょっとスパイしよ」



 逆に腕を引っ張り返され、雪は渋々奈美と一緒に公園の中に入っていった。


 芯たちに見つからないよう、音を立てずにベンチの後方にある茂みに隠れた。そして雪と奈美は、その位置からベンチに並んで座っている芯と祥子の姿を、こっそりと盗み見した。





                   つづく

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