第4話
その頃、雪は奈美に連れられ、カラオケボックスに来ていた。
ノリノリで歌っている奈美を見ながら、雪は考え込んでいた。兄に頬を叩かれたことが尾を引いていた。
歌い終わった奈美が、雪の隣に座った。喉が渇いたのか、カルピスを一気飲みしている。奈美がテーブルの上のポテトをつまみながら、雪にマイクを渡そうとした。
「次、雪の番だよ。いれた?」
「あたしはいいよ」
「パーッと歌って忘れちゃいなよ」
雪は、返事の代わりに薄く笑ってみせた。
「でも、あれはちょっときつかったかもね」
奈美が思い出しながら、笑った。
「確かに、いきなり花柄エプロンでこられたら、ちょっとひくよね」
雪は、机の上に置いてあるお弁当に目をやった。
元はと言えば、自分がお弁当を忘れていったことが原因なのだとわかっている。わかっているけど、教室での兄の行動を認めたくなかった。
「雪が食べないんだったら、あたしが食べてあげるよ」
そう言いながら奈美が、お弁当の蓋を勝手に開けて中を見た。
「毎回思うけどさ、豪華だよね。全部手作りってありえない。うちのママなんか、冷凍のおかずばっかだよ」
「料理人だから、うまくて当然だよ」
「確かに。でもさ、何で卵焼きだけ不味いんだろね」
「知らない」
そう。何故かいつも卵焼きだけ不味いのだ。
どう不味いのかと言うと、甘すぎるのだ。砂糖を入れ過ぎだとわかっているはずなのに、毎回甘すぎる卵焼きになる。
まるで、兄の自分への愛情のようで嫌だった。
「芯さんの愛がつまってるって感じだね」
雪の気持ちを見透かしたように、奈美がぼそっと呟いた。
「……重いんだよ」
雪は、兄の愛情がパンパンに詰まったお弁当を見つめながら、溜息をついた。
仕事が終わり、芯は祥子の待つ公園へと足早に向かっていた。
公園に着くと、祥子は既に滑り台の横にある青いベンチに腰掛け、芯が来るのを待っていた。
「ごめん、待った?」
芯が謝ると、祥子は返事の代わりにカップ酒を差し出してきた。
祥子のこういう所を、芯は結構気に入っていた。必要以上に気を使わないで済むようにしてくれている、祥子のさりげない気遣いが伝わってくる。
「サンキュ」
芯はカップ酒を受け取り、いつものように祥子の隣に腰掛けた。今日の最悪な一日をかき消したくて、芯は酒を一気に飲んだ。そして、大きくむせた。
「芯ちゃんらしくないなあ」
芯の背中をさすりながら、祥子が言った。
「雪ちゃんと何かあったの?」
「ぶっちまった」
「雪ちゃんを?どうして?」
「たかが弁当だって言われて、ついカッとなっちまって」
「たかが弁当……か」
祥子が困ったように笑った。
「なんで叩いちゃったんだろ」
芯は、唯一の理解者である祥子にだけは、本音を言えるのだ。
カラオケボックスを出た雪と奈美は、家に向かって歩いていた。
「まあ、元気だしなよ」
奈美が慰めるように言ってくれたが、これから家に帰ると思うと、雪は気が重かった。
「……うん」
「謝った方がいいよ」
雪が返事をしないので、「素直になんなよ。芯さんの気持ちわかってんでしょ」と、奈美が励ますように言った。
わかっているけど素直になれない雪は、複雑な想いを抱えながら歩いていた。
公園の前に差し掛かり、何気に中を見た雪が、芯と祥子の姿に気づいた。
急に立ち止まった雪の視線の先を、奈美も見た。
「ちょ、ちょっと雪」
驚いたように奈美が声を上げた。
「あれ、あれ芯さんじゃない」
雪は、兄の隣にいる女性を探るように見た。二人は楽しそうに笑っていた。
初めて見る兄のあんな笑顔を、雪は何故だか見ていられず、足早にその場を立ち去ろうとした。だが追いかけてきた奈美が、雪の前に立ち塞がった。
「すっごい美人といる」
面白がっている奈美に、雪は苛立ちを感じた。
「何話してんだろ」
雪の気持ちも知らず、奈美は二人に興味津々だった。
「知らない。もう行こうよ」
雪は行こうとして、奈美の腕を強く引っ張った。
「ちょっとスパイしよ」
逆に腕を引っ張り返され、雪は渋々奈美と一緒に公園の中に入っていった。
芯たちに見つからないよう、音を立てずにベンチの後方にある茂みに隠れた。そして雪と奈美は、その位置からベンチに並んで座っている芯と祥子の姿を、こっそりと盗み見した。
つづく




