海底魔法学園なんて絶対に行きません!〜幼馴染は人魚の王子でした!?〜
私の名前はレイラ・フラン。人魚と交流が盛んな海辺にある王国、テラ王国の伯爵令嬢だ。
私には日本の大学生だった前世の記憶がある。ある日、私は大学のサークルの皆で海に出かけた。
泳ぎが得意だった私はついつい沖の方まで泳いでしまった。久しぶりに泳いだこともあってか足が攣ってしまい、運悪く大きな波に攫われ溺れてしまった。
息を吸おうとするけれど、口の中に水が入るばかりで呼吸ができずにもがき苦しんだ。しだいに私の意識は遠くなっていった……
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目が覚めると見慣れない天井が目の前に広がっていた。
「生まれたのか。なんだ、女か。使えないやつめ」
いきなり知らない男性の顔が視界に入った。その男性は興味がなさそうに私の顔を覗き込んだ後に部屋から出ていった。
次に視界に入ってきたのは優しそうな女性だった。私を大切そうに抱き抱えてくれた。
「生まれてきてくれてありがとう。私はいつでもあなたの味方よ……」
不思議と安心感に包まれた私はそのまま眠りに落ちていった……
日々を過ごしていく中で人魚や魔法が存在する異世界に転生したこと、最初に出会った男性と女性は私の両親だったことがわかった。
父は伯爵だが、外に愛人がいるようだった。家に帰ってくるのは月に2, 3回程度だ。私のことを愛していないのは明白だった。
一方、母は私にいつも語りかけてくれた。一緒に遊び、一緒に食事を取り、一緒に眠った。母と過ごした日々は幸せだった。
しかし、そんな幸せな日々は長くは続かなかった。私が3歳の時に母は流行り病で亡くなってしまった。
母が亡くなったことをいいことに父は愛人を屋敷に連れ込んだ。私は屋敷で冷遇されるようになった。
「お前は大人しくしていろ。精々この家の利益になるような婚姻をしろ!」
と父は冷たい顔で言い放った。
それまで優しかった使用人たちも父や愛人に気を使って、庇ってくれるようなことはなかった。
父は将来的には私を政略結婚の駒として使いたいと考えているので虐待をするようなことはなかった。それだけは唯一の救いだった。
そんなこんなで今世でも苦労はあるけれど、私はそこまで人生を悲観してはいなかった。
異世界転生ものの小説は何度も読んだことがあったので、転生については抵抗なく受け入れることができた。
しかも、暦や食べ物、文化が日本と似通っている部分が多くあったので困ることはほとんどなかった。
日本に戻れないことに当初は不安でいっぱいになったが、よくよく考えれば前世でも両親とは不仲、大学留年の危機、就活はNNTのトリプルパンチだったので前世への未練はなかった。
あいにく、私が転生した異世界はゲームや漫画、小説で見たことがある世界ではなかったけれど、今世はとことん楽しんでやる!
人魚なんて絶対イケメンや美女ばっかりだし!目の保養には困らない!さらに魔法なんてロマンの塊じゃないか!
それに私は異世界転生、悪役令嬢が大好物だ!これから楽しみだぜ!がははは!
……そんなふうに思っていた時代が私にもありました。
私はテラ王国で生きて行く上で最大の壁にぶち当たった。
それは海底魔法学園への入学だ。
テラ王国は海辺にある王国。その昔、隣国から攻め込まれ窮地に陥ったことがあった。その際に窮地を救ったのがラメール王国だった。
ラメール王国は海底にある人魚の王国だ。人魚は魔力が高く、攻撃魔法を得意とする。人魚たちは強力な攻撃魔法でテラ王国に侵攻する隣国の兵士を一網打尽にした。
そこからテラ王国とラメール王国の交流が始まった。
テラ王国は魔道具の開発に優れているため、魔道具をラメール王国に提供した。一方、ラメール王国は海底魔法学園で貴族の人間に魔法の教育を施すようになった。
これが厄介だった。テラ王国では貴族は16歳から18歳までの3年間、海底魔法学園で攻撃魔法を身につけることを義務付けられている。ちなみに魔道具を身につけることで人間も海底で問題なく過ごすことができる。
海底魔法学園を卒業しなければ成人と認められないのだ。成人と認められなければ、就職も結婚もできない。つまり、人生詰みです……
私は前世で溺死した……海に入るとその時のことが否が応でも思い出される。海底で魔法を学べ!?絶対無理!トラウマなんだよ!こっちは!
10歳の時に一度、海で気を失った人魚の男の子を助けるために海に入ったことがあったが、その時も大変だった。なんとか泳いで助けることができたが、護衛の助けがなければ私も死んでいた。二度と海には入りたくない。
私は現在、15歳。来年には学園に強制入学だ……
決めた!逃げよう!国外に!
どうせ屋敷には居場所がないし!人魚大尊敬のこの国で海に入ろうとしない私は変わり者扱いで、友人は一人しかいないし!
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ある日の夕方、いつものように屋敷を抜け出し海辺に向かった。私の唯一の友人のリックはいつも決まった曜日、時間に海辺にいる。
リックは茶髪で茶色の瞳の青年だ。地味な色合いだが、顔立ちが恐ろしいほど整っている。さぞモテていることだろう。いい目の保養だ。
リックとは10歳からこの海辺でよく話をするようになった。私は落ち込んだ時に海を眺めることがあるのだが、リックもよく海を眺めにくるようだった。
私はくだらない話から悩み事までリックに話をしたが、リックはあまり自分のことについては話そうとしたがらない。話したくないこともあるだろうと思い、私は無理には聞かないようにしていた。
この国を出ようとしていることをリックには話しておこうと思い、話しかけた。
「今日はリックに話したいことがあるの」
リックが不思議そうに私の顔を見つめた。
「急に改まってどうしたんだ?」
「実は……この国を出て隣国で暮らそうと思っているの。私が海に入ることがトラウマだって知ってるでしょう?海底魔法学園なんて耐えられない!家に居場所だってないし」
リックの目をよく見て自分の考えを話した。
「国を出る?国を出たとして貴族の令嬢である君がどこか行くあてがあるのか?」
端正な顔を私に近づけながらリックが問う。
「入学までにはまだ時間があるから、働いてお金を貯めて平民としてなんとか暮らしていこうと思う」
リックは難しい顔をして言った。
「君が海が苦手なこと、家庭環境で悩んでいることを俺はよく知っている。だが、国外逃亡は危険すぎる。すまないが、俺は賛成できない……」
「そっか……話を聞いてくれてありがとう。でも、もう決めたことだから……今日はもう行かなきゃ。国を出るまではまた変わらずにここで話そうね!」
リックに気を使わせないように明るく笑って言った。
「ああ……」
リックは暗い顔しながら答えた。
「……俺のそばから離れることなど許さない……何か手を打たねば……」
最後にリックが何か呟いた気がしたが、私にはよく聞こえなかった。
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あれからリックとは会えない日が続いている……リックがいつもの場所に来ないのだ。心にチクリと針が刺さったようだが、気づかないふりをした。
さ、気持ちを切り替えて、国外逃亡のためにはまず資金調達をしないと!
私はお忍びで寿司屋で働きたいと思っている。屋敷ではいないような扱いなので、屋敷を抜け出し放題。働く時間はたくさんあった。
ちなみに私は大の寿司好き。食文化はほぼ日本と同じ感じなので普通に寿司が存在する。この点は最高!私には行きつけの寿司屋が領内にある。そこで働かせてもらえないか頼み込むつもりだ。
え?人魚に恩がある国なのに魚を食べていいのかって?
私もそう思った。この世界の人魚は普通に魚を食べるらしい。人間が牛、豚、鳥を食べるようなものだって本に書いてあった。
そんなわけで私は行きつけの寿司屋で働かせてもらうために領内にある寿司屋を訪れた。もちろん、町の寿司屋に伯爵令嬢が来たとなると騒ぎになってしまうので、魔道具で髪と瞳の色を変えてある。
「こんにちは!すみません!このお店で働かせていただけないでしょうか!」
引き戸を開けて元気に声を掛けた。
「いらっしゃい!って、働かせてほしい?」
いかにも厳格な寿司職人という見た目のおじいさんが驚いた顔をしていた。
「働かせて欲しいって?ずいぶん急な話だけど、何か理由があるの?」
優しそうなおばあさんが心配そうに尋ねてくれた。
「詳しい理由は言えないのですが……実は……近々この国から出ることになりまして……そのために少しでもお金が必要なのです」
「何か深い事情がありそうだな……いいぞ!ここで働きな!ただし、寿司は握らせられないぞ?まずは雑用をやってもらう」
寿司屋のおじいさんが快諾してくれた!私は元気よくお礼を言った。
「はい!ありがとうございます!」
「これからよろしくな!俺の名前はギンジだ。こっちは妻のシズ。お姉ちゃんの名前は?」
と、寿司職人のおじいさん、ギンジさんが聞いた。
「レイラと申します!よろしくお願いします!」
いきなり現れた私を受け入れてくれた、ギンジさんとシズさんには偽名を使いたくないので、私は本名を名乗った。これから働くのが楽しみだ。
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私が寿司屋で働き始めてから半年が経った。掃除や洗い物、洗濯などが私の主な仕事だ。お寿司は握らせて貰えていないが、働いていて楽しみなことがある。それはお寿司の賄いだ!
「お疲れ様!今日の賄いだ!」
キラキラ輝くお寿司をギンジさんが出してくれる。味はもちろん最高だ。
「ギンジさん、今日もとっても美味しいです。ありがとうございます!」
「おう!たくさん食べな!」
威勢よくギンジさんが答えた。
いつしか、ギンジさんやシズさんと一緒にこの寿司屋で過ごす時間が私にとってかけがえのないものになっていった。国を出てしまうと二度とここに来ることができないと思うととても寂しく感じる……
しかし、国外逃亡の決行は1週間後に迫っていた。1週間後に王城で国外の重鎮を集めた大きな会議が開かれる。その日は王城に警備兵が割かれるため、国境の警備が手薄になる。その日であれば、平時よりも簡単に国境を通過できる。
ギンジさんとシズさんにもうすぐ国外に行くため、このお店を辞めさせて欲しいと伝えなければ……
「突然で申し訳ないのですが、あと1週間でこのお店を辞めさせていただいてもよろしいでしょうか?」
と、私は神妙な面持ちで話しかけた。
「そうなのか……レイラが辞めるとなるととても悲しいが、理由を聞かせてもらえるか?」
ギンジさんが真剣な顔で質問した。私は国外逃亡のことを話すために口を開いた。
「実は王城で開かれる会議の日に隣国に行こうと思っていまして……」
「……屋敷で家族に虐げられているからか?」
ギンジさんが言おうか言わまいか迷った様子で聞いてきた。私はとても驚いた。
「伯爵令嬢のレイラ様が屋敷で虐げられていると聞いたことがある。髪と目の色を変えてはいるが、以前この店にもいらっしゃっていたから顔は覚えていた。もしや……とは思っていたが……やっぱりレイラ様なんだな」
どうやら、私が伯爵令嬢であることはバレていたようだ。私が伯爵令嬢だと知りながらも変わらず接してくれたことにとても嬉しくなった。
「それもありますが、海へのトラウマから海底魔法学園への入学をどうしても避けたくて、国外に出ることを決めました」
私は本当のことを話した。ギンジさんは優しい声色で答えた。
「レイラならどこでもやっていける!自由に生きたらいいんだ!」
「困ったらいつでもこの店に帰っておいで!」
シズさんも優しく声をかけてくれた。
「……ありがとうございます!」
涙を流しながら私は感謝を伝えた。
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あれから1週間が過ぎ、国外逃亡の決行日となった。結局、半年もの間リックには会えていなかった。どうしても隣国に行く前にリックに会いたかったので、何度もいつも2人で会っていた場所に向かったが、一度も会うことができなかった。改めて私の中でのリックの存在の大きさを実感した。
寿司屋での最後のお仕事が終わり、ギンジさんとシズさんに声を掛けた。
「ギンジさん、シズさん、今までありがとうございました!隣国に行っても絶対に忘れません!」
「レイラならどこでもやっていける!元気でな!困ったことがあったらいつでも帰ってこい!」
ギンジさんが泣きそうな声で言葉を掛けてくれた。
「しっかりご飯を食べて、あまり頑張りすぎないようにね。応援してるからね」
シズさんが涙を流しながら言った。私たちはお互い最後に抱き合いながら別れを惜しんだ。
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国外逃亡の決行日の夜、私はこっそり屋敷を抜け出した。定期的に馬車が出る、領内の広場に向かった。隣国行きの馬車に乗り込んだ。
海沿いを走る馬車に揺られることしばらくして、ついに国境付近に近づいた。やはり、会議の影響もあり警備は手薄なようだ。これなら無事に隣国まで辿り着けそう……そう思った矢先だった。
「ヒヒィーン!!」
大きな馬の鳴き声が聞こえ、馬車が急停止した。
「止まれぇ!金目の物を出しやがれ!」
盗賊が馬車の扉を開いた。国境の警備が手薄なこの日を盗賊も狙っていたようだ。私のカバンはあっけなく盗賊に取られてしまった。御者もいつのまにか逃げ出していた。
盗賊は複数人いるようで、何やら話し合っている。
「ちっ!大した金は持ってねえじゃねぇか!こいつはどうする?顔も見られちまってるから海にでも捨てとくか」
「そうだな」
盗賊たちは素早く私の手足を縛り、私を海に放り出した。
まずい……息ができない……意識が遠のいていく……意識が遠のきそうな中、脳裏に浮かんだのはリックの顔だった。最後に一度だけ顔を見たかった……
次の瞬間、私は海から強い力で引き上げられた。顔を上げるとそこには青髪青目の美しい人魚の青年がいた。その顔を見ると、苦手な海の中にも関わらず不思議と心が凪いでいた。
「命を助けていただき、あ、ありがとうございます」
私は目の前の人魚の青年に慌ててお礼を言った。
「俺が誰かわからないか?」
優しい声で尋ねられた。
目の前の青年をよく見ると髪と目の色は違うが、顔がリックにそっくりだった。
「も、もしかして……リックなの?」
私は恐る恐る尋ねた。
「ああ。俺だ、リックだ。今まで隠していてすまなかった。実は俺は人魚なんだ。本当の名前はエイリークだ」
リックの言葉に私は衝撃を受けた。
「エイリークってラメール王国の第一王子の名前よね?あ、あなたは王子様だったの?」
リックが申し訳なさそうに答えた。
「そうだ。俺はこれでも人魚の王子なんだ。色々と話したいことはあるが、まずは盗賊の退治をしよう」
そう言うとリックは魔法を唱えた。
バリバリバリバリ……ドギャァーン!
雷の矢が盗賊めがけて飛んでいった。
「ぐあぁぁぁー!!」
盗賊たちの叫び声が聞こえ、その場に倒れ気を失っているようだった。
――――――――――――
リックは私を陸まで運んでくれた。
「今まで何も言わずにいなくなってすまなかった……」
リックが申し訳なさそうに言った。
「いいの!またこうして会えたから、あなたが人魚だと知ってびっくりしたけどね。でも、どうしていなくなったの?」
疑問に思っていたことをリックに尋ねた。
「君が隣国に行くと聞いて、なんとか海上にあるラメール王国の離宮で魔法を学ぶことができないか、説得して回っていたんだ。君と離れたくないから……」
真剣な顔をしてリックが答える。
私は感極まって述べた。
「友人として、そんなふうに考えてくれていたなんて……ありがとう!でも、今回のことでわかったの。あなたと一緒なら海も怖くないって!私もあなたと一緒に学園に通う!」
「俺と一緒に学園に行ってくれるのか!だが、意味が全然伝わってなさそうだから言わせてもらう。好きなんだ!君のことが!」
私は一瞬何を言われたかわからなくなったが、こんなイケメンが私ごときに恋愛感情を持つことはないとしっかりわかっているので勘違いせずに済んだ。
「わたしも好きだよ!あなたは大切な親友だもの!」
リックが残念そうな顔をしていた。
「今はそれでいい……これから嫌と言うほど俺の気持ちをわからせてやるから……」
私にはよく聞き取れなかったが、またリックと変わらずに話すことができて良かった。久しぶりにリックと寿司屋での出来事など、様々なことを話した。その日は人間の姿に変身したリックに屋敷まで送ってもらった。
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月日は流れ、海底魔法学園入学の日がやってきた。他の貴族たちと共に私は海辺に立っていた。ここから魔道具を身につけて海の中に入る。海に入るのはあの日以来だったので、緊張していたが私の隣にはリックがいる。リックと一緒なら海も怖くない……これからの海底魔法学園での生活、頑張ります!
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