空地での特訓
二日前の出来事。
「俺が地球を救う要に……」
「そうだ。だからもうやるしかないんだ」
「で……でもどうやってフィーリングZを発動すれば……。学校の屋上の事はほとんど記憶にないんだ」
「断片的でもいい。何か思い出せることがあるはずだ」
「何か……」
金児は学校の屋上で起きた事を必死に思い出そうとした。脳内にある記憶の断片を必死に拾おうとした。
「うっすら記憶があるのはヒメーカの能力でのどを掴まれたような……。もうダメだもう死ぬって本気で思って……。そこから記憶がない」
「その記憶がなくなる刹那に何かいつもと違う感覚に襲われなかったか? もしくは何かを思い出したとか」
「…………くそ! ダメだ。思い出せない」
金児は髪を手でくしゃくしゃにした。
「本当に俺にフィーリングZなんてあるのか」
「ヒメーカとイソハチがウソをついているとは思えん。何かあるはずだ」
ジョニーは長いもみあげに手を当てて考え込んだ。
——やはりあの薬は失敗作だったか。あの瞬間だけの発動だったのかもしれん……しかし、いや——
ジョニーはもみあげから手を離すと
「これは仮説に過ぎないが……もしかしたら命の危機に細胞が反応しているのかもしれない」
と言った。そしてジョニーは足を肩幅まで開いた。
「私が今からフィーリングZで学校の屋上と同じ状況を作る。たしかのどを掴まれたと言ったな」
ジョニーは急に鋭い表情になった。まばたきを止めて集中するとジョニーの短い髪がバサバサと波打った。足元の小石が左右に揺れた。
「いくぞ」
ジョニーがつぶやくと小石がゆっくり宙に浮いた。そしてジョニーの瞳孔が収縮すると金児の体が宙に浮いていく。そして金児を引き寄せると両手で金児の首を掴んだ!
「うっ‼」
金児は苦しそうな声を上げた。ジョニーは金児の首を締めあげていく。金児の顔から血の気が引いていくのがわかった。
「金児! 何か思い出したか!」
金児は苦しさのあまり何かを思い出す余裕もないと思った。このおっさんムチャクチャだ。金児を苛立ちが襲ってきた。でもこのままじゃマジで死ぬ。
——あの時、見たもの……そうだ。あの時、ヒメーカの顔が……——
「ヒメーカ……」
金児はつぶやいた。
「ヒメーカ! ヒメーカがなんだ⁉」
ジョニーが金児に問いかけた瞬間、金児の髪が揺れ始めた‼
「こ、これは‼」
ジョニーは高揚した。金児の真下にある小石や砂が渦を巻き始めた。そして金児がジョニーの腕を掴んだ。ジョニーはその手にとてつもない力を感じだ。金児の手の甲に緑の血管が浮き上がってきたその瞬間、ジョニーは弾かれて飛ばされた‼
「ぐわぁあああ」
ジョニーは地面を転がったが、すぐさま受け身をとって起き上がった。
「フィ、フィーリングZだ!」
ジョニーは金児を見てそう言った。金児は首を抑えて苦しそうにジョニーを見ていたが、フィーリングZが放つエネルギーのオーラに包まれていた。
「や、やったぞ金児! その状態を維持しろ。その感覚を覚えるんだ」
「これがフィーリングZ……エネルギーが全身から湧き上がってくる……」
金児は体験したことのない感覚に襲われていた。緑の血管が浮き出ている自分の手のひらを見てやや不気味だったが、不思議と恐怖心は芽生えなかった。
「何かを思い出したのか?」
ジョニーは声を弾ませて金児に聞いた。
「いや……霧のかかった世界でヒメーカの顔が浮かんで……」
金児は思い出し思い出し話すような口調で答えた。
「ヒメーカ! ヒメーカがトリガーなのか」
とジョニーは言った。金児は
「わからない。でもヒメーカを思い出した瞬間、発動したような」
と答えた。
「そうか。フィーリングZは人間の深層心理と密接に関係している。つまり……そういうことか」
ジョニーの言葉に金児は的を得ない顔をした。
「つまり……どういうこと?」
「つまり……金児、お前はヒメーカのことが好きなのか?」
ジョニーの発言でパシーンッと放電したかのように金児のフィーリングZは解けた。
「いやいやいや! 好きじゃないし! あんな鼻っ柱の強い女、ぜんぜんタイプじゃない!」
蒼白だった金児の顔はみるみる赤くなった。
「ふ……まあそんなことはどうでもいい。でもお前にとってヒメーカがなんらかのトリガーになっているのは間違いなさそうだ」
ジョニーは微笑ましく金児を見てそう言った。
「よし。金児。今の発動環境を俺無しで思い出してやってみろ。実際に首を絞めなくっていい。トリガーはヒメーカだ」
「わ……わかったよ」
——金児はそっと目をつむった。そしてどんよりとした暗闇を想像した。濃霧が立ち込めて日の光を遮っている。息苦しい。辛い。そこから抜け出したい。その場所にヒメーカが立っている。ヒメーカは振り返って金児に微笑みかけた——
ドンッ‼
金児の体からエネルギーが放出されてオーラを纏った。
「で、できた!」
「よし、いいぞ! 発動完了だ」
ジョニーは拍手した。
「金児、そのまま維持しろ。ヒメーカにも言ったがそれはまだ初歩的な段階に過ぎない。フィーリングZは個人の熱意、情熱と結びついた時、最も力を発揮するんだ」
「個人の熱意⁉」
「そうだ。お前が一番熱くなれるものは何だ? 夢中になれるものは何だ?」
「熱くなれるもの……」
金児は一つ思い浮かんだ。
「プ……プロレス観戦かな」
「プロレス観戦? そういうことじゃない気がするが……。まあいい。プロレスが好きならプロレスラーになったつもりで蹴りを出してみろ」
「わ、わかった」
金児は一番大好きなプロレスラー、ブルーダイナマイトに完全になりきって蹴りをくりだした。通常の蹴りより何倍ものスピードの蹴りが出せた。
「す、すげえ。これがフィーリングZをまとった蹴りか!」
金児は調子に乗って蹴りを何回も繰り出した。いままでにない動きのキレに浮かれて蹴っているとジョニーが
「待て待て。金児。それはただの蹴りだ。フィーリングZが深層心理の熱意と化学反応を起こせば、そんなものじゃない」
「え? 十分すごいよジョニー」
「そんな蹴りをいくら打ったってファーストの軍人には何の役にもたたん。プロレス好きは趣味の範疇だ。そうじゃなくてもっと深く考えろ。お前が一番飢えている事はなんだ。現在進行形じゃなくてもいい。過去でもいい。お前が心のそこから情熱をもったものはなんだ?」
「情熱をもったもの? 俺が飢えているもの……」
金児は走馬灯のように自分の15年間を思い出した。自分が最も無我夢中で欲したもの。金児はしばらく蓋をしていたあることを思い出した。だがそれをジョニーに、いや誰にも言いたくはなかった。
「なんだ金児。何か考えているが」
「いや。あまり思い出したくないことを思い出して。あまり人に言いたくないというか」
「べつに俺に対して言語化しなくてもいい。お前の熱意の問題だ」
「うん……」
「あまり悩んでいる時間はないぞ。地球の未来はお前の成長にかかっている」
「……わかった」
金児は自分が最も飢えていたものを思い出した。ずっと考えないようにしていた金児だが、少し思い出しただけで胸が熱くなった。一番飢えていたもの……それは小学生の頃、空手の試合で勝って母親の笑顔を見ることだった。金児にとって優勝トロフィーよりも、母親の笑顔が一番の賞だった。金児は自然と空手の構えをとっていた。
「ふぅ……」
金児は目をつぶって一つ息を吐くと、あの頃の自分と今の自分が重なった感覚になった。そして母親の満面の笑みを思い浮かべて、渾身の上段蹴りを繰り出した!
——びゅゆゆゆゅゅゅゆんん‼ ずばぁぁぁぁん‼ ——
金児の蹴りは空間を切り裂いた! ジョニーの肩口を風の斬撃がかすめていく!
その通り道の地面に切れ目が入り、遠くの崖にぶち当たった! ジョニーは唖然とした顔をした。
「そ……それだ……金児」
金児は目を疑った。これがフィーリングZと熱意が結びついた攻撃。自分が放ったという実感がもてなかった。
「これが……俺の蹴り……」
「そうだ。それがフィーリングZだ。いける。いけるぞ金児。これでファーストと戦える」