ファーストコンタクト
キーンコーンカーンコーン。五時限目の授業が終わったチャイムが鳴った。急にあわただしくなった教室の空気で金児は目を覚ました。起きたり、寝たりウトウトしていた金児は口元のヨダレを手でぬぐった。金児の体は病院で目が覚めてから異常な回復を見せていた。目が覚めた時点では骨の芯からくるような激痛が全身を襲った。金児にとってその痛みは完治しないのではと思わせるほどの痛みだった。だがそこから見る見るうちに全身の痛みと傷が治っていった。ヒメーカと屋上で戦ってから今日で一週間ほどが経つが、金児はほぼ全快と言っていいほど回復していた。金児はこの異常な回復力に不安を抱いていた。もしかしてこれはフィーリングZが関係しているのか。そうだとしたら自分の体は一体どうなってしまうのだろう。そしてもう一つ不安な事があった。ジョニーと約束したフィーリングZ発動の特訓だ。その約束の時が今日の放課後だった。金児は人目の付かない特訓場所を探していたが思いつかずに苦労していた。
「銀太。お前この辺の地域に詳しい奴知らない?」
金児は席の近くを通った親友の銀太に声をかけた。
「この辺? んー。天品に詳しい奴っていったら……あっそういえばとなりの席の女子がこの辺が地元だって言ってたな。実家が寺らしいぜ」
銀太はそう言ってその女子を指さした。
「あの子だよ」
金児は銀太が指をさした方を見た。銀太の席のとなりに髪の短い女子が座っていた。
「神野って名前だよ」
「神野ね。わかった。ありがと」
金児は椅子から立ち上がって神野という女子の後ろまで歩いて行った。そして肩口から
「神野」
と声をかけた。
「ひゃっっ‼」
振り返って金児の顔を見た神野は大きな悲鳴を上げた。その声に金児もビックリした。
金児は
……なんだコイツ。なんで人の顔見てそんなにビビるんだよ……
と思った。
「お前、神野だろ」
「う、うん……」
神野は目が見えるか見えないかぐらいの長さの前髪の隙間から金児を見た。
「あのさ銀太から聞いたんだけど、神野の地元って天品なんだろ?」
金児の質問に一瞬ビクッとした神野だったが、予想外の質問だったのか恐る恐る上目遣いで金児の目を見て
「そうだよ」
と言った。金児は少しニコっとして
「だったらさぁ、この辺に人けのない空き地みたいなとこない?」
と神野に尋ねた。
「この辺?」
神野は少し考えた。
「私んちの墓地の裏に空き地があるよ」
「へえ。神野んち寺らしいじゃん」
「うん……。裏山登った所の空き地は幽霊が出るからって誰も近寄らないよ」
「そっか。OK。こっから近いの?」
「自転車で15分かからないくらい」
「寺の名前は?」
「柔福寺」
「柔福寺か。聞いたことあるわ」
「うん……」
「わかった。調べてみるわ。ありがとな」
金児はそう言って神野の肩を軽くポンと叩いて席に戻ろうした。神野はまたひゃっと声を出した。金児は神野の事をなんか異様におどおどして暗い奴だと思った。
「あ、あの……ふ、福沢君……」
席に戻ろうとした金児に神野が声をかえた。
「ん?」
金児が振り返ると神野は
「ご、ごめんなさい。何でもない……」
と言って下を向いてしまった。金児は神野のことを人見知りの激しい奴だと思った。何か聞きたいことがあるなら言えよと金児は思ったが六時限目が始めるチャイムが鳴ってしまった。金児はスタスタと席に戻るとモバイルフォンで柔福寺を検索するのだった。
「あっここだ。ここでいいよ」
金児は車を運転する黒服に声をかけた。黒服はわかりましたと言って車を車道の片側に寄せて停車した。金児は車を降りて上を見上げた。迫力のある木目の板に柔福寺と彫られている。
「ここが柔福寺か……。聞いたことあったけどバカでっけえ寺だな」
金児が入口の門から見た柔福寺はいかにも何百年も前からあると思わせるこげ茶の木造の建物で、学校の体育館よりも大きな寺だった。そして敷地に綺麗に敷き詰められた砂利が神秘な雰囲気を際立たせていた。金児は柔福寺の非現実感に少し目を奪われたが、ここへ来た目的は参拝ではなかった。金児はキョロキョロと周辺を見渡した。すると『こちら墓地』と表示された看板が目に入った。金児が看板の方へ歩いていくと立ち並ぶ大きな楠の木の裏に広大な墓地があった。
「これが墓地か」
金児はモバイルフォンの地図を見てつぶやいた。
「ということはこの道だな」
金児は柔福寺と墓地の間にある小道を見つけた。金児はどこからかちょろちょろと水の音がするその小道に入っていった。しばらく歩いていくと道がコンクリートから土になった。その道は墓地の裏山に通じていた。金児は徐々に傾斜がきつくなる道を歩いた。坂道は山の木が覆っていて薄暗く、看板もガードレールもなく、カラスの声がして異様な不気味さがあった。
「やっと着いたぜ」
金児が坂道を上り終えて広場を見渡すと一人の男が立っていた。その男は振り返って
「きたね。金児」
と言った。金児はその男がすぐジョニーだとわかった。金児は雑草だらけでほとんど手入れされていない広場にぽつんと立っている。
「ジョニー。早かったね」
「君から連絡を受けてすぐ向かったからね。しかしいい場所を見つけたね。ここなら人は来ないだろう。最近人が来た形跡もないし」
淡々と話すジョニーの話を金児は黙って聞いていた。
「来て早々だがさっそく修行に入ろう。時間がない。完全に日が落ちてしまったら修行もしずらいしな。まず……」
「ジョニー。ちょっとまって」
金児は突然ジョニーの話をさえぎった。
「あの……」
金児は深刻な表情をした。口を尖らせて何か我慢している金児の表情を察知したジョニーは
「なんだ。何か聞きたい事があるのか」
と言った。金児はうつむき気味に話し始めた。
「俺、思ったんだけど……ファーストの奴らと戦わずに話し合いでは解決できないのかな」
ジョニーは予想外の金児の質問に目を見開いた。金児は
「イソハチがまだ生きている今なら話し合いで解決できる気がするんだけど。ファーストの目的はイソハチとジョニーだろ。何かこう……取引みたいなことができるんじゃ。イソハチとジョニーがファーストの弊害にならないことを何か証明できれば……」
「待て金児」
今度はジョニーが金児の話をさえぎった。ジョニーは足元を見て腰に手を当てながらため息を一つついた。
「金児。君は何か勘違いをしている。まずファーストはそんな甘い奴らではない。奴らの残虐性を私はこの目で見た。それに私とイソハチは地球に逃げてきたわけでない」
金児は一瞬、え⁉という顔をした。
「セカンドが占領されて地球に逃げてきたんじゃないのか?」
金児の問いにジョニーは金児の目をまっすぐ見ながら首を横に振った。
「もちろんそれもある。だが私とイソハチの真の目的はこの地球を守る為だということだ」
「守るため?」
「そうだ。これは推測にすぎないが……」
ジョニーは眉間にしわを寄せるとするどい眼光を輝かせた。
「ファーストの次の標的はこの地球を侵略することだ」
「なっ……‼」
金児は驚きを隠すことができなかった。
「そんな……まさか……」
「おそらく……いや間違いなくファーストは地球を侵略しようとしている」
「そ、そう思う根拠は?」
「様々な理由が複雑に絡み合っているが……。まずセカンドは小さい惑星だからだ。人口の急激な増加に耐えられない。それと奴らは最初の覚醒者によって地球は完全に破滅していたと思っていた。だがセカンドを発見したことによって地球は破滅しておらず、しかも自己再生能力をもっている可能性におそらく気づいている。奴らが地球に来るのは時間の問題だと思っていたが、奴らはついに地球にやってきた」
金児は唾を飲み込んだ。固まっている金児にジョニーは話を続けた。
「私は命からがら地球にきたが、地球に来て思った。こんなに生命が存在するのに最高の環境は宇宙におそらく二つとないだろうと。まさに唯一無二の惑星だ。ファーストも同じことを思っただろう。奴らは地球を今の人類から必ず乗っ取ろうとするだろう」
金児は言葉が出なかった。
「そして地球に来て感動したことがもう一つある。それは今の地球に繁栄している人類にフィーリングZがなかったことだ。なぜ三代目の人類だけそうなったのかはわからない。だがこれは素晴らしいことだ。フィーリングZ巡る戦争のない世界だ。間違いなくここの人類は永久的な繁栄に向かっている。私は科学者として地球の人類を守らなくてはならないと思った」
金児はジョニーの事をヒメーカの知り合いというだけでどこか信じられないでいた。心のどこかで自分は悪い夢を見ているだけだと金児は信じたかった。だがジョニーの話は具体性があり信じざる終えないと感じ始めた。
「それで地球でフィーリングZの研究を?」
と金児は言った。ジョニーはうなずいた。
「そうだ。私とイソハチはフィーリングZのない人類に感動した。だからフィーリングZを発動できる薬の研究を始めた。ファーストの特殊部隊に地球の科学兵器は一切通用しない。個人の熱意や情熱がフィーリングZと結びつくと、とてつもない力を発揮して科学兵器は効かなくなる。ダメージを与えられるのはフィーリングZを使った攻撃のみだ。だから来るべきファーストとの戦いに備える必要がある。その戦いをもし乗り切ることができれば、今の人類は滅亡することなく永久に繁栄できると考えた。そしてヒメーカの成長過程を研究して試行錯誤を繰り返した。だがどうやっても不良品の薬しかできなかった」
ジョニーは本当に悔しそうな顔をした。だがその瞳にかすかに光がともった。
「そこで現れたのが金児、君だ。君はヒメーカとの戦いの中で失敗作の薬によってフィーリングZに目覚めた。私は運命なんてものは正直信じていなかったが、これは何かの運命だと思わざる終えない」
これは運命なのか。金児は足が震えた。普通のボンボンの高校生の自分が、いや高校進学さえしないつもりだったどうしようもない十五才の自分が今、とんでもないことに片足を突っ込もうとしている。恐怖に飲み込まれそうな金児にジョニーは言った。
「君はおそらくこの地球の人類を救う要になる」
フクザワホールディングスがある都市のオフィス街にファーストのアジトはあった。人けが少ない通りのさびれたビル。全部で十社ほどのテナントが入居できる五階建てオフィスビルだが、三社程度しか入居しておらず貸店舗の張り紙が目立っていた。地球にやってきたファースト達はスーツ姿で完全に一般人として町に溶け込みそのビルで生活していた。
「リンゴさん。コイツどうするんですか?」
パインと言う名の筋骨隆々でドレッドヘアの男は麻酔で眠らされている斉藤イソハチを足で小突いた。パインは惑星ファーストの特殊部隊群(通称FSF)第一師団のメンバーであった。
「間違っても殺すなよ。上からの命令は生かしたまま帰還しろとのことだ」
「わかりました」
パインは機敏に敬礼した。リンゴは意識がないイソハチを腕組をして睨み付けた。パインにリンゴさんと呼ばれる男は小柄だが勇猛で好戦的、赤い髪の甘いマスクでFSF第一師団の団長である。パインに足で小突かれたイソハチは惑星ファーストで開発されたフィーリングZ使い拘束具「ジェイル」によって拘束されていた。ジェイルは拘束されるとフィーリングZが一時的に極めて弱まり、ほぼ無力化できるという優れものだった。イソハチはジェイルに加え麻酔銃によって眠らされていた。リンゴは腕組を解くとFSFのメンバー全員に命令を出した。
「今日の計画を確認する。標的はノグチヒデサブロウ博士。博士の誘拐、そして博士がイソハチから何らかの情報提供を受けているか確認することだ。ピーチによる研究所への潜入捜査で博士とイソハチが接触していることは確認している。フィーリングZに関する資料などがあったら即時没収だ。地球人がフィーリングZを使えないことは我々の調査ではっきりした。地球人がフィーリングZの研究を始めたら今後厄介になるかもしれん。フィーリングZに関する研究は完全に葬るんだ。ピーチの報告では、一時間後に博士が外出から研究所に戻ってくるはずだ。そこで研究所に入るところを襲う計画だ」
「はっ」
リンゴの指示にFSFメンバーは引き締まった表情で敬礼した。ピーチは第一師団の変装、潜入捜査を得意としているメンバーで、黒髪を腰の位置までなびかせているハイヒールが似合うスタイルのいい女だ。
「よし。では出発する。ライムお前がイソハチを運べ」
「ほーい」
ライムは返事をするとイソハチをひょいっと肩へ担いだ。ライムと呼ばれる男は第一師団で最も知能に優れており、ひょろ長い体型で緑色のボウズに吊り上がった目が特徴の男だ。FSFの四人と拘束されたイソハチはビルの玄関を出ると隣のビルとの間にある路地に入った。リンゴは軽く地面を足で蹴ると一瞬で五階建てのビルの屋上へ飛んだ。他の者もそれに続いた。そしてビル群の屋上を次々にジャンプしながら福沢中央研究所に向かって移動していった。
「野口博士、これでシャーベル賞受賞間違いありませんね」
「私は賞などまったく興味はないよ」
博士はボディーガードが運転している車で助手と共に研究所へ向かっていた。博士は実用化不可能と言われていた技術を次々と開発。それらの技術を海外企業に自ら売り込みに行った帰りだった。
「社長が開発者自らセールスした方が効果的だというからしょうがなく行ったが、こんな時間があったらフィーリン……ゴホゴホ。いや研究に没頭したい所だ」
博士には会社の利益になる研究への興味はもはや皆無だった。フィーリングZ。この異次元の現象に完全に心を奪われていた。
……科学者としてあのような現象に出会えるとはなんという幸運。会社の業務はダミーにして、私財を投げうってでも斉藤君と共にもっと研究を深めたい……
博士の乗った車は屈強なボディーガードが乗った黒塗りの車で前後を挟まれて、高速道路を走行していた。フクザワホールディングスと表示された看板の矢印にしたがって高速道路から一般道へ下りていく。そして大企業が居並ぶオフィス街でひと際広大な面積を有しているフクザワホールディングスの敷地内へ入っていき、研究所の玄関先でゆっくり車は止まった。ボディーガードがさっそうと車を降りて博士が乗っている後部座席のドアを開ける。博士はありがとうと言って助手と共に車を降りた。
「博士、この後どうなさいますか?」
「私は少し疲れたから、30分ほどカフェでゆっくりしてから研究室へ向かうよ」
「そうですか。私は今日は日曜なので書類を整理したら帰ります」
博士と助手は研究所のエントランスの自動ドアに入ろうとした時、背後で何かが倒れたような音がした。それも複数。博士は何気なく後ろを振り返ると黒服を着たボディーガード達が全員道路に倒れていた。無造作に転がっている男達を見て人類屈指の高IQを誇る博士でも起こった事をすぐさま認識できないでいた。ただ倒れているボディーガードの輪の中に黒のスーツ姿の男女が立っているのがはっきりとわかった。ぎょっとした博士の視線は赤い髪の男の視線と交差した。赤い髪の男は視線を外さずに仲間と思われる男女を引き連れて博士に歩み寄った。
「ノグチハクシ」
リンゴは博士に向かってそう言った。
「な、なんなんだ君達は⁉」
博士の声は震えていた。リンゴの発音はカタコトで、明らかに異様な雰囲気を醸し出していた。
「オハファーストンリンゴサゲモーイ。ヨロッデモイド」
とリンゴは言った。博士は
「ん⁉ きさまらどこの国の人間だ⁉」
と言った。すると巨漢のパインは無言で博士の助手の顔面を片手で掴んで持ち上げた。
「うわぁあぁああ‼」
パインの指が助手のこめかみにめり込んでいった。助手は反射的にパインの腹を思いっきり蹴ったがビクともしなかった。
「やっやめろっ」
博士は叫んだが、パインは無表情で助手を持ち上げたままだった。するとピーチがハイヒールの音をコツコツと鳴らせて博士の目の前まできた。そして綺麗な黒髪をかき上げて中指を自分のこめかみに当てた。するとキーンと何かが起動するような小さな機械音が鳴った。
「どうするノグチ」
ピーチは急に地球の言葉を口にした。
「リンゴさんはお前に来いと言っている。どうする」
ピーチの言葉に博士の体は硬直した。
「こっ……断る」
博士がそう言うとピーチはパインに目で合図を送った。パインはさらに助手の顔面に指をめり込ませた。
「ぐっわぁああぁぁ」
助手は両腕でパインの丸太のような腕を掴んで叫んだ。
「わかった‼ わかった‼ わかったから彼に危害を加えないでくれ……」
博士が苦しそうに呼吸をしながら頼むとピーチはまたパインに目で合図を送った。パインはパッと助手から手を離した。助手はそのまま地面に落下して倒れこんでしまった。ピーチは顔を博士の耳元へ近づけた。そして
「もう一つ聞きたい事がある」
と言った。博士は顔を正面を向けたまま目だけをピーチへ向けた。
「フィーリングZのことを知っているな?」
ピーチは冷酷な表情で博士に聞いた。
「し……知らない」
ピーチは表情を1ミリも変えなった。
「何かしらのフィーリングZの研究資料があるはずだ。出せ」
「だから知らないと言っているだろう。本当なんだ」
「とぼけるのはよせ。何かあるはずだ」
ピーチはわずかに強い口調になった。すると博士とピーチの間にスッと腕が割って入ってきた。リンゴだった。リンゴはこめかみのマイクロチップに手を当てた。それに追従してパインとライムもこめかみに手を当てた。
「我々に刃向かっても無駄だ」
リンゴが地球語でそう言うとパシーンと空気に電気が走ったリンゴの髪が風に吹かれている芝生のようにざわざわっとした。すると博士が背にしている研究所玄関の大型ガラスにヒビが入った‼
「うわぁっ‼」
博士は瞬間的に身構えた。ピーチはリンゴの横から
「何かあるはずだ。出せ」
と無表情で言った。博士はピーチの異常なまでの冷静さと氷のように冷たい目に恐怖で言葉がでなかった。博士が怯えていると研究所の警備員二人が大理石の床をカンカン鳴らしながら走ってきた。
「おい! 何している‼」
「ん⁉ 野口先生!」
警備員が博士に気付いて近寄よろうとした。だが警備員は走ってはいるが前に進めなかった。ピーチの毛先がふわふわと揺れている。警備員の体が急に宙に浮き始めた。
「や、やめろ!」
博士が叫ぶと警備員二人は後方へ吹っ飛んで大理石の床を滑っていき壁に激突した。
「ノグチ。早くしろ」
ピーチはボソッと言った。
「は……博士……」
その時、恐怖におびえる博士の耳に蚊の鳴くような声が聞こえた。
「は……博士……。け……研究資料をこいつらに渡してください」
「斉藤君‼」
博士はライムの肩でうなだれていた男がイソハチだと認識した。
「博士、こいつらにフィーリングZの研究資料を……」
「し、しかし……」
「このままではあなたは殺されて研究所は破壊される」
「だがあれを失っては研究が……」
「こいつらは甘くありません。し……死んでしまってはすべてが終わります」
「く……くそ……」
博士はうなだれた。リンゴの足元の地面に亀裂が入っていくのが博士の恐怖を増大させた。
「わ、わかった。ついてきなさい」
博士は抵抗するのをあきらめた。ピーチはリンゴとアイコンタクトをとると小さく頷いた。リンゴの髪の揺れは止まり、地面の小刻みな揺れも止まった。博士は落ちている小さなガラスの破片を踏みしめて研究所へ入ろうとした。
その時だった。
研究所の外からアスファルトをこする音が聞こえた。博士は何気なくふっと振り返ると三人の人間が立っていた。生気を失っていた博士の目に力が入った。
「あれは……」
博士の目に見た事のある制服が映った。そこには学生の制服を来た男女とスーツ姿の男性がいた。そしてなぜか全員プロレスラーの覆面を被っていた。
「ねぇ金児、この覆面着けなきゃダメなの? ダサいんだけど」
「いいから覆面とるなよヒメーカ。オヤジにバレるとめんどくさいんだよ。あと顔ばれしないようにインターネット対策だ。この覆面は伝説の名プロレスラーの物だ。オークションでやっと手に入れた本物だぞ。光栄に思え」
「私プロレス全然わかんない」
「なぜ私まで覆面を……地球に来て初めての経験だ」
FSFのメンバーは何やらごちゃごちゃと話している奇妙な覆面を着けた三人組に目を奪われた。
「誰だお前たちは」
ピーチは一番前に立っている青の覆面を着けた金児に尋ねた。
「俺たちは天品高校演劇部だ」
「何を訳がわからないことを言っている」
ピーチは疑いの表情をしている。
「博士とイソハチをこちらへ渡せ」
「なぜ野口と斉藤のことを知っている」
リンゴはピーチに顎で指示を出した。それを受けてピーチは金児達の方へ振り向くと目の動きを止めた。綺麗な黒髪のキューティクルがゆらっゆらっと動き出す。すると金児達の周りの小石が浮き始めた。
「来るぞ」
とジョニーが言った。ピーチが力を強めると金児達三人の上着のすそが強風に吹かれているようにバタバタと揺れた。
「くうぅ‼」
金児の表情が歪んでかかとが浮き始めた。
「金児! フィーリングZを開放しろ!」
金児は深呼吸した。
「い……行くぞ」
金児の首筋に緑の血管がうっすら浮き上がった。金児の周囲に上昇気流が生まれて、円状のエネルギーの層が金児、ヒメーカ、ジョニー三人を覆った。その層の圧がピーチのフィーリングZとぶつかった! 砂煙がFSFメンバーを通り抜けていった。
「金児、特訓の成果でたな」
ジョニーは頬の口角を上げて言った。金児は苦笑いして二日前、柔福寺裏山でのジョニーとの特訓を思い出した。