ジョニー
ヒメーカはブルブルと震える腕で何とか上体を起こした。
「ヒメーカ! 無理するな」
金児がヒメーカを制止した時、また病室のカーテンがバサッと揺れた。すると窓から一人の男が飛び込んできた。男はチノパンに汗のシミが目立ったポロシャツという恰好をしていた。だが金児にはその男がフィーリングZをまとっていることを直感で感じ取った。男はギロッと金児とヒメーカを睨み付けた! 金児はとっさに身構えた!
「ジョ、ジョニーおじさん‼」
とヒメーカは叫んだ。金児はヒメーカの顔を見た。
「知り合いか⁉」
金児は動揺した。ヒメーカが「知り合いよ」と言うと、男は
「ヒメーカ‼ 無事か! イソハチが来なかったか⁉」
と息を弾ませてヒメーカに尋ねた。
「お父さんは全身黒のスパッツを来た男達と一緒にどこかへ行っちゃった」
「なんだって⁉」
男はバッと振り返ってベランダへ飛び出した。そして辺りをキョロキョロと見渡した。
「くそっ! 遅かったか!」
と言って男はベランダの手すりを拳でたたいた。そして腰に手を当てて空を仰ぎ見ると少し考えて深呼吸した。男は息を吐き切って振りかえると金児をするどい目つきで見た。
「おそらく君が福沢金児君だね」
男は病室に入ってくると
「君の事はイソハチから聞いている。学校の屋上でヒメーカとひと騒動起こしたことも能力に目覚めたこともね」
と言った。金児は否定も肯定もしなかった。男はそれを暗黙の肯定と受け取った。
「君達二人に話さなければならないことがある。ヒメーカ。君もよく聞きなさい。初めて話すことだ」
男は決意に満ちた表情をして若者二人の目を見た。
「俺の名前は高橋ジョニー。イソハチと一緒にフィーリングZの研究をしていたものだ。この事はヒメーカも知っているね」
「うん。私が物心ついた時からジョニーおじさんはよくお父さんと一緒にいたわ」
ジョニーは小さく息を吐いた。そして少し間をおいて話し始めた。
「ここからが本題だが……イソハチと俺、そしてヒメーカは宇宙からきた」
「え⁉」
とヒメーカはジョニーの言葉にとっさに声が出た。ヒメーカは初耳だった。ジョニーは鋭い眼光で話を続けた。
「我々は歴史上二番目の地球人。惑星セカンドからこの地球にやってきた」
「に、二番目の地球人⁉」
金児は目を見開いた。
「あんた何を言ってるんだ……」
金児は動揺して信じることができなかった。だがジョニーは大真面目な顔をしていた。
「金児君。イソハチを連れて行った奴らの胸に何かマークらしきものがあったか」
「そういえば……何か……胸に地球に似たマークのような……」
「そうか……。なら奴らは歴史上最初の地球人。通称ファースト。奴らも宇宙から来た」
「いや、そ……そんなのウソだろ」
「信じてもらいたい。フィーリングZの存在を知った君が、たかが宇宙人を信じることもできないのか?」
金児は言葉につまった。たしかにヒメーカに出会ってから現実離れしたことばかりが起こっている。超能力少女にケンカを売られ、見たこともない材質のスパッツを来た連中に襲われかけ、そして今度は目の前に宇宙からきたと言っている男がいる。金児はパニックになりそうな自分を必死で抑えて、平静をよそおった。
「金児君。君達のいるこの世界、現代の地球人は地球に三回目に誕生した人類だ。地球の人類は過去に二度絶滅しているんだ。正確には数十名を除いて絶滅している。絶滅の原因は今だ謎とされているが、フィーリングZが原因だと言われている」
ジョニーは少し悲しげな顔をした。金児とヒメーカは開いた口がふさがらなかった。
「さっき来た奴ら、つまりファーストは最初の人類が滅んで行く直前に宇宙へ逃れ、別の星で繁栄した人類だ。そして我々セカンドはファーストが絶滅した三億年後に誕生した地球人だ。我々の祖先もファーストと同様、滅びゆく地球を横目に宇宙へ脱出した。そしてその五億年後に今の地球人が誕生した」
ヒメーカは目を見開いていてジョニーの話を聞いていた。そして動揺を抑えるようにゴクッとつばを飲み込んで口を開いた。
「わ、私が二番目の地球人……」
「すまないヒメーカ。今までずっと黙っていて。いずれは話すつもりだった」
とジョニーは本当に申し訳ないというような顔で言った。ヒメーカはうつむいて少し悲しそうな顔をしたがすぐ顔を上げて
「し……信じられないけど……それが本当だとして、なぜお父さんがファーストの奴らに連れ去られるの?」
ヒメーカのするどい視線がジョニーとぶつかり合った。
「これは憶測の域をでないが、おそらく惑星ファーストでフィーリングZの覚醒者の資質を持った者が誕生したんだろう」
「覚醒者⁉」
「そうだ。この地球から二度人類を絶滅に追いやった破壊神だ。数億年に一人生まれるか生まれないかの超人だ」
「破壊神……ということはファーストはまた絶滅しかかっているの⁉」
とヒメーカは少し興奮ぎみに言った。ヒメーカとジョニーの話を考えながら聞いていた金児が口を挟んだ。
「……もしかしてファーストは惑星セカンドを乗っ取ろうと……」
金児のこの発言にジョニーは目を見開いた。
「察しがいいな君は。その通りだ。奴らは移住地を求めてセカンドに侵攻してきた。そしてセカンドは今完全に奴らに支配されてしまった」
ジョニーはうつむき、目が赤く充血した。深い悲しみと怒りが合わさった目だった。
「我々は星を上げて対抗した。セカンドのフィーリングZ使いの精鋭部隊で戦ったが、奴らの強さはとてつもないものだった。特にファーストのフィーリングZ使い特殊部隊にはまったく歯がたたなかった。我々の中枢が乗っ取られるのが確実になった戦況で王の指示によってセカンド随一の科学者だったイソハチと俺、そしてまだ赤ん坊だったヒメーカはセカンドを命からがら脱出したんだ」
ジョニーはあふれんばかりの悔しさで両拳を握りしめた。ヒメーカはその男の拳を見て同情の表情を見せた。そして不安げな目をして
「それじゃファーストは私たちを捕まえるために地球へ⁉」
と言った。ジョニーは頷いて
「おそらく」
と言った。
「だがヒメーカを連れて行かなかったことを見ると赤ん坊だったヒメーカの存在は脱出時にファーストには気付かれていなかったと見た。これは我々には好材料だ」
「だったら早くお父さんを助けにいかなきゃ‼」
と意気込んでヒメーカはベッドから出ようとした。金児は
「そんな体じゃ無理だ。ヒメーカ」
と言ってヒメーカを制止した。ジョニーもヒメーカの両肩をつかんで止めた。
「大丈夫だヒメーカ。ファーストがお父さんを殺すつもりならここで殺していたはずだ。それにここへ来た奴らが万が一特殊部隊の奴らだったらそんな体で行っても簡単に殺されるだけだ」
「くそっ‼」
ヒメーカは涙ぐんでベッドをたたいて悔しがった。金児はどうしたらいいかわからなかった。ヒメーカに何を言っていいかもわからなかった。そして信じられないようなことが次々に起こって自分がこれからどうなっていくのかが不安でしかなかった。不安げな表情をしている金児にジョニーは話しかけた。
「金児君。君はフィーリングZを使えるのかい?」
この質問に金児は固まった。
「いや……ヒメーカが言うには俺がフィーリングZを使ったらしいけど、正直あまり覚えてなくて。どうやって発動していいかもわからない」
「ヒメーカ。金児君はフィーリングZを使えるのかい?」
ジョニーの質問にヒメーカは金児を見て答えた。
「間違いないわ。本人は意識を失くしていたけど私が全力を出さないと止められないほどの力だった。だから今は発動の仕方がわからないだけよ」
「そうか……。ならばフィーリングZのレベル的にはヒメーカと同レベルぐらいだろう。二人ともまだフィーリングZが個人の熱意と結びついていない。ならばイソハチ奪還のキーパーソンは金児君。君だ」
ジョニーはまっすぐ金児の目を見て言った。
「え⁉」
と金児は驚いた。
「君達二人がフィーリングZを使えることは奴らにはバレていない。ならばこちらに分がある」
ジョニーの決意に満ちた顔を見て金児の心臓の鼓動が高まった。
「ちょっとまってジョニーおじさん。個人の熱意って何?」
ヒメーカは話を遮るようにジョニーに問いかけた。
「ヒメーカにはまだ話していなかったが、ヒメーカのフィーリングZはまだ初歩的なレベルに過ぎないんだ。まだ本当のフィーリングZとは言えない。フィーリングZは個人の熱意と結びついて初めて威力を発揮するんだ」
ジョニーの説明にヒメーカは動揺した。ヒメーカは自分がそれなりのフィーリングZの使い手だと思っていたからだ。
「ヒメーカにも後々詳しく話す。だが今は体を休めるんだ。そして金児君。いや金児。君はフィーリングZを発動する特訓だ‼」