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屋上での戦い

「くっ‼」

金児は全身にとてつもない圧力を感じた。すこしでも気を緩めたら体がはじかれそうだった。金児は体制を低くして耐えたが、脳が無酸素状態に耐えられなくなり、後方へ吹き飛んで地面に倒れた。

「それじゃ」

ヒメーカはボソっとそう言うと手すりの方へ歩いていった。金児はぼやっとした視界の中でなんとか上体を起こした。

「ま、待て」

金児は引きつった顔でなんとか声を絞り出した。ヒメーカは立ち止まって顔だけを金児の方へ向けた。金児はよろつきながら立ち上がるとヒメーカに向かって歩き出した。

「止めても無駄よ。あなたは私には絶対勝てないわ」

ヒメーカがそう言うと金児のブレザーが強風を受けているかのようにバタバタとはためいた。金児は必死に体を動かそうとしたがビクともしなかった。ヒメーカはゆっくりと左手を金児の方へかざした。その途端ヒメーカの髪の揺れが大きくなった。

「気絶するかもしれいなけど許してね」

ヒメーカの足元のコンクリートにヒビが入った。そのヒビが広がりながら金児へ向かって伸びて行った。そして金児に衝突すると強烈な閃光を放った!コンクリートの破片が花火のように屋上にまき散らされた。

「それじゃ」

ヒメーカは右手の手のひらを金児へ向けた。すると金児の体は宙に浮いた! 金児はヒメーカの手に引き寄せられた!

「うっ」

ヒメーカは金児の首を掴んだ。金児の首がじわじわ絞められていく!

「もう勝ち目はないわ。私は今からフクザワホールディングスに乗り込みに行く」

ヒメーカは徐々に力を強める。

「早く降参しなさい!」

「ま……まだだ……俺はあきらめ……」

金児は虫のような声でぶつぶつ言っている。

「あなたホントに死んじゃうわよ」

金児はこのままでは本気で負けると思った。目の前が暗くなり始めた。気を失いそうになったその時、反射的に金児は膝蹴りを繰り出した! だがそれはヒメーカのみぞおちに当たらずに、ヒメーカの胸をわずかにかすった! 

「ちょっと! あんたどこ蹴ってんのよ!」

 金児の膝蹴りがヒメーカの胸をかすめた時、ヒメーカの着ていたスウェットのポケットから小指ほどのビンが飛び出した。そのビンは空中で弧を描いた。ヒメーカのエネルギーの影響でヒビが入っていたビンは、金児の頭に落ちて割れた。

——パリン——

 ビンの中の緑の液体は金児の顔を伝って口へ入った。すると金児の体に異変が起きた。全身の力が抜け、だらりとうな垂れた瞬間、首筋に緑の血管が浮き上がった!

「……え? なに⁉」

突如磁石が反発するような力がヒメーカの全身を襲った。

「金児……‼」

ヒメーカは動揺した。金児の髪とブレザーが風速60メートルの強風の中にいるかのように波打っていた。苦しそうに上を向いていた金児の顔に緑の毛細血管が浮き上がってきた。そしてヒメーカとバチっと目があった。

「金児‼ あなた‼」

金児の目はうつろで生気を失っていた! しかしヒメーカは金児にただならぬ力を感じた。ヒメーカは両足を大きく広げて金児に向けていた左手の手首に右手を添えて、全力で金児から放たれる圧力に抵抗した。

「ぐぐぅぅぅ……」

ヒメーカは必死に耐えたが両足を付けている地面に大きな亀裂が入った瞬間、鮮烈な光を放って弾き飛ばされた。ヒメーカは派手に手すりに激突して手すりは威力を抑えきれずに大きく曲がった。とっさに手すりを片手で掴んで宙ぶらりんになった。

「くぅぅっ!」

何とか屋上から落ちずに済んだヒメーカの目に映ったのは、陽炎かげろうのような空気の層に覆いつくされている金児の姿だった。

「まずい……あの力が膨張したら校舎そのものが……」

ヒメーカは大きな冷や汗を流した。手すりを両手で掴んで前宙返りをして屋上へ戻った。

「きーーんじ‼ 力を抑えこんでっっ! 学校が壊れちゃうっ!」

ヒメーカは大声で叫んだ。しかしゴーともボーともつかない音を立てながら金児の力はゆっくり膨張していった。

「意識を失くしてる‼ ……こうなったら相殺するしか……」

腹を括ったヒメーカの髪がゆっくり揺れ始めた。

「はあぁぁぁぁぁっ‼」

ヒメーカの首、手足に血管が浮き上がって、髪が逆立った! ヒメーカを包む半球の空気圧が小石を弾き飛ばしながら膨張していった。そして膨張は一気に加速して金児の空気圧と衝突した‼

ズズズズンンン……

鈍くて大きな激突音が響きわたった。校舎そのものが揺れて、屋上の手すりからビビビビっという振動音が鳴っている。

「くっっっっ! 何なのこの力っ!」

ヒメーカは想定外の金児の圧力にあせった。衝突した空気圧は押しつ押されつの互角で動かなかった。だが徐々にヒメーカは押され始めた。ヒメーカの足元の地面に大きなヒビが入った。

「くぅぅ……‼」

ヒメーカはさらにフィーリングZを解き放った。すると金児の圧力は一瞬止まった。だがまたじわじわとヒメーカを押し始めた。

「や……やばい‼」

衝突して行き場を失った力が上下に力を分散し始めると、屋上の地面が大きくえぐれ始めた! このままじゃ校舎が耐えられないと感じたヒメーカは思考を巡らした。だがどんどん増幅する金児の力は思考力までも奪っていく。ヒメーカは苦し紛れの策で金児の力を跳ね返すのではなく少しずつ吸収し始めた!

「これしかない……!」

ヒメーカがまとっている空気圧は金児の力を徐々に吸収して膨らんでいった。金児の力の影響を受けたヒメーカの皮膚は所々がめくれ出した。金児の力は凄まじくこのまま吸収し続ければヒメーカは木っ端みじんに爆発してしまう。次の瞬間、ヒメーカがまとった空気圧の膨張が止まった。そして空気圧から湯気が立ち昇った。

「ここだっ‼」

ヒメーカは叫ぶとぶつかり合っていたヒメーカの圧と金児の圧を上空めがけて大きく曲げた‼ 上に逃げ場を得た二人の力は校舎の上空で爆発した! 爆発は夜の第二校舎を明るく照らす強烈な光を放った。爆風が小石を運びながらドミノのように校舎全体に広がった。ヒメーカの機転で校舎は屋上の地面が陥没するにとどまった。校舎の非常階段を複数の人が上ってくる音がした。金児様ー‼ という黒服達の大声が夜空に響きわたったのだった。


ヒメーカはゆっくり目を開けた。ピコンピコンという機械音が聞こえた。汚れ一つない真っ白い天井が目に映って消毒の匂いがした。するとヒメーカの目の前に急に人の顔が表れた。

「おい! ヒメーカ! 俺がわかるか⁉」

ヒメーカは頭に包帯を巻いて頬にガーゼが張り付いているその男が誰だかすぐにわかった。

「金児……」

「金児だ! よかった……大丈夫そうだ」

金児はベッドに片手を突いてうなだれた。ヒメーカは周囲を見渡した。カーテンの隙間から日差しが差し込んでいる。そして真っ白い個室のベッドに自分が寝ていて腕に点滴が打たれているのがわかった。

「ここは病院?」

ヒメーカはか細い声で言った。

「そうだ病院だ。三日も寝てたんだぞ」

「三日も……。金児、あなたは大丈夫なの?」

「俺は昨日目が覚めた」

「そう……」

ヒメーカは小さなため息をついた。金児にはそのため息が安心したからなのか、自分を哀れんでいるのかわからなかった。ヒメーカは天井を見つめながら何かを思い出しているような表情をした。

「ヒメーカ……。実は俺は屋上でのことをほとんど覚えてないんだ……。何かこの世界が妙な見え方をしてから……君が何か獣のような動きをしたあたりから記憶がない」

と金児は言った。金児の言葉のニュアンスは屋上で起きた事が現実ではないのではないかと言いたげな感じだった。金児の言葉を聞いてヒメーカは一分ほど無言で天井を見つめていた。病室はシーンと静まり返っている。金児はヒメーカが何かを考えているように見えた。するとヒメーカは視線だけを金児に移して口を開いた。

「屋上で起きた事を全部知りたいの?」

ヒメーカは金児の目をまっすぐ見て言った。

「ああ」

金児はヒメーカの目をまっすぐ見た。

「あなたにとって人生が変わる話になるけどいい?」

ヒメーカは釘をさすように金児に聞いた。金児はヒメーカの言葉を聞いて一瞬動揺した。だが口を真一文字にして覚悟を決めた。

「ああ」

と答えた金児は少し手が震えた。ヒメーカは視線を金児からまた天井に移して昨日起きた事を話し始めた。金児がフィーリングZに目覚めた事、金児の力は異様なほどに莫大な力だったこと、そしてヒメーカがそれを止めるためにしたこと。ヒメーカが学校の屋上で起きたことをすべて話しえ終えると金児はこわばった顔で固まっていた。金児はまばたき一つできないでいた。

……あの妙な感覚は現実だったのか……金児はあやふやだった記憶の断片が金児の中で点から線になるのを感じた。だが現実を受け入れたくない金児がそこにいた。

「お、俺がヒメーカみたいな能力が使えるようになってしまったのか……」

金児がとてつもなく不安そうな顔をしているとコンコンとドアをノックする音がした。そして病室のドアがゆっくり開いた。すると無精ひげの中年の男性が入ってきた。上下よれよれの作業着だが、眼光のするどい職人のような感じの男だった。

「お父さんっ‼」

とヒメーカは顔を起こして叫んだ。

「ヒメーカ‼ 起きたのか‼」

病室に入ってきたのはヒメーカの父、斉藤イソハチだった。イソハチはヒメーカに駆け寄ってヒメーカを抱きしめた。

「よかった……。ほんとによかった」

イソハチは涙ぐんで更に強くヒメーカを抱きしめた。

「お父さん、痛い痛い痛い」

ヒメーカはうれしそうに苦笑いした。それを見た金児は少しドキッとした。いつもキツイ目をして不機嫌そうなヒメーカしか見たことがなかったので、なにか幼い子供のような目をして父親を見ているヒメーカが新鮮だった。その仲睦まじい父と子の姿を見て金児は少しうらやましかった。そして二人きりにしてやろうと思った金児は

「それじゃ俺はそろそろ行きます」

と言って部屋を出ようとした。

「金児君。待ってくれ」

金児の後ろで声がした。イソハチの声だった。イソハチはそっとヒメーカの頭を枕に戻すと金児の方へ振り返った。

「金児君。君はヒメーカの能力のことを知っているね」

イソハチのこの問いに金児は一瞬言葉につまった。

「はい……」

金児は小さく答えた。その返事を聞いたイソハチは小さなため息を吐いた。

「そうか……。実は君達が意識を失くしていた間に君達がいた天品高校の屋上を見に行ってきた。あの屋上の破壊具合からみてヒメーカ一人によるものではないことは明らかだった。もしかして君はフィーリングZを使えるのかい?」

ここまできたらもうしらばっくれても意味がないと思った金児は正直に話した。

「はっきり言って記憶が断片的だったのではっきりとフィーリングZに目覚めたとは言えません。それに今となってはどうやって発動したらいいのかもわかりません」

「そうなのか。ヒメーカはどう思う?」

「じ、実は……」

 ヒメーカはバツが悪そうな顔をした。

「実はあの時、お父さんのスウェットを黙って着ていってその……金児と戦闘中にポケットからビン出てきて、その中の液体が金児に口に入ってしまったの。そしたら……金児が……」

「なんだって⁉」

 イソハチは大きな声を上げた。

「そんな……そうか。それで。でもあの薬は完全な失敗作だったはず。なぜ金児君が……」

「ちょっと何の話ですか?」

 金児は不気味に思ってイソハチに問いかけた。

「金児君。すまない。君がフィーリングZに目覚めたのは私のせいだ」

「え⁉」

「私が開発した薬を君は飲んでしまったようだ。スウェットのポケットに入れたままにした失敗作と思っていた薬だったんだ。フィーリングZを目覚めさせる薬のね」

「フィーリングZ を目覚めさせる?」

「ああ。でもあれは本当に失敗作だったんだ。それがなんで……」

「そんな……」

金児は呆然とした。こんなことが自分に起るとは。ヒメーカも唖然としていた。

「こうなっては……」

 イソハチは下を向いて少し考えてあと

「金児君。君に話さなければいけないことがある。そしてヒメーカ。君にも初めて話すことだ」

と言った。金児とヒメーカは何か覚悟が決まった大人の男の顔を見て背筋に鳥肌が立った。金児は唾を飲み込んだ。イソハチは少し思いを巡らせるようにうつむきぎみで話し始めた。

「まずこの地球の事から……」

イソハチが深刻な顔で話し始めたようとした時、パリーン‼ と窓ガラスが割れた! カーテンが風でふわっとした。すると窓から二人の男が病室に飛び込んできた‼ そして男の一人が

「サイットゥーナイソハッヤッドガ」

と言った。

「お、お前らは……‼」

イソハチはその男達を見た瞬間に身構えた。金児は自分の目の前で何が起こったのか、脳が情報処理するのに時間がかかった。なぜなら窓から飛び込んできた男二人は、頭以外の全身を光沢のある黒のスパッツで身を固めていた。体にフィットしたスパッツの上から鍛え上げられた筋骨隆々(きんこつりゅうりゅう)の肉体をしているのがわかった。そして二人の男の左胸には地球を表したようなデザインのマークがあった。

「サイットゥーナイソハッキモラッド」

小柄の赤い髪の男はそう言った。金児は聞いたこともない言葉を使う男達に

「なんだお前らっ‼」

と叫んだ。イソハチはとっさに手をかざして金児を止めた。

「金児君、大丈夫だ。知っている男達だ」

とイソハチは言った。イソハチは落ち着いた表情をしていたがわずかに手が震えていた。……今ここでコイツらとやり合えばヒメーカと金児君が巻き添えになる。この二人は地球を守る希望の光だ。恐らく奴らはヒメーカと金児君がフィーリングZを使うことを知らない。ここで失うわけには……。

「イッケバヨカドッガ」

と急にイソハチは金児が聞いたこともない言葉を使った。すると赤い髪の男は

「ジャ」

と言った。イソハチは男達の方へ歩みを進めた。

「お父さん‼」

ヒメーカはベッドから急いで体を起こそうとしたが全身の痛みで顔が引きつった。

「安心しなさい。ヒメーカ。この男達は知り合いだ。ちょっと一緒に行って話したら戻ってくる。必ずだ」

イソハチはそう言うと、赤い髪とは別の大柄で黄色の髪の男に腕を掴まれた。そしてイソハチと男達は病院のベランダからふわっと消えてしまった。

「お父さん‼」


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