5章
異世界側
エレナと隆二は一度馬宿に戻り馬を引き取った後、アイクの指示通り波止場に到着した。港は広く、そこには一隻のそこそこでかい船があり、50人は余裕で乗せれるぐらいの大きさだった。二人は船の隣の高台から船員を探し、甲板で寝ていた白い髭を生やした年配の男性を見つけたので、高台から飛び降り、その男性に声をかける
「あの・・すいません。」
エレナが小声で男性を起こそうとするが、大きないびきをかいており、どうも起きそうにない。
「あの~~。すいません・・」
エレナの声では到底起きることはないと思った隆二は
「お~~い!!起きろ~~!!」
隆二は大きく息を吸い、大声で男性の耳元で叫ぶ。
「ちょっと隆二。それだと・・」
エレナはかわいそうだと言うかのようだったが、その直後に男性は見事目を覚ました。
「ああ~?誰じゃわしの耳元で騒いだやつは?」
男性はまだ寝ぼけているのかあくびをしながら話す。
「オレたちセネク街に行きたいんだ、悪いけどじいちゃん連れてってくれないか?」
隆二はそう男性に話すが
「はあ?どこの誰とも知らん小僧に渡す船なんぞないわ!」
そう言って男性はまた甲板の上で寝ようとする。
「あの、お休み中で大変恐縮ですが、私たちどうしてもセネク街に向かわないといけなくて・・」
エレナが言うと
「はえ?お嬢さんがいらしてたのかい。若いべっぴんさんが言うなら仕方ない。何人だ?」
まるでその男性は手の平を返すようにエレナの言葉にあっさり承諾してくれた。隆二は「なんなんだこのスケベじじいは!?」と叫びそうになったが、何とかぐっと堪えた。
男性はその後ゲーラと名乗り、昔は騎士として国に仕えていたが、歳には逆らえず、引退をして故郷であるこのヌレンベークに戻り、船乗りとして第二の人生を送っているとのこと。もちろんそれも全部エレナが聞きだしたことだ。
「もう出発するんなら、舟板を出すぞ。あの馬も連れてくんじゃろ?」
ゲーラがエレナに聞くと
「はい、お願いしてもよろしいですか?」
エレナはニコッと笑いながら話す。するとゲーラはとても重そうな木製の巨大な板を軽々と持ち上げ、甲板から高台に向かって掛ける。それを渡って二人も二頭の馬のところに寄り手綱を引きながら船へと再度降りる。船の中へと続く坂があったのでそれを下り、二頭の馬を船の中で休ませる。
「忘れ物なないじゃろな?後から言っても引き返せんぞい。お前さんはな。」
ゲーラは隆二の方を見ながら話す。
「なんでオレだけなんだよ!?」
隆二は苛立ちながらゲーラに話すが、エレナはその会話に笑っていた。その後船はヌレンベーク港を出港し、はるか遠くのあの禍々しい霧を横目にセネク港を目指す。しばらくしてヌレンベーク港の波止場が完全に見えなくなったあたりで、ゲーラは急にとんでもないことを言い出す。
「ああそうじゃった。このあたりで魔物が出るからの、お前さんが対峙しなされ。」
「は!?魔物!?てかじじい!魔物が出るなら先に言えよ!!」
隆二は終始ゲーラに苛立っている
「でも魔物と言うのはどういったものなんでしょうか?海に潜んでいるのですか?」
エレナがゲーラに聞くと
「いやいや、飛行型の魔物じゃよ。ほれ・・あそこにおる群れがそうじゃ。」
ゲーラはあの禍々しい霧の方向の上を指さした。二人はそこに顔を向けると、たしかに翼が生えた、人間と同じぐらいの大きさの小さなドラゴンのような魔物の群れがあった。ざっと見る限り50体はいる。その群れはこっちに向かってきているように見えた。
「おいおい!あんな数をオレだけでやるってのかよ!」
隆二が剣を抜き盾を構えてそう言うと
「いえ、もちろん私も加勢いたします!」
エレナも臨戦態勢に入る。しかしゲーラは何かを構えるわけでもなく、むしろ甲板の上で隆二たちに背を向けて寝ようとしていた。そんな姿を見て
「ちょっと待てじじい!あんた一体どういうつもりだよ!?」
隆二がゲーラに対して強く当たる。しかし
「うるさいやつじゃのお。わしのことは気にするな。エレナさんを怪我させたらこの船から降りてもらうからの。」
そう言ってゲーラは大きないびきをかいて寝始めた。
隆二は「このエロじじい!」と叫びたくなったが、そこはまたぐっと堪えた。
「大丈夫だと思います隆二。ゲーラさんには何か考えでもあるんだと思います。」
「寝ることがか?魔物に襲われてそのままお陀仏になっても知らねえぞ。」
隆二は吐き捨てるように言った。
ドラゴンの群れが近くなってきた。ドラゴンの叫び声が隆二とエレナにはっきりと聞こえるぐらいの距離になった途端、ドラゴンの群れは船に目掛けて火の玉を飛ばしてきた。
「え?まじか!?あぶねえ!」
甲板の上で火の玉を必死に避ける隆二。エレナも華麗に避けている。隆二は甲板の上で堂々と寝ているゲーラが心配になり後ろを振り向くと、相変わらずゲーラは寝ていたが、なんと気づかないうちにゲーラを取り囲むように身長2メートルぐらいある騎士のような姿をした化身が数体具現化していた。そしてゲーラに直撃しそうな火の玉を青いオーラを放っている剣で切っている
「は!?なんだあれ!?」
隆二はひどく驚いたが
「隆二!危ない!!」
エレナが隆二に直撃しそうな火の玉を光の魔法で相殺した。
「ゲーラさんはおそらく大丈夫です。私たちはあのドラゴンに集中しましょう!」
エレナが指示する。
「分かった。ありがとう!」
隆二は再びドラゴンの方に向き直り、隆二は剣で、エレナは光の魔法で自身に直撃しそうな火の玉を切ったり、相殺したりした。
ドラゴンとの距離が間近に迫ったところで、ドラゴンの戦闘パターンが火の玉からかぎ爪に変わる。
「へへ、剣が届く距離になったらこっちのもんだ!」
隆二が勢いよく一匹のドラゴン目掛けて切りつける。一匹は仕留めたが数が多く、とてもエレナと二人で受けきれるようなものではなかった。しかしゲーラを囲んでいた騎士の化身数体が隆二たちに近づき、次々とその化身がドラゴンを切っていく。しかしドラゴンは数ではるかに勝っており、数の暴力というのが相応しいような攻撃を仕掛ける。その攻撃をくらい消滅する化身もいた。隆二も目の前のドラゴンに集中して剣で薙ぎ払う。エレナも光の魔法で決して自分に近寄らせないように魔法を放つ。そんな攻防が数分続き、ようやくすべてのドラゴンを打倒した時には隆二もエレナもヘトヘトだった。
「お疲れ様です隆二。なんとか乗り切りましたね。」
「ああ。エレナもお疲れ様。」
二人はそう言ってハイタッチする。幸い隆二が腕に怪我をしたぐらいで済み、エレナの治癒魔法で回復してくれた。
「おお、お前さんお疲れのようじゃの。どうじゃったか?姫様の護衛は?」
ゲーラがいつの間にか起きており隆二にそう話す。
「は?護衛ってなんだよ?てかじじい、さっきの騎士のようなやつらは一体なんなんだ?てかじじいは・・・」
隆二が先ほどの戦闘中ずっと気になっていたことを話す。
「わしのことはどうでもいい。姫様一人守るのがいかに難しいかが、先の戦闘でわかったんじゃないかの?」
「じじい・・何が言いたい?」
隆二はゲーラを睨みつけながら返した。するとエレナが答えた
「もしかしてあなたはガルフ元国王に仕えた史上最強の騎士、ゲーラ元騎士団長ではありませんか?」
エレナが続ける。
「あなたの名前を伺った時からもしかしてという思いはありました。しかしまだ私が幼い時の話ですから確信はありませんでした。ただ、先ほどの騎士の英霊を召喚できるのは、私の父であるガルフより英霊の儀式を受けないとなりません。しかし、父はたった一人の騎士にしか儀式を行ってないと聞かされました。あなたがそうなのですね?」
隆二にとってはエレナが何を言ってるのか分からなかった。ゲーラが答える。
「わしもあなたがエレナという名前だと知った時から少し距離を置かせてもらったんじゃ。やはりあのガルフ国王の娘だったのじゃな。ガルフ国王にはほんとに感謝してもしきれないほどの恩がある。歳を理由に騎士を引退するときも、わしの我儘を受け入れてくれて故郷に帰らせてくれた。しかしそれが騎士制度の一時崩壊の引き金を引く結果になったのも知っておる。ガルフ国王には最後まで迷惑をかけてしまった。」
そう言い終えるとエレナがゲーラに近寄り
「そんなことはありません。私もゲーラ騎士団長にはお世話になったのですから。父もその選択をしたことに後悔はないと思います。」
エレナがそう話した後、ずっと首をかしげてる隆二にちゃんと分かるようにエレナが説明してくれた。エレナの説明によると
まだガルフがこの国を治め始めた頃、国王を守る騎士として才能のあるものを効率よく探し出すために、エールというものが生まれたという。そしてゲーラがまだ若いころに行ったエールの結果、騎士として国に仕えることになり、誰にも負けないぐらいの努力をして、ある時は国外からの侵略から国王を守り、ある時は一人で他国に攻め込み2万人という兵を相手にして勝ったり、まさに無敵と言われた騎士がゲーラだったとのこと。それらの戦果が最大の理由で最高級である騎士団長に飛び級で上がったらしいが、当時の騎士制度的には飛び級はあり得なかった。しかし当時ゲーラの戦果を知る者は全員反対することはなくみんながゲーラの飛び級昇格に納得した。しかし時代が進むにつれゲーラのその戦果ももはや伝説と呼ばれるようになってからは、次第にゲーラに対する国王の扱いは差別だと糾弾する者が現れた。
そして英霊の儀式というのは、ガルフ国王が認めた騎士にのみ行うもので、その儀式を受けた者は自分の意思に従順な騎士を召喚し思いのまま操る能力を手にするという。しかしデメリットがあり、英霊の力はガルフの命とリンクしており、ガルフの命が尽きると自然と英霊の力も消滅するらしい。その力をガルフ国王はゲーラにしか与えなかった理由は単純にゲーラ以上か同等の強さを持った騎士が現れなかったからだが、ゲーラにしか与えていないその事実に対しても差別じゃないかと言う者が出てきた。
そして本来騎士を引退するものは理由がどうあれ、必ずカトレに住むことが義務化されていたのだが、ゲーラだけは引退するときに故郷であるヌレンベークに帰りたいという我儘を受け入れ、それを聞いた当時の騎士たち数百名がとうとう暴動に出たのだった。
そんな話をエレナから聞いた隆二は
「じじい。あんたすごかったんだな。」
とだけ言った。
「そんな一言で締めくくるでないわ!!」
ゲーラがすかさずつっこむ。
「しかしゲーラさんが元気にしてらっしゃるのを父が知ると絶対に喜びます!この旅が終わったら必ず父に伝えさせてくださいね。」
エレナが喜びながら話す
「ああ、ぜひそうしておくれ。」
ゲーラも笑いながら返した。
前を見ると目的の港が見える。船は順調に航路を辿っていた
「見えたぞ、あれがセネク港だ。」
ゲーラが二人に伝える。見るとかなり港の面積は広く、ヌレンベーク港の倍はある広さだ。そして港の奥に見える街並みはとても綺麗で、人工の滝のようなスポットがいくつも点在している。
しかしここで隆二は話を変え、当たり前に思うような疑問を口にする。
「そういえばこの船って自動で動く魔法でもかけてるのか?乗っている人はオレたち三人しかいないのに、なんで誰も舵切ってないのに無事にたどり着いたんだ?」
たしかに舵輪は船の先端にある。よく見ると自動で時計回りに動いたり、反時計回りに動いている。
隆二が聞くと
「ああ、わしの英霊を透明化させて舵取り任せていたんじゃ。」
「何でもありかよ!!」
ゲーラの返事に隆二が盛大なツッコミを入れる。
船がセネク港に着くと、その高台から一人若い男性が顔を覗かせている。
「あの、すみません。アイクさんのお知り合いの方を探しているのですが。」
エレナがその男性に聞くと
「ん?アイクのことは知っているよ。私に何か用か?」
その男性がおそらくお目当ての男性なのだろうと思い、ゲーラに舟板を高台に掛けてもらい、エレナはアイクから渡された文通をその男性に渡す。その間に隆二は船の中に入り二頭の馬の手綱を引き、高台に上がろうとしている。その男性は一通り文通を読み終えると
「なるほど、アイクも色々大変だったんだな。私の取引相手の命を救ってくれたんだね。こちらとしても助かったというわけだ。」
その男性は軽く頭を下げ礼を述べる。
「私はギムルという者だ。よろしく。」
ギムルと名乗る男性にエレナと隆二はそれぞれ自分の名前を名乗る。
「ゲーラもありがとう。わたしの家でゆっくりしていくか?」
ギムルがゲーラに聞くが
「いや、わしはもうヌレンベークに戻るよ。船の上でゆっくりする方が性に合ってるからの。」
そう言うゲーラは舟板を下ろし、エレナと隆二に別れの挨拶をしたら、すぐに船を出してここまで来た航路を引き返した。
「君たちはどうする?少しゆっくりしていくか?」
今度はエレナと隆二に聞く。
「そうですね。先ほどの戦闘で魔力をだいぶ消耗してしまったので、少しゆっくりさせていただければ幸いです。」
エレナが言うとギムルは「分かった。こっちだ。」と街の方ではなく海沿いを進んでいく。少し進むと、崖の上に一軒の家が佇んでいる。周りを見ても他に家らしき建物は見当たらない。ギムルはその建物に着くと、ドアに向かって手をかざす。するとガチャリという音がドアから聞こえ、勝手にドアが開いた。
「さあ入ってくれ。」
ギムルは開いたドアに手を添えて二人を中へと案内する。
家の中は少し狭いうえに色々な物が床に落ちてあってだいぶ歩き辛いが、海に近い家だけあって、ベランダからは水平線いっぱいに広がる海が一望できる。あの禍々しい黒い霧がなければ綺麗な景色だと心が揺さぶられるほどだ。
「これでも飲んでゆっくり休んでくれ。」
そう言うギムルから手渡されたのはただの水が入った木製のコップだった。
「これって水?」
隆二がコップの中の飲み物に目を向けながら言った。
「それはただの水じゃない。二人がアイクからどこまでこの街のことを聞いているか知らないが、ここは水の精霊様がいるんだ。その水は精霊様が眠っていると言われる泉から取ってきた水だ。飲むと分かるよ。」
ギムルは隆二が持っているコップを顎でしゃくる。二人はギムルに言われるがまま水を飲む。
「すごい!疲れが一気に吹っ飛んだ気がする。」
「私も魔力が回復している感じです!」
隆二とエレナはその水を飲んだ途端に体の中で活力がみなぎってきた気がした。
「精霊様が眠っている泉は街の中心にある建物の地下にあるんだ。」
ギムルが言うと、鉄でできた円柱型の容器のようなものを複数用意している。さっきの水を汲みにいくのだろうかと二人は見ている。
「俺はこれからその泉に向かうついでに他の用があるから俺がついていけるのはその泉までなんだが、一緒に行くか?」
ギムルが聞くと二人はうんと頷いた。水を飲み干し、外に出る三人。家の外にいる二頭の馬の手綱を引き、ギムルと三人で街の方へ歩く。
街に入ってすぐのところに馬宿が見えたので、馬をそこに預け、三人は街の中心へと向かう。街の中は至って広々としており、道行く人々の数も真っ直ぐ歩くことができないぐらい多かった。あたりを見ると、剣を売っている店や食材を売っている店など、あらゆる分野の店がずらりと並んでいた。時折道行く人の中にはすごく豪華そうな装束を身にまとっている人も見える。隆二はその姿を見てこの街に貴族も住んでいる話を思い出す。
「ここって色んな物があるんですね。」
隆二が貴族の話ではなく店のことをギムルに言った。
「ここはアルガナの中で一番の観光名所だからな。歩いている人の大半はこの街に住んでる人じゃない。この通りを抜けたら泉がある建物が見えるぞ。」
二人はギムルの背中を追いかけるようについていく。少し歩くと他の建物より一層豪華な外見をした大きい建物が見えてきた。おそらくあの建物なのだろうと二人は直感する。
その建物の入り口の前は一種の待ち合わせスポットのような、中央に大きな噴水が設置されている広場になっていた。
その広場を通り目的の建物に入ると、どこかの宮殿を想像させるような神秘的な空間が広がっていた。しかし外とは違いほとんど人の姿が見えなかった。周りを見るといたるところに壁画が彫られており、そのほとんどに少年と少女と思わしき人が優雅に遊んでいるような絵が散見される。
「この階段を下りたら例の泉があるぞ。」
ギムルの言葉で今まで壁画に魅了されていたエレナがはっとした様子でギムルに振り返る。三人で先が見えないぐらいの長い階段を下りていく。体感でビル6階ぐらいの長さを下ると、そこにはまた広々とした空間の中央に、壺を持った少女を模した像があり、その壺から水が湧き出ていた。
「あの水がさっき二人が飲んだ水だ。綺麗だろ?」
「すごく神秘的ですね!」
エレナと隆二は二人して同じ感想を漏らす。
「この奥に行くと古い文字で書かれた壁画がある部屋があるんだ。立ち入りは禁止されているが、近くまでなら見てもいいから見ていくか?」
ギムルが泉の水を用意していた容器に汲みながら聞く。
「そんな部屋があるんですか!せっかくなので見ていきたいです。」
隆二は興味津々に話した。しかしギムルが手に持っていたカバンの中にある時計を確認すると。
「もうこんな時間か。すまないが俺はここで失礼するよ。用事に遅れてしまう。決して壁画の部屋に入っちゃダメだぞ。」
ギムルはそう言うと足早に来た道を戻っていった。
二人は奥へと進んでいく。見るとドアがない狭い入り口のようなものがあった。
「あの先に入ってはいけないってことだよな?」
「ええ。おそらくそうだと思います。」
二人は頷きあって、その狭い入り口から中を見てみると、何やら文字のような物が書かれたでかい壁画が見えた。
「あれ、何て書いてあるんだろ?見たことない文字だ。」
「あれはアルガナ国が建国される前の大昔の人が使っていたとされる文字です。」
そんな会話をしていると、隆二の胸ポケットから緑色の光が小さく輝き始めた。
「え?なんだこれ!」
隆二が取り出すと、昨日森の精霊であるキリエから手渡された小さな宝石が輝いていた。
「私も何が起きているのか・・」
すると部屋の壁画もそれと共鳴するかのように水色の光を放つ。そして驚くことに、その光の中から一人の少女が現れたのだ。その少女は入り口前に立っている二人に近づいてくる。
少女の外見は昨日会ったキリエとほぼ同じ服装をした、水色のワンピースのような服を着ていた。
「おや。ここにキリエが来たと思って顔を出したんじゃが、姿が見えんのお。ところでおぬしらは何者じゃ?」
まるでおばあちゃんが喋っているかのような口調でその少女は問いかける。
「あの・・私たちは旅の者でして・・」
エレナがそう言うと
「久々にキリエに会うたと思ったんじゃが、なぜにおぬしらがその宝石を持っておるのじゃ?」
今度は隆二が手に持っているキリエからもらった宝石を指さす。
「これは・・昨日そのキリエからもらったもので。」
隆二が説明すると
「あの極度の人見知りのキリエが・・・おぬしらとどこかで心が通じ合ったんじゃろうか?」
「おそらくそれはエレナの優しい性格のおかげだな。」と隆二は心の中で思った。
「私はエレナと申します。こちらは隆二。二人でカトレに行くために旅をしています。」
「ほお、その旅の道中でキリエと会ったわけじゃな。ワシはユーリエと言う、この水の都を守る精霊じゃ。名をエレナと言ったか?そなたからはとても神秘的な力を感じるぞ。そして隆二じゃな。そなたからはとても強大な力が宿っているように感じる。」
ユーリエと名乗る少女は二人にそのように話す。
「え?オレが・・?」
「そなた自覚がないのか?それにこの世界の者とは異質の存在にも思えるのじゃが。」
そう言い放ったユーリエにエレナと隆二はそれぞれ旅の目的を話した。
「なるほど。それでもとの世界に帰るために旅をしていると。じゃがこっちの暮らしも悪くはないじゃろ?いっその事こっちに住んだらどうじゃ?」
ユーリエは笑いながら話す。
「そんななんて答えたらいいか分からないこと聞かないでくれ。」
隆二が言うとエレナとユーリエは二人で笑った。
「冗談じゃ・・あまり真に受けるでない。しかし先ほど隆二は自分の力を知っておきながら、その力の本質が分からないようだったのお。一体何があったのじゃ?」
ユーリエの問いに、エレナがヌレンベークで起きた出来事を話す。
「ふむ・・記憶がないと。大昔に悪魔はワシら精霊の生みの親である天使様が沈めたと言われておるのじゃが、どうも引っかかるな。まあなんにせよ、力を引き出すときに理性を失ってはいずれ大切なものを失うかもしれんの。これも何かの縁じゃ、ワシからもキリエと同じくこれをそなたに授けようぞ。」
そう言ったユーリエはキリエから授かった宝石と同じ大きさと形をした青色に輝く宝石を隆二に渡した。
「あの・・これは?キリエはお守りって言ってたんだが。」
隆二が聞くと
「その言葉通りじゃよ。失くさず持っておくとよい。じゃあワシはまた寝るとするかの。それとそなたらと同じ強い力を持った者が外にいるようじゃが、友達か?」
「え・・?」
ユーリエの最後の言葉に二人は疑問を抱く。
「エレナ、何か感じる?」
「いえ、まだ何も感じません。おそらく強大な魔力をまだ放ってないのでしょう。」
ユーリエの方を向くとそこにはもうユーリエの姿はなかった。
「とにかく上に戻ろう。」
そう言って隆二は先ほどもらった青色の宝石を緑色の宝石と一緒に胸ポケットにしまい、二人は駆け足で階段を上り地上を目指す。
その途中エレナが隆二の足を止める。
「待ってください!これは火の魔力です!それもかなり強大な・・」
キリエが突然何かを感じ取り隆二に説明した瞬間、地上でかなりでかい爆発音が響いた。それと同時に人の叫び声や悲鳴がわずかに聞こえる。
「くそ!お構いなしかよ!一体何の目的で。」
「おそらく狙いは私たちでしょう。かなりの強硬手段に出ましたね。向こうも必死と捉えるべきでしょうか?」
「どっちでもいいよ。とにかく被害を抑えないと!」
そう話す二人は地上に出る。幸い二人がいる建物にまで被害は及んでなかった。しかし外に出ると、先ほどまでの平和な光景が一変し、辺りは火で燃え上がり、噴水は跡形もなく壊れ、人々が広場から逃げようとする混沌とした光景が広がっていた。するとエレナが上を見上げる。
「隆二!上です!」
エレナの言葉に従い隆二は上を見上げる。そこには宙を浮き二人を見下ろしている一人の男の姿があった。
「誰だ!?あいつ。」
「私もわかりかねます・・でもおそらくハイルズの配下にいるものでしょう。火の魔力をここまで扱える者は聞いたことがありませんが。」
エレナはずっとその男を見ながら話す。
「見つけた。」
男は突然喋りだし、隆二たちと同じ地上まで降りてくる。
「何もんだ?お前。」
隆二が男に問いかける。
「僕は名越啓。ハイルズ国王の命に従い、二人を捕える。」
啓の言葉に隆二は驚愕する。
「え・・?なんで、お前が・・」
隆二はあまりにも名前が日本人の名前だったことに絶句する。
「お前・・日本人か!?」
隆二が問いかけても啓は何も答えず、再び宙に浮き右手を上に掲げ、その右手の周りに赤色の魔法陣を形成し、まるで太陽のような燃え上がるでかい火の玉を生み出す。
「くっっ、なんて力。」
エレナは啓と同じく光の魔法陣を形成し、なんとか太刀打ちしようとする。すると隆二の胸ポケットから今度は青色の光が突然放ちだした。
「え?今度は何!?」
隆二は咄嗟に自分の胸ポケットに視線を向ける。するとその光が次第に強くなっていき、思わずエレナと隆二は腕で光を遮る。そして青色の宝石が胸ポケットから飛び出し、その宝石からなんとユーリエが現れだした。ユーリエは啓に向かって手を掲げると、突然水の渦が発生し、次第に水の渦が大きな水の玉へと変化していく。そして啓とユーリエは形成した玉をほぼ同じタイミングで放つ。それぞれが放った水の玉と火の玉がぶつかり合うと、大きな爆発を起こしそれぞれの勢いを相殺したかのように水蒸気となって消えた。
「なんでユーリエが・・」
隆二がユーリエに問いかける。
「先ほども言ったろう。お守りじゃと。そなたが危険な目におうた時にすぐ駆けつけれるアイテムなのじゃよ。どうじゃったか?ワシの力は?」
ユーリエは後ろにいる隆二とエレナの方を振り向きながら話す。
「ユーリエさん。ありがとうございます!なんとか助かりました。」
エレナが言ったが
「しかしワシの水の力とあやつの火の力が同じのように思える。本来火の魔力は水の魔力に弱いはずじゃが。あやつの火の魔力は今まで見たことがないぐらい凄まじいものじゃ。」
ユーリエは啓を睨みながら話す。すると啓が再び右手を上に掲げる。今度は赤色の魔法陣から赤色の燃え上がる炎を纏った剣を生み出し両手で握ると隆二たちに向かって切りかかってくる。ユーリエはこちらに近づかせまいと今度は両手を啓に向けるとユーリエの前方に五つの水の渦潮が発生し、啓に向かって渦潮が飛んでいく。啓は危ないと悟ったのか、数歩後ずさるように後退していくが、渦潮は啓を追尾するかのように飛んでおり、避ける暇もなく渦潮が啓に直撃する。啓は水が爆発すると同時に少し吹き飛ばされ、そのまま地面に叩きつけられるように落下した。
「やったのか?」
隆二がそう口にする。
「いや、まだじゃ。あやつの魔力をまだ感じるからの。」
ユーリエがそう話すと
「待ってくれ!あいつはオレと同じ世界の人間なんだ。あいつを殺さずに目を覚まさせることはできないかな?」
隆二がエレナとユーリエに話す。
「難しい要求じゃな。しかし目を覚まさせるとはどういうことじゃ?」
「あの者はハイルズ国王に洗脳魔法をかけられて私たちを襲っているのです。その洗脳魔法を解くことができれば。」
ユーリエの問いにエレナが答える。
「う~~む・・残念じゃがワシの記憶では、術者を倒すか術者以上の解除魔法で解くしか方法は知らない。ワシはそんな魔法は扱えないからのお。」
ユーリエが残念そうに答える。
「それでしたら私が解除してみます。隆二、そしてユーリエさん。何とか時間を稼ぐことはできますか?」
「わかった。やってみるよ。」
「じゃったら隆二の援護はワシに任せてくれ。」
三人が計画を練っていると、啓が起き上がる。その顔は表情一つ変えず、先ほどの攻撃がまるで効いていないように見える。
啓はまた右手を隆二たちに向け、赤色の魔法陣から今度は火の槍を三本飛ばす。三人はそれぞれ避けるが、啓は続けて火の槍を三人に目掛けて無数に飛ばしてくる。これではきりがないと思った隆二はエレナとユーリエから距離を取るように離れる。それを見たエレナは火の槍を避けながら隆二と真逆の方向にユーリエから遠ざかる。すると隆二が突然啓に向かって話し出す。
「おい!啓と言ったか。聞こえてんのか?お前ハイルズに操られて悔しくねえのかよ?」
隆二が啓に向かって叫ぶと啓は火の槍を飛ばすのを止め、隆二に視線を向ける。隆二は自分一人にターゲットを絞らせるため敢えて挑発したのだった。すると啓は突然頭を抱えだし、苦しそうに唸りだす。
「うぅ~!いやだ!」
「おい!どうした?やっぱハイルズに従うのが嫌いなんじゃねえのか?」
隆二はまたまた啓を挑発する。
「もしかしたら、あやつの意識が洗脳魔法に抗っているのかもしれん。隆二!そのままあやつの意識に問いかけるのじゃ!」
ユーリエの言葉に「よっしゃぁ!」と隆二が叫ぶ。その間にエレナは右手に力を込め、右腕全体が光を纏っている。
「啓!お前は偉大な方衛大学の学生だろ?オレと一緒にもとの世界に帰ろうぜ!」
隆二はやや大げさ気味に話す。
「無理・・だ。」
啓が苦しそうに言っている。隆二はその返事に怒るかのように
「目え覚ませ!オレたちは向こうで生きるべき人間だろうが!!」
と啓に向かって走り出した。
「僕に近づくな~!」
啓がそう叫ぶと隆二に向かって小さな火の玉を飛ばす。隆二はそれを避けきれず胴体に直撃し、後ろに吹き飛ばされた。
「隆二!!」
エレナとユーリエが叫ぶ。しかし隆二はすぐ起き上がり
「へへ、この悪魔の力ってのもなかなかいいものだな。まったく熱くもねえし痛くもねえ。」
二人は隆二の姿を見てほっとする。しかし啓は両手を掲げると、先ほどの火の玉の二倍以上ある巨大な火の玉を生み出し、隆二に目掛けて放とうとしている。ユーリエもすかさず水の玉を生み出すが、どこか苦し気に見える。
「くっっワシの力ではこれが限界か・・」
ユーリエが作った水の玉は先ほどと同じ大きさだった。ユーリエは水の玉を壊し、隆二目掛けて水の泡のようなものを放った。その泡が隆二に当たると、隆二を包み込むように泡が隆二の周りに纏い始めた。
「それはワシの防御魔法じゃ。ワシの力ではそれが精一杯じゃ。」
「いや、助かるよ。おかげで何とか乗り切れそうだ!」
隆二はそう言い放つと同時に啓に向かって再び走り出す。
「おい!無茶するでない!本気で死ぬぞ!」
ユーリエが叫ぶが、隆二の足は止まることなく啓に向かう。啓から巨大な火の玉が隆二に放たれ、たったの一瞬で隆二を飲み込むみ、そこで爆発した。
「隆二!!」
エレナとユーリエが絶望に満ちた声で叫ぶ。しかしその爆発から出てきたのは、ヌレンベークで悪魔と化した時と同じ悪魔の姿をしていた。しかし顔は隆二の面影はなく、別人のように見えた。その悪魔が何食わぬ顔で爆発から飛び出し、啓の頬を拳でぶん殴った。
啓は建物に激突し、崩れた建物のがれきで埋もれていた。
「隆二、あなた・・なのですか?」
エレナが恐る恐る悪魔に問いかける。
「ああ、オレだ。今度はちゃんと意識はあるみたいだな。」
エレナは安堵の表情を浮かべた。その悪魔はちゃんと隆二本人と自覚しており、前のように自我を失っていなかった。しかし啓はがれきの中から痛みを感じる様子もなく空中へ飛び出した。
「少し・・痛かった。」
啓が口から血を流しながらぼそりと漏らす。啓はまた手を上に掲げ、出現した魔法陣から今度は無数の火の隕石のようなものを隆二たち三人に向かって放つ。
「く・・あともう少し。」
エレナは集中して啓の洗脳を解除する準備をしている。
「エレナ!何しとるのじゃ!」
ユーリエがエレナに向かって叫ぶ。火の隕石がエレナに直撃しそうになる時、遠くから隆二がすごいスピードでエレナの前に移動し、直撃する隕石を拳や蹴りで次々と砕いていく。
「準備はできたのか?」
悪魔となった隆二がエレナに聞く。
「はい!助かりました。あとは洗脳解除をするだけです。」
エレナは光のオーラを纏った右腕を空中にいる啓に向け呪文のようなものを唱えた。
するとその右腕から啓に向かって光が放たれ、啓の身体全体を包み込んだ。
「うああぁ~~~!!」
啓は両手で頭を抱えながら悲痛の叫びを漏らし始めた。そして額から紋様のようなものが浮かび、その紋様は煙となって消え失せた。啓はそのまま意識を失い、地上に落下した。啓との戦いは終わり、啓が放った火でメラメラと燃える音だけが辺りに響いていた。その戦いを遠くで見ていた人々が次第に広場の周りに集まってくる。その目は歓喜ではなく恐怖の目をしていた。しかしその中から一人こちらに向かって走ってくる。それはギムルだった。
「その光の魔力を扱えるってことは、あなたはもしかして、ガルフ元国王の王女、エレナ様だったのですか!?」
ギムルがエレナに言った。
「ギムルさん!ご無事だったのですね。はい、あまり私からそのように公言したくはなかったので今まで黙っていたのですが。」
エレナは申し訳なさそうに話す。
「今までのご無礼をお許しください。お名前を伺った時に確信するべきでした。しかしまさか生きておられるとは。」
「仕方ありません。4年間私は姿を消すように父と生きてきたのですから。」
ギムルはようやく今まで関わってきたエレナが元王女だったことに気づく。
「それでその者は隆二なのか?」
ギムルはずっと悪魔の姿をした隆二に聞く。
「ええ。すみませんね。怖がらせてしまいましたか?」
隆二がそう答えると、次第に元の姿に戻っていく。
「そして・・あ、あなたは?」
ギムルがユーリエの方を向いて問いかけるが、ユーリエは何も答えず、隆二の胸ポケットにある青色の宝石に光となって戻っていった。
「ああ、え~~っと彼女はオレたちの旅の仲間なんですよ。」
隆二はユーリエがこの街の精霊だと思われないように話す。
すると周りの人々が気を失っている啓に対して
「そいつを処刑にしろ!この街をめちゃくちゃにしやがって!」
「重罪人を許すな!!」
などの怒声が隆二たちの耳に飛び込んできた。
「隆二、ギムルさん。一度ここは退きましょう!彼を連れて。」
「だったら一度俺の家に避難しましょう!」
エレナの呼びかけにギムルがそう言うと、隆二は気を失っている啓を抱えて再びギムルの家に急いで行った。
そしてギムルの家まで無事に着くと、隆二はギムルの指示で部屋の奥にあるベッドに啓を寝かせ、エレナはすぐさま治癒魔法をかけた。すると思いのほか早く啓は目を覚ました。
「あれ、ここは?」
「安心してくれ。ここは俺の家だ。エレナ様と隆二君が君を助けてくれたんだよ。」
ギムルは安心させるように啓に言ったが、今まで操られていたせいで記憶が曖昧になっていた。
「とりあえずこれでも飲みなさい。気分がよくなるよ。」
ギムルがそう言って啓に泉の水が入ったコップを渡した。
「えっと・・あなたたちは?」
「私はエレナと申します。この王国の元王女です。」
エレナは啓に自分が王族だったことを隠さずにそう言った。
「オレは藤田隆二。あんたと同じ日本人だ。」
隆二がそう言うと、啓は先ほどの隆二と同じ反応をする。
「え・・?王族の方に日本人!?ちょっと待ってくれ。どういうことなんだ!?」
「それについては私が説明します。」
エレナは今まで起きたことを簡潔に啓に話した。ギムルも玄関のドアにもたれ掛けながら話を聞いている。
「そうか・・だからみんなもあそこでハイルズに従ってたのか。」
「みんなって言うのは啓を含めた58人のことか?」
隆二が聞くと啓が頷く。
「本当に申し訳ないことをした。まさか僕がこんな力を持っていたなんて。」
「これはまだ推測の域でしかないのですが、隆二の力と言い、啓さんの力と言い、あなたたち異世界人はこちらでは強大な力を持つように思えます。おそらくその力を使って、ハイルズは何かを企んでいるのではないかと。」
エレナがそう推測すると
「そうだ!ハイルズは僕たち日本人をこの世界に拉致して、異世界人で構成された軍隊を作ると言ってた。エレナさんの推測は間違ってない。」
啓はきっぱりと言い切った。すると隆二が別の質問をする。
「少し余談になるけど、啓たち58人をこの世界に引きずり込んだのは方衛大学学長の荒木なのか?」
「えっと・・うん。たしか学長が石を使って僕たちを。あ、あと変な老婆もいた。僕たちはその時学長の特別講義を受けてて、たしか特別ゲストを呼んでるとか言って来たのがその老婆だったんだ。でもなんで学長が?」
「オレも実際に学長とその老婆によってこの世界に引きずり込まれたんだ。やはり学長が集団失踪事件の犯人だったのか。」
隆二は歯を食いしばった。
「その学長という方と老婆が向こうの世界から引きずり込んでくるということは、その方たちとハイルズは何かしらで関係していると考えるのが妥当でしょう。その関係性はまだ定かではありませんが。」
エレナが言った。すると突然ギムルが話に入り込む。
「お取り込み中申し訳ないのですが、あまりここに長居するのは危険ですよ。エレナ様と隆二君はともかく、この街の人たちにとって啓君は重罪を犯した張本人だ。いつここに誰かが来てもおかしくありません。追い出すつもりはありませんが、早めに出た方がよろしいかと。」
ギムルはエレナに問いかける。
「たしかにそうですね。啓さんは大丈夫ですか?」
「僕は大丈夫。それにみんなを助けたい。僕も一緒に行かせて!」
啓がベッドから立ち上げりそう意気込む。ギムルは玄関のドアの吹き抜け部分から外を見ている。するとそのギムルが少し慌てて話し出す。
「これはまずいですよエレナ様。国の軍の者たちがこちらに来ています。」
「本当ですか!?おそらく先ほどの件でここに向かったことを通報されたのでしょう。」
ギムルが言うにはこの街の警察ではなく国の兵士の鎧を着た者が三人ほどこの家に向かってきているそうだ。
「それはほんとごめんなさい!僕のせいで。」
啓はみんなに頭を下げる。
「謝る必要ねえよ。過ぎた話なんだ。気にするな。」
隆二もエレナも笑って啓を励ます。するとギムルが話す
「もう話してる余裕はないぞ。ここは俺に任せて、エレナ様の真下に崖から逃げれる扉があるから、そこから逃げるんだ。」
「え?」
三人が同時に言った。
エレナが自分の真下を見ると、床に隠し通路があるように思える扉が閉まっていた。隆二がその扉を開けると、木製の細い丸太のような杭が崖に取り付けられており、それを渡って逃げれるようだった。ギムルを除いた三人はギムルに礼を言った後急いで木製の足場まで梯子を使って降りる。下を見ると海が崖に波打っていて、落ちたら間違いなく死ぬ高さだった。
「ここを通るの?」
「だからと言って戻るわけにはいきません。進みましょう。」
啓が不安げに言ったが、エレナが意を決したように答えた。三人はあまり下を見ず、滑って落下しないよう気を付けて慣れない足場を少しずつ進んでいく。
木製の杭も取り付けが悪いせいか、足が着く度にギシギシと揺れる。するとギムルの家から剣が一閃するような音が聞こえた。
「な、なあ・・今のって?」
隆二が恐る恐るエレナに聞く
「もしかしたら・・ギムルさん!」
三人はギムルの家に視線を向ける。エレナはとても悲し気な表情をしていた。
三人は少し立ち止まった。
「ここで捕まったらギムルさんの努力が無駄になる。急ぐんだ!」
隆二の問いかけにエレナと啓が頷く。この足場の悪い道は長い距離続いており、遠くを見ると少しづつ地上に坂道のように上がっていけるようだった。
三人は慎重に足を進める。するとギムルの家の方から軍の兵士の声が聞こえた。
「見つけたぞ!あそこだ!!」
三人はとうとう兵士にバレてしまった。
「急げ!」
一番後方にいる隆二が二人に叫ぶ。三人は少し急ぎ足で丸太を渡っていく。隆二が後ろを見ると、兵士三人が隆二たちと同じ覚束ない足取りで丸太を渡ってくる。心なしか三人よりも速く渡っているように見える。
「おい!貴様ら待て!!」
一番先頭を歩く兵士が器用に剣を抜き、こちらに迫ってくる。すると隆二は突然悪知恵が働いたように啓に指示を出す。
「啓!お前の火の魔力で、オレの後ろの足場を壊せないか?」
「たしかに!分かった。」
啓は頷き隆二の後ろの足場目掛けて火の玉を放とうとする、しかし火の玉どころか魔法陣すら出現しなかった。
「おい!どうした!?打ち方忘れたとか言わねえよな?」
「いやそんなはずは・・」
啓がひどく困惑するが、一番先頭を歩いていたエレナが
「だったら私が!」
と言い、啓の代わりに丸太を破壊しようとする。しかしエレナからも光の魔力も魔法陣も出現しなかった。
「なんで?どうして!?」
エレナも同じく困惑したが、エレナが兵士たち三人によく目を凝らしてみると
「あれはまさか!?」
エレナが見たのは兵士の中の一番後方にいる兵士が手に持っている橙色に輝く石だった。
「あれは魔力無効化の石!まさかここまで私たちの対策をしていたなんて!」
その兵士が持っているのは、ガルフが統治していた時代に魔力が暴走した時にのみ使用が許されていたとされる、魔力が使えない結界を周囲に放っている石だった。
「くそ!!とにかく急げ!追いつかれるぞ!」
隆二の一言で、三人は再び前方に振り返り歩き出す。しかし次第に距離は縮まっていき、先頭を歩く兵士が隆二の背中を捉えた。
「貴様たち観念しろ!」
先頭の兵士が叫ぶ。隆二はこのままだとまずいと感じ、隆二も剣を抜く。
「隆二!一体なにを!?」
エレナが隆二に向かって叫ぶ。
「追いつかれたらやるしかねえだろ!」
隆二はそう言って兵士に剣を振りかざす。足取りが悪い中で剣と剣がぶつかり合う。剣の腕だけで見ると兵士側が有利に思えるが、慣れない足場での戦闘のせいか、隆二が押したり時には兵士が押したりとほぼ互角に見える。そして後ろの兵士は加勢できないからか、「頑張ってください隊長!」と鼓舞しているだけだった。隆二の前にいる啓もフォローできず、隆二が落ちそうになったときに手を貸すことだけ考えていた。エレナは他に何かできないか考えているが、良い案が思いつかず歯を食いしばる。剣を交えている隆二と兵士は剣をぶつけ、力を込めたせめぎ合いになる。兵士の力に圧倒されそうになる隆二だったが、その時啓が兵士三人の後ろの上空に指さして
「あ!ハイルズ国王!!」
と叫んだ。すると兵士三人は「なに!?」と一斉に後ろを向いた。その隙を突いて隆二は兵士の体を思いっきり蹴とばした。
「ちょっっ待て!うわあああ~~~!」
隆二の渾身の蹴りで後ろに飛ばされた兵士にぶつかった二人の兵士もバランスを崩し、三人が同じ杭に体重をかけたせいかその足場も「バキ!」と音を立てて壊れ、三人の兵士は崖下の海へと落ちていったのだった。しかし隆二も思いきり蹴りを入れたせいかバランスを崩し、崖下に落ちそうになる。
「隆二!!」
エレナが叫んだ瞬間に間一髪のところで啓が隆二の手をしっかりと掴んだ。
「しっかりしろ!もう大丈夫だ!」
そう叫ぶ啓の腕を隆二は掴み、なんとか命拾いしたのだった。
「ありがとう。助かった!本気で死ぬかと思った。」
そう話す隆二だったが
「それを言うなら足場が悪いここを抜けてからだよ!」
啓が笑いながら隆二に返す。その前でエレナは安堵の表情を浮かべている。
三人は慎重に歩を進め、ようやく地上に降り立った。
周りを見ると人の姿はなく、ただ海の波打つ音だけが響く。
「疲れたあ~~!」
隆二はそう言って草が生い茂った地べたに寝そべる。
「お疲れ様です二人とも。しかしとんだ大ぼらを吹きましたね。」
エレナが啓を見ながら笑っている。
「そうだ!啓お前よくあんな状況であんなことを言えたもんだな!」
「あれは咄嗟に思いついたんだよ。まさかそれで全員が落ちるとは思ってなかったけど。」
隆二も啓も笑いながら話す。
「それでさっきの魔法が使えないってのは一体なんだったんだ?」
隆二の質問にエレナが先ほどの石の説明をした。
「へえ~。そんなものもあるんだな。ある意味チートだろ。」
「たしかに。魔法を使う人に対して効果は絶大だからね。」
そう話す隆二と啓にエレナが問いかける。
「あの・・チートってなんですか?」
「ああ、知らなくていいよ。こっちの世界の言葉だし。なあ?」
「え?まあそうだね。ははは。」
そう答える隆二と啓にエレナが頬を膨らまして不貞腐れる。
「なんですか?教えてくれたっていいじゃないですか。」
エレナがそう言って三人は笑いあった。その場で少し休憩した後三人はセネク街に戻らないようにしてカトレを目指すのだった。
一方その頃方衛大学では、茉奈と将が学食でご飯を食べ終わり、昨日和人と会った空き教室で二人話をしている。
「茉奈ちゃん、ほら。」
将がそう言って茉奈に和人からもらった三枚の写真を見せる。
「これって・・隆二じゃない!それに学長も!」
茉奈が驚くように言った。
「ああ。この通りばっちり映ってる。だからもうあとは僕に任せておいてほしいんだ。」
「なんで!?あたしもまだ手伝えることあるよ。」
茉奈はどうしても自分で解決したいと言わんばかりの表情をしている。
「それでまた警察に頼るって言いたいのかい?昨日も話したでしょ?警察は当てにならないって。それに僕もこれ以上茉奈ちゃんにこの事件の深いところまで関わってほしくないんだ。」
将は今日学長室に寄る事を話さずに茉奈には退いてほしいと考えていた。
「どうして?ここまで知って何もしない方があたし絶対後悔するよ。」
茉奈がそう言ったが将は強く説得する
「それで君の身に何か起こったらどうするんだい?ご家族の方もそうだし僕や和人も悲しい気持ちになるんだよ。ここは男の僕に頼らせてほしいんだよ。隆二君は必ず助けるから。」
茉奈は終始納得いかない様子だったが、渋々将の言うことに理解した。
「分かった・・でも約束して!絶対無理はしないで。」
茉奈は代わりに約束事を将に突き出した。将は頷いたが、心の中では「それは無理な約束だな。」と思うのだった。
「茉奈ちゃんはこれから講義あるでしょ?」
将が聞く。
「うん。次の講義で今日は終わりなんだけど・・」
「だったら急がなきゃ。あと5分で始まるよ。」
茉奈がスマホで時間を確認すると12時56分。午後の最初の講義が始まるまで5分を切っていた。
「うん。そうだね。でも・・・」
そう言って茉奈は口籠る。
「言いたいことは分かるけど、ここは僕を信用して講義に行ってきて。ああ、ちょっと後ろ向いて。背中に埃がついてる。」
「え?あ、ありがと。」
そのやり取りの後、茉奈は空き教室から出て行った。
そして将一人になった空き教室で、将は手に持っていたバッグから何かを取り出した。それは小さな時限爆弾だった。
「この教室にはお世話になったからね。」
そう言って将は教室の前にあるホワイトボードの裏にその時限爆弾を設置した。爆発する時間は約16時半。将が学長室に向かう30分前あたりだ。設置し終えた後、将は何事もなかったかのように教室を出た。