2章
東京の警視庁では、集団失踪事件の尻尾もまだ掴めていない状況で未だに一人も見つかっていないため、ようやく対策本部を設け今まさに約100人という規模での対策会議が行われるところだった。その会議室のでかいホワイトボードの前には茉奈の父、宗次もいる。
「ではこれより方衛大学集団失踪事件の対策会議を行います!」
一人の進行役のマイク越しの大きな声が室内に響き渡る。そして
「ここにいる全員既知だと思うが、あの58名の方衛大学集団失踪事件が発生して2週間と少しが経った今もなお一人も姿が発見されていない状況にある。そして昨日、同じく方衛大学に在籍している一人の学生が不明な失踪を遂げたと被害者の母親から捜索願が出されたところだ。」
警視総監が会議室にいる全員に向かって話す。
それからしばらくして会議が終わり、警視総監と宗次は二人喫煙室で煙草を吸っていた。
「それで、その藤田隆二というのは君の知り合いだそうじゃないか。」
「ええ、私の娘と大学も一緒で通学もほとんど一緒だったと妻から聞いてます。」
二人しかいない喫煙室だからこその会話だ。
「間違っても変な気は起こすなよ。お前ではなく娘さんだ。くれぐれも注意しておけ。」
「分かってますよ、それぐらい」
上司の一言に宗次は邪険にするような顔をして言った。
宗次は足早に喫煙室を後にし、部下にガラケーを使って連絡をする。
「学長の荒木とはどういう連絡が取れた?」
対策会議に出席した全員が怪しいと感じている本人との接触に関して部下と話している。
「だろうな。一度に限らず何度もそいつとはコンタクトを取る必要はありそうだな。念のため、荒木の今までの経歴も調べておけ。」
部下にそう指示する宗次。
「しかしなぜ今回はたった一人の失踪なんだ?茉奈なら何か・・いやだめだ、あの子を巻き込むようなことにはさせずに解決してやる!」
宗次はそう決意する。
一方異世界側のアルガナ城では
「あの王族の娘と一人の少年がカトレに向かって出発したとは本当か?」
ハイルズが隆二とエレナを見下ろしていた黒いマントに覆われた男に向かって話す。
「はい、あの女性は間違いなく旧国王の娘、エレナです。出発した方角的にこのアルガナ城もしくはカトレを目指しているのではと思われます。」
「生きていたのかあの娘め。それならカトレに兵を少し出しておけ。あと少数の兵をその方向に向かわせろ。エレナと思わしき女を見つけたら構わず捕らえるのだ。カトレに着いたら最後、二度と太陽を見れないようにしてやる。まあ少しは観光させてやるのもいいか!」
ハイルズはまた高笑いをする。
「その一緒にいる少年はいかがなさるんですか?」
今度はゲイルがハイルズに問いかける。
「そいつも捕虜の対象だ。もしかしたらそいつが例の捕虜が失敗した少年かもしれないからな。念には念を入れてだ。」
ハイルズの話を聞いていた全員が頷く。
すると今全員がいる王座の間に繋がる通路から一人の女性が入ってくる。
「あら、あの死にぞこないの一族はまだ生きていたのね。」
そう言うのはハイルズの王妃カルティナだ。
全身赤いチャイナドレスのような気品溢れる衣服を身に纏っており、スタイルも美しく、ハイルズ以外のほぼ全員の目は釘付けだ。
カルティナはゲイルと同じく闇の魔力の使い手だ。そして過去にハイルズと協力関係を結び、ハイルズが王になる前に取引をし、ハイルズに強大な力を授けたのだった。その力でガルフが統治するアルガナ国を侵略した。
「相変わらずだなカルティナ。私が望む世界に徐々に進みつつあるのも、お前の力があってだ。あとは小バエを駆除するだけだな。」
「フフフフ・・あなたの望みの世界が私が生きるに相応しい世界なのよ。あなたの王妃になれて良かったわ。」
カルティナはハイルズに近づきながらそう話す。
「お前の力はいずれまた使うことになる。それよりも今は異世界の者たちをエールとやらの力でより最強の軍隊を作るのが先決だ。異世界人はかなり使い物になる。ついこの前異世界から引きずり込んだ者のうちの数人が既に上級クラスの魔力を使えるんだ。こんな簡単に最強のしもべが集まるとは思ってなかったがな。」
ハイルズはまた高笑いをするのだった。
その頃エレナと隆二はカトレまでの旅の道中で浅瀬の川を見つけ、少し休憩していた。
その川の向こう岸は森になっており、たくさんの木々が森の中の視界を遮っていた。
二頭の馬に水を与え、二人はゼレス村の住人からもらった弁当を食べている。
「それにしてもすごくきれいな川だなあ。日本の下流でここまできれいな川はたぶんないと思うよ。」
隆二は感心しながらエレナに話す。
「その・・日本というところにも川は存在するのですね。でもなぜきれいな川はないと思うのですか?」
「え?そ、そりゃ・・むこうはこっちの世界よりも文明の発達って言えばいいのかな、それがかなり進んでるんだよ。でもそれが昔から存在している自然を壊してる側面もあるんだ。」
隆二は少し自信ありげに話す。
「そうなのですか。その観点から見るとまだこちらの世界は昔の文明を守り続けてますね。この国も建国された当時の自然のままですから。」
エレナが言うには、アルガナ国は約4000年前に建国されたらしい。その自然を保ち続けてるこの国の力に隆二は感動していた。
そんな話をしていると、川の向こう岸の森の奥から、何やら美しい歌声が聞こえてきた。
「ん?エレナ・・何か聞こえないか?」
「たしかに、とてもきれいな歌ですね。誰か近くにいるのでしょうか。ちょっと寄ってみませんか?ここらの事情を知っている方なら色々と情報を聞ければと思うのですが。」
そう言ってエレナは二頭の馬の方へ向かう。
二人は馬に乗り向こう岸の森の中へと行く。少し歩くと先ほどの歌声が次第に大きくなっていき、ようやく歌声の張本人が見えた。
「え?子供??」
隆二とエレナが見たのは、とてもその体型から出せるような歌声ではない、白いワンピースのような服を着た一人の少女が小さなハープのような楽器を持ちながら切り株の上に座っていた。少女の正体は森の精霊で、歌や音楽で人々を癒す力を持っている。
少女も二人の存在に気づくが、目を合わせるとすぐ近くの木に身を隠す。
二人はすぐに馬から降り
「あ、あの・・私たちは決して怪しいものでは・・」
エレナがそう言うが、その少女は一向に警戒心を解かない。少女の目線はずっと隆二に向けているようにも見える。
「その人の音は好きじゃない。」
唐突に少女がそのように話すが、二人はまったく意味が理解できない。
「あの、まずは落ち着いていただけますか?私はエレナと申します。この方は隆二、私たちは旅の者です。あなたのお名前は?」
エレナが丁寧に話す。
少女は少し黙り込んでいたが、ようやく身を隠していた木から離れこちらに近づいてきて
「キリエ、それが私の名前」
とだけ話した。
「怖がらせるようなことをしてすみません。あまりにも美しい歌声が聞こえたものでして。さっきの歌声はキリエさんが?」
エレナが話す傍ら、隆二は自分にはこんな真似できないとほぼエレナに任せていた。
「まだ私の音は虚ろな色をしてるの。エレナの音は淡い色。隆二・・の音はとても黒い。」
キリエと名乗る少女とエレナの会話が嚙み合っているのか噛み合ってないのか分からない。ただキリエは見た人の第一印象を色で表しているように見えるが、隆二は黒と言われ自分のエールの結果を想像していた。
「あなたの音から邪悪なものを感じる。」
ほぼ直球でキリエに言われたが
「オレのエールが悪魔のような者が見えたんだ。君は何か知ってるかい?」
そう隆二が聞くが、キリエはただ顔を左右に振るだけだった。
「ところでキリエさんはこんなところで歌を?」
エレナが聞くと
「私の歌は虚ろなの。だから歌ってた。」
二人はまだよく意味が理解できないままだったが
「でもすごく美しい歌声でしたよ。すごく練習なさったのですね。」
とエレナがキリエをほめるように言うが、キリエはエレナを無表情で見ているだけでただ黙るだけだった。
その沈黙を遮るようにエレナが話を変える
「あの・・私たちはカトレを目指しているのですが、カトレへはこの森を進むとたどり着けますか?」
エレナは目的地に関しての質問をした。するとキリエは
「あっち」
と指を指す。カトレの方向を示してくれているのだと思ったが
「誰か来る」
と二人に伝えた。
「え?人ですか?」
エレナが聞き返すと二人は同時にキリエが指さした方向を見ると、遠くから三人組の鎧を着た者がこちらに向かって歩いてきている。
「あれはまずいですね。国の軍の者です。なぜここまで来ているのか分かりませんが隆二はともかく私の姿を見られたら。」
そう話すエレナは咄嗟にフードを被り、あまり顔が見えないようにしている。そして三人の兵士がこちらに近づき
「おい、お前たちは何者だ。」
一人が隆二たちに問いただす。
「あ・・あの、オレたちはただ・・」
隆二が必死に言い訳を探すが
「ただ・・なんだ?こちらの方面から元王族がこちらに向かってきていると聞いていてね。悪いが全員顔を確認させてもらおう。おいそこの娘。そのフードを取ってもらうぞ。」
他の兵士とは明らかに派手な鎧を着ている兵士が腰に携えている剣に手を添えながら近寄ってくる。おそらく隊長とかだろう。
ここでエレナの正体がバレたらまずいと率直に感じた隆二だったが、ここで剣を振るう勇気はなかった。するとキリエが三人の兵の前に立ち
「あなたたちの音は嫌い」
と言い小さなハープを構え演奏をし歌い始めた。
「おいおいおい。いきなり何するかと思えばここで演奏会か?」
隊長と思われる兵がバカにしているかのようにキリエに向かって話す。しかしその三人の意識が薄れていくように次第にその三人はぐったりし、しまいには大きないびきをかいて寝始めた。
「え?あの、これは?」
隆二が聞く。
「こっちに来て。」
キリエはそれだけ言い、森の中をスタスタと歩き始めた。二人は馬の手綱を引きながらキリエについていく。
少し歩くと森の木々がその空間だけ生えてない秘境のような場所に着いた。森の中とは違い、太陽の光に照らされたその場所はどこか聖域のような雰囲気すら感じる。
「ここなら安全」
キリエが言う。
「あ・・あの、助けてくださり、どうもありがとうございます。それにしてもあの力は?」
フードを取りながらエレナが質問する。
「あれは私の癒しの力。他にもある。」
と言ってハープを奏でると、キリエを中心に半径5メートルぐらいの円形状に今まで草しか生えてなかった地面に花が咲き始めた。そこでようやくエレナがキリエの正体に気づく
「あの・・もしかしてあなたは森の精霊様ではないでしょうか?昔この世界の歴史を勉強していた時に歌や音楽で生きるもの全てを癒す力を持った精霊がいると歴史の本に記されていました。」
エレナが言うが、キリエは何も反応しない。
「でもすごかったよ!ただ、あの兵たちってすぐ起きたりしたらここもいずれ危なくなるんじゃ?」
隆二が質問するが
「ここは私しか入れない。あなたたちは特別。」
キリエはその場に座り込んでそう話す。
「そうなのか。それにしてもここまで国の兵士がくるってことは、カトレまでのルートを変えるべきじゃないか?また鉢合わせになったら面倒だぞ。」
隆二がエレナに意見する
「たしかに直線的なルートで行くのはまずいかもしれません。寄り道にはなりますが、安全なルートで行くに越したことはありませんからね。でもどういう行き方が他にあるんでしょうか?」
と隆二に尋ねるが
「この世界にまだ三日しかいないオレに聞かないでくれ。」
と言い返すが、隆二は「あっっ」とキリエに視線を向けながら口を塞ぐ。しかしキリエからは驚く様子は一切見えず
「そんな気はしてた。あなたから出る音はこの世界とまったく別の音。」
と隆二に話すだけだった。隆二に興味があるのか、逆にまったくの無関心なのかもわからない表情をしている。
「キリエさんは、川沿いに進むほかにカトレに行ける道を知っておられますか?」
エレナが聞く。しかしキリエは顔をブンブンと左右に振って
「私はこの森を出たことがない。この森は私の友達。そしてここが私の家。」
と話した。そこで隆二は
「あまりこの森にいたら迷惑だろうし、オレたちはもう行くよ。とりあえずさっきはありがとう。ここから一番近い村とか知ってたら教えてほしいんだけど。」
と隆二が話すと、キリエは先ほどこの場所に着いた方向とは逆の方を指さし
「こっちに進めば街がある。」
と示してくれた。するとエレナが
「だとするとヌレンベーク街になるのでしょうか?」
キリエに質問するが、キリエは相変わらず無表情のままエレナを見つめているだけだった。
「おそらくその街があるのでしょう。キリエさんどうもありがとうございました。私たちはそこに向かいます。」
エレナが言うとキリエが何か光っている物を渡そうとする。
「これあげる。」
キリエはただそう言って、隆二に指の腹ぐらいの大きさの緑色に輝く宝石を渡した。
「なにこれ?」
「それはお守り。あなたの旅には必要。」
キリエはそれだけ伝え、ふわりと姿を消した。
エレナはキリエが座っていた場所に「ありがとうございます。」と伝え、二人は馬の手綱を引いてヌレンベークに向かう。
その道中の森の中で
「なあエレナ、そのなんとかベーク街ってのはどんな街なんだ?」
隆二がエレナに聞く
「ヌレンベークですよ。アルガナ国の東南に位置していて、その街はカトレほどではありませんが、海も近くにあってそこそこ賑わっていて、名産品もすごく美味しいんですよ。4年ぐらい私も食べてないのですが。」
とエレナは笑いながら話す。
「だったら少しそれも食べてこーぜ。っていうかオレこっちの世界のお金持ってねえ。」
隆二は面目なさそうに話す
「ふふふ、それぐらいでしたら私にお任せください。一日ぐらいの寝泊りとお食事ぐらいなら持ち合わせてますから」
エレナが小さなカバンからお財布らしき袋を笑みを浮かべながら隆二に見せる。
こうして二人はルートを変えてヌレンベーク街に向かうのだった。
時を同じくして東京
「隆二がいなくなった日はたしか学長に用があるって言ってた。その日の夜にいなくなったんだから、まず間違いなく怪しいのは学長。でも直接は聞けない。ああ~~~~!!じゃあどうしたらいいのよもう!!」
学校の講義を受けている茉奈が心の中で隆二を救出する算段を立てていた。
しかし具体的な案が出ないまま講義が終わってしまった。意気消沈しながら講義室から出る茉奈に一人の男が近づく。
「やあ、すごく疲れ切っている顔してるけどどうしたの?」
そう言ったのは、茉奈と同じ学部でダンスサークルに所属している日野将だった。とても優しい性格でダンスサークル内でも一番イケメンと言われている。しかし本性はヤクザの一人息子で、この大学も今の学長である荒木と父である組長のコネで入学している。もちろん茉奈は将のその裏を一切知らない。
「あ、将君。えっとあたしは全然大丈夫だよ。」
「ほんとに?だったら別にいいんだけど。でもさっきの講義中ずっと下向いてたし、何か考え事してるのかなって。」
茉奈も将も、いつも同じ席に座っており、茉奈の真後ろの席に将がいたのだ。それで将も気になっていた。それを聞いた茉奈は意を決して将に話す。
「あ、あの・・この後時間ある?」
「次の講義まで少し時間あるし僕は大丈夫だよ。でも急にどうして?」
「えっと、話はその時に。じゃあ学食行こ?」
そうして茉奈と将は二人で学食に向かう。
学食で二人席に座って互いに定食を前に広げている。
「それで話って何?」
「あのね、あたしの友達で隆二ってやつがいるんだけど、前に少し本人と話したことあったよね。あいつが失踪したってことは知ってる?」
「え?ほんとに?それは知らなかった。でもそんな・・」
将もひどく驚いている様子を見せる。しかし将からは意外な言葉が返ってきた。
「実はね、僕の友達におかしなことを言ってるやつがいるんだよ。僕たちとは別のサークルだけど、僕の高校からの友達なんだ。その時その友達が話してたことと少し関係あるのかも。」
「え?その友達はなんて?」
「僕も最初からそんな話あるわけないと思ってたから、最初から最後まで真面目に聞いてたわけじゃないんだけど、たしか一人の男が何かに吸い込まれたとか言ってたような。」
そう返す将に茉奈は
「その人の話をちゃんと聞かせて!もしかしたら隆二と何か関係があるのかも!。」
と強く将に話す。
「え?それは全然構わないよ。だったら明日にでもその友達紹介するよ。」
将は快く受け入れてくれたが
「今日はダメ?迷惑だったら明日でも・・」
茉奈はわがままになりつつも申し訳なさそうに聞く。
「分かった。じゃあ連絡はしておくよ。何かあったら茉奈ちゃんに連絡するね。」
将は優しく答えてくれた。
その頃隆二とエレナは森を抜けヌレンベーク街に向かっている道中で狼のような魔物三匹と対峙している
「は!」
エレナが魔法陣のようなサークルの中心で勢いよく光の攻撃魔法を魔物に飛ばすが、すばしっこくてなかなか当たらない。
エレナの攻撃を避けた魔物にすかさず隆二が剣を抜き切りかかるとその魔物はその場に倒れ、消滅した。
「その調子です。あと二匹です!」
エレナが隆二を鼓舞するように言う。
「よっしゃ!いつでもかかって来やがれ!」
そう言う隆二に2匹の魔物は同時に襲い掛かる。
「いや待て!二匹同時はダメだろ!いてっ」
隆二に調子に乗った罰が与えられたように二匹の魔物は容赦なく隆二に襲い掛かるが、同時に隆二はひどく頭痛を感じ、その場にしゃがみ込む。そんな隆二に魔物が飛び掛かる寸前でエレナの魔法が二匹の魔物に直撃した。二匹の魔物は勢いよく飛ばされ、最初の魔物と同様に消滅した。
「大丈夫ですか!?なにか怪我でもされたのでは?」
「いや、別に大丈夫だよ。でもありがとう。おかげで助かった。」
隆二は頭に手を添えながらエレナに話す。
「もうここらに魔物はいなさそうだし、とっとと行こうぜ!」
「少し休まれてはいかがですか?まだ時間はありますし。」
エレナが気遣ってくれている。
「大丈夫だよ。大したことじゃないんだから。それに今は何ともないよ。」
「そうですか。ヌレンベーク街まで先は長いですし行きましょうか。」
そう言ってエレナは馬に乗る。隆二も馬に乗るが、隆二の中では襲われる寸前で助かったあの瞬間の恐怖心がその時も脳裏に焼き付いていた。それから数時間が経ち、ようやくヌレンベーク街が見えてきた。空はすっかり夕焼け空が広がっていた。
「見えてきましたよ。あれがヌレンベーク街です。」
「おお!けっこう建物が多くて賑わってそうだな。腹も空いてきたし、ちょうどいいや。」
二人は互いに笑いあいながら馬を走らせる。しかし隆二は先ほどの狼の魔物と対峙していた時から体に違和感を感じていた。隆二は時々自分の違和感に感じる部分を手で触ってみるが、どこも異常はない。
「さっきから何なんだよ。」
隆二は心の中でそう語る。
ヌレンベーク街の入り口に着き、二人の目に真っ先に飛び込んできたのは、突き当りの大きな噴水広場の前で一人の女性が観衆の中で踊っている光景だった。ちょうど踊りが終わり観衆の拍手の音が二人の場所まで響き渡っていた。
「話通りすごく賑わってるな!飯も楽しみだ。」
隆二が馬から降りながら素直な感想を漏らす。
「ふふふ、たしかあの噴水広場の近くのお店に飲食ができるお店がたくさんあったはずです。その前に馬宿を探して、そこに馬を預けましょう。」
「ああそっか、さすがに店の中に馬を入れちゃいけないよな。」
二人は手綱を引きながら馬宿を探す。馬宿は街の奥に点在しており、思ったより時間がかかってしまった。上を見るともうすっかり夜だ。
「おや、あまり見慣れない顔だねえ。旅の者かい?」
馬宿の受付にいるおばあさんが二人に問う。
「ええ、ゼレス村からやってまいりました。この二頭の馬を預けたいのですが。」
エレナがおばあさんに丁寧に答える。
「はいよ。二頭だから8ユルだね。明日の朝まででいいのかい?」
「はい、それでお願いいたします。」
エレナが馬宿の仕様に慣れている感じで答えていく。
「この世界の通貨ってユルっていうんだ。今更だけど初めて知ったな。」
隆二は二人の会話の中の通貨に関してそう口に漏らす。
「んん?お兄さんどうかしたのかい?」
おばあさんが今度は隆二に話しかける。
「ああ、いや・・別に。なんでもないですよ。」
またまた隆二は自分が異世界人だというのがバレそうになる。
「ところで、この街で美味しいご飯が食べれるお店でいい所ってありますか?」
エレナが話題を飲食店に変えてくれた。
「そうだねえ。それなら海側にあるお店だとハズレはないよ。どこもほっぺたが落ちるほど美味しいよ。でもそれを理由に人気があるからねえ。着いてすぐ入れる保証はできないよ。」
おばあさんが優しく教えてくれた。
「分かりました。ご丁寧にありがとうございます。」
エレナと隆二は同時に頭を下げる。
「では行きましょう隆二さん。海側はここから真反対ですから。」
とエレナに案内される。
「エレナって以前ここに来たことあるの?」
隆二は馬宿に着く前から思っていたことを口にする。
「ええ、まだ指で数えれるくらいですが、何度か来たことがありまして。私もそこまでこの街の地理は詳しくないのですが、海側だと分かりやすいですよ。」
にこやかな表情でエレナがそう答える。そんなエレナに隆二は顔を少し赤らめるのだった。
エレナの案内のもと海側に着く。見ると噴水広場よりもかなり多くの飲食店と思わしき店が砂浜に面するようにずらりと並んでいた。どの建物も2階建てや3階建ての建物で、そのあちらこちらで食事をしている客の声で、店の外にいる二人の所までそのガヤガヤした声は聞こえてくる。その中で人だかりができているお店が二人から一番奥にある店だった。しかしそんな光景よりもはるかに異様なものがあった。海のはるか向こうに見える禍々しい霧のようなものが隆二とエレナの視界の半分を占めている。この前ガルフが話した大昔の天使と悪魔の戦争で発生したと言われる霧だろう。しかし隆二は敢えてそのことには触れず目の前の飲食店に目線を変え
「あの店だけすごく並んでるな。エレナは何が食べたいの?」
隆二が聞くと
「私は特に決めてなかったのですが、せっかくですので、この街の名物料理が食べれるお店にでもと思うのですが・・」
エレナはおそらく自分に気を遣ってくれているのだと思う隆二は
「そうだな。だったらそこに行こうよ。その料理はどこで食べれるの?」
エレナに聞き返すと
「それはおそらくどこでも食べれるはずですよ。この街の名物になってるんですから。ただ・・」
そう言うエレナの表情はすごく深刻な顔をしている。
「どうしたのエレナ?さっきからあの人だかりをずっと気にしてるようにも見えるけど。」
隆二はエレナの視線はずっとあの奥の店の前の人だかりに集中しているように見えた。
「あの・・何か気になりませんか?私にはとてもあの人だかりがお店に入るのを待っているお客さんのようには思えないのです。」
エレナのその言葉に隆二もしっかりとその人だかりを見てみる。するとその人だかりのほんとがこちらに向かって走ってきた。その人たちの顔はひどく怯えてたり恐怖心に駆られているようだった。
「すみません。少し様子を見てきます。」
そう言ったエレナは小走りでその店へと向かう。
「ちょっと待ってエレナ・・」
隆二もエレナの後を追う。二人がその店の前に着くと木製の格子から中を覗けた。すると二人の男が短剣を手に持ち、ナプキンを被っている若い女性の首に剣を向けて人質にしている光景だった。そしてその人質の前には同じくナプキンを被った中年ぐらいの男性が血を流して倒れている。男二人の近くにあるテーブルは蹴とばされたのか、横に倒されており、おそらくその上に置かれていたであろう料理や飲み物は床に散乱していた。女性を人質に取っている方は大柄な男で、その人質の前に立っている男は大柄な方よりも細いがガタイはいい。
「ま・・まじかよ。」
隆二の中ではおそらくあの女性と倒れている男性は店員だという予想は立っていたが、実際に目の当たりにするとそれぐらいしか言葉にできなかった。
隆二はエレナの方を向くと、エレナは強く拳を握りしめ、とても怒りに満ち溢れた顔をしていた。
「店長――!!」
人質に取られている女性が叫ぶ。
「へへへ!これで分かったか!!俺様に指図したらこうなるってことをなあ!!」
大柄な男がそう口にする。
「おら、お前たち邪魔だ!そこどかねえとこの女の命が飛ぶぜ!」
もう一人の男が、店の中で立ち竦んでいる客らしき人たちに言葉を投げかける。その店の入り口前にいた客は少し横にずれている。
するとエレナはその店の中に向かおうとしており、それを見た隆二は
「待ってエレナ!今向かうのは危険だよ。何する気だ?」
とエレナの腕を咄嗟につかみそう話す。
「で・・でも、彼女が・・!」
「気持ちは分かる!でも今行ったら・・・っておい!」
エレナは隆二が話してる間に自分の腕を掴んでる手を振りほどき、店の中に入ってしまった。そして
「おやめなさい二人とも!!」
エレナからはとても想像できないような大きな怒りの声が店の外の隆二に聞こえてくる。
隆二は頭を抱えもやもやする気持ちを抑え、隆二も覚悟を決めて店の中に入る
「は?なんだお前。このオレたちの邪魔をするってのか?ええ?」
大柄な男がかなり余裕な表情を見せながら話す。
「その方を離しなさい!今すぐに!」
エレナはひどく憤慨している。しかしその様子に二人の男は表情一つも変えず
「俺たちに指図するなってさっき言ったばかりだよなあ!!てめえも命いらねえ身か?だったらお望み通りまずはお前をあの世に送ってやるよ!!」
と言ったガタイのいい男が短剣を構えてエレナに向かって投げようとしている。エレナは右手を前に掲げ、何か光の魔法でも使うのかという瞬間、その隣にいた隆二はひどく頭痛を感じ左手は自分の頭を抱えていたが、なぜか体はエレナの前に動いていた。
「りゅ、隆二!!」
エレナの声が響く。しかし既に男からは短剣が同時に数本投げられており、もう避けられない。隆二は咄嗟に右腕で自分の顔を隠すように身を守る態勢を取る。ザクザク!っと隆二の右腕や体に短剣が突き刺さる音が辺りに響いた。エレナも周りにいた他の客もひどく絶望する表情を浮かべているが、次に聞こえたのは隆二の意外な言葉だった。
「いてえ。」
隆二は腕や胸、腹といったあらゆる部分に短剣が刺さりながらそう話す。エレナは後ろからその姿を見ているが、エレナはかなり驚愕した表情を浮かべている。
なんと隆二はとても人間とは思えないような腕をしており、その色はワインレッドの色をしている。目は全体が白く、隆二の雰囲気はそのままに口に牙が生えた姿をしており、その背中には悪魔のような羽が生えていた。その様はまるで悪魔そのものだった。悪魔と化した隆二は丁寧に刺さった短剣を抜いていく。
短剣をすべて抜き終わりそれらを目の前に捨てると、隆二はすばやく大柄な男の前に移動し、その男の頭を掴む。
「うああ~~~!!」
と大柄な男の悲痛の叫びが辺りに響き渡る。それと同時に悪魔の羽を広げ、悪魔と大柄な男は空中に浮いた。かなり強く頭を締め付けられているせいか、持っていた剣を落とし、必死に両手で悪魔の手を離そうとする。人質に取られていた店員と思わしき女性もその場に倒れこむが、その視線は悪魔となった隆二の方を向いており、ひどく怯えている。
「な・・なんなんだお前!?」
ガタイのいい男は恐怖に満ちた顔でその場に崩れ落ちたが、隆二は大柄な男をエレナの前まで放り投げ、羽をたたみ床につくと今度はガタイのいい男の方に寄る。
「ま・・待ってくれ!!頼む!!いいいっ命だけは勘弁してくれ!」
必死に命乞いをする男を見てエレナは自分の前まで吹っ飛んできた大柄な男の状態を見る。命はあるように見えるがだいぶ強い力で頭を掴まれていたため、白目を向いて意識が飛んでいるように思える。その状態を見て
「待って隆二!!」
咄嗟にエレナがそう口にすると、今まさにガタイのいい男を悪魔の拳で殴ろうとしていたが、エレナの声が隆二に届いたのか男の顔の寸前で拳は止まった。
目の前まで差し迫った拳にひどく恐怖したからか、そのガタイのいい男はそのまま気絶してしまった。
その直後に、隆二から禍々しい気体が発せられ、徐々に元の姿に戻っていく。ようやく本来の隆二の姿を取り戻すと
「あ、あれ・・エレナ。オレは一体。」
隆二は先ほどの悪魔の姿の状態の記憶がないような感じで話す。
「もう大丈夫ですから!」
と言ってエレナが隆二に微笑みかける。エレナは二人の男を光の魔法で拘束し、人質に取られていた女性に歩み寄る。
「あの、お怪我はありませんか?この者は私の仲間です。あなたを襲うようなことはしません。信じてください。」
エレナは優しく女性に話しかける。
「た・・助けてくださり、ありがとうございました。」
女性はまだ悪魔の姿になった隆二に恐怖している様子だった。
すると今まで立ち竦んでいた一人の男の客が
「おい・・なんだよあれ?あれって悪魔じゃねえか。なんで・・なんでこの世界に悪魔がいるんだよ!?」
隆二に対して強く批判するように言い放ち、それと同時に他の客たちも隆二から「やべえぞ!」とか「殺される!」とか言いながら逃げるように走り去ってしまった。見るとこの店に残っているのは、拘束された二人の男と人質に取られていた女性と倒れている男性、そしてエレナと隆二の六人だけだ。
エレナはそんな客の姿を見て、一度深呼吸をした。逃げた客よりも女性の隣で倒れている男性の出血の状態を確認するエレナ。その左手を男性の切られた場所に向けて光の魔力を放った。
「大丈夫です。この方はまだ生きていますが、出血がひどいです。傷口はなんとか抑えますが、すぐにお医者様を呼んでください。」
エレナは男性の方を見ながら女性に話している。女性はそっと胸をなでおろす。そんな姿をただ隆二は見てることしかできなかった。
「わ・・わかりました。あなたたちは?」
と女性が話すと
「私たちはここに残ってこの男性の治癒を続けます。それに少々事を荒げてしまったようですし、用が済んだらもうこの街を出ようと思います。」
エレナが返した。
女性は少し立ち止まり何かを言いたそうにしてるが、何も言わずそのまま医者を呼びに外に出てしまった。
先ほどまでとは違い、一気に店の中に静寂が広がる。聞こえるのは(ぽーー)っと光の治癒魔法で傷口を癒している音だけだ。
「隆二、お怪我は大丈夫なのですか?」
エレナが不意に隆二に問いかける。
「えっと・・それが何ともないんだよ。剣が突き刺さるところまでは覚えているんだけど、そこからは何も・・」
隆二が申し訳なさそうに返す。
「隆二のエールの結果を知らされた時から、このような予感はしていました。申し訳ございません。もっと早く伝えるべきだったと今は後悔しています。」
エレナが逆に申し訳なさそうに隆二に謝る。
「なんでエレナが謝るんだよ。ていうかオレはこの男たちに何をしたんだ?」
隆二の問いにエレナが正直に話してくれた。
「つまりオレの姿が悪魔になって、この二人の男に襲い掛かったと。みんなには怖い思いをさせてしまったな。」
隆二は頭を抱えながらそう話す。
「でもそのおかげで被害を最小限に抑えることができました。さ・・これでこの方の傷口もかなり塞ぐことができました。あとはお医者様に任せましょう。」
エレナが言ったそのタイミングを見計らったように、先ほどの女性と医者らしき人が駆けつける。
「あの・・お医者様を連れてきました。」
女性が息を切らしながら話す。
「お待たせした。どれ、その血まみれの中で倒れている方がそうかな?」
そういう男性は、グレーの服を着たぱっと見だと30歳から40歳ぐらいの人で、とても医者とは思えない雰囲気をしていた。
「私の魔法で傷口はかなり抑えてあります。ただ出血がひどくて・・」
エレナがその医者に男性の状況を簡単に説明する。
「なるほど。あとは私に任せなさい。」
と言って、その医者は男性の胸の部分に手を当て、赤色の魔力を放っている。
「それって何をしてるんですか?」
隆二が聞く。
「これは輸血魔法だよ。その人が元々持ってる血液を供給することができる。っていうか知らないのか?」
「え?ああ・・はい・・」
隆二はあたかも常識のように聞かれる。
「それで君なのかな?悪魔が出たって噂の男は。」
その医者は急に話を隆二にしだした。
「あ・・あの、まあ・・一応そうです。」
隆二も不意に聞かれたのでしどろもどろに答える。
「そうか。まあ安心してくれ。といっても無理な話かもしれんが、私は恐れはしないよ。現にこの女性と男性を救ったじゃないか。世間が持つ悪魔のイメージは悪いものばかりかもしれんが、君みたいに人を助ける悪魔もいるんだな。」
その医者は男性の胸に手を当てながらにこやかに隆二に話す。
「これであとは時間の経過を待つだけだ。これ以上出血がひどかったら、正直この男は亡くなっていたのかもしれん。君のおかげだよ。」
医者は立ち上がり、今度はエレナににこやかに話す。
「ありがとうございます。とにかく助かって何よりです。」
エレナも安堵の顔を浮かべる。すると女性が
「とりあえず私はこの方を奥の部屋で休ませてきます。どうか少しの間お待ちいただければと。」
そう言って一人でその男性を担ごうとする。そんな姿を見て隆二が
「オレが部屋に連れてくよ。そんな無理はしないで。」
と優しく女性に声をかけた。隆二が男性を担ぎ、その女性に奥のドアを開けてもらい、その部屋の中のベッドに寝かせる。そしてエレナと医者がいる店の中に戻り、全員が揃ったところで医者が話し出す。
「申し遅れたね。私はユーク。この街の医者だ。」
ユークと名乗る医者が自己紹介をしたことで、今までエレナも隆二も自己紹介をしていなかったことに気づき、互いにユークとその女性に自分の名前を名乗る。その後に女性も自分の名前を名乗ってくれたが、エレナの自己紹介が終わる時に明らかにユークの表情が変わった気がしたが、何事もなかったように隆二の自己紹介を聞いていたようだった。
その女性はパルラと言うカトレ出身の子で、16歳になったのを機に1年前から魔導士になるためにこの街に親元を離れて来たとのことだ。そしてこの店で住み込みで働いているらしい。
奥の部屋で休んでいる男性がこの店の店主で名はアイクという。料理の腕は一流で、ここでは見習いから始めたそうだったが、前の店主が歳で亡くなり、今はアイクが店を継いでいるとパルラは話す。
「それで、この拘束されている男二人はどうするんだ?状況を見るにだいたいの察しはつくが。」
ユークが話題を変え、気絶している男二人のことを話すが
「いやいや、聞くまでもなく警察に突き出すべきじゃないですか?」
と隆二が答える。するとユークから意外な言葉が返ってきた。
「この街に警察はいないよ。いるのは自警団の連中だ。こんな夜遅くになるとすぐ眠ってしまうようなポンコツしかいない。だからこの街の夜は常に治安が悪い。おかげで私も朝に寝ることが多いよ。」
と話す。エレナと隆二は驚愕し、互いに目を合わす。
「そ、それでは今までもこのような事件は度々あったということですか?」
エレナが問う。
「はい、今回みたいな剣で切られるケースもしばしばあったり、強盗とかも多いです。」
パルラは少し元気がないように話す。そして隆二は一番気になっていたことをパルラに問いかける
「ところで今回は一体何があったんですか?」
「あ・・あの実は、この二人が無銭飲食を働こうとして、アイク店長がそれを見抜いて問い詰めてたんです。そしたら口論になって・・それで私は・・・」
パルラは悲しげな顔で絞ったようにそこまで話す。
隆二はそんなパルラを見て敢えて少し話題を変え
「でもその自警団が動かない時間だからと言って、いつまでもここにいさせるわけにはいかないでしょ?自警団が管理している檻の中とかにこいつらを押し込むぐらいは許してくれるんじゃないですか?」
隆二は語句を強めて話す。
「それはまあたしかにそうだな。私が連れて行こう。患者もあとはゆっくり休んでればいずれ目は覚ます。大事に至らなくてほんとに何よりだよ。」
とユークは拘束されている男二人に向かって紫色の魔力を放つと、その二人は簡単に宙に浮き、ユークが宙に浮いた二人を自分のもとに引き寄せた。そしてユークが店から出ようと店の入り口のドアの前まで行くとこちらに振り向き
「君たちも気を付けなよ。」
そう言い放ち、ユークは店を出て行ってしまった。
「何するんだあの人?まあここに居続けたらパルラに迷惑だから、ここらでオレたちも失礼させてもらうよ。」
と隆二がパルラに話すが
「あの・・これからどこに?」
とパルラが不安げに聞くと今度はエレナが
「私たちは元々旅の者ですから。安全な場所で野宿でもしようかと。」
そう言うとパルラが
「そんなわけにはいきません!もしお二人がよろしかったら、今日はここの2階で泊まっていってくださいませんか?」
と意外にも泊めてくれようと話してくれた。
「アイク店長って借りは作らない主義の人だから。今回の件で命を取り留めた恩人が知らない間にいなくなったら、おそらくすごく後悔すると思うので。いつ目を覚ますかは分かりませんが、せめて明日の朝まではここにいてくださると。」
パルラはアイクの気を遣って話してくれた。それを聞いた二人は互いに向き合い同時に頷き
「それではお言葉に甘えてそうさせてもらいます。」
エレナが快く返事した。するとパルラもようやく表情が明るくなったように思える。
パルラが店の玄関のドアの前に移動し、木製のバツ印の看板を立てかけている。おそらくもう店は閉めるのだろう。それを見て二人はかなり散らかっている店の中の掃除を始めた。手分けして食器を片づけたり、床を拭いたりとパルラが本来行う仕事の手伝いをした。
三人で協力して一通り綺麗に片付き、パルラに四人掛けのテーブルに座って待つよう指示された。パルラが厨房に移動し、エレナと隆二にお礼にまかない料理を作ってくれたのだ。
「あの・・これは、いただいてもよろしいのでしょうか?」
エレナが遠慮しながらパルラに話す。
「もちろんです!エレナさんも隆二さんも命の恩人ですから。これぐらいはさせてください。」
パルラはおぼんを両手で持ちながら話す。作ってくれた料理はさすが海に面しているだけあって、海の幸が大量に入った炒め物だった。パルラも席に着き、三人でそのまかない料理を食べる。その味はとても美味しく、二人はとても満足した様子で食べている。そこでパルラが気になったことを話す。
「先ほど旅をしてるとおっしゃいましたよね?なぜ旅をしているのですか?」
その問いに隆二がエレナと出会った経緯は敢えて割愛し、自分のエールの結果や目的地がカトレである理由などを説明する。
「だから先ほどあのような姿に。今回が初めてなのですか?」
パルラはもう隆二に恐怖心を覚えることなく話す。
「うん。さすがに記憶が飛んでしまうなんて思いもしなかったけど。自分がどういう姿になって、さっきの男二人をどうしたのかもエレナから聞いたんだ。」
隆二は自分の手を見ながら話す。
「時間が解決してくれるのを祈りましょう。それにカトレのその人に会うことができればおそらく何か分かるかもしれません。」
エレナが励ますように言った。その後二人はパルラの案内で2階の寝室に案内され深い眠りにつくのだった。