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碧の扉  作者: 藤魔 朔
2/13

1章

学長の荒木と謎の老婆によって別の場所に飛ばされた隆二は気が付くと夜の辺り一面草原の誰もいないところに一人寝そべっていた。

「いってえ~~!てかオレ生きてる!死ぬかと思った!」

上半身を起こし頭の後ろをさすりながらそう叫ぶ。

「てかどこだよここ。」

状況が整理できない中、少し遠くから人がこちらに近づいてくる足音が聞こえ、隆二は素早く目線をそちらに向けた。

歩いてくるのは一人の女性。年齢は自分とほぼ同じか少し上に見える。服装はよくあるファンタジー世界の田舎者が着るようなものを羽織っていた。

「あなたが別の世界から来たものですね?」

フードを外し金髪の長い髪の毛を風に靡かせながらそう答えた。

「別の世界って?え??あの・・・」

うまく答えることができず、途中で途切れてしまう。

「無理もありません。どうか落ち着いて私の話を聞いてくださると幸いなのですが。」

淡々と話す女性。こちらの事情をよく知っているかのような口ぶりに隆二の警戒心は強くなっていく。

しかし、その女性からは1ミリも邪心を感じない。それどころか、かなり美しい容姿で隆二は多少見とれてしまっていた。

「あ、あの・・まずここはどこであなたは一体。」

やっと絞り出して出たのはそれだった。

「ここだと体が冷えてしまいます。よろしければ私の家でお話をさせていただけませんでしょうか?」

そう答える彼女に隆二は頭だけ縦に振った。

遠くで村の集落の入り口らしき門が見える。その両方の門の傍には松明の炎が燃えている。

隆二はそっちに向かうのだと思っていたが、彼女が向かう方向は全く違う。

「この森の中を進みます。どうか注意してください。」

そう言う彼女は鬱蒼とした森の中へと足を進めていく。そんな彼女の背中を追うように隆二も森の中へ進む。

体感で2時間程度歩いたら一軒の家が見えてきた。

「あの家です。けっこう歩き疲れたと思いますがあともう少しです。」

そう言って彼女はその家を指さす。

その家を見ると戸建てにしてはかなり狭い家で、2人から3人が住めるのがやっとの大きさだった。そして周りを見ても他の家らしきものが見当たらないのが不思議に感じた。

彼女の家に着くと、そこには還暦を迎えたばかりぐらいの少し大柄のおじいさんが暖炉の前の木製の椅子に座っていた。

「お父様、連れてきました。」

彼女のその発言に少しばかり違和感を覚えつつも「お邪魔します。」と言いつつ足を家の中の奥へと進めていく。

「そうかそうか、まあどうぞ狭いですが座ってください。」

そのおじいさんから椅子に腰かけるよう言われた。

「あの・・えっと。オレは藤田隆二と言います。」

たどたどしくまずは自分の自己紹介をする。

「そう言えばまだ私の名前を名乗っていませんでしたね。私はエレナと申します。自己紹介が遅れてしまい申し訳ありません。」

エレナと名乗る女性はそう言って頭を下げる。

「娘が無礼なことをしてしまい申し訳ない。私はガルフと申します。」

続けてそのおじいさんが名乗る。

先ほどとは違い、その謙虚さに隆二は少しずつ警戒心は薄れていった。

エレナとガルフからここはどこで、隆二になにが起こったのかをある程度聞き、隆二も自分が覚えている範囲で何があったかをエレナとガルフに伝えた。

ここはアルガナ国という国で、ハイルズ現国王が統べる大国の中の片田舎、ゼレス村というアルガナ国のもっとも南西に位置する村だと言う。そして、自分がこの世界に引きずり込まれた原因はあの緑色の石の力ということだった。

「つまりここはあなたが元々いた世界とは別の世界、私もあまり受け入れがたい事実なのですが。そしてあなたがいた世界にも例の石の力を扱えるものがいるということですか。ということは今の国王とその別世界の人は何かしらで繋がっていると考えるのが妥当な見解ですね。そして、次もまたこの世界に引きずり込まれる人が出てくる可能性が高いということですね。」

エレナのその問いに隆二は軽く頷く。

「そうですか。ちなみにあなたが言うその裂け目の中で、あなたをあの草原に引きずり出したのは私であり私でないのです。」

隆二はその言葉がまったく理解ができなかったが

「あの、もしあのまま光の中を進んでいたら、あの草原には落ちていなかったということですよね?ではもともとオレはどこに落ちていたのですか?」

そう言うとエレナは

「アルガナ城の地下です。」と答えた。

つまり隆二はそのアルガナ城の地下に続く光の帯の中から、エレナの魔力によって作られた別の光の帯の方に体が吸い寄せられ、エレナが言う城の地下に行かずに済んだということらしい。

「魔力?ファンタジー映画じゃあるまいし。」

隆二は心の中でそう思っていた。

「そのお城の地下にオレがもともと引きずり込まれる理由っていうのはご存じなんですか?」

そう聞くとエレナは

「引きずり込まれた者たちは忠誠を誓う洗脳魔法を受け、あるものは国の兵として、そしてあるものは奴隷として地下で働かされています。」


隆二は言葉が出なかった。

頭の中では、あの58人の行方不明者があの城にいるということが理解できたが、奴隷という言葉に驚きを隠せなかった。他にも気になる点は多々あるが一つ分かることと言えば、隆二はエレナによって助けられたということだった。

「私は光の魔力を扱うことができます。他にも火や水といった魔力も存在はしていますが、私はまだ未熟で、光しか扱えません。ですがその光の魔力で作られたゲートを裂け目に飛ばし隆二、あなたを何とか救い出すことに成功しました。」

エレナは締めくくったように言ったが、隆二はまだ理解できていないことが多すぎた。

「あの、まだ聞きたいことはたくさんありまして。そもそもあなたたちは何者なのですか?そしてなぜエレナさんは地下に送られた人が奴隷になっているということを知っているのか。他にも聞きたいことはありますが、まずはそこをちゃんと説明してほしいです。」


するとガルフが答えた。

「私はこのアルガナ国の元国王でした。しかし、4年ほど前あのハイルズと名乗る者が大軍を連れて侵略を始め、私が統べていた体制は崩壊し国王の座を奪われました。私の妻だったアリーザは処刑され、私とエレナは私の魔力を使って逃げることしかできなかった。隣の国に亡命することも考えましたが、私たちの居場所がバレてしまったら隣の国に迷惑をかけることになる。そう考えた私は、このゼレス村に住んでいる古くからの友人に頼り、集落からは少し距離があるこの森の奥で暮らすことにしたんです。」

侵略、処刑・・あまり聞きなれない言葉に絶句した。この人気のない森の奥でひっそりと暮らしているのも、なにか強大な魔力を扱えるのも今の説明で納得がいった。

エレナは光の魔力しか扱えない代わりに、他の強大な魔力を感じ取ることができるという。2週間前にアルガナ城から強大な魔力が放たれているのを知り、ステルス魔法という自身を透明にできる魔法を使って一人でその魔力の発生元へと向かったことがあるらしい。そこで見たのは緑色の石を使って別世界つまり隆二が元々いた世界と繋ぎ、そこで生きている人を無理やり引きずり込んで洗脳魔法をかけている光景だった。隆二がエレナに救われたのはその時に大量に保管されていた石からなんとか1個だけ盗むことができ、隆二が裂け目に引きずり込まれていた時にエレナもその石を使って裂け目を作りだして救ったとのことだった。

「もう石はここに残ってなくて、あなたを元の世界に帰す手段が今はありません。大変申し訳ありません。」

隆二が思っていたことを見透かしたようにエレナが頭を深く下げながら言った。正直早く帰りたい気持ちが一番強かったが、同じ大学の人たちを見過ごして自分だけ帰るのも隆二の癪に障る部分もあってか

「つまりそのハイルズってバカを締め上げて王座を奪還する。そして奴隷として捕まっているオレと同じ世界の人間も救う、これがエレナさんやガルフさんの願いですよね?」

隆二はそう言うと

「あと君たち異世界人がちゃんと元の世界に帰れることもじゃな。兵を集めて他の国に侵略しようとする今のこの国の体制に良い未来などない。憎しみは新たな憎しみを生む。私はこの世界がより平和でありたいと望んでいるよ。」

勢いよくそう答えるがガルフの顔は何やら自信がなさそうだった。

「しかしこれからどうするおつもりですか?もう夜遅いですし、一度ご就寝なさって、明日の朝に具体的に考えませんか?」

今度はエレナがそう質問した。

たしかにもう夜遅い。家の時計を確認すると夜の11時だった。日本の田舎だとカエルの鳴き声が響き渡るような時間だ。

エレナに寝床を用意してもらっていると、隆二の腹の虫が辺りの静寂をかき消した。

「あ・・そういえばオレ晩御飯何も食べてなかった。」

「ふふふ、ちゃんとお食事もありますよ。」

そう笑うエレナから野菜がゴロゴロ入ったスープをくれた。

こっちの世界で初めての食事を目にすると元の世界での普段の風景を思い出す。

「オレって向こうでは行方不明者扱いになるのか。」

そう言うと

「きっと帰れます。私たちを信じてください。」

エレナが励ましの言葉を送ってくれたが、隆二は不安と後悔に苛まれる。ポケットの中のスマホを見てみるとやはり圏外だった。こうなるんだったらもっとちゃんと茉奈に話しておきたかったと後悔の念が渦巻く。

そのスマホを不思議そうにエレナが見ている。

「ああこれは向こうの世界の物でね、遠くに離れている人とも連絡が取れる物なんだけど、さすがにこっちでは使えそうにないや。」

と言って、隆二はスープをそそる。

「いつかオレが元の世界に帰れる手段を見つけたら、いつかエレナにもオレがいた世界を見せてあげたいよ。」

隆二は飲みかけのスープを見ながらそう話す。

「いつか・・ですね。その時を楽しみにしています。」

とエレナが返してくれた。

その会話を聞いていたガルフも微笑ましい表情を浮かべていた。

そして三人は部屋の明かりを消し眠りにつくのだった。


そのころアルガナ城

「つまりお前が生成している光とは別の光に邪魔されて、一人の人間の捕獲に失敗したと?」

玉座に座る一人の男がゲイルと言う長い杖を持った少し年老いた男性に聞く。この男こそハイルズ現国王である。

「はい。そのせいで別の場所に落ちました。いかがいたしますか?」

「落ちた場所が分からない以上探し出すのはかなり難しいだろうが、この私にとって不穏分子でしかないのは確かだ。お前たちはこのまま厳重体勢を維持しろ。」

ハイルズはその場にいる全員にそう指示する。

「まあどういうやつかは知らないが、この私がいずれ全世界を支配することに変わりはない!」

「わーはっはっは~~!」とハイルズの高笑いが響くのだった。



翌朝

隆二が起きると既に2人は起きており、エレナは洗濯物を干し、ガルフは朝食を作っていた。

「おお、おはよう。よく眠れたか?」

ガルフが昨日とは違って元気に挨拶をしてくれた。

自分も挨拶を交わし何か手伝えることはないかとガルフに尋ねると

「それなら、すぐそこの大きな木の下に薪の束があるから、持てる分だけ持ってきてくれないか。」

そう言われて木のところに寄るが、木のでかさよりも薪の束の量よりも、木に立てかけてあるでかい斧が気になる。

「これってゲームでいうところのアックスってやつじゃないのか?」

普段見る薪割り用の斧とは3倍も4倍もの大きさの斧がその大きな木に立てかけてあったのだ。

「お父様は昔その斧を使って他国からの侵略を防いでいたのですって。私もまだ生まれてない時の話ですから、お母さまから後から聞いたのですが。」

斧に見入っていた隆二に近づきながらエレナがそう口にする。

その顔は少し懐かしさを感じているようにも寂しさも感じる

お互いに軽く朝のあいさつを交わし、薪を抱えながらガルフの元へと向かう。

ガルフが3人分の朝食を作ってくれていた。見ると目玉焼きとサラダだった。

普段から食べているせいかすぐ完食し、食後にガルフが温かいスープも出してくれた。


そして今日一日の行動予定をエレナとガルフに話す。

「とりあえずオレは村長の方に挨拶をして、集めれるだけ情報を集めようと思います。」

そう告げると

「村長ならかまわんが、決して他の者に自分が別の世界から来たなどと話すでないぞ。別の世界からそなたがやってきたというのは我々しか知らないのだからね。」

言われてみればたしかにそうだ。そんな話誰も信じるはずがない。そこでガルフからの提案で、村長宛の文通を用意するから、それを渡してほしいとのことだった。

「エレナと一緒に行きなさい。道中魔物が襲い掛かってくるかもしれん。隆二君はまだ何も扱うことができないからね。ああ、それとこれをあやつに渡してくれないか?」

と文通を一つエレナに渡した。

「分かりました。では行きましょう隆二さん。」

「よろしくエレナさん。」

「はい、こちらこそ。私のことはエレナとお呼びください。」

2人は互いにそう言ったが、隆二はガルフの発言に違和感を覚えた。

まだってことはいずれ何か扱えるってことなのか?

「それでは行ってきます。」

「夜までには帰ってきますから。」

隆二とエレナはガルフにそう伝え、集落を目指すのだった。



一方そのころ

「あら茉奈ちゃんおはよう、朝早いのね。」

「おはようございます。隆二はまだ寝てるんですか?」

家の庭に咲いている花に水やりをしている明美とこれから大学に向かう茉奈が話している。

「それが昨日はまったく帰ってきてないのよ。茉奈ちゃん何か心当たりある?」

明美が茉奈に質問する。

「あれ?変ですねえ。昨日隆二は夕方まで講義があって、ああたしか学長に用事あるとか言ってたような。でも帰ってきてないのは不思議ですね。」

茉奈はそう答えると

「そうそう、講義が終わった後に学長に用があるっていうのは私も聞いてたんだけど。もしかしたらお友達とご飯一緒に食べてそのまま寝泊りしたのかしらね?」

「それだったらいいんだけど」と茉奈は率直な感想を頭に浮かべる

しかし気がかりな点が茉奈にはあった。

隆二は普段は大学の同級生とも仲良くしているが、夕方以降に遊びに行くことは滅多にしない性格なのだ。単にめんどうなだけだと過去に本人は話していたが。

「まあ厄介ごとに巻き込まれてなければいいんですけどね。そのまま大学に向かってるかもしれませんよ」

そう言ってさよならの挨拶をし、茉奈は大学に向かったのだった。


しかし大学の教室を探しても、学食を探しても見当たらない。その学食で、隆二と同じ学部で同じサークルの同級生三人組を見つける。

「あの、すいません。藤田君と同じサークルの方々ですよね?今日って藤田君見ました?」

茉奈がそう質問すると

「いや、今日はまったく来てないよ。俺今日あいつと一,二限目の講義が同じだったんだけど、あいつ来てなかったんだよ。レポート課題もあったし、単位そっちのけで何やってんだか。」

と、少し呆れた感じで一人がそう話す。

今日の講義は毎回受けてないと単位取得が厳しいぐらいの講義らしくて、隆二も今まで欠席はせず受けていたとのことだ。

茉奈の表情も次第に深刻になっていく。茉奈はその三人組にありがとうございますと告げ、急いで隆二の家に向かうのだった。


その頃異世界側

隆二たちは、集落までの森の中でエレナの魔法を使い、牛のような角を生やした魔物数匹を倒していた。

「エレナの魔法って攻撃にも使えるんだな!あれだけいた魔物がほぼ一瞬で!」

隆二が率直な感想を漏らす。

「魔力も使い方次第ですよ。傷を癒すこともできれば、暗い場所に照明をつけることだってできます。コントロールできるまで少し鍛錬は必要ですが。」

エレナは少し照れながらそう話す。そこで隆二は先ほどのガルフの発言の意味をエレナに問いただす。

「さっきガルフさんが言ってたことなんだけど、今はまだ何も能力がないからエレナに頼ることしかできないというような感じで話してたんだが、オレもいずれはエレナみたいに何か能力を使えるようになるのか?」


「この国では16歳を迎えると、それぞれの定められた地域で自分がどういう能力が使えるのかを見定める儀式みたいなものをするんです。今の国王になってからはそのような儀式はしなくなりましたが、これから向かう村長のところでそれを行うことができますよ。」

エレナが言うには、まだガルフが国を統治していた時は、16歳を迎えた子供にその儀式をすることで、その子供の素質を開花させ、ある子どもは魔導士として、別のある子どもは騎士としてと言ったような導きをあたえるそうだ。もちろん本人がそれに従うか、反対をして別の道で努力するかは選べるらしいが、簡単に言えば、自分の素質に合ったジョブを導き出してくれるらしい。

「つまり、村長の家でオレの素質がどういったものか見てもらうということか。」

隆二はまとめる感じでエレナに聞く。

「はい、隆二さんの能力はまだ未知数ですから。これから国王と戦うことを考えると、早いうちに素質を見極めるに越したことはありません。」

「あと、オレのことも隆二と呼んでくれ。さんはいらないよ。」

そんな会話をしてるとようやく集落が見えてきた。

その中でも一番奥にあるでかい建造物が村長宅だそうだ。

集落の入り口に着くと、この集落に住んでいる人の一人がエレナが来たことに気づき、近寄り深々と頭を下げる。

「お久しぶりですエレナ様!相変わらずお美しゅうございます。」

その言葉を遠くで聞こえたのか、他の住人もエレナの元に向かい、同じく頭を下げる。

するとエレナは恥ずかしそうに

「おやめください!我々はあなた方に無理を言ってこの村に住まわせていただいてる身です。どうか頭をお上げください。」

とみんなに告げる。

この村ではまだエレナを王族の一人として崇めているように見える。

「そちらの方は初めて見る方ですが、もしかしてエレナ様の婚約者様なのですか?」

と住人の一人がすごく真面目な顔で聞いてくる。

「いえ!この方とはそのようなご関係ではありません。」

とエレナがきっぱりと言う。それはそれで若干傷つく隆二。

「今回は村長のブライドさんにお会いしたくやってまいりました。ブライドさんはご自宅にいらっしゃいますでしょうか?」

「たぶんこの時間なので、自宅でコーヒーでも飲んでるんじゃないですかねえ。行ってみるといいですよ。」

エレナが時間を確認するとおよそ午後の2時だった。

村長の家の前に着くと、他の住人の家とは違って、少し外装が綺麗に見える。しかし、他の家とはまったく違う違和感極まりないものに自然と目線が行く。

「ハート型の窓?」

そう。目につく窓という窓はすべてハート型をしていた。しかしエレナはもう見慣れているのか、まったく違和感を感じさせないままドアの目の前まで向かっていた。

「どうかなさいましたか?」

「いや、別に・・・」

隆二も少し慌ててエレナのもとに向かう。エレナはドアを数回ノックするが、一向にそのドアは開く気配がない。

「どうしたんでしょう?中に人がいる気配はするんですが。」

たしかに、何やら男の人が叫んでいるような声が聞こえる。エレナは意を決して小声で「失礼しまーす。」と言いつつドアを開けた。

「378、379、380!!!」

隆二とエレナの前の光景は、ピンクの服を着た大柄な一人の男性が片手腕立て伏せをして数字を叫びながら数えている姿だった。

その異様な光景に二人は足も踏み出せず、開いた口が塞がらない。見てはいけないものを見てしまったような罪悪感すら感じる。

するとこちらに気づいたのか、その男性は姿勢はそのままに顔だけをこちらに向け

「おお!!客人か。すまないね。今トレーニングちゅ・・・エ、エレナ様!?大変申し訳ございません!!」

ようやくその男性は来た者がエレナだと認識して素早く立ち上がり、他の住人達と同様に頭を深々と下げる。

「あ、あの・・・今はまずかったでしょうか?」

エレナもそれぐらいしか言えなかった。

「いえいえ、ついトレーニングに夢中でして。エレナ様が来られたということは、なにか大事な御用がおありで?」

「はい、この度は私のお連れのこの方に関して、村長であるブライドさんにお話をさせていただくことがございまして。」

エレナがそう言ったあとに隆二も軽く会釈する。

「ほう。初めて見る顔の方ですな。私がこのゼレス村の村長を務めております、ブライドと申します。どうぞよろしくお願いします。」

そうブライドは頭を下げながら丁寧に挨拶をした。

「こ、こちらこそよろしくお願いします。」

先ほどの光景があまりにも凄まじかったのか、隆二は軽い挨拶しかできない。

「そうです。お父様からブライドさんへこちらの文通を預かっておりまして。」

エレナも少し衝撃を覚えたのか、文通のことを軽く忘れていたようだった。

ブライドからテーブルの方へと招かれ三人とも椅子に腰かけ、ブライドは渡された文通を読み通す。

「つまり、隆二君は別の世界からやってきて、元の世界に帰る手段の手がかりが今の国王の下にあると。しかし君たち別世界の人間は、城の地下労働者として奴隷扱いになるためこの世界に引きずり込まれたわけだから、丸腰の状態で城に向かっては本末転倒だと。こういう解釈で合っているかね?」

ブライドがそう締めくくるように言う。

「はい。要約するとそれで合ってます。」

「私も今の王族には反対派でね。なんでも武力で解決しようとするのは間違ってる。そのせいで私の息子も2年前に兵として国に連れられたのだよ。息子は世界で1番強い魔導士になると子供のころから言ってたのに。」

ブライドの話を聞き、隆二はますます今の王族に対する対抗心が芽生えた。

「しかしまあ、別の世界ってのがあまり現実的ではないが、その服のダサさが少しは信用できるなあ。」

ピンクの服を着たあんたに言われたくはないと思いつつ隆二は「はははは・・」と苦笑いをする。

「よし分かった!!ガルフ国王やエレナ様のご意向もあることだ。ここは私も君に協力しようではないか!!」

勢いよくブライドがそう口にするが、隆二本人は片手腕立て伏せの印象がまだ強く残っているせいか「どうせ筋力任せだろ?」と率直に思う。

「では隆二君。こっちに来たまえ。エレナ様は少しここでお待ちを。」

エレナは軽くお辞儀をし、ブライドは奥の別室へと案内をする。

招かれた部屋は暗く、いかにもといった感じの呪物みたいなものが数個置かれており、それを見て先ほどのエレナの儀式の話を思い出す。

「エレナ様から話は聞いていると思うが、ここで隆二君、君の素質を導き出す。この部屋はエールの部屋と言ってね、本来は子供が16になる年に使うんだが、君の場合は特別だ。まあ遅いエールをすることになる。」

そうブライドが準備をしながら話す。

準備をしているのはだいぶ使い古した鏡だった。

その鏡の前に先ほど目にした呪物みたいなものを置いていく。

「さあ、この鏡の前に立っていてくれ。」

そうブライドが告げる。

隆二は鏡の前に立ち、ブライドが隆二の後ろに移動した後一呼吸置くと

「我、この者の真の姿を映さんとする者。光の導きに照らされたこの若人に今、真の姿を映したまえ!!」

ブライドが手を大きく開きそう口にすると急に先ほどまで暗かった部屋のロウソクが灯りだし、鏡の中の隆二の姿が少しずつ消えていく。そして隆二の身体の周りに光のオーラが出現し、「おおぉぉ!」とまるでファンタジー映画にあるような光景に感動する。次第に鏡から自分が戻ってくる感じがした。しかし、次に鏡の中に現れたのは自分の姿ではなく、ぱっと見だと明らかに悪魔のような羽が生えた、人間とは到底思えない姿をした者が映し出された。

「隆二君。何が見える?」

ブライドには鏡の中が見えていないのかそう質問する。

「あの、えっと。黒い悪魔みたいな羽が生えている人?のような者が見えます。」

隆二が答えると

「ん?エールでそのような姿が見えることはないんだが。初めて聞いたな。」

何やらブライドも今まで聞いたことがない様子だ。部屋の奥から一冊の古い本を取り出して、パラパラとめくっていく。

「うむ。たしかに書物では確認できない姿だな。これだと隆二君に何の能力が開花したのか検討もつかない。」

その言葉に隆二も少し不安を覚える。

「しかし黒い悪魔のような羽っていうのがいささか疑問に残るな。エールについて私よりも詳しい人に聞いてみる必要がある。」

二人はエレナがいる部屋に戻り、エレナにエールの結果について話す。

「私も聞いたことがないですね。お父様が昔、逆に天使のような姿をした者が見えたというエールの話は聞いたことがあるのですが、実際にその者はその能力を使うことなく別の素質を開花するため旅に出たとか。」

そう話すエレナの顔はとても深刻そうな顔をしている。

つまり天使といい悪魔といい、その姿が映し出されるケースは極めて稀ということらしい。

「そこでだ隆二君。この街のここに行ってみたまえ。」

とブライドから一枚の地図を渡された。そこにはでかい文字で「カトレ」と書かれた、町全体が書かれた地図だった。

「そこはここから北東に向かった先で、カトレというここから馬で1日はかかる距離に位置する街だ。その地図の黒い丸で記した場所に、私よりもエールに詳しい人がいる。名はハイゼールという。私の知り合いだ、私の名前を出したら話は聞いてくれるだろう。」

カトレという街はアルガナ国全土のほぼ中心に位置しており、最も交易が盛んで、少し歩くとアルガナ城という位置にある、この国の人々は大都市と呼んでいるほどだそうだ。

ブライドが言うには、そのハイゼールという人はカトレで酒場を営んでいるらしい。だが性格に難ありで、過去にブライドと揉め事を何回も起こしたとのことだ。しかし別件でブライドに大きな借りがあるらしく、今はブライドの名前を出すだけで頭が上がらないそうだ。

「分かりました。ではすぐに向かおう、エレナ。」

隆二はエレナに言ったが

「待て待て隆二君。さっきも言ったが、馬で丸1日はかかるんだぞ。なにか足がないと向かうことはおすすめできない。」

すかさずブライドからストップが入る。

そう言われて隆二はこの世界は今まで自分が生きてきた世界とまったく利便性が違うことに気づかされた。この世界に車もなければ電車もなければ飛行機もない。聞くと移動手段は馬か馬車ぐらいらしい。議論の末、馬が妥当だろうという結果になったが、2頭の馬を素直に借りることはできるのか新たな不安がよぎる。

「1頭は私の馬を連れていくとして、もう1頭は少し住人に話をつける必要がありそうだな。この件は私に任せて、今日はここでゆっくり休んでいくといい。」

そうブライドが言うが

「お言葉はありがたいのですが、本日は一度お父様のもとに戻り、このことを共有するつもりです。明日またお伺いしてもよろしいでしょうか?」

とエレナが答える。

ブライドは素直に理解したようだが

「あとは隆二君の服装だ。その服はこの世界では目立つからね。一般の人と思われるような服をあげよう。」

と言われた。どの口が言ってるんだと隆二は思わずツッコみたくなる。

質素な服をブライドから受け取り、エレナとともにブライド宅を後にするのだった



そのころ東京では、茉奈が隆二の家に着き明美に隆二が大学にも行ってないことを告げ、いよいよおかしく思った明美は警察に捜索願を出したところだった。家に着いた明美はご飯もまともに喉を通らず、ただ隆二のことが心配で胸がいっぱいだった。


そして茉奈も自分の部屋のベッドの上で布団にくるまりながらすすり泣きをしていた。

「隆二のバカ。」

そう言いながら視線を部屋の天井に向ける。思い出す隆二との思い出の数々。

茉奈の母親が下からご飯ができたことが告げられるが、まったく耳に入ってこない。

ようやく重い腰を上げ下に向かうと母は食器の洗い物、父はご飯を食べていた。茉奈の父、伊原宗次いばらそうじは警視庁に務めている警視監だ。

「こんな遅くまでご飯も食べずに何をしていたんだ?俺も少し茉奈に聞きたいことがあったんだが。」

と父が言う。

「今日仕事上で届いた通知でね。これってもしかしてと思った名前があったんだよ。あの藤田隆二君。茉奈も昔から仲良くしてるそうじゃないか。そのお母さんから捜索願が出されたと聞いてね。」

父がそう口にする。

「え??お父さん知ってるの!?」

茉奈がひどく驚いた様子で父に質問する

「ああ。この前の集団失踪事件もそうなんだが、俺の管轄下で部下が血眼になって探しているからね。その事件との関連性はともかく、ここ直近で行方不明者が現れたら、とにかく共通点を洗い出すためにこっちが請け負うことになってるんだよ。」

今回の隆二の失踪もすぐさま宗次の耳にも入り、近々隆二の母明美にも警視庁に一度来てもらい、事件発生当時の状況について詳しく聞きたいと思っていたそうだ。

「じゃああたしの方からおばちゃんに伝えとこうか?」

茉奈が父に少し急ぎ足で伝えるが

「あまり変なことはするな。ちゃんとこちらの方から正式に動くから、お前はこのヤマには首を突っ込むな。」

と茉奈を叱責する。茉奈も渋々納得せざるを得なかった。しかし心の中では「あたしが絶対見つけてやる!」と決意する。



時を同じくして隆二の方は、ガルフの家に戻り、今日のブライドとの一件をガルフに共有していた。

「そうなのか。私も悪魔の姿が見えたというエールの事例は聞いたことがない。天使はあるんだが、何か特別な力を秘めていると思われる。少しここでこの世界の歴史の話をしよう。」

ガルフが急にこの世界の過去について話し出す。

ガルフの話によるとどうやらこの世界は、大昔に天使と悪魔による大きな戦争があったらしい。結果は天使が勝利を収めたらしいが、その戦争で悪魔は全員消滅したと言う。しかし、悪魔がこの世界に残した傷痕は大きく、今でもここからはるか東に行くと、大陸を分かつほどの大きな亀裂が入っており、その亀裂の先には黒く禍々しい霧のようなものが発生しているという。

「私がこの国を統治していた時代に行われた世界会議で、その黒い霧のようなものを調査するということになったんだが、あの霧の中に入ったこの国の調査隊が戻ってくることはなかった。それを受けて調査は打ち切りになり、今では誰も近寄ることはない。だからあの霧の中はどうなっているかはまだ誰も知らないままなのだよ。」

そうガルフが締めくくる。

もしかしたら自分の中にまだ眠っている力はその悪魔の力ではないかと、少し恐怖心に駆られる隆二だったが

「今は深く考えずに、そのカトレにいる酒場の人と話をするのが先決だと思います。隆二のお気持ちもお察ししますが、今日はもうご就寝になられてはいかがでしょうか?」

とエレナが少し励ますように言ってくれた。

隆二もエレナの言う通り、考えても仕方ないと思い三人とも眠りにつくのであった。



翌朝

相変わらず起きるのが一番遅い隆二はガルフが作った朝食を食べ、ガルフにしばしの別れの挨拶をしてエレナと共にまた集落に向かうのだった。

集落に着くとすでにブライドが二頭の馬を引き連れて集落の入り口前で待っていた。

「おお~エレナ様!隆二君!ちょうどいいタイミングじゃないか。なんとか馬の用意はできましたよ。早速出発いたしますか?」

と聞かれてエレナと隆二は「はい!」と頭を同時に縦に振る。

するとブライドが

「なら、これを身につけなさい。もしエレナ様に何かあったときに、何もできないようじゃ、ナイト失格だよ。」

とウィンクしながら軽い金属製の胸当てや肘当て等の鎧、片手剣と少し小さめの盾をくれた。

「あ、ありがとうございます。」

自分もとうとう剣を持つことになるのかと思うと一気に不安になる隆二だったが、その時長旅になることを聞いたのであろう住人たちから

「どうかお気をつけて!」とか「これを持って行ってください。」と道中に食べる弁当を渡してくれたりした。

「カトレはあのでかい山を越えた先にある。アルガナ城も目と鼻の先にあるから、くれぐれも気を付けて!」

とはるか先にある北東の山を指さしながらブライドが伝えた。

「それでは行ってまいります。ブライドさん、そして皆様本当にありがとうございました!」

とエレナがみんなに伝える。

「皆さんの心遣いに感謝します。ありがとうございました!行ってきます!」

隆二も感謝の意を伝えた。

そんな2人を少し離れた高原の木陰から見下ろしている黒いマントに覆われた男がいるが、2人はその存在に気づかないまま、馬に跨り出発するのだった。


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