序章
「7月9日本日からちょうど7年が経った、大手ゲーム会社社長兼CEOの東郷力也社長の謎の失踪事件について、警視庁は本日をもって捜索を打ち切ることを発表いたしました。続いてのニュースです。2週間前に発生した東京の方衛大学に通う学生58人の同時失踪事件について、学長の荒木重信氏は・・・・・」
朝のニュースは最近この二つの失踪事件で話題になっている。東郷力也と言えば、今まで数々の名作を生みだした人で、シリーズ物のゲームもかなり多かったカリスマ社長のイメージが強い人物だった。しかし急な失踪を遂げて会社自体の売れ行きは不調になり、4年前に別の大手ゲーム会社の子会社となったほどだ。
そして58人の同時失踪事件。ニュースでもあった方衛大学という大学内で起きた、世間では神隠しだとかとても現実味のない言葉がSNSでトレンド入りするぐらいに未だに一人も見つかっていない事件だ。
藤田隆二はその方衛大学に通う20歳の大学生で、通学中の電車の中でそのニュースを見ていた。
「ねえちょっと聞いてる?」
そう言ったのは同じ方衛大学に通う幼馴染の伊原茉奈。大学ではダンスサークルに所属している。ニュースに夢中でまったく話を聞いていないことに隆二の隣で少し苛立っている。
「今日隆二って夕方まで講義あるでしょ?あたしも夕方まで講義があるけど、そのあと用事あるからレポート手伝ってとか言っても手伝えないから!」
怒り気味で言った茉奈と隆二は小学校からの腐れ縁で、家が近所というのもあって両親同士も仲がいい。高校の同級生からは、同じ大学に通っているのを理由に付き合ってるという噂が一時絶えなかったが、本人同士は決して付き合ってないと言い切る仲だ。
「まだ何も手伝ってなんて言ってないだろ。それにオレ今日は学長に用があるし。」
そう言うと茉奈は軽く呆れた様子だった。
「あんた何か媚びうるつもり?」
「そんなんじゃねえよ!ちょっと話すことがあるだけだよ。」
そのような会話を電車を降りても続けていたが、同じ大学でも学部は違うため、大学の中で互いの講義の場所に行くために手を振って別れる。
今日一日の講義が終わり、空を見るともう太陽は沈んでおり、大学内の電灯の光だけが唯一辺りを照らしていた。他の学生もほとんど姿が見えない中、隆二は学長室のドアをノックする。
「どうぞ。」
それだけがドア越しに聞こえたので、隆二も「失礼します。」と言って学長室へ入ると、学長の荒木重信が自分の席に座っていた。
「よく来てくれたね藤田君。まあ君も座りたまえ。」
そう言われ、隆二は学長の目の前の椅子に腰かける。
「それでお話というのは、僕の留学のことでしょうか?」
隆二はこの夏が終わると同時にアメリカへ留学する予定だったが、この大学のあの複数人の謎の失踪事件が原因で、留学の話がなくなるかもしれないとのことだった。
「ああ、そのことについてだが、君の留学の話はなくなったよ。今のこの大学の状況的に私もいろいろと忙しい身でね。とても残念だが。」
隆二は既に結果は分かっていたつもりでいたため、そこまで気落ちすることはなかったが、学長本人から告げられると何か重いものを感じる。
「あの、僕が言っても仕方がないかもしれませんが、学長は何か知っておられるんじゃないですか?あの58人のうちの大半は、学長のゼミに所属していた人達だったって、この大学内でけっこうな噂がたってますが。」
隆二は意を決してそう質問する。
「君はこの事件のことをどこまで知っているのかは私も分かりかねるが、あまり詮索はするものじゃないよ。とにかく留学の件はそういうことで話は終わりだ。君も遅くなる前に帰りたまえ。」
隆二は荒木が何か隠しているようにも見えたが何か分かるわけもなく学長室を後にした。
なにか釈然としないままの隆二が校内の自販機でジュースを買っていると、先ほどの荒木が自分が向かう校門とは真逆の大学の駐車場方面に歩いている姿が見えた。
少し気になった隆二は、バレないように後をつけていると、数台の車の陰に隠れるようにして荒木を待つ一人の老婆の姿があった。その格好は杖をついており、全身が黒いマントのようなもので覆われて顔があまり見えず、この夏の時期にはとても違和感極まりない。
学長と老婆という明らかに不思議な組み合わせに疑問を持った隆二は二人に気づかれないように車の陰に隠れながら二人の会話が聞こえる距離まで近づいた。
「あんたも大変な身だねえ。なにもこの建物の中で事を済ますことはなかったんじゃないのかい?」
老婆が荒木に対して何かを言っている。
「その方が手っ取り早いと思っただけだ。それとあまりこの大学には近づかないでくれ。私と接点があることがバレると余計にややこしくなる。」
「あんたが石をもう使い切ったって言うからこうして来てやってんだよ。まああの人数を一度に引きずり込むとなればかなりの石が必要だろうけど。」
そう言う老婆は少し光っている手のひらサイズの緑色の石を数個荒木に渡している。
「次はもっと場所を選んでやりなよ。おかげで次に攫うやつを考える暇がないんじゃないのかい?」
老婆はヒッヒッヒと笑いながら荒木に言うが
「その点は問題ない。もう既に見込みはできているからな。」
と余裕な表情で返している。
隆二は攫うという言葉を聞いて心の中で、あの58人の失踪事件の首謀者が荒木なのではないかと思い、動揺した拍子に足元の小石につまずき少し体勢を崩してしまった。その音に気付いた荒木が
「誰だ!」
と隆二がいる方向に向かって叫ぶ。必死に声を押し殺しているが、徐々に二人の足音が隆二に近づいてくる。すると老婆は杖を隆二のいる方向に突き出すように構えると、隆二が隠れている車が宙に浮き移動し始めた。
隆二の姿が二人にはっきりと目視されると
「おやおや、もしかしてあんたつけられていたのかい?ヒッヒッヒッヒ。」
「藤田君、なぜ君がここに?もしかしてさっきの話を聞いていたのか?」
と口々にそう話す。
しかし隆二はそんなことよりも車が宙を浮いた様子に呆気を取られたばかりで、頭の中ではヤバいと分かっていてもうまく言葉が出ない。どうするべきかを必死に考えていると
「この男をここに残してるとまずいんじゃないかい?いっそ向こうの世界に飛ばしてしまおうかのお。」
老婆が杖を今度は隆二に向けると、隆二の身体は自由がきかなくなり、言葉だけが喋れる状態だった。
「な・・んだ、これ。動けな・・・」
隆二は必死に抵抗しようとするが凄まじい力に対抗できるはずもない。
すると荒木が先ほど老婆から受け取った緑色の石を胸ポケットから取り出し、隆二の目の前に掲げると、石は宙に浮き、次第にその石から次元の裂け目のようなものが現れ、その裂け目は隆二を吸い込もうとしていた。
本気で身の危険を感じ、必死に動こうとするがその抵抗は虚しく、隆二はたったの数秒でその裂け目に吸い込まれてしまったのだ。
「ま、待って・・くれ!いやだあ~~!」
裂け目の中も体の自由が効かず、空間の中に円柱型に伸びた光の帯の中をただただ進んでいく。。
その光の遠く先にまた一段と光輝く裂け目のようなものが見える。あれが出口なのかと不安の中、さらに異常なことが起きる。
なんと別の光の帯が自分が進んでいる光の帯と別の角度からぶつかってきて、そちらの光の中を進むようになったのだ。
「ちょっと待って!!どうなってるんだあぁぁぁぁ!!!」
別の光の帯に流された隆二は出口のような光に近づくと次第に意識が薄れていく。
一方その頃
「ただいま~。ご飯ちゃんと食べた?あれ?あの子まだ帰ってきてないのかしら?」
隆二の母親の明美が仕事から家に帰ってきた。
明美は隆二の部屋をノックしたが応答はないうえ、部屋に入っても隆二の姿はどこにも見当たらない。
「きっと友達と晩御飯食べてるんだわ。一応どこにいるか連絡しとこ。」
念のため、明美は隆二にスマホで連絡をする。
「まああの子も大学生だし、好きに動きたいわよね。」
明美は隆二が裂け目に吸い込まれたことは知る由もなく、気長に待つかのようにリビングに戻るのだった。