番外編01 シーフードカレーこそ至高である 2022.12.16
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2025年10月31日
始まりのハロウィン記念日 掲載
※最終話まで読了後であればネタばれなく読むことができます
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「おぢ!! おぢの好物は何だ!」
突然リビングの戸が開いたと思えば、姿を現した少女が興奮気味に問いかけてきた。つい数時間前に、大家の佐藤の所へ行ってくると出掛けて行ったはずだ。午前中いっぱいは佐藤の部屋で過ごすものと思っていたが。
この様子だと、また何か佐藤に吹き込まれたのかもしれない。
「好物って……。食い物の話か?」
「そうじゃ!」
「そうだな……。好きな料理はシーフードカレー……」
「しーふーどかれぇ?」
こてり。
少女は俺の回答を聞いて、首を傾げていた。
恐らくシーフードカレーを知らないのだろう。そもそもカレーすら知らないかもしれない。思えば、少女が居候を始めてから、カレーは1度も作ってやらなかったなと。長年息を潜めて生きてきたせいで、臭いが付く食べ物は避けてきたためだ。
また、少女の生立ちを想像しても、食べる機会があったとも思えない。
お子様の好物といえばカレーだろう。この際だ。食わせてやるのもいいかもしれない。幸い周囲も安定している。臭いまで警戒する必要も無い。
「辛いものは平気か?」
「ぬ?」
「まぁ、何とかなるか」
中辛でダメなら、バターや牛乳を足して調整すればいい。何とでもなるだろう。
俺は立ち上がり、リビングドアの近くで困惑したままの少女の元へ行くと、頭をくしゃくしゃと撫でた。
「俺の好物、シーフードカレーを作ってやる。とりあえず買い出しだ」
「うぬっ!」
俺は少女を連れて、近所のスーパーへと向かった。
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少女の髪色は目立つ。ニット帽を被せ髪色を隠した。それでも、顔つきは海外の血を思わせるのだから、目立ってしまうかもしれない。
とはいえ、外国人なんて今や珍しくもない。悪目立ちさえしなければ、問題ないだろう。
「いいか? できる限り目立たないように大人しくしているんだ」
「うぬ!」
「絶対に俺から離れるな」
「うぬ!」
「知らない人にはついて行くなよ」
「うぬ!」
「あと、ものにも触るな。俺の近くで見ているだけだからな」
「うぬ!」
恐らく少女はスーパーへ行くのは初めてだろうと思う。もし、近場で食料を安全に調達することが出来ていたならば、あんなにやせ細る事などありえないのだから。単独での行動が許された状況下ではありえない状態と言える。
きっと悪質な店主に、店主から与えられたもの以外は口にするな等、キツく言われていたのだろう。俺はそんな状況を想像して、小さくため息を付いた。
もっと生きる術を叩き込まなければ。
少女の常識を塗り替えなければとすら思う。
世界はもっと自由で広いのだと。
スーパーに着き、俺はカートにカゴを乗せ売り場を進む。少女は俺にピッタリとくっつきながらも、周囲をキョロキョロと見回し、落ち着きがない様子だった。
「ひ、人がいっぱいいるのじゃ……」
「大丈夫だ。堂々としてるんだ」
「うぬぅ……」
明らかに挙動不審だ。先が思いやられる。
俺の勝手な予想だが、少女はきっと陰に隠れて生きてきたのだろう。店主や店の人間以外とは交流もせず。ひたすら閉じられた世界でひっそりと。
こうした不特定多数の人間が集まるような場所に姿を現した事も無いのだろう。
この国では、6歳程度の金髪の美少女が、日中独りで歩いていたら、明らかに異常事態だ。直ぐに補導されるはずだ。現時点でそうなっていないのだから、そういうことなのだと推測する。
「ほら」
「ぬ?」
「手を出せ」
困惑しながらも差し出された小さな右手を、俺はがっしりと掴む。手を繋いでおけば少しは安心するだろう。
少女がギュッと握り返してきたのを確認して、俺は売り場の奥へと進んで行った。
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俺は淡々と必要な食材をカゴへと入れていく。昔は良く父が作ってくれたなと、そんな事を思い出しながら。
滅多に家に帰ることのなかった父は、帰ってくると決まってシーフードカレーを作ってくれた。むしろそれしか作れなかったのかもしれないが。
自分の好物だと言いながら、上機嫌で作っていた背中を、今でも鮮明に思い出せる。
その味は幼かった俺にしっかり刻み込まれ、今では父と同じように好物になってしまった。事実美味いのだ。誰かに食べさせてやりたいと思う程に。
俺達はカレールーのエリアへとやってきた。そして馴染みのメーカーのルーを手に取る。しかし、今回は辛口ではなく中辛だ。
辛いものが好きならば、迷いなく辛口とするところだが……。少女は辛い物を好んでいる印象は無かったし、苦味の強い野菜は苦手な様子だったから、刺激物は得意ではないかもしれないと思うのだ。
今俺は何よりも、この少女に美味しい物を食わせてやりたいと思っている。自身の行動の主軸が自分以外の誰かにあるなんて、自分の変わりように驚きだ。
だが、そんな思考ができる自分で良かったと思っている。
無事に必要な食材を買い終え、俺はレジ袋に食材を詰めていく。
「おぢ、あそこでお金を出すと、これが貰えるのか?」
「あぁ、そうだ。お金があれば、誰でもここにあるものをお金と交換して手に入れることが出来る」
少女は真剣に考えているようだった。俺の一連の行動を見て仕組みを理解したのだろう。
「我も……?」
「勿論だ」
俺の回答を聞いて少し複雑そうな表情をし俯いた少女の頭を、俺は優しく撫でた。一体この小さな頭で何を考えているのか。
世界を知れば知るほど、自分が置かれてきた理不尽を悟ってしまうのかもしれない。だが、これは必要な気づきだと思う。受け止めるのは辛いだろうが、目を背けてはいけない現実だと俺は思う。
それに、少女にこの平和な世界を安全に適切に教えてやれるのは、俺か大家の佐藤くらいだろう。だからこそ、買い出しに少女を連れ出したというのもあった。
きっと今の状態ならば、俺を信頼し言いつけを守ってくれると確信できたからというのが大きい。
「ほら。帰るぞ。帰ってシーフードカレーを作らないとな」
「う、うぬ!!」
少女は気持ちを切り替えるように、元気に返事をする。俺はそんな少女に空いた方の手を差し伸べた。すると、直ぐに少女はにっこりと笑って俺の手を握ったのだった。
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家に戻り、俺は早速準備に取り掛かる。貝類やエビ、イカ等の魚介類の下処理を行い、記憶を頼りに工程を進めていく。
まさに興味津々。少女はそんな俺の姿をじっと見続けていた。
『まずは下処理が終わった魚介類たちを酒蒸しにしていく。貝の口が開いたらザルに取り出す』
『次に細かく切った玉ねぎとセロリとニンニクを炒め、色が付いたらコンソメと魚介類を酒蒸ししたときの水分を加えて煮込んでいく』
『その後ルーを溶かして、魚介を戻し入れて、軽く煮詰める。味付けにはウスターソース、ケチャップ、砂糖にコショウを適当に入れていく』
父が工程を声に出しながら調理するものだから、すっかり覚えてしまっていた。
楽しそうに料理をしていた父の姿は何となく好きだった。そんな記憶が蘇る。
料理をする父を見ていたのは、この少女と同じくらいの年齢の頃だった気がする。当時の父は、今の俺が抱いているような気持ちで作っていたのだろうか。
今や聞く事なんてできないから、その答えを確かめる術など無いのだが、無意識のうちにそんな事を考えてしまっていた。
俺は幼い日の記憶に浸りながら、そして、少女と共にいる今を見つめながら。
悪くない日常だな、等と感じる。
「凄く美味しそうな匂いがするのじゃ!!」
「だろ? 実際凄く美味しいからな」
漂うカレーの匂い。強烈にお腹が空いてくる。俺自身、シーフードカレーは久しぶりなのだ。大好物を前に待てるわけがない。
少女もまた、待ちきれないと言った様子で笑ってしまう。
俺は弾む気持ちで、丁度炊き上がった白米を平皿によそり、その上にルーをかけていく。目立つ位置に大きなエビとムール貝を配置する。見栄えも完璧だ。
2つの皿をテーブルに置くと、少女は笑顔でスプーンとコップを持ってきた。これでようやく食べられる!
ダイニングテーブルに向かい合って座り、少女と笑い合う。
「いただきますじゃ!!!」
「あぁ。いただきま――」
ピンポーン……。
俺の声を遮るように鳴り響いたインターホン。
いや、これは無視だ。いまは目の前のシーフードカレーが最優先だ。
俺はスプーンを持つ。
しかし。
「中野君! いるんだろう? 大家の佐藤だ。出て来てくれないか?」
「……」
玄関の方から、大家の佐藤の声が聞こえてきた。
流石に世話になっている大家の佐藤を無視は出来ない。
俺は心を無にしてスプーンを静かに置いた。
「おぢ……?」
「……」
ゆっくりと立ち上がると、玄関へと向かった。
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俺の帰りを待つシーフードカレーがいるのだ。手短に済ませたい。俺は鍵を開けて扉を開いた。
「あぁ! やっぱりいた! ほら、これ。置いて行っちゃったから持ってきたよ」
「え、あ。ありがとうございます」
手渡されたのは、少女の上着だった。確かに朝着て出て行ったのに、戻って来た時には着ていなかったなと。
「忘れてたのじゃ……」
少女も玄関までやってきたようだ。俺は背後にやって来た少女へ上着を手渡した。
「外は寒いから。風邪ひかないようにね」
「うぬ!」
少女の上着はこれ以外にもあったのだが、寒い思いをしていたら可哀そうだと思ったのだろう。佐藤は気を使って直ぐに届けに来てくれたのだろうなと思う。
「あれ? カレーの匂いかな? もしかしてご飯中だったのかい? これは悪い事をしてしまったね」
「いえ。元はといえばこいつが忘れて行ったのが悪いので」
玄関まで漂うカレーの匂い。隠しきれるものではない。俺は苦笑いで答える。
「おぢが、好物のしーふーどかれぇを作ってくれたのじゃ!」
「へぇ! それは凄いね」
「これから食べるのじゃ! 楽しみなのじゃ!」
少女は笑顔で言う。そんな様子を見ると、俺までにやけてしまいそうだ。
「ははは。よかったねぇ。確かに、凄く美味しそうな匂いだ。僕もお腹が空いてしまったよ」
「ぬ? なら、佐藤も一緒に食べるのじゃ!」
「え?」
少女は笑顔で佐藤の手を掴み、部屋へ招き入れようとする。
「おぢ! 佐藤とも一緒に食べたいのじゃ!」
「いやいや、それは流石に申し訳ないからね……」
佐藤はそう言って遠慮する。
俺はそんな彼等のやり取りを見て考える。
少女はよく佐藤の部屋に行って、時間によっては食事を出してもらっている事もある。世話になっているのは事実だ。
これはたまには恩返ししておくべきかもしれない。
それに、カレーは多めに作ってあるのだから、量に問題はない。
そんな考えに至る。
「佐藤さんが迷惑でなければ、一緒にどうでしょう。いつもお世話になっていますから」
「いいのかい?」
「えぇ」
おれは少女の提案に乗り、佐藤を部屋に招き入れたのだった。
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まさか3人で食卓を囲む日が来るなんて。一体誰が予想しただろうか。本当に笑ってしまう。
俺は、佐藤の分もカレーを用意して席についた。
「おぉ。これは本格的で凄いね。エビにイカに、ムール貝とアサリかな?」
「えぇ、そうです」
「凄く美味しそうだ」
少女の隣に座る佐藤も笑顔だ。
ニコニコと佐藤に笑顔を向ける少女は、本当に普通の少女の様で。
こうして、色々な人間達と交流して、人らしく育ってくれたらいいのにと、そんな願望まで抱いてしまった。
「食うか」
「うぬ!」
俺達は2度目のいただきますをして。
好物のシーフードカレーを堪能したのだった。
昔食べたものよりは辛くなかったけれども。特別な味がして非常に美味しかった。
きっとこの空間のせいだろう。笑顔で食べる少女の顔が見られたからだろうなと。
一生この味は忘れる事なんてないだろうな、なんて。
そんな事を俺は思うのだった。




